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2004年8月

2004.08.31

非常線の女 1933 松竹蒲田

監督:小津安二郎
原案:ゼームス槇
脚色:池田忠雄
出演:
田中絹代 岡譲二 水久保澄子 三井秀夫 逢初夢子

ギャングの岡譲二が堅気の女水久保澄子に一目惚れ。
譲二の情婦田中絹代は怒って一悶着起こす。
そして水久保澄子の弟三井秀夫が窃盗を犯して、姉は岡譲二に泣きついてくる。

戦前の小津サイレント作品。
アメリカの影響を受けた時代のものだが、その中でも出来の良い作品だと思う。

それにしても田中絹代の洋装には笑ってしまう。
ベルトの位置が非常に高くて、ヒップの位置とかけ離れているのだ。
若い頃の田中は小さくて下ぶくれで、少し卓球の福原愛ちゃんに似ている。
この年は「伊豆の踊子」にも主演していて、アイドル路線を突っ走っていた。
ちなみに23歳でもうバツイチだったんだけど。

戦後の金田一耕助、明智小五郎俳優岡譲二は戦前もダンディな役だった。

準主役水久保澄子は和服で決めていた。
今なら鶴田真由系かな。

三井秀夫(弘次)は屈折気味の学生役。

逢初夢子は田中の同僚でちょい役だった。
のちに戦前の新興キネマに移り、バリバリの主役を張る。

2004.08.29

パンと恋と夢(1953) イタリア

ビットリオ・デシーカジーナ・ロロブリジーダ主演のラブ・コメディ。
マリサ・メルリーニがデシーカの恋人役、ティナ・ピカがセルマ・リッターのような美味しいお手伝い役を演ずる。
ルイジ・コメンチーニが監督・脚本。

イタリア南部の村に赴任した警察署長ビットリオ・デシーカはいい年をして独身だ。少し欲求不満気味。
村には山猫と呼ばれる美しい娘ジーナ・ロロブリジーダと、年増の助産婦マリサ・メルリーニがいた。
どちらも美しくて、デシーカは迷ってしまう。
マリサは何故か一月に一度ローマへ出かける。
デシーカは「男と会いに行ってるのではないか」と怪しむ。
一方、ジーナは司祭の姪といざこざを起こして、警察のやっかいになる。
その夜、ジーナは署長を呼び出す。

歌もあり、オペラやオペレッタのような小粋な映画だ。
実に楽しい。

デシーカは二兎を追う者は一兎をも得ずになりそうだったが、最後は逆転でハッピーエンドである。
この年からハリウッドに進出してロッロ(La Lollo)と親しまれたロロブリジーダも良かったが、
なにしろティナ・ピカが良かった、俺の好みだ(笑)


2004.08.28

ひかりのまち(1999) イギリス

ウィンターボトム監督作品。
ロンドンを舞台にある家族の物語。
仲の悪い両親、バツイチの長女と息子、独身で伝言ダイヤルに嵌ってる次女、三女は妊娠中だが夫は失業して行方不明。
彼らのある週末が描かれている。
バラバラだと思われた家族だったが、何かしら繋がっているようでもある。


「ひかりのまち」とは、アスミクがつけた邦題だ。
Wonderlandが原題。
生まれた子がアリスだし、ロンドンの街をワンダーランドと言いたいのだろう。
しかし「ひかりのまち」という題名も嵌っていた。
町の夜景を美しく描いていたからだ。
ウォン・カーアイクリストファー・ドイルの影響かな。

マイケル・ナイマンに関しては、はじめはずいぶん静かだなと思っていたが、途中からナイマン節全開だ。
映像に合ってると思ったら、結末もマイルドになってしまった。


三姉妹にシャーリー・ヘンダーソン、ジナ・マッキー(ノッティングヒルの恋人)、モリー・パーカー
長女の別れた旦那にイアン・ハート
母親は欲求不満の塊だったが、たぶん息子コンプレックスだな。
その息子が家出したので、おかしくなっている。
ジナ・マッキーは孤独感を背負っている。男と長く続かない。
最後は恋人候補を見つけて、これからどうなるでしょうか、というところで終わる。

まあまあのイギリス映画。
家族とはふわふわして形がないようで、どこかで繋がっている。
でも作品のオリジナリティは感じられなかった。


2004.08.27

聖なる嘘つき その名はジェイコブ(1999) コロムビア

東ドイツ映画「嘘つきヤコブ」(1975)のリメイク。
ピーター・カソビッツ監督、
ロビン・ウィリアムス、アラン・アーキン、リーブ・シュライバー主演。

1944年ドイツ占領下のポーランド。
ユダヤ人のジェイコブ(ロビン・ウィリアムス)は、ドイツ軍のラジオでソ連軍が近くまで来ていることを知る。
彼はそのことを仲間に一言漏らすと、一夜にしてその噂は広まっていた。
情報をねだる仲間に、彼は仕方なく聞いてもいない情報を流す。
そしてそれがゲットーの人々に希望と勇気を持たせることになる。

ある人はつまらない映画だと言い、ある人は素晴らしい映画だという。
人によって極端に見方が分かれるのだが、僕は面白くも何ともなかった。
ロビン・ウィリアムスのうまい芸を見せられちゃうと、感心するだけで、泣けないのだ。
ロビンに対して抗体ができてしまった人間は、映画に入り込めない。

監督・脚色のピーター・カソビッツは、ハンガリー出身ユダヤ人で戦争の生き残りだそうだ。
どうしてアメリカでリメイクしなければいけないのか。
ハリウッドの商業映画になってしまったら、原作の良さが台無しになってしまう。


しかし僕もジェイコブのように希望を繋ぐためだけに嘘をつき続けていて、疲れているだけかもしれない。



2004.08.26

大いなる眠り 1978 英国

出演;ロバート・ミッチャム (フィリップ・マーロウ)
ジェームズ・スチュアート(将軍)
サラ・マイルズ (長女)
キャンディー・クランク(次女)
エドワード・フォックス(ブロディ)
オリヴァー・リード(エディー・マーズ)

ロバート・ミッチャムとサラ・マイルズって「ライアンの娘」コンビじゃないか。
この「大いなる眠り」は、名だたる名優を使って、ずっこけた映画だ。
イギリス人の俳優も、アメリカから来た大物に飲まれて訛ってた。

英国に舞台を移した以外は原作に忠実に作っているのだが、
どれを取ってもアメリカ映画「三つ数えろ」ハワード・ホークス監督、ハンフリー・ボガードローレン・バコールのコンビには敵わない。

キャンディー・クランクが体当たり演技だ。これだけが救い。


カジュアリティーズ(1989)コロムビア/トライ・スター

ベトナム戦争物。ブライアン・デ・パルマ監督が実話を映画化したものだ。
マイケル・J・フォックス、ショーン・ペン、ジョン・C・ライリー主演。

米軍の集団レイプ殺人事件を告白する新兵の運命や如何に?


「ベトナム戦争は仕方ない。でも兵士にも、やって良いことと悪いことがある。レイプだけはダメだよ。」と言いたいのか?
やはりおかしい。

のんきな日本人の感覚からすると、
「お前ら、戦争で人を殺してるんじゃねえか。戦争してるだけで犯罪ではないか!しかも戦闘員か非戦闘員か、よくわからない場合もみんな殺してるじゃないか。そんなことをしていて何の罪にもならず、レイプ殺人だけを犯罪と認定して逮捕するのは、おかしいのではないか?」
と思ってしまう。
(そう言う日本人の考え方も青いとは思う。)

アメリカは節度を守って戦争をしている紳士の国だというのかも知れない。
20世紀の戦争は、そういう節度自体が狂っている。
空爆や原爆で非戦闘員をまとめて殺してしまう時代だ。

こんな時代に戦場でクレイジーになったショーン・ペンより、頭がおかしくならないマイケル・J・フォックスがどうかしている。
マイケルはルター派の信者という役だったが、プロテスタントは戦争する宗教だということを実感した。
カトリックも同じ事だが。

ショーン・ペンは演技力が増した今、この映画に出演していたら、違う演技になっていたのではないか。

2004.08.25

暗殺者のメロディ 1972 イギリス他

トロツキー暗殺事件を社会派ジョセフ・ロージー監督が映画化。

スペイン人ラモン・メルカデルフランク・ジャクソンと偽名を使い、メキシコに潜り込んだ。
トロツキー暗殺についてスターリンから特命を受けたのだ。
彼はトロツキーの秘書ギータと親しくなる。
いよいよトロツキーと二人きりになる好機を得たが・・・


トロツキーが世界革命派であり、一国社会主義派スターリンと合わず国を追われ、暗殺者をし向けられた。
スターリンはロシア人を使わず、トロツキーも関わったスペイン革命の生き残り(親スターリン派)をメキシコに送り込んだのだ。

歴史上の事実を取りあげたNicholas Mosleyの原作を映画化している。
リチャード・バートンがあまり似てるとは思えないトロツキーを演じている。
ギータにはロミー・シュナイダーである。

しかし特筆すべきは暗殺者の役を演じたアラン・ドロンだ。
闘牛を見に行き、自らを鼓舞するシーンや、母を人質に取られ苦悩する様、最後の暗殺シーンはおどおどして、ようやくピッケルをトロツキーの脳天に振り落とすが、すぐにガードマンに取り押さえられる。
小心で神経質な犯人を好演していた。

ロミー・シュナイダーと元婚約者アラン・ドロンの共演も話題になった。
ドロンは当時ナタリー・ドロンと別れて、ミレーユ・ダルクと結婚していた。

参考:
8/20 Today トロツキー暗殺 (1940.8.20)

2004.08.24

求むハズ 1960 20cフォックス

ソフィア・ローレン、ピーター・セラーズ主演の結婚コメディ。
名監督ビットリオ・デシーカがスパゲッティ屋の親父の役で出演してる。

ピーター・セラーズはインド出身、ロンドンの町医者である。
貧しい人たちに治療を施して、聖人として愛されている。
一方、ソフィア・ローレンは大富豪の忘れ形見で、莫大な遺産を継承した。
そんな大金持ちでわがままなお嬢様ソフィアが、お金のことが大嫌いなピーターを愛してしまったから、さあ大変。
ピーターは逃げ回るのだが、ソフィアは諦めない。


外国の大物を使った割に、脚本がどうしようもなく、失敗した作品。
ちなみに原作は「マイフェアレディ」のバーナード・ショー
脚本は「007カジノロワイヤル」のウルフ・マンコウィッツ

ピーター・セラーズが得意の外国人を演じている。
外人が聞いてもあの訛った英語は、もっともらしく聞こえるのだろう。
それだけが楽しみだな。


2004.08.23

おとうと 1976 松竹

山根成之監督が幸田文原作・水木洋子脚本・岸恵子主演の市川崑作品をリバイバル。


主演の浅茅陽子を天下の岸恵子と比べるのは可愛そうだ。
正直言って浅茅はちょっと野暮ったかった。
どちらも役より年上に見えた。

郷ひろみ(碧郎)も演技はうまいのだが、カラー映像では病人に見えない。
肌がつやつやしている。
全く違う映画だったら良かったのだが、どうして脚本家を同じ人にしたのか?
バーニング周防社長の企画ミスだと思う。

音楽は大野雄二
当時、一世を風靡したルパン三世や犬神家の一族と似たような感じの曲だった。
何かサスペンスを見ているようで落ち着かなかった。


2004.08.22

舞姫 1951 東宝

川端康成原作を新藤兼人が脚色して、成瀬巳喜男が監督した作品。

山村聡、高峰三枝子が不仲な中年の夫婦を演じる。
妻はよろめき夫婦に決定的な危機が訪れるが・・・

片山明彦、田中(岡田)茉莉子が二人の子供役だ。
二本柳寛が高峰三枝子の初恋の人、見明凡太朗が横恋慕するマネージャーを演ずる。
ほかに岡田茉莉子に恋する青年に木村功、岡田茉莉子が憧れる元バレーダンサーに大川平八郎


クレジットとあらすじ

成瀬はこの作品のあとに林芙美子の名作「めし」(林が亡くなったため、川端康成が監修している。)を撮っている。
原節子が主演して、二本柳寛は両方で同じような役回りだ。

高峰三枝子を「舞姫」というハードなメロドラマに起用して、原節子を地味な「めし」に起用したのは何故だろう。
年上の高峰三枝子にはこの方が合うと考えたのかな?

また前年、新東宝小津安二郎大佛次郎原作「宗方姉妹」を撮っている。
田中絹代主演作だが、山村聡が同じような嫉妬深い夫役で出ている。

何故に新東宝で似たような映画を撮っているのに、東宝で再び撮ったのだろうか?
成瀬巳喜男は、やりにくかったのではないか。


この映画での岡田茉莉子はまだまだ子供だ。
ぼくはやはり高峰三枝子の方がいい。
バレー教師の姿はなまめかしく、意外とスタイルが良かった(笑)

バレー映画(谷桃子バレー団協力)だが、岡田茉莉子のバレーシーンは吹き替えになってる。


2004.08.21

砂の女(1964)東宝

勅使河原宏監督作品。
原作脚色 安部公房
撮影 瀬川浩
音楽 武満徹

岸田今日子の怪演が話題になって、カンヌ審査員特別賞、キネマ旬報第一位、アカデミー賞外国語映画賞ノミネートに輝く。
共演は岡田英次三井弘次ほか。

映画は二回目だが、一回目に見たときはカットだらけで何も見えていなかったことに気づいた。

蟻地獄のような砂丘の穴の中に岸田今日子が一人暮している。
彼女は封建的なムラの体制に順応し、黙々と砂をかき出す作業に勤しむ。
そこに無名の労働力として岡田英次が送り込まれる。
彼は脱出しようとするが、ことごとく失敗する。

次第にムラの嫌がらせはエスカレートしていく。
岡田は、岸田が差別されていることに気づく。
そんな差別を受けても、岸田はこの土地を離れようとしない。

そんな中、岡田はカラス捕獲用の穴に溜まった水を見て、あることに気づく。

封建主義の空間にも自由があることを言いたかったのだろうか。
まあ、難しい話はどうでも良い。
やはり岸田今日子は気になる。
美人でないが心に残る。
夢を見そうだ。


また逢う日まで 1950 東宝

今井正が監督、
水木洋子、八住利雄が共同脚本
日本史上最高のメロドラマ。
キネマ旬報1950年邦画第一位。


戦時中、岡田英次はブルジョア判事の三男坊。
女言葉を使ったりして、ちょっとなよっとしている、軟弱ものだ。

そんな彼がふとポスター書きを職業とする久我美子に一目惚れしてしまう。
杉村春子と二人きりのの貧乏人久我美子も、岡田のことを気に入ってしまう。

「手袋を買ってあげる」「ううん」「じゃあ自画像を描いてくれ。お代は手袋だ。」
岡田英次は自画像を描いてもらい、遅くなって別れ際に、ガラス窓越しに口づけする若い愛だった。


クレジットとあらすじ

若者が恋をしたり、理屈をぶったり死を考えたりする。
しかしそんなことも一発の爆弾が押しつぶしてしまう、戦争の無情さを今井正は訴えた。

岡田英次みたいな軟派に愛されたのが久我美子の運の尽き。
岡田は「今まで生きたいと思ったことはなかった。
しかし戦争が身近になって初めて生きたいと思うようになった。」と言う。
ニヒリストの台詞だ。
こういう奴とつきあったら、女を不幸にする。


ロマン・ロランの原作だそうで、美術にも全然日本的なものを感じない。

日本映画史上最も有名な、ガラス窓越しのキッスシーンにも感動した。
久我美子のけなげな魅力が爆発していた。
「文春の女優ベスト150」という本で、久我が日本女優第一位に選ばれたわけがよくわかった。

2004.08.20

ベンガル槍騎兵の生活(The Lives of a Bengal Lancer, 1935, USA)

ビデオ邦題「ベンガルの槍騎兵」。
日本未公開のゲイリークーパー(真昼の決闘、誰がために鐘は鳴る)主演、
ヘンリーハサウエイ(ナイアガラ、ネバダスミス)監督のアクション作品。
当時のゲイリークーパーは、今で言えばシュワルツネッガーであり、
まだまだメロドラマが似合わない俳優と考えられていた。


20世紀初め、インド。
バングラデシュ国境を守る英国槍騎兵隊に、近衛兵出身のフォーサイスと士官学校を出たばかりのストーンが赴任する。
都会的な彼らを、カナダ人のマクレガーが出迎える。
はじめの内は何かと絡むフォーサイスとマクレガーだったが、やがて深い友情で結ばれる。

さて息子であるストーンに対して、父親の大隊長は厳しく当たる。
それは親心だったのだが、息子は荒れてしまう。
隊の規律を破り外出したところを、ベンガルの首領モハマッドの一味に誘拐されてしまった。
父親は涙をのんで、息子を見捨てると言う。
マクレガーとフォーサイスは、大隊長の心情を思いやり、救出に向かう。

軍人同士の友情と、若気の至りで突っ走る後輩の三人模様を描いたお話。
いわば三銃士パターンであり、何を今さらなのだが、1935年のB級映画としては、出色の出来だ。
三人とも役割をはっきりと演じ分けて、わかりやすく感情移入しやすい映画。

軍隊に対する批判精神も旺盛で、決して楽しいだけのアクションではない。
この設定で95年に作ったって同じものができるはず。
それぐらい、完成度の高い作品。
ビデオ屋にあったら、観てみるが良かろう。

友情ある説得(Friendly Persuasion, 1956, USA)

世界一の巨匠ウィリアム・ワイラーの「友情ある説得」。
インディアナ州のクェーカー教徒一家の心温まる、ホームドラマだ。
クェーカーは、欧州から迫害を受けて逃げてきたキリスト教の一派だが、アーミッシュほど自足自給を徹底追求するのではなく、ビジネスも認めている。
しかし戦争反対である点は、共通する。
ちなみにフィラデルフィアは、クェーカーが開いた街である。


1862年、インディアナの田舎町にバードウェル一家は平和な毎日を送っていた。
母(ドロシー・マクガイヤ)はクェーカー教会の牧師であり、父(ゲイリー・クーパー)は元々クェーカー教徒ではなかったが、彼女と結婚するためにクェーカー教に転向した。
長女は隣の農場主の息子を愛していて、長男(アンソニー・パーキンス)は南北戦争に興味を持っている。

南北戦争の波はいやがおうにもバードウエル家にも押し寄せる。
宗教のため、夫妻はたとえ南軍が襲ってきても抗戦に反対していたが、長男は義勇軍に参加する。
息子の馬が主を乗せず帰ってきたとき、父親は妻の制止も聞かず、ついに武器を手にする。

メル・ギブソンの近作「パトリオット」という作品も、似たような素材だが、中身は全然違う。
ウィリアム・ワイラーだけに、ハッピーエンドだ。
ホームドラマらしいほのぼのとしたエピソードが語られる。
それが最後にちょっとだけ手に汗を握らされてしまうという展開。

古典映画の典型であるが、家族のつながり、信仰の大切さを思い知らされる。
逆に親が信仰心を持たない家に育った、日本の子供は非常に可哀想だ。

同じ村の中にクェーカーと普通のプロテスタントが摩擦しながらも共存している。
しかし、たまには争いも起きただろう。
そのとき、クェーカーは果たして抵抗しなかったんだろうか?

ドロシー・マクガイヤは「紳士協定」などに出演した大女優だが、今になって見直してみると、ミシェル・ファイファーにそっくりだ。
気の強い蓮っ葉な女と、強い母親を同時に演じられる当たりが、まったく同じ。

アンソニーパーキンスはかなり重要な役を演じているが、まだ「サイコ」以前で、青春スターしていた頃だった。

宗教上の問題か、オスカーはひとつも取れなかったが、僕としては星は三つ。
クラシックムービーファンでない人も信仰の意味を考える上では良い映画だと思う。

山 (The Mountain, 1956, USA)

E.ドミトリク監督の山岳映画。
スタジオとロケの併用だ。
高所恐怖症人間にとっては、ロッククライミングのシーンは、いつ見ても恐ろしい。
90度の岩壁をよじ登るだけでも信じられないのに、−70度ぐらいのせり出す岩を上っていくなんて、人間のすることではない(笑)


兄(スペンサー・トレイシー)は山岳ガイドだったが、事故が原因で山を下りる。
弟(ロバート・ワグナー)は、貧しい境遇に我慢できない。
ある日、インドの飛行機が山頂付近に墜落する。
いまは登山のシーズンオフであり、救助隊は上れない。
そこで弟は兄と登り、財宝を盗み出そうと思いつく。

必死の難所をいくつも越えて、ついに事故機が眼前に現れる。
ところが生存者がいた。
悪事がばれることを恐れた弟は、生存者を殺そうとする。

山で犠牲者が出るときは、誰かの意思が働くことが多い。
二人が宙づりになったら、どちらかがロープを切断して一人でも生き残ろうとするだろう。
この映画でも、兄は最愛の弟を殺したと言える。
最終的に警察は不問に付すのだが、その辺りの心理を突っ込んだら、また違った映画になっただろう。

恋の手ほどき(Gigi, 1958,USA)

ヴィンセント・ミネリ監督のミュージカル、オスカー10個獲得。
その割にいまやすっかり忘れ去られた一作。
この後に似たような話である、マイフェアレディーが出たからか?
音楽はアンドレ・プレビン


1900年パリ。社交界のスター、ガストン(ルイ・ジュールダン)はお金持ちでいい男。
女と別れたら新聞沙汰になり、パリジェンヌも彼を追いかけ回している。
当のガストンは、いささかうんざり。満たされない物を感じていた。

彼のお気に入りは、マダム・アルバレスの入れてくれる紅茶。
そしてその孫娘ジジ(レスリー・キャロン)とカードをするひととき。
生意気盛りな年頃だが、社交界の女たちに辟易としていた彼にとっては、ジジらの住む、貧しくも気取らない、アパルトマンが唯一心の落ち着く場所だった。

やがて、次第に大人びた魅力に包まれ、成長するジジ。
ガストンも社交界には無い、彼女の魅力に気付くのだ。

ガストンは生活援助のためジジと愛人契約を結びたいと、申し出る。
激しく傷つくジジだったが、大叔母に貧しい生活から抜け出すには、仕方のないことと諭され、しぶしぶ申し出を受け入れる。

この映画に関しては、好きな人は好きだし、嫌いな人は興味がまったく持てない映画だろう。
ジジに感情移入して見ることができれば、十分に楽しめるとは思う。

主演のレスリー・キャロンにとっては、「パリのアメリカ人」、「リリー」、「あしながおじさん」に次ぐ大ヒット作だ。
今回は小娘の役ということで、年齢的にずいぶん無理のあるメイクアップ。
しかしコスチュームは豪華絢爛だ。当時のカフェを再現した美術も楽しめる。

舞台はフランスということで、歌はずいぶんと朗読調のものが多い。
その中でも名優モーリス・シュバリエの歌う唄なぞは、ずいぶんと枯れた味わいを感じさせる。
こういう歌もわかるような年頃になってしまった。

それにしても、ぴあの、シネマクラブ(ビデオ年鑑)で「恋の手ほどき」の解説を読むと、
この解説を書いた人が、この映画を見てないのがよくわかる(笑)

王子と踊り子(The Prince and The Showgirl, 1957, USA)

ローレンス・オリビエが監督・主演。
相手役にマリリンモンローを配した、ラブコメディーだ。
英国人監督が撮っているから、節度の利いた、メロドラマというところ。
こういう映画は、次にどうなるか、何もかもわかっているのだが、楽しい、観ていて飽きない。
それだけ役者の個性が、今と違って、光っているからだ。


1911年、ジョージ5世の戴冠式に招かれた、バルカン小国の摂政殿下。
彼(L・オリビエ)はバルカンの狐と呼ばれ、ドイツ、ロシアとイギリスの大国を手玉に取る、凄腕の冷血政治家だ。
戴冠式前夜、彼はロンドンの芝居小屋で美しいアメリカ娘(M・モンロー)を見初める。
早速、食事に誘い、物にしようとする殿下。

しかし、彼の手練手管も、アメリカ娘の前では野暮で下司な田舎物にしか見えない。
思わずひじ鉄を食らわされ、殿下のご機嫌はすこぶる悪い。
ところが彼の生い立ちを知るにつけ、彼女は彼の心の淋しい影に捉えられ、すっかり母性本能をくすぐられる。
彼はハンガリーの王子だったが、政略結婚で小国へ婿に出され、愛のない生活に耐えてきたのだ。
そしてその妻にも先立たれ、小国を守るため、ドイツとロシアに挟まれ、権謀術数を計る毎日だったのだ。

今度はマリリンの方が、一方的に彼を追いかける。
一度は袖にされてすっかりつむじを曲げていた、摂政殿下だが、やがてマリリンの特攻的愛情に心を開いていく、、、というか、最終的にはメロメロになってしまうのだった。

ローレンス・オリビエが「ハムレット」でも「リチャード三世」でも観られない、軽い演技にチャレンジ。
個人的な意見としては、もう少し軽くても良いと思う。
それでも節度を守る辺りは、英国の意地だろう。

一方、マリリン・モンローは、かなりの好演!
ちょうど幸せな私生活を送っていた頃だと思う。
ローレンスほどの大物を落とすには、全身全霊を使って、躰中からフェロモンを飛ばし捲るしかないとばかりに、お色気発散だ。
アメリカ女優が数々いれど、情の深さでは右に出る者なし!
僕も参った(笑)

四時の悪魔 (The Devil at 4 O'Clock, 1961, USA)

監督 マーヴィン・ルロイ。
出演 スペンサー・トレイシー、フランク・シナトラ


らい病隔離施設のある島が、火山噴火の危機に襲われる。
山の頂上には病気の子供達が取り残された。
トレイシー神父と囚人シナトラ達が自分の身を犠牲にして、子供達を助ける。

キリスト教的犠牲精神に溢れる映画である。
ふと、宮沢賢治「グスコードブリの伝説」を思い出した。


欲望 (Blow up, 1966, USA)

邦題は何でこうなるのか、よくわからんが、「欲望」、67年カンヌのパルムドール作品。
監督は「太陽はひとりぼっち」のミケランジェロ・アントニオーニ。
一応、米国MGM作品だが、イタリア人監督を使って、英国で製作された欧州映画。


主演は「ジャガーノート」のデビッド・ヘミングズと、やたらと背が高いバネッサ・レッドグレーブ。
非凡な才能を持ったカメラマンの平凡ではない、24時間を追いかけた映画。
最終的に何の結論も出ない(笑)


音楽はハーバート・ハンコックとクレジットされるが、もちろんハービー・ハンコック大先生だ。
BGMにモードジャズをブリブリと掛けまくる。
でもなぜか、中身のライブハウスのシーンでは、ヤードバーズが出てます。
このころはまだライブでは、みんなちゃんと座って聞いていたんだなあ。
(ジミー・ペイジが出てきたので、はじめはレッド・ツェッペリンかと思った。)


トーマス(D・ヘミングズ)はロンドンの売れっ子写真家。
労働者群像を撮るかと思えば、女性の商業写真も撮るし、はたまた風景も撮る。
ある日、ぶらっと入った公園で、いちゃつくカップルを盗撮した。
そのために、女(レッドグレーブ)に追われる羽目に逢う。
女は自宅まで追いかけてきて、ネガを渡せという。
トーマスは彼女の体を求めたあげく、偽のネガを渡して、追い返した。

フィルムに何が写っているのか。トーマスは早速、現像してみる。
するとカップルの他に、木陰にピストルを持つ男が写っている!
さらに木陰に何かが倒れている様子。
トーマスは、公園に戻ると、そこには男性の死体があった。

恐ろしくなったトーマスは、慌てて自宅に戻るが、写真やネガはすべて盗まれていた。


何があったのか、観客に判断を任せるタイプのエンディング。
MGM映画としては、画期的である。
その辺が評価されて、パルムドールなのだろう。
しかしこのオチは、今となっては珍しくもなんともない。


それより、音楽やファッションの時代性を楽しむ一作だ。
この時代のヨーロッパ人にとって、ジャズもロックも新しい音楽であり、モードジャズもモッズも同じような物に感じられたのだろう。

ちなみにジェーン・バーキンの米国映画デビュー作らしい。
もちろん、裸にされてます。

スター! (Star!, 1968,USA)

ロバートワイズ監督(「サウンド・オブ・ミュージック」)、ジュリーアンドリュース主演。
文字通り、二匹目のドジョウ狙いミュージカル映画。

伝説のレビュー女優ガートルード・ローレンスの波乱に満ちた半生を、彼女の舞台シーンを中心にミュージカル化している。
大劇作家であるノエル・カワードが彼女の幼なじみであり、彼との不変の友情を軸にして、彼女の華やかな男性遍歴や私生活にも踏み込んで描いている。


というと、衝撃作のようだが、全くそんなことはない。
関係者が生きいているうちに作った作品だから、差し障りのない範囲で、きれい事ばかり。
男をとっかえひっかえしているだけで、進歩が無いまま、三時間。
座り続けて、尻が痛くなった。


そもそも、ミュージカルで舞台シーンというのは、難しい。
客が入ってないところで演じる場合はとくにそう。
舞台って雰囲気が出てこないし。たとえ客が入っていても、面白いのは映画の中の観客だけ。
それをガラス越しに見てる我々は面白いわけがない。

アテレコもずれてるし、ストーリーは平板。
唯一の救いは、誰もいない舞台で独り、ピアノを弾きながら、ジュリーアンドリュースが "Someone To Watch Over Me" を唱うシーン。
このように飾らず、素で唱ってくれれば、楽しめるものを、わざわざ劇中劇形式を使うのは愚の骨頂だ。

カッコーの巣の上で(One Flew Over Cuckoo's Nest, 1975, USA)

最近「マン・オン・ザ・ムーン」が公開されたミロス・フォアマン監督の大傑作「カッコーの巣の上で」。
ロボトミー手術の悲劇を扱ったものだ。
アカデミー賞を5個取っている。
チェコ人である、フォアマンには他に「ラリーフリント」、「アマデウス」などの傑作がある。
マイケル・ダグラスの初プロデューサー作品でもある。


マクマーフィ(J・ニコルソン、この作品で主演男優賞)は、刑務所の強制労働から逃げるため、気が狂った振りをして州立精神病院に移管される。
彼の入れられた病棟は、ラチェッド婦長(ルイーズ・フレッチャー、この作品で主演女優賞)によって管理されていた。
考え方までコントロールされてしまい、無気力になった病人達を見て、マクマーフィは自ら婦長に逆らうことで、彼らに人間らしさを取り戻させようとする。

たとえばワールドシリーズのテレビ中継を見せろと運動したり、集団脱走してボートで沖釣りに出ていったり、懲罰として電気ショックを受けても、彼はやりたい放題だ。
しかし婦長はマクマーフィの治療に拘り、彼を他の病院へ移管することを拒む。

クリスマスの夜、マクマーフィは外から女を連れ込んでパーティーを開く。
そして患者で、どもりのマザコン青年に女を抱かせて、生きる自信を与える。
翌朝、婦長は青年を厳しく叱咤する。
ようやくどもりも治りかけた青年だったが、再び心を閉ざし、自殺する。
マクマーフィは怒り狂い、婦長を殺そうとする。

精神病を扱っているが、精神病の話ではない。
これはメタファーであり、あくまで管理社会に埋もれた我々のお話だ。
その中で考え方まで支配され、無気力になり毎日の日課をこなすだけの人間を描いている。
婦長は教師だ、あるいは上司だ。現代社会の伝道師なのだ。
彼女は良かれと思い、我々を洗脳していく。
自分が正気であることに疑いがない。
その実、どちらが狂っているかなんて、誰にもわからない。
我々はいつの間にか、自分の回りに枠を作り、限られた範囲でしか、生きられず、モノを考えられず、自由を失う。

僕も最初にこの映画を見たときは、何が面白いのか、何が泣けるのか、さっぱりわからなかった。
すなわち、自分が現代社会という精神病院の檻の中に入れられていることすら、気が付かなかったのだ。
意味が分かった今だって、ここから出て行くだけの勇気を持ち合わせていない。
自分がどこにいるかわかっていても、結局今のままを選んでしまうのではないか?

この精神病棟の患者達の多くもそうだった。
我々はいつになったら、自分たちを支配する「何か」から抜け出すことが出来るのか?

なお病人役として性格俳優を多数採用している。ダニー・デビート(ツインズ)やクリストファー・ロイド(バックトゥザフューチャー1,2,3)の顔も見える。


マンハッタン(Manhattan, 1979,USA)

ウディ・アレンの名作「マンハッタン」。
都会生活者の孤独を描く、ニューヨーク映画の代表作でもある。
アレンが実生活同様にロリコン親父に扮して、女に振り回される顛末を描く。


アイザック(W.アレン)は、42歳でロリコンのテレビ作家。
今も17歳のトレイシー(マリエル・ヘミングウエイ)とつきあっている。
前の女房ジル(M.ストリープ)は、外に「女」を作って出ていった。
そしてアイザックとの離婚のエピソードを本にしようとしていて、それがアイザックの神経を逆なでする。

アイザックの友人エールは美しい妻がありながら、編集者のメアリー(ダイアン・キートン)ともつきあっていた。
アイザックはメアリーと初めて逢ったとき、嫌みなキャリアウーマンだと思った。
しかし繊細で誰かが側で支えてやらなければならない人だと気づいた。

エールとメアリは別れて、相談相手だったアイザックは、メアリーと結ばれる。
アイザックは将来のあるトレイシーに別れを告げ、メアリーと新しい生活に入る。

しかし、エールは子供を欲しがる妻と別れる決心を付け、メアリーに再びアプローチを掛けた。
メアリーも自分の気持ちが依然エールにあることに気づく。

一応名作ということになっているのだが、だいぶ陳腐化した。
当時のNYの現実を描いた点も評価されるべきだが、今となっては古典になってしまった。
当時としてはハリウッドとは違うNYで、こんなフランス映画みたいな台詞だらけの映画をよくもまあ作ったなあ、という意味で評価されたんだろう。


日本のトレンディードラマの原型にもなった。
映画自体は都会の孤独を描くという意味では成功しているが、生活感に欠けている点で物足りないのも事実。


音楽はガーシュウィン「ラプソディーインブルー」を中心に、ズービン・メータのNYフィルやM.T.トーマスのバッファロー・フィルまで使ってゴージャス。
もちろん、ウディアレンお得意のジャズも使われている。

気狂いピエロ Pierrot Le Fou(1965, France)

ジャン・リュック・ゴダール監督の「勝手にしやがれ」と並ぶ傑作。
しかし、こういう衝撃作というのも鮮度が落ちると、どうだろうか?


フェルディナン(JPベルモンド)は、勤め先を解雇され、人生に愛想が尽きている。
家庭も社交界も彼にとってはむなしい。
彼の頭の中に死がつきまとうようになる。

そんなある夜、昔の恋人マリアンヌ(アンナ・カリーナ)と再会する。
彼女は武器密輸組織に属していた。
今は、仲間割れで組織に追われている。
二人は南仏へ逃げ、リヴィエラで幸福な日々を過ごすが、やがて組織に見つかり、離ればなれになる。

ツーロンで二人は再会する。
彼女はフェルディナンに手伝わせて、組織から金を奪う。
しかしフェルディナンを置き去りにして、他の男と逃げようとする。

筋としてはたわいもない物だが、アクションあり、ミュージカルあり、不条理ありの、「何でもあり映画。」
しかも幕間に絵とナレーションを挿入したり、フェルディナンの日記を読み上げたり、実験的な映像も取り入れている。
今となっては、たけし映画のマネじゃないかと思われるかもしれない(笑)

自殺願望を持った男が逃避行の末、女の身勝手にぶち切れちゃう。
女の方は「愛している、愛している」と言いながら、生きながらえることしか考えておらず、その場その場で自分を守ってくれそうな男にくっついちゃう。
憂鬱な男とバカな女。

JPベルモンドは好演している。
アンナ・カリーナは、ちょっと峠が過ぎた感じで、肉感的だが、弾ける部分が足りない。

髪結いの亭主 La mari de la coiffeuse (1990, FR)

日本でもフランスでも髪結いの亭主はいるらしい。
パトリス・ルコント監督の官能作品。
どうしてこの監督は、こんなに上手に女性を撮れるのか?
僕は太めの女性は苦手だが、そういう太めの女性をチャーミングに撮れる監督は凄いと思う。


アントワーヌは、髪結いの亭主になることが夢だ。
中年になったある日、彼は若い女性理容師マチルドと出会う。
すぐプロポーズして二人は一緒になり、アッという間に十年が経つ。
何者も二人の間に入れないような、幸せな日々だった。
ところが、ある豪雨の日、彼女は増水した河に身を投げて死んでしまう。

作品全体を貫くエロティシズムが、何とも良い。
カットとしてはエッチではないのだが、場所をはばからず愛し合っている。
二人の密着愛が快い。
こんな髪結いの亭主なら、誰だってなりたいものだ。

いずれの国でも髪結いの亭主なんて、浮気者で、ろくに家にいつかないような男の筈。
いや、それで良いのだ。
ひたすらマチルドを尊敬し愛する、アントワーヌなんて、特殊なタイプ。
マチルドにとって、これほど全身全霊愛される幸せが永遠に続くとは思えなかった。
逆に言えば、彼が彼女を愛しすぎて、精神的に籠の鳥にしてしまったため、彼女は精神のバランスを崩したのだろう。
彼の愛をいずれ失うぐらいならと、一番幸福な瞬間に死を選んでしまった。

「神田川」で言えば、「あなたの優しさが怖かった、、、」というところだ。
もっと具体的で普通の愛なら、こういう結果には、ならなかっただろう。
やはり極限まで走ってしまう愛ってのは、かなり危険。
フランス映画だと、これでよく人が死ぬ。

ベティブルー 37.2C Le Matin l'Integral (1991,France)

ジャン・ジャック・ベネックス監督が86年に演出した「ベティブルー」を再編集して、3時間版とした大作。
狂気に走る女と、そんな女を愛してしまった男の悲劇。
泣いたり笑ったりする映画ではない。
ただ、愛の深さを思い知らされるのみ。


ゾルグは作家を夢見る青年。リビエラのバンガローの管理人をしていたが、激しい気性の女ベティと出会い、深く愛し合う。
仕事をさぼったため、彼は首になり、ベティは住んでいたバンガローに火を付けて逃げる。

ベティの友人を頼ってパリに出た二人は、気の良いピザ屋の主人と知り合い、意気投合する。
しかしピザ屋の職にありついても、ベティは気に入らない客と刃傷沙汰を起こす始末。
ベティはゾルグを作家にするという夢に賭けていたのだ。

ピザ屋は彼らを心配して、田舎のピアノ屋を一軒任せることにした。
田舎での生活は順調だったが、妊娠検査が陰性に終わってから、一層彼女はおかしくなり始める。
ゾルグは彼女を慰めようとするが、子供を誘拐しようとする始末。
やがて彼女は発狂してしまう。そんなとき、出版社から彼の許に出版の知らせが届く。

愛情が深いのは、異常だが、不幸ではない。
フランス映画と人形浄瑠璃に共通する基本原理だ。
ただ、この映画のベティに関しては、愛情が深すぎて異常になったというより、最初から異常だったように思える。
愛情が相手を受け入れる愛ではなく、一方通行、思いこみの愛だ。
そして、そんな愛があったからこそ、ゾルグは作家への道を目指すことができたのだ。
ただ、最後はゾルグもベティを死なせてやるしか、できない。
そして彼は生きて、書き続ける、彼女との愛の想い出を。

日本人なら心中するところだが、一人生き残るところが、フランス人だな。
なお、この監督の作品では、撮影も映画音楽も秀逸。
彼女の精神状態の良い時期と、悪い時期が交互に出てくるのが、ちょうど良い緊張感を生み、三時間、決して緩まない。

ふたりのベロニカ La Double Vie de Veronique (1991, France and Poland)

キェシロフスキ監督の91年カンヌ国際批評家協会賞受賞作品。
欧州独特の、答えの無いミステリーファンタジー。


ポーランドに住むベロニカは音大のピアノ科を出たが、指を故障し、歌手への転向を図っていた。
休暇で友人を訪ね、そこで知り合った音楽家によって、地方楽団のコンサートにソリストとして出演することが決まったり、ボーイフレンドとの関係も進み、何事も順風満帆だったベロニカだが、コンサートの当日、心臓麻痺を起こし突然死してしまう。

一方、ベロニカとうり二つの女性ベロニクはパリの音楽教師。
ベロニカが死んだそのとき、心のないセックスをしていたベロニクは、なぜか涙が止まらなくなる。
そのときから、自分が自分だけでなく、誰かに見守られているような気がしてならない。

やがて彼女は、マリオネットアーティストの男ファブリと運命的な出会いをする。
そのころから彼女の元へ謎の電話が掛かったり、カセットテープが送りつけられるようになる。
そのカセットの音を頼りに彼女は送り主を追いつめていく。
電車の音から駅の喫茶店を探しだしたが、そこにいたのは、ファブリだった。

彼は小説を準備しており、女が如何に簡単に男におびき出されるか、試してみた。と言う。
その言葉に怒り、飛び出したベロニクだったが、やがてファブリの真意を知り、ふたりは心から結ばれる。

彼は彼女がポーランドを旅行したときの写真の中から、ベロニクにそっくりな女性が写っているものを発見する。
ベロニクは服装が違うから自分ではないと言う。
ベロニクは、自分を見守るようなベロニカの写真に自分たちの運命を悟る。
ファブリは、そんなふたりを主人公にした物語を創作する。

イングリッド・バーグマン似で、黒髪のフランス女優イレーヌ・ジャコブ(トリコロール赤の愛)がベロニカとベロニクの二役を演ずる。
必ずしも演じ分けができているとは思えないが、その辺を曖昧に描こうとしている映画だから、まあ良いのだろう。

映画の謎解きについては、当時からああでもない、こうでもないと揉めていたようだが、監督が死んでしまったから、藪の中のようだ。
僕の解答はこうだ。
ベロニカはあくまで想像上の存在に過ぎない。
ベロニクが愛のない生活に空しさを感じたとき、世界と自分を繋ぐ、何かを求めた結果がベロニカだ。
そしてベロニクの精神的な成長を、ポーランドで写した一枚の写真を基にして、物語としてファブリが考え出したストーリーが前半のベロニカの部分だ。

作品としては、ちょっと難解な感じ。
日本人やアメリカ人には合わない人が多いだろう。
イレーヌがタイプならお薦めだ。

ベロニカがコンサートで歌うはずだった、オケ伴奏の歌曲は実に美しい。
劇中では17世紀のオランダの作品と言っていたが、どう考えたって、あんなポエティックな古典派の曲があるわけない。
どうやらオリジナルらしい。

ポンヌフの恋人 Les amants du Pont-Noef (1991,France)

ゴダールの再来と言われて久しいレオス・カラックス監督のアレックス・シリーズ第三弾。
欧州巨匠系映画の一品で、フランス系評論家たちはお気に入りのようだ。
しかし絵が暗くて、見にくい画像で困る。


アレックス(ドニ・ラヴァン)は、セーヌ川に掛かる、ポンヌフ橋で生活するホームレス。
火を噴くパフォーマンスで、小銭を稼ぐ河原乞食だ。
ある日、眼病を患って失明寸前の女流画家ミシェル(ジュリエット・ビノシュ)が世をはかなんで、橋の生活に潜り込んできた。
アレックスは、彼とは違う世界の空気を漂わせる、彼女に恋心を抱く。

彼女はそんな彼の気持ちを利用して、睡眠薬強盗の片棒を担がせ、大金を稼ぐ。
二人は、セーヌ川の水上スキーをしたり、海へバカンスに行ったり、遊び回るが、次第に視力を失う彼女の心は晴れず、橋でのホームレスの生活に舞戻ってしまう。

ある日、アレックスは彼女の家族が尋ね人の広告を出しているのに気付く。
彼女の目の治療法が見つかったのだ。
アレックスは彼女が自分の元から去ることを恐れ、その広告を次から次へと燃やし、広告業者さえも誤って焼き殺してしまう。
しかしミシェルもその広告に気付き、アレックスを捨てて、橋を立ち去る。

警察に逮捕され、過失致死で三年の懲役となったアレックスだが、刑期も終わる頃、ミシェルが面会に訪れる。
彼と橋で出所祝いをしようと言う。
アホなアレックスは、すぐその気になってしまう。

橋で再開を果たした二人は、底なしに飲み続けるが、彼女はアレックスと復縁したくて橋に戻ってきたわけではなかった。
いまの新しい生活にも行き詰まっていただけなのだ。
再び怒り狂うアレックスは、ミシェルを道連れにセーヌ川へ飛び込む。
しかし、彼らは砂利運搬船に助けられてしまう。
ミシェルはこの船に乗って、二人で大西洋へ逃げようと、アレックスを誘うのだった。

騙されるとわかっていても、騙されてしまう男の性と、騙す女のエゴを描いた映画だ。
最後はハッピーエンドの形を取るが、どうせ、また利用されるだけだろう(笑)
どうせなら、彼女が彼の元を去ったところで、彼女を追いかけて、彼女の見える方の眼球を銃でぶち抜くぐらいの終わり方をしてくれないと、面白くないなあ(笑)

筋を追いかけてもとくに面白い映画ではない。
阿部定の国に生まれた我々に、この程度の恋愛エゴを訴え掛けられても、何も感じない。
映像美的には橋に降り注ぐ、花火のシーンや、水上スキーのシーン、駅の広告すべて火を掛けて燃やすシーンなど、見どころはそれなりにある。

クライングゲーム The Crying Game(1992,GB)

アイルランドの巨匠ニール・ジョーダン監督(「狼の血族」、「インタビュー・ウィズ。バンパイヤ」)が英国に渡り、自ら脚本(アカデミーオリジナル脚本賞獲得)をものして、撮った快作。


IRAは仲間の釈放を求めるため、英国兵士ジュディ(F・ウィテカー)を誘拐する。
見張り番のファーガス(Sレイ)は、ジュディと心を通わせるようになる。
ジュディはもし自分が死んだら、恋人を頼むと彼に言い残し、逃亡途中、トラックにはねられ死んでしまう。

ファーガスはロンドンに潜伏し、正体を隠してジュディの恋人ディル(J・デビッドソン)に近づく。
ディルの不思議な魅力に惹かれ、彼女の部屋を訪れるが、彼女の服を脱がすと、彼女は男だった。
ノンケのファーガスは、慌てて部屋から逃げ出してしまう。

しかし恋人ジュディを失い精神のバランスを崩しつつある、ディルを放っておけない。
ファーガスは人前でだけ、ディルの恋人の役を演じてやることにした。
ディルはそんな関係でも、無邪気に喜んでくれる。

ある日、ファーガスにIRAから英国判事の暗殺指示が来る。
組織はディルの存在もまた嗅ぎつけていた。
ファーガスはディルを組織から、かくまおうとするが、ディルは応じない。
そこでファーガスは暗殺前夜、いままで黙っていた秘密を告白する。
その場は睡眠薬で寝てしまったディルだが、翌朝、ファーガスが目を覚ますと、ディルは拳銃をこちらに向けていた。

カルチャークラブの「クライングゲーム」に乗せて、悲しくも、どこか笑える、決して結ばれることのない恋の物語。
脚本には、彼女が「男」だという手がかりが、あちこちに散りばめられているのだが、主人公のスティーブン・レイ同様に騙される人も多いのではないか(笑)
男だとばれた後も、お弁当なんか作ったりして、一層女らしく、甲斐甲斐しくなってしまう、ディルと、そんな彼女を突き放せない、ファーガスの優柔不断も笑いを誘う。

本来、映像が美しい映画作家なのだが、レンタルビデオで見たため、さほど感じられなかったのは残念。

男たちの挽歌 (英雄本色,1986, Hongkong)

アクションシーンでのスローモーションと、銃・弾丸の夥しい使用により、好評を博した香港フィルムノワール・シリーズの第一弾。
ジョン・ウー監督作品。

兄ホー(ティ・ルン)はやくざの幹部、弟キット(レスリー・チャン)は敏腕刑事。
二人の葛藤が話の中心だっが、そこに兄の親友マーク(チョウ・ユンファ)が絡んでくる。
弟のため、足を洗おうとするホーは、大幹部シンの仕打ちに怒り、遂に組織との対決を決意する。
ホーとマークは港へ共に向かい、大銃撃戦が始まる。
兄の逮捕を目論むキットも港へ向かっていた。


今となっては古いタイプの映画になってしまった。
衛星放送などで見直してみると、香港映画の大げさな感じは相変わらずだが、アクションシーンは見飽きた感じがする。

しかしそれでもこの映画の意義は大きい。
日本映画だって、これぐらいのものを作れた筈なのに、どうして作らなかったか?
東映がリードしていた分野だったが、彼らは日本刀が捨てられなかった。


冬冬の夏休み (1984,台湾)

ホウ・シャオシェン(侯孝賢)監督の二年連続三大陸映画祭大賞受賞時の、2年目の作品。


台北生まれの少年・冬冬が母親の病気入院のため、ひと夏を妹とともに母の実家のある田舎で過ごすことになった。
その夏の思い出を、ロングの絵を活用し、台詞を少な目にして、淡々と語った作品。

子供の夏には、いろいろなエピソードが盛りだくさんだ。
川で泳いでいたら飼い牛が逃げ出したり、パンツを川に流されて裸で家に戻ったり、狂女と出会い仲良くなったり、トラック強盗を見つけたり、叔父さんが恋人を孕ませて勘当されたり、入院中の母親の手術が上手く行かず重態になったり、、、

そういう経験を通して子供達が成長していく様を描いている。
とくに冬冬は都会では友達と家庭の往復だろうが、田舎に来ると、大家族の親戚とふれあうことで、大人を見る目が、少しずつできあがっていくのが、興味深かった。


吹き替えにして、子供に見せてやりたい作品だ。
小学校高学年ぐらいなら、それなりに感じるところはあるだろう。
もちろん、大人もほのぼの楽しめる作品だ。
日本だと、藤子不二雄Aの漫画を篠田正浩が映画化した「少年時代」という映画があるが、あれは子供の世界に限った話だし、漫画の方が良かった。
篠田では独特の様式美でこてこてにしてしまうので、ちょっとタイプが違う。
大人の世界を冬冬がかいま見て、いろいろ考える辺りに、「冬冬の夏休み」の特徴がある。

菊豆 (1990, 中国+日本)

巨匠チャン・イーモウ監督演出、
日中合作のメロドラマ。
封建時代の恋愛は、どこまで行っても報われない。


菊豆とは主人公の女性の名前だ。
1920年代、菊豆(コン・リー)は貧しい生まれだったため、染め物屋の楊家に嫁として、売られてきた。
ところが夫は老齢で既に不能であり、夜な夜な菊豆をSMプレイでいたぶるだけ。

やがて菊豆は、同居している養子、天青(リー・パオティエン)と愛し合い、一子を儲ける。
夫は自分の子だと信じており、大喜びだ。
しかし夫は痛風で半身不随となり、今度は逆に菊豆と天青から虐待を受ける。
やがて夫は亡くなり、菊豆と天青に幸せが訪れるかと思われたが、封建時代は、二人の仲を決して許してくれなかった。
定めで未亡人の菊豆は再婚してはならず、天青も楊家から出されてしまう。
それでも不義密通を重ねる二人だが、13歳になり思春期に入った天白は、決して天青を実父とは認めようとせず、反発を繰り返し、やがてそれが恐ろしい結末へと繋がっていく。


何か松竹か大映の60年代のドロドロ・メロドラマという雰囲気のお話だ。
今の日本ではこういう古典的な映画を撮ることはできないから、新鮮味がある。
中国に限らず封建主義の恋愛ってのは、どこの国でも似たような物だ。

染物屋ということで美術の色の使い方がとても美しい。
現像を日本のイマジカが担当したので、普通の中国映画より一段上の発色だ。
赤、黄色、橙の染め物が干され、風になびくシーンは美しい。
また水車の音がラブシーンのメタファーとして使われているのも印象的だ。

主演のコン・リー(「始皇帝暗殺」)は、まだこのとき、23か24の筈。
チャン・イーモアの愛人であり、「紅いコーリャン」に続いて、2度目のチャン作主演。
しかし、この年齢にしては、凄まじい演技力だ(笑)
あきれてしまった。
大竹しのぶの23のときよりも凄い。
大竹に倍賞美津子を足したぐらいの力がある。
やはり日本人の10倍いる人口をフルに活用して、女優をオーディションしてるんだろうなあ。


さらばわが愛 覇王別姫(1993, 香港)

陳凱歌(チェン・カイコー)監督のカンヌ映画祭グランプリ作品。
2時間52分の長編映画。
京劇に青春を賭けた若者二人が中国現代史に翻弄される。
彼らが演ずる伝統の舞台を美しい映像で描いている。


京劇の舞台に立つには子供の頃に親と離縁して京劇一座の見習いとなり、アクロバットなど、かなり厳しい修行を経て一人前に認められなければならない。
小籠と小豆(レスリー・チャン)も国民党時代に京劇一座に拾われやがて才能を開花させていく。

やがて小豆は女形となり蝶衣と名乗り、演劇界の大立て者で同性愛者の袁に見初められた。
小籠との京劇「覇王別姫」(項羽と劉邦のお話、四面楚歌や虞美人草などのエピソードがある)は当たり狂言となる。

しかし、小籠が娼婦菊豆(コンリー)と成り行きから結婚することになると、蝶衣と小籠の間はぎくしゃくし始める。
蝶衣は小籠のことを心密かに想っていたのだ。
小籠もまたそのことはわかっていたが、気づかぬ振りを通す。
時代はその間も大きく揺れ動き、日本軍が北京に入城すると、蝶衣は宴席に呼ばれる。
これが後に大きな禍根となることも知らずに。

やがて時代は日本の敗戦、共産党支配の時代を経て、文化大革命の荒波が文芸を襲う。
京劇批判が高まる中、小籠と蝶衣もまた民衆の前に引きずり出され、転向を迫られる。
何も答えぬ蝶衣だったが、小籠は蝶衣を売国奴だと告発する。

京劇の世界を知らない人にも、知っている人にもその美しさに圧倒される。
決して答えられることの無い愛に散った、レスリー・チャンの女形姿もちょっと危ない。
男性と女性から同時に愛される主人公の立場も大変だが、恋敵である筈のレスリー・チャンとコン・リーの間に流れる、同志愛のような特別な感情にも注目される。

単なる同性愛映画とは違うので、興味のある人は是非ごらん頂きたい。

君さえいれば 金糸玉葉 (1994, 香港)

ピーター・チャン監督の大ヒットラブコメディだ。
主演のアニタ・ユンが香港アカデミーの主演女優賞を獲得している。


ボーイッシュな少女ウィン(アニタ・ユン)はアイドル歌手ローズ(カリーナ・ラウ)の追っかけをやっている。
ローズは、今年も音楽グランプリを獲得して、オールナイトでパーティーだ。
しかしローズのパートナーでプロデューサーでもある、サム(レスリー・チャン)は浮かない顔。
音楽的に煮詰まってきた彼は、新しい刺激を必要としている。
しかしローズは、彼の悩みに耳を貸そうとしない。

そこでサムは新人男性歌手のオーディションを開催する。
ローズに近づきたい一心でウィンは男装して、オーディションに潜り込むが、ひょんなことから合格してしまう。
まんまとサムの内弟子になったウィン。

彼女は、何とかローズとサムを取り持って、結婚させようと画策するが、ローズに肉体関係を迫られたりして、二人の間が実は冷め切っていることを知らされる。
やがてサムも、ウィンが実は女とも知らず、彼女の不思議な魅力に取りつかれる。
サムは自分がゲイではないかと、真剣に悩んでしまい、部屋を飛び出す。

小室と華原のカップルを彷彿とさせる、レスリーとカリーナの二人に、男装のアニタ・ユンが絡み、両方からアニタが惹かれてしまう、というちょっと倒錯的なコメディ。
アニタのコケティッシュな動きに目を引きつけられる。

また香港映画らしく、派手な台詞で圧倒してくれる。
映画自体は大した出来とも思えないが、アニタ・ユンの両性的な魅力には、男子女子ともに納得の作品だろう。
香港の歌手兼俳優である、レスリー・チャンの弾き語り姿もふんだんにあり、レスリーファンも答えられないようだ。

なお「金糸玉葉」は、「カサブランカ」の香港タイトルでもあり、最高級のラブロマンスに付けられる題名である。

金玉満堂(1995, 香港)

レスリー・チャン、アニタ・ユンのゴールデンカップルと香港のスピルバーグことツイハーク監督が手を組んだ、お正月映画。
金糸玉葉同様に明るいどたばたコメディー。とくに日本のグルメブームからのパクリもふんだんに使われている。


サム(レスリー・チャン)は、香港の高利貸しの甥っ子。
恋人がカナダへ去ったため、コックの資格を取ってカナダへ追いかけていこうとしている。
偶然知り合った料理人ボウに「満漢楼」を紹介され修行に入る。
満漢楼の一人娘ウエイ(アニタ・ユン)はパンク娘だが、コックらしからぬサムに惹かれてしまう。

ある日、満漢楼に「料理の超人」ウォンが現れる。
ウォンはウエイの父に満漢全席の挑戦状をたたきつける。
ウォンは5000万ドルを賭け、父は満漢楼の店舗を賭けたのだが、父は心臓発作で倒れてしまう。

ウエイとサムはボウに援助を頼むが、ボウは広州へ行き、リウという幻の料理人を捜せと言う。
早速二人は広州へ飛ぶが、見つかったリウはコンビニの酔っぱらい店員になっていた。
はたしてリウは再び包丁を握れるのか?

さすが香港映画だけあって、料理人がなぜかカンフーの名人。
ヌンチャク並の包丁さばきから、派手なアクションシーンまで取りそろえて魅せてくれる(笑)
満漢全席の対決になって、日本人の審査員が例によって妙な表現で味を形容する辺りは、「料理の鉄人」や「ミスター味っ子」の影響を強く感じた。

料理に関しては香港映画のチープな現像のせいか、あまり美しく見えなかった。
また料理自体も熊の手や象の鼻に猿の脳味噌と、日本人からすると少々グロテスクな味だけに、美味しそうとも思えなかったし、お腹も空かなかった(笑)

レスリーとアニタにもさほど焦点が当たらず、オールスター映画という感じだ。
欧州系のグルメ映画と比べると、少し物足りないかな。

シュリ (1999,韓国)

韓国は日本、台湾、中国、香港、インドなどと比較すると、かなり映画後進国だ。
それでも、オールナイトフジにも出ていた、イ・ヘイスクが女優開眼した「銀馬将軍は来なかった」など国際的に評価された作品も少なくない。
ただ洋画に押されっぱなしで国産映画の観客動員力の低下はいかんともしがたいようだ。


「シュリ」はそういう状況で打倒ハリウッドを目標にして作られたスパイアクション。
予算は限られていて、ほとんど一発勝負のような撮影の連続がかえって緊張感を生み出している。
結果として大成功した。
「シュリ」「タイタニック」の韓国での動員数を抜いたのだ。


メイキングを見ていて驚いたのは、驚いたのは、銃撃戦の中で水槽が破裂するシーンがあるが、もし火薬が利かず、水槽が割れなかったら、取り直しが利かないので、その場で実弾を用意して、いざとなったら、水槽を射撃するというのだ。
それだったら、初めから実弾で撃ち合いした方が早いのではないか(笑)


南北首脳会談を阻止しようと北の軍部がクーデターを企む。
北の女スナイパー、イ・バンヒはパク隊長(チェ・ミンシク、世良公則に似ている)と共に南に潜入して、秘密爆弾CTXを奪取する。
南の情報部員ユ・ジュンウォン(ハン・ソッキュ、近鉄から中日に飛ばされた小池にそっくり)とイ・ジャンギル(ソン・ガンホ、豊原功輔に似ている)は捜索に乗り出すが、何故か一歩及ばず、逃げ切られる。
どうも内部からの情報の漏れがあるらしい。
イ・ジャンギルは相棒のユの周辺に疑惑を抱く。


映画としては大したことはない。
泣けるほどのものではない。
ハリウッドアクションに対する「習作」って感じだ。
とくに主役のユが、アパッチけんみたいな顔だけに、ちょっと感情移入が難しかった。
ただ、日本より国際的に遅れていた韓国映画がこうやって海外輸出力を持つ作品を作り出したことに衝撃を受ける。


日本は金もあるんだから、やればできるはずだ。
それを何故やらないか。
ようやく今年の夏にダイハードっぽい、「ホワイトアウト」が上映されるが、それでもまだまだ。
安っぽい東映ヤクザ映画ばかり作っていないで、もっとしっかりとお客さんを楽しませて金になる作品を作って欲しい。
でなきゃあ、芸術的な作品制作にもお金が回っていかないのだ。

ミュリエルの結婚Muriel's Wedding(1994, Australia)

「マイ・ベストフレンズ・ウェディング」のPJホーガン監督、オーストラリアでの大ヒット出世作。
結婚願望に取りつかれた女性が成長していく中で巻き起こす騒動をコミカルに描いている。
オーストラリア・アカデミー作品賞、主演女優賞、助演女優賞、最優秀音響賞を獲得した。




ミュリエル(トニ・コレット)は、定職も付かず、だらしないデブでブス。
90年代の今でも、アバの曲をラジカセで聞いているときが、一番落ち着く。
結婚に憧れているが、相手などいるわけがない。
弟も妹も家でゴロゴロするだけの、プータロー。
彼女の父は地方議会の実力者だが、子供達はどれもこれも役立たずばかりと、愚痴をこぼす毎日だ。

ミュリエルは結婚式に招かれたが着ていく服が無く、万引きして捕まる。
また父の銀行口座から金を無断で引き出して、リゾートに遊びに行く。
挙げ句の果てに友人ロンダ(レイチェル・グリフィス)を頼ってシドニーへ。


シドニーで派手なロンダと暮らすうちに、ミュリエルは少しずつ洗練されていく。
彼女はついにデートに誘われて、男性に迫られたりする。
ある日、ロンダが癌に冒されていることがわかる。
ロンダは車椅子生活をやむなくされる。

ミュリエルは相変わらずの結婚願望で、ウェディングドレスを着込んでは、写真を撮ってアルバムに飾る。
南アフリカから亡命した水泳選手が豪州国籍を取得するため、結婚相手を捜しているという記事が新聞に載った。
ミュリエルは応募して見事合格。
愛のない結婚だったが、彼女はこれで良いのだと自分に言い聞かせる。
ロンダは、ミュリエルを見限り、田舎へ帰る。




小中学生の頃、アバの曲を初めて聴いたのは、オーストラリア国営放送の日本語放送だった。
オーストラリアではアメリカや日本より先にブレークしていて、毎週毎週ベストテンのトップを続けていた。
おそらくこの主人公も僕と同じかちょっと下の年齢という設定なのだろう。
主演の二人がアバに扮して歌ったり(笑)全編、アバの曲が延々と掛かっている。
これで豪州アカデミーの音響賞を取っている。



主演のトニコレットはこの映画で、20キロぐらい太って役作りしたそうだ。
この後アメリカに呼ばれて、しばらく苦労していたが、「シックスセンス」に母親役で出演して一気にブレークする勢い。
一方、友人役のレイチェル・グリフィスは、「マイ・ベストフレンズ・ウェディング」で間抜けな従姉妹役をやったり、豪州映画の感動作「エイミー」(カンヌ映画祭ジュニアグランプリ)に主演したり、話題の英国映画「もう一人のジャクリーヌ・デュプレ」でジャクリーヌの姉を演じたりと、性格俳優らしい大活躍を見せている。

世界にオーストラリアの底力を見せつけた映画。
一見の価値あり。

The Drifting Clouds (1996, Finland)

「レニングラードカウボーイズ」で人気のマキ・カウリスマキ監督(フィンランド)、96年作品。
その独特の文体にファンも多い。


イロナはレストランの女給、夫のラウリは市電の運転手。
ローンでカラーテレビをようやく買えた、という貧しい夫婦。
夫はリストラのため、妻はレストランの買収により突然解雇されてしまう。

途方に暮れる二人だったが、夫はロシア行きの長距離バスの運転手に採用される。
喜び勇んで出社する彼だったが、健康診断で異常が発見され、運転免許まで取り上げられてしまう。
プライドの高い夫は切れてしまい、失業保険すらもらおうとしない。

一方、妻も街食堂に職を得るが、その食堂も税務署の調査が入って、潰されてしまう。
妻の未払給与を催促に行った夫は、逆に叩きのめされてしまった。

とうとうテレビまで差し押さえられてしまい、妻は最後の手段として自分でレストランを開くことを計画するが、銀行は無担保で融資してくれない。
夫は自家用車を売って、カジノで一攫千金の勝負に出るが、全額すってしまう。
やることなすこと、みんな駄目。
果たして、この夫婦に明日は来るのか?

ただひたすら、悪いことが重なって、どんどん悲惨な方向に落ちていくのだが、悲壮感が感じられないどころか、滑稽ですらある。
主人公の夫妻は、極力感情の露出を押さえ、淡々とした演技に終始する。
要するにヘタウマ演技だ。
これがカウリスマキ演出なのだが、好きな人は、とことん好きになっちゃうだろう。
筋より、独特な雰囲気を楽しむ映画です。

黒猫白猫 (1998, 新ユーゴ-仏-独)

ユーゴスラビア映画、パルムドール二回受賞の巨匠エミル・クストリツァの98年作品。
何を置いても元気がよい、コメディーだ。
インド映画あるいは黒人映画級のパワーを兼ね備える。
しかし、その背景にはユーゴの暗い世情があることを忘れてはなるまい。


ドナウ川のほとりに住むザーレ少年(Fアイディニ)は17歳になる。
いつもドイツの観光船を見て、いつか自分もあの船に乗りたいと願っている。
彼を見守る飲み屋の娘イダ(ブランカ・カティチ)は、たまに銃の乱射をしたりして、ちょっと切れているが、ザーレと相思相愛だ。
ザーレの父親マツコは、しけた博打打ちだ。
新興やくざで、いつも薬漬けのダダン(S・トドロビチ)に鴨にされている。
とうとう、ダダンの借金で首が回らなくなったマツコは、ザーレとダダンの妹の結婚話を承諾してしまう。
ダダンの妹は身長1mで「テントウムシ」と言うあだ名だ。
ザーレとイダは、何とか結婚式を中止する方法は無いかと思案するが、そんなときザーレの祖父が急逝する。
この地方では葬儀の後、40日は喪に服さなければならず、結婚式は行えない。
ところがダダンは、祖父の死体を屋根裏に隠し、式を強行しようとする。
そこへ祖父の親友でマフィアの大ボス「ゴッドファーザー」がファミリーを連れて乗り込んでくる。

音楽は、ジプシー音楽中心。
結婚式でのジプシーダンスは際だってパワフルで、画面に活気を与えている。
インド人や黒人のダンスはシステマティックだが、ジプシーのダンスは形もへったくれもない。
躰中からパワーをみなぎらせるようなダンスで、観てるだけで元気になる。

何せ、出てくる連中の殆どが切れちゃっている。
おそらく現在のユーゴ人もほとんど切れちゃっているのだろう。素晴らしい映画だ。

ヒロインのイダ役のブランカ・カディチは、キャサリン・ターナーをブスにしたような顔だが、乗りの良いお姉さんだ。
銃を乱射したかと思うと、ひまわり畑でザーレを誘惑したり、彼女のあっぱれさに、すっかりこっちも感情移入してしまった。いい女だ(笑)
他にダダン役のトドロビチもユーゴのバート・レイノルズ+泉谷しげるって感じだが、「切れ味」の良い役者。
他の連中も達者だ。

クストリツァのユーゴ内戦以前の作品は、社会主義や世界大戦の影響、しこりを強く受けたもので鋭い社会風刺があった。
今回、彼がこれだけ脳天気な作品を発表したのは、それだけ現実が厳しい時代になり、風刺なぞで済むような問題ではなくなったからだろう。


日曜はダメよ(Never on Sundays, 1960, Greece)

地元U局でどうどうとゴールデンタイムにやってる(笑)


四人の娼婦が手を組んで歩く、姿の脚もとだけアップにしたタイトル画面が有名だ。
ギリシャ女性の強さを象徴している。
演出はジュール・ダッシン監督。
NYロケの刑事物「裸の町」を撮った名匠だが、「赤狩り」を恐れて欧州に亡命していた。
そこで知り合った、ギリシャの大女優メリナ・メルクーリと結婚し、彼女を主演に仕立てて、映画を撮ったわけだ。
メリナは、この映画で見事にカンヌ映画祭主演女優賞を獲得した。


プリウスの港に、一人のアメリカ人哲学者が降り立った。
彼の名はホーマー(J・ダッシン)。
酒場で地元の男と喧嘩になったところを、一人の女性に救われる。
彼女はイリヤ(M・メルクーリ)、地元の人気娼婦だった。
一目惚れしたホーマーは、何とか彼女を苦界から救い出したいと思う。
しかしイリアはこの仕事が好きだった(笑)

彼女は日曜日は仕事を休み、なじみの客を集めてパーティーを開く。
彼女の前では、どんな男も平等だ。分け隔てなく愛される。
ホーマーは彼女のそんな生活を理解できない。

港の娼婦は謎の男「顔無し」に支配されていた。
売春宿に住まわされ、高い家賃を取られている。
彼女らはイリアを代表者として労働争議を起こそうと計画していた。

ホーマーはイリアに真実の愛を知らせたい、と思う。
その話を聞いた「顔無し」は、ホーマーに金を出すからイリアを再教育して、娼婦から足を洗わせてくれと依頼する。
彼にとっては、イリアが廃業してくれた方が商売しやすいのだ。

ホーマーは「顔無し」の金とは言わずに、イリアの二週間を買い取る。
そして彼女に哲学や地理、歴史から教え込んでマイフェアレディーに仕立て上げようとする。
イリアもホーマーのプラトニックな情熱にほだされ、次第に夜の仕事に興味を失う。

ギリシャの港町へ頭の固いアメリカ人が訪れ、トラブルを起こすが、地中海の脳天気がアメリカの物質主義を吹っ飛ばしてしまう。
面白いのは、イタリア人よりギリシャ人の方がさらに脳天気に描かれている点だ。
物語の最後はアメリカ人の倫理ではなく、イタリア人の情熱こそがイリアを救うことを示唆している。
しかし日本人から見れば、どっちもどっちだ(笑)

コメディータッチの映画だが、イリアの存在が港に平和をもたらしていることは示唆的に感じる。
ギリシャのような民族紛争多発国とは思えないほど、この映画の中ではギリシャ人は平和的なのだ。
民族を超越する存在としてのカリスマを、一人の女性に求めていたのだろう。

娼婦を一旦廃業したイリヤが、昔を懐かしんで主題歌の「日曜はダメよ」を一人唱う姿は、映画史に残るシーンだ。
翌年、アメリカ映画「ティファニーで朝食を」(B・エドワーズ監督)でA・ヘップバーンが自ら主題歌の「ムーンリバー」を唱うシーンがある。
娼婦役の主人公が唱った、この二つの主題歌は二年続けてアカデミー主題歌賞に輝いた。
もっとも「ティファニー」では、主人公の娼婦は真実の愛に目覚めてしまうのだが。

さて、主演のメリナ・メルクーリは、脳天気なローレン・バコールという感じ。
カリスマ的でかつ、からっとしていて温かさを感じるのだ。
最後は娼婦たちの先頭に立って、顔無したちと対決する様は、彼女自身が後に政治家に転身する姿と重なる。



永遠と一日 (1998, Greece)

ギリシャの巨匠テオ・アンゲロプロス監督作品。
主演は「ベルリン天使の詩」のブルーノ・ガンツ。


明日、ホスピスへ入らなければならないとして、あなたは今日一日をどう過ごすか?

北ギリシャの詩人アレクサンドレは、この世の名残と街へ出た。
そこでアルバニア難民の少年と知り合う。
少年は地雷原を命辛々抜け出して、国境を渡ってきたという。
そして明日は仲間とイタリアへ密航するのだ。
詩人は最後のギリシャの夜に彼を連れて、夜行バスで市街を巡る。

アンゲロプロス監督の特徴は、何と言っても長回し。ワンシーン、ワンカット。
そしてカットが変われば、回想シーンだったり、劇中劇だったりとファンタジックな構成だ。
親からの疎外感、妻との想い出、過去の偉大な詩人への思い、、、
そんなものを織り交ぜ、主人公の一日を叙情感たっぷりに描いている。


長回しに耐えられない観客には不向きな監督だが、以前の歴史劇と違い叙情性豊かな作品であり、音楽もかなりセンチメンタル。
主人公の絶望感に共感を持てれば、誰でも感動できる作品だと思う。
ギリシャ映画だし、詩人の話なので、ちょっと台詞が冗長なきらいがある。

個人的には、少年の難民仲間が死んで、子供たちだけで弔うシーンが映像として印象的である。
またバスの中でのフルートトリオの演奏シーンも忘れられない。
あとわずかで永遠のお別れなのに、詩人と少年が実に楽しそうに演奏を聞き入る表情を見て、思わず、ぐっと来るものがあった。

「微笑んでいるけど、悲しいんだね」、、、少年の台詞だ。

IP5(1992, France)

ジャン・ジャック・ベネックス監督(ベティブルー、ディーバ)の作品。
歳を考えず、水中シーンで張り切ってしまったイブ・モンタンの遺作となってしまった。


ストリート・アーティストのトニーは、黒人の少年ジョジョを連れて、片思いの看護婦グロリアを追いかける旅に出かける。
彼らは偶然ヒッチハイクしていたレオン(イブ・モンタン)と出会う。
彼は病気を治したり、競馬の予想を当てたりと、何とも不思議な老人である。
彼もまた昔の恋人を求めていた。
その恋人のいる街へたどり着くが、彼女は彼と別れてすぐに、この世を去っていた。
やがて病に倒れたレオンを彼らは、病院で必死に世話する。
グロリアは、その姿を見て、はじめてトニーに心を開く。

うーん、イブ・モンタンの張り切りぶりは凄いのだが、最後は、はしょりすぎたな。
グロリアとトニーの関係にしろ、レオンとジョジョの関係にしろ、何だか突然展開が速くなって、着いていけない。
この映画の失敗で、ジャン・ジャック・ベネックスの映画は日本では掛からなくなるが、それも納得の一作(笑)
本国でもイブ・モンタンを殺したように取られ、干されたんだろう。
ちなみにその次の作品は「オタク」と言う、日本のオタク少年ドキュメンタリーだった。

一瞬、良いなあと思ったのは、グロリアが飲み屋の窓越しにトニーを見つめるシーンだが、これもそこに至る心理描写をはしょりすぎているから、感動半分だ。
なお、音楽は、相変わらず、なかなか凝っている。

白の愛Trois Couleurs Blanc (1994, France-Poland)

世界一発音しにくい、大監督キェシロフスキのトリコロール三部作・第二弾。
日本ではジュリエット・ビノシュなんかよりずっと人気の高い、色白のジュリー・デルピー主演。
雪のワルシャワを舞台に、捨てられた男の復讐劇が描かれる。


カロルは腕の良い美容師で、妻のドミニク(ジュリー・デルピー)と共にパリで活躍していたが、性的不能になり、妻から離婚裁判を起こされ、そのうえ、放火の罪を着せられる。
トランクに身を隠し、命辛々ワルシャワへ戻った彼は立ち直り、ビジネスにその才能を発揮して、実業家として成功する。
しかし金はあっても愛は無い。
ドミニクのことを忘れられない彼は、ある作戦を思いつく。

おそらく三部作の中ではもっとも評価は低い。
日本では青が人気で、アメリカでは赤が人気だ。

でもデルピーファンなら、文句無しの一作だろう。
ジュリー・デルピーは顔的には高田みずえ系だが、ギリシャ彫刻のように肌が透き通っていて、表情が変わらず、硬い。
そこが魅力なのだ。
この作品では、不能の夫をごみのように捨てる、悪女だ。
そして金に釣られて最後は陥れられる、哀れな女でもある。

猫が行方不明Chacun cherche son chat (1996, France)

1961年生まれ、気鋭のセドリック・クラピシュ監督作品。

パリに出てきた女の子は、ホモとルームメイトになってしまう。
ある日、老女に猫の世話を頼むが、その猫が行方不明になる。
彼女はその猫を探す過程で、いろいろなパリジャンとの出会いを経験する。
そして次第に大人のパリジャンへと成長していく。

典型的なフランス映画だ。
みんないい人ばっかり。
安心して見られる作品。
でも、盛り上がりはあまりありません。

夏物語 Conte d'Ete (1996, France)

エリック・ロメール監督の四季シリーズ第三弾の「夏物語」。
「海辺のポーリーヌ」から13年、あのアマンダ・ラングレちゃんが大人の女になって帰ってきた(笑)

数学修士を取ってコンピュータ会社に就職するか、好きなギターで生活しているか、悩むガスパールは、ブルゴーニュの海辺の町へ卒業旅行にやってきた。
そこで民族学のフィールドワーカーであるマルゴ(Aラングレ)と知り合う。
ちょっと内気なガスパールだったが、知的で行動的な彼女に強い刺激を受けていく。
一方、マルゴも恋人と遠く離れて暮らしており、繊細で芸術家肌のガスパールの存在に、心のときめきを覚える。

次第に接近する二人だが、マルゴは友達の一線を守ろうとする。
そしてセクシーな銀行員ソレーヌを彼に紹介する。
しかし、彼らが仲良くなると、気に入らないマルゴ。
さらに、そこへ、ガスパールの気ままな恋人レナもバカンスにやってきたから、さあ大変。
四角関係で二進も三進も行かなくなった、ガスパールの究極の選択は?

アマンダは、実にチャーミングになった。
小柄でちょっと石野陽子に似てるかもしれないが、何しろ歩き方がチャーミングだ。
ライバル役の他の二人とは大違い。歩き方で知性とか女の格を表現している。
彼女はガスパールと、友達の一線を守るとは言え、日本人のイメージする、「お友達」とは全然違うぞ。
何か最後の一線を越えそうで越えない関係をお互いに楽しんでるって感じ。
自分の自制心で遊んでるって感じかな。やはりフランス人は偉い(笑)


ロメール監督はハンディカメラ等のダイナミックな撮影が特徴だが、今回もガスパールとマルゴをひたすら「歩かせて」喋らせて、それを追いかけて撮るというスタイル。
歩きの美学を感じた。
ただカメラには、むらがあってきれいに撮れているシーンもあれば、見にくいシーンもある。
風景を美しく撮るのは、さほど上手いとは思わなかったが、女性のちょっとした表情の変化を抽出するには、ぴったりの手法だ。

ロメール監督では、さらに台詞回しが巧みだ。
今回は、女性陣がすべてわがままで、しかも男で痛い目に遭ったことがあり、警戒心が強い。
そこで、ガスパールに対して、一回のデートの中でも、態度をころころと変える。
その辺を、畳みかけるような台詞、ほとんど間を取らない台詞回しで、表現している。

モンローウォークでも感動しなかったが、アマンダ・ウォークには参った(笑)

八日目 Le huitieme jour(1996,France-Belgium)

ビデオで、96年カンヌ映画祭で主演男優賞をW受賞した「八日目」を観た。
仕事中毒の中間管理職アリ(D・オートイユ)とダウン症の青年ジョルジュ(P・デュケンヌ)のロードムービーだ。
ジョルジュ役のデュケンナは実際のダウン症患者であり、迫真ならぬ、真実の演技であった。
顔全部を使って泣いたり怒ったりで、あの顔は一度見たら一生忘れない。


新銀行の立ち上げに奔走するアリは、営業指導スタッフ。
営業店の若い連中には、常に笑顔を絶やすなと厳しく指導する。
しかし仕事熱心の余り、私生活では妻や娘に去られていた。
やけになって夜道を車で飛ばすアリ、そんなとき、ジョルジュと出会う。
彼はダウン症を患っていて、ちょっと女好きが玉に瑕だが、気の優しい青年。
母や姉に会うために施設を脱走していたのだ。
アリはジョルジュを警察に付きだそうとするが、警察では取り合ってもらえず、仕方がなく、ジョルジュを彼の母の家に連れていくことになる。
ところがその母は亡くなっていた。
やむを得ず、ジョルジュの姉の家に向かうが、そこでは厄介者扱いされて追い出されてしまう。
たまたま入ったドライブインでジョルジュはウェートレスに一目惚れしてしまうが、あっさり振られてしまい、床の上で、のたうちまわって悲しみを表現する。
またジョルジュは、アリが妻や娘と会えない事情を知り、一生懸命慰めようとする。
アリも、喜びや悲しみをいつも100%表現する、ジョルジュの無垢さに触れ、自分の見失っていたものに気づき始める。

施設へ戻ったジョルジュは、アリのため、アリの娘の誕生日に施設の仲間と一緒に祝ってやろうと思い立つ。
アリも彼らの素敵な申し出に、もはや何のためらいも無く、仕事を投げ出すのだった。
そして、アリの妻と娘が住む海沿いの家へと向かう。
やがて夜になり、閉鎖された遊園地の観覧車やメリーゴーランドが回りだし、海岸からは、大きな花火が打ち上げる。
妻や娘は、仕事を放り出してまでして、誕生日に来てくれて、障害者たちと海辺でバカ騒ぎをしている、父を見て、ようやく閉ざしていた心を開く。
一方ジョルジュは、幸せそうな家族を見て、自分の居場所がそこにないことを悟る。
彼は母親の許へと行きたいと願い、銀行の屋上に上り、大空に向かって飛び立つのだった。

この映画は、演技者の演技に相当助けられている。見て損はない。
しかし作品としては、あるいは脚本としては、さほど凄いとは思わなかった。
最後にジョルジュを死なせて終わらせる辺りは、ハッピーエンドよりショッキングであり良いのかも知れないが、それならそうで、もう少し盛り上げ方があるだろう。
その辺りは欧州映画の弱いところ。
畳み込んで行くことがない。
最後にアリをダウン症施設の教師にしてしまうというのは、やり過ぎだ。

なお、タイトルの「八日目」とは創世記から来ている。
神様は八日目にある大切な物を作り忘れていることを思い出す。
それが、ジョルジュだったというわけ。

ポネット Ponette (1996, France)

母親が娘を載せて車を運転していて、交通事故に遭う。
娘は助かるが、母親は死んでしまう。
娘ポネットは、まだ四歳。腕のギブスから親指だけ出して、しゃぶってる年頃だ。
母親の死を理解できない。
回りの大人達も彼女を持て余し、その場しのぎの嘘で繕うが、娘は傷つくだけ。
イエス様は復活したと聴かされれば、どうして母親だけ復活しないのかと、ごねる。
頼るものを失い、自分の殻の中に閉じこもろうとするポネット。

やがて彼女は寄宿舎学校へ入れられる。
そこで父親や伯母から引き離され、新しい友達と出会い、虐めにも会い、カトリックの信仰に触れたりしながら、彼女は少しずつ自立を学んでいく。

ある日、彼女は一人で寄宿舎を抜け出して、母親の墓へ急ぐ。
友達に教えてもらった魔法の言葉や道具で、母親を生き返らせようとするが、望みは果たせない。
彼女の中でも、こういう作業が実は何の意味も持たないことに気付くだけの、大人の部分が育ち始めていた。

やがて疲れ果てた彼女は、墓場で眠ってしまう。
彼女は母親の夢を見る。
母親は優しく、彼女に接する。
しかし彼女は、その母親が夢の中の存在に過ぎないこと、自分の作り出した幻に過ぎないことを知っていた。
やがて二人に別れの時が来る。
泣きじゃくる彼女に母親は優しい言葉で諭して、別れを告げるのだった。

彼女を探して、父親が迎えに来た。
目覚めた彼女は、父親に微笑んで語った。
「ママに会ったよ。でもねえ、もうママは戻ってこないんだよ。
ママは言っていたよ。『楽しんで生きなくっちゃ』って。」

一時間半ほどの短い映画だが、泣くところは山ほどある。ハンカチなくしては見られまい。
母親の幽霊が最後に出てくる辺りで、少し好き嫌いが分かれるかもしれない。
しかし、母親の口癖だった「楽しんで生きなくっちゃ」という言葉の意味に娘が気づき、それを心の支えにして、娘が強く生きていく。
そのためには、母親の亡霊の登場も必要だったと思う。

フランス映画なので、音声はBGMは控えめで、台詞中心の配合だ。
映像の色合いは、ずいぶん緑かかっていると感じた。
女の子の微妙な表情の変化をきっちり撮るあたりは、フランス映画伝統の職人技だな。


哀愁のトロイメライ Fruehlings Sinfonie (1983, East and West Germany)

独語のタイトルは、シューマンの第一交響曲である「春の交響曲」、
ところが邦題は「哀愁のトロイメライ」挙げ句の果てに、「クララシューマン物語」に改題された(爆)
何はともあれ、東西ドイツが協力して作り上げた作品。
たとえ共産党が強い時代でも、ドイツは音楽では一つなのだ。


クララ・ヴィーク(ナスターシャ・キンスキー)はライプチヒの音楽教師の娘で、幼い頃からパガニーニ(ギドン・クレーメル)と共演するなど、天才の名をほしいままにしていた。
父の高弟ロベルト・シューマン(ヘルベルト・グレーネマイヤ)とは子供の頃から仲が良く、彼女にとってロベルトは、兄でもあり友人でもあり、そして最も信頼できる作曲家でもあった。
しかし彼は腕を故障しており、ピアニストとしては、クララには頭が上がらない。

クララは成長して、ロベルトを男性として意識するようになる。
と言うのも、回りに男性らしい男性がロベルトしかいなかったのだ(笑)
世間知らずの天才少女クララだったが、愛を知ることで、クララの演奏は次第に情熱を帯び始める。

ロベルトは元来、躁鬱の気があり、シンフォニックな激しいピアノ曲を書いていたが、クララを女性として愛するようになってから、生活のためもあって、子供向けのシンプルな曲を作り始める。
それが「子供の情景」(トロイメライ他)などの小品集である。
また音楽批評誌を創刊して、自ら文筆を振るった。

クララはプラハ、ウィーンと演奏旅行を成功させ、ますます名声を得る。
クララの父は無名作曲家ロベルトを「精神病で、財産狙い」とののしり、娘から引き離そうとする。
ロベルトは酒に溺れるが、メンデルスゾーンの支援で立ち直り、作曲活動を続ける。
クララもパリの演奏旅行は、必ずしも成功とは言えず、遂に父を捨てて、ロベルトの元へと走る。
裁判で父を破り、二人は結婚を認められた。

ロベルトの第一交響曲「春」が完成し、メンデルスゾーンとライプチヒ交響楽団により初演される。
それを聴くクララの横顔は何かしら淋しげで、これから先の不幸を予感させた。

妙な映画だ。
クララが一番幸せだった辺りで、作品を終わらせている。
見ている側はその後、どうなったのか、知っているわけで、素直に喜べない。
父の予想した通り、ロベルトは躁鬱が激しくなって、気が狂って死んでしまうし、クララは苦労して子供を育てなければならない。
それを影ながら援助する、ブラームスはクララを思って、一生やもめを通してしまう。
ここから後の悲劇を描いてくれた方が、ずっと映画的だと思うのだが。


ナスターシャ・キンスキーの野性味溢れる美しさが、天才ピアニスト・クララのそれと重なる。
ずいぶんダイエットしているようだ。

しかし東ドイツで保管していたせいか、状態が良くなくて、映画「パリ・テキサス」の前年の撮影とは思えない。
音が悪いのも、つくづくも残念。

テナーはフィッシャー・ディースカウ。
ピアノはアルゲリッチではなく、ケンプとポゴレリッチというのが妙だが、その辺はクララっぽく、それなりに弾いている。


パリ・テキサス Paris, Texas (1984, Germany & France)

ヴィム・ヴェンダース監督のカンヌ映画祭グランプリ作品。
フランス・ドイツの合作映画だが、中身は全部アメリカの話で、英語がほとんど。

ロードムービーという触れ込みだから、パリからテキサスまで行くのかと思うと、ずっこける。
パリスというのは、テキサスの街の名前だそうだ。


ロスで広告業を営む、ウォルトは、4年ぶりに兄が見つかったという報を聴き、急いでテキサスへ駆けつける。
兄のトラヴィスは記憶喪失になっていた。
ウォルトはもうすぐ8歳になる、兄の息子ハンターを引き取って育てていた。
トラヴィスとハンターは、最初の内はぎくしゃくしていたが、やがて父子らしさを取り戻す。
ハンターの母(N・キンスキー)は、トラヴィスが家出した直後に、ハンターをウォルトに預け蒸発してしまった。
トラヴィスはハンターと共に、妻を捜す旅に出かける。
やがてヒューストンで彼らは彼女を見つけるが、彼女は風俗嬢になっていた。
トラヴィスは、ハンターを彼女と会わせたものかどうか、悩む。

哀しい映画だと思うが、あまり泣けない。
男はかなり年上で、若すぎる妻とはギャップが大きすぎた。
その辺りの理由で、元の鞘に収まるのは無理だという話なのだろう。
ちょっと感情移入しがたかった。

家庭とは何かって言うことを主題に捉えている映画だ。
西洋的な家庭観と日本的家庭観の相違を思い知らされた。
西洋では愛し合う雄と雌の愛を大前提にしていて、その上で子供が存在するという考え方だ。
しかし日本だと子はかすがいであり、子供がいるから、夫婦が一緒にいられるみたいな発想だけに、観ていてちょっと圧倒された感じがする。

ナスターシャ・キンスキーは美しい。
それまでは鱈子唇ばかりに目がいって、セックスアピールが強すぎたが、今回は母親の役ということで、化粧や着物こそ派手だったが、内面的な母性愛を強く感じさせた。
僕としては、きれいな女優が出てきて、幸せになってくれれば、それだけで満足である(笑)
上映時間2時間20分と、ちょっと長い。

ノッキン・オン・ヘブンズ・ ドア Knockin' on Heaven's Door (1997, Germany)

トーマス・ヤーン監督の演出作。
彼が監督になったエピソードが凄い。
彼はタクシーの運転手であり、たまたまドイツのスーパースターでハリウッドにも進出している、ティル・シュバイガーが彼の車に乗ったとき、自作の脚本を読んでもらい、気に入られたというのだ。


男っぽいマーチン(ティル・シュバイガ)と、ちょっとなよっとしたルディは、共に不治の病で、ホスピスに入院している同志。
ある日、この世の最後の思い出に、海を見に行こうと、車を盗んで北へ走る。
ところがその車がヤクザの大金を乗せた車だった。
彼らはそれも知らずに、強盗を繰り返し、北の海へ向かう。
追いかける警察とヤクザから逃げながら、彼らは果たして海に到達できるだろうか?


ボブ・ディランの「ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア」をバックに海を見つめながらの、最後のシーンが美しい。

面白いのは、最初はマーチンが男っぽい役だったのだが、だんだん死期が近づくにつれ、マーチンが無垢な子供のような表情を見せ、おっとりなよなよとした、ルディの方が、様々な経験を積んで大人っぽく、渋くなっていく。
死を見つめた男たちの表情の変化が、強く印象に残った。

「バンディッツ」、「ランローララン」に続き、日本で上映されたドイツ作品だ。
この映画がドイツではもっとも観客を動員したとのこと。
たしかに音楽的にも俳優的にも最もよくできている。

ドイツ映画って、どうも走っていたり旅先の話だったり、ロードムービー系ばかりのような気がする。
脇役も役者が揃っていて、欧州系映画に興味のある向きには、楽しめる一編。

ランローララン (Lola rennt, 1998, Germany)

映画は軽くて短くて、最後はハッピーエンドに終わり、見て損はないが、得もない。

髪の毛を真っ赤に染めている、ローラ(Fポテンテ)は銀行家の娘。
恋人(Mブライプトロイ)はちんぴらで、薬の売人だ。
お昼前の11:40、ローラに恋人から電話がかかる。
麻薬の売買代金を電車に忘れてしまったという。
もし昼までに10万マルク作らないと、親分に殺される、
そうなるぐらいならスーパーに押し入ると言う。
ローラは12時まで待ってと頼み、父親の会社へ急ぐ。
途中、猛犬に襲われそうになりながらも、何とか父のオフィスに到着したローラ。
しかし、父親は会社の同僚と不倫関係にあり、娘の話も聞かず、家を出たいと切り出すのだった。
果たしてローラは恋人を留められるのか?10万マルクはどうなるのか?

ほぼリアルタイムで動いているため、結末はあっけなく訪れる。
しかし、そこでローラは考える。
こんな終わり方は嫌だ。どっかでちょっと流れを変えれば、もっと良い結果が出るはずだ。
そしてお話を、もう一度最初に戻ってリピートしてしまう。
運命の切り替え場所は猛犬に出会った場所だ。そこでの反応を少し変えてみると、最後の結末まで変わってしまう(笑)

つまり、これはコンピューターゲームのアドベンチャーゲームの乗りだ。
実際、監督は日本のさぶ監督(ポストマンブルース、弾丸ランナー)のファンらしく、映画の中でも日本製のバラエティ番組(ドミノ倒し)のシーンを使っていたりする。
アニメを実写に混ぜ合わせるあたり、当時の日本映画にも影響を与えている。


友達のうちはどこ? (Iran,1987)

現代の巨匠中の巨匠、アッバス・キアロスタミ監督(イラン)の作品。
8歳の少年が友人の家を探して、小冒険を行い、見知らぬ大人たちとのふれあいを通して、少しだけ成長するというお話。
素人の子供を主役に採用していて、ドキュメンタリータッチで描いている。




アハマッドが学校から帰ってきて、まずしなければいけないのは、宿題だ。
ところが、鞄の中を覗くと、友人のノートが入っているではないか。
これは大変だ、返さなくてはならない。
イランは戒律の国だ。宿題をノートに書かなければ、退学になっちゃう(笑)

早く宿題を済ませ家事を手伝え、と口うるさい母親の目を盗んで、彼は友人ネツァマデの家を探しに出かける。
隣町ポシュテにあるはずだが、隣町は広くて、よく知らない。
一山越えて、ようやくポシュテに着くが、案の定、町の人はネツァマデの家を知らない。

しかし従兄弟が近所に住んでいるという。
階段の上の青い扉の家だ。町中走り回って探すアハマッド。
ようやく見つけた家は、しかし留守だった。
隣のおばちゃんは、ちょうど五分前にコケロの街へ行ったよ。と言う。
コケロは、アハマッドの街だ。
慌ててきびすを返す、アハマッド。

息せき切って、一山越えて、ようやくコケロに戻ったが、従兄弟は見あたらない。
しかし今度は家具屋の名前がネツァマデという話を小耳に挟む。
今度はロバに乗って駆けていく家具屋の姿を追って再びポシュテの街へ。
石畳の坂を下って、家具屋の家を見つけるが、そこは同名異人のネツァマデ家だった。
彼は再びポシュテの街を走り回るが、次第に日が暮れてくる。

親切な建具職人のおじいさんと出会う。
おじいさんはネツァマデなら五分前までここで遊んでいたよ、と言う。
そしてアハマッドを彼の家まで、道案内してやろう、という。
ほっとして、夜道をついていくアハマッド。
でも、おじいさんが連れてきてくれた家は、さきほどの家具屋の家だった、、、


ノートを返せず、夜遅くに家に戻ったアハマッドは、父や祖父に叱られたが、自分のことより、ネツァマデのことが心配で、眠れやしない。
ようやく解決策(自分が彼のノートに宿題の答えを書いて、翌朝渡してやれば良いこと)に気付いた。
ところが、あまりに走り回って疲れたのか、翌朝寝坊してしまう。




子供の頃に、誰でも一回や二回はやった経験がある話。
感情移入はたやすいと思う。

ちょっと教訓的に聞こえる話だが、それ以上に主役の少年の純粋な演技に引き込まれる。
アハマッドは最初は口ごもってばかりで、何を言いたいのか、よくわからないシャイな少年だった。
しかし一晩の間に、次第に台詞の声も大きくなり、自分の意思も伝えられるようになる。
この辺りの演技指導は、なかなかのもの。
というより、素人だから、慣れてくれば、勝手にああいう風になっちゃうのかもしれないが(笑)

映像的には、山道や坂道をただひたすら走り続ける姿が、脳裏にこびりつくだろう。
同じ道を、何度も何度も走り回るのだ。
家具屋の家へ到る道が二つあることには、アハマッドでなくても、すっかり騙された(笑)
なお道と扉が劇中、かなり象徴的に使われている。

全体として、お金は殆どかかっていない映画だ。
それでこれだけの物ができちゃうんだから、恐るべしキアロスタミ監督!

桜桃の味(1997, Iran)

キアロスタミ監督、97年度カンヌ映画祭グランプリを今村昌平の「うなぎ」と分け合った、「桜桃の味」だ。
例によって、狭いところでぐるぐる同じ道ばかり回ってる映画だ(笑)




自殺志願者が人生の生きる意味を見つめ直す心の旅なんだが、場所が山の中で、セメント用砂利の採取場なのだ。
そこを車でグルグル回って、自分の自殺を手伝ってくれる人を捜してる。
大金のアルバイトだが、誰も気味悪がって、やってくれない。
クルド人の兵士は車から飛び出して逃げてしまうし、アフガニスタン人の神学生はコーランに書いてないことはできないの一点張り。
ようやくお金に困っていたトルコ人の老紳士に出会い、引き受けてもらう。
しかし、老人は自分も自殺を考えたことがあった。と昔話を語り始める。
その老人の話には経験と含蓄があり、心の迷路に迷い込んでいた主人公も次第に「生きる」ということの意味を考え直し始める。
そして、最後に彼の下した判断は、、、




最後まで主人公の自殺しようとする理由は語られない。
理由がわからなければ、思いとどまるように、説得できるとは思えなかったのだが、そこをトルコの老紳士は、巧みにやってのけてしまう。
言い換えれば、キアロスタミの人生の意味は、しごく単純明快なのだ。
この辺は、黒沢明の「生きる」とは、かなり重さが違うと感じられた。




相変わらず金のかかっていない映画だ。
これでさぞかし、外貨をがっぽがっぽと稼いでいるんだろう。
人生に迷ったら、ぜひご覧下さい。

ラジュー出世する Raju ban gaya Gentleman (1992,India)

インド・マサラムービー復活の、のろしを上げた「ラジュー出世する」。
日本語のキャッチコピーが、「わかりやすい筋、読める展開、約束された結末、お笑い、お色気」、うーんその通り(笑)


長い映画だ。2時間40分も掛かる。
結局、経済的成功よりも大切な物が世の中にはあるよという、教訓的なお話だ。

田舎の土木大学を卒業した、ラジューは都会のボンベイへ出て、就職先を探す。
不況で職はなかなか見つからない。
そんな中で美しい娘レヌと出会い、愛し合う。
ようやく大手ゼネコンに入社できたラジューは、めきめきと業績を上げて出世していく。
彼を社長令嬢が見初めてアプローチして、レヌとの間がぎくしゃくし始める。
大きなプロジェクトを任されたラジューは役人に賄賂を渡したり、手を汚しながら、どんどん結果を出していく。
しかしライバルは彼に嫉妬して、恐ろしい罠を張る。


一つの映画に青春メロドラマ、ミュージカル、社会派サスペンス、法廷ものまで、含まれていて、やりたい放題。退屈はしないが、ちょっと疲れる(笑)

主人公もその彼女も今風のインド人で、外国にも通用するタイプのアイドルマスク。
とくにレヌ役のジュヒー・パーテーカルは、鰐淵晴子みたいなタイプで、エキゾチック好み日本人には、オッケーだろう。
サリーを着たダンスの切れ味もしなやかで、グッド。
西洋風ドレスでのダンスでは、ラブシーンを表現したが、こんなのって、もう日本でも作れないよなあ(笑)

この映画はクレジットも英語で書かれており、そのうえ、台詞も一部英語だ。
元英国領だから、英語は庶民にも通用するのだろう。
イスラム教徒や仏教徒も出てきているが、その辺の問題は表だって扱ってなかった。
しかし、ヒンディー教徒同士の身分の違いによる結婚問題は出てきた。
やはり身分違いの恋は映画とはいえ、結ばれるわけにはいかないようだ。

暗殺の森 il Conformista (1970, Italy)

パゾリーニの弟子、ベルトラン・ベルトリッチ監督の官能美を存分に楽しめる。
拙者はドミニク・サンダは子供の頃に観た映画で痛く感動して以来、弱いのよ(笑)


哲学講師マルチェロ(JLトランチニャン)は子供の頃に同性愛者を射殺したことがトラウマとなって、社会に対して償いをしなければいけない、という強迫観念にとらわれている。
時はムッソリーニ時代、彼はファシスト党に身を投じ、秘密警察の一員となる。
彼に与えられた任務は、パリへ亡命していた恩師クアドリの暗殺。

彼は大して好きでもない女(ステファニア・サンドレリ)と一緒になり、新婚旅行を兼ねてパリを訪れ、クアドリ夫妻を訪問する。
しかし彼が心を奪われたのは、クアドリの若き妻アンナ(Dサンダ、当時19歳)だった。
彼は途端に任務を忘れて、彼女に迫る。
彼の正体を知る、彼女は彼の前に身を投げ出す。

マルチェロは彼女から情報を聞き出し、クアドリ教授一人をおびき出し暗殺する計画を建てる。
しかし彼女は夫と行動を共にする。
雪の中をマルチェロは、クアドリ夫妻を乗せた車を追う。
そして森の中で追いつかれた夫妻は、秘密警察によってなぶり殺しにされるのだった。
命乞いをするアンナを、マルチェロは見殺しにするしかなかった。

体制が変われば、新しい体制にすぐ順応してしまう、インテリの空しさを描いた秀作。
絵コンテを画集にしただけでも、素晴らしい物になりそうなぐらい、映像美が素晴らしい。
その中でも女性を非常に美しく描いている。
台詞はそう多いわけではないが、脚本(ベルトリッチの脚色)もしっかりしたものだ。
そういう造りの中で、愛すべき相手を見殺しにした、優柔不断な男の空虚さを、冷たく描ききっている。

難を言えば、イタリア映画にありがちだが、音声だ。
声にリバーブを掛けすぎている。
したがって人の声がスクリーンから浮き上がってしまう。

イル・ポスティーノ Il Postino(1995, Italy)

英国人のマイケル・ラドフォード監督が、イタリアの小島に渡って撮った「イルポスティーノ(郵便屋さん)」
ルイス・バカロフの美しい音楽がアカデミー作曲賞を獲得した。


マリオ(マッシモ・トロイージ)は島の漁師の息子。
かなりの年だが病弱で無口。定職に着いたことはなかった。
そんな彼が初めて得た職が郵便配達。
早速、配達した先は、ノーベル賞詩人でチリから亡命している、反政府系活動家パブロ・ネルーダ(フィリップ・ノワレ)。
何度か配達に訪れるうちに、二人は親しくなる。
マリオは詩が好きで、パブロに教えを受けるようにまでなった。
パブロも、素朴な島の生活の中で磨かれた、マリオの汚れない感性をまぶしく感じる。

マリオは恋に落ちる。
島の食堂の美しい娘ベアトリーチェだ。
とても不釣り合いな二人だったが、パブロは二人の間を取り持ってやる。
マリオはパブロの詩を借りて、想いをうち明けた。
娘はマリオの純粋な想いとそれを伝える詩に感動し、伯母の反対にも関わらず、二人は結ばれてしまう。
パブロは結婚式の立会人となる。
しかし披露宴の最中、パブロに帰国許可が届けられる。

パブロがサンチャゴに去った後のマリオは、もはや配達人のマリオではなかった。
パローレ(言葉)の力を得たマリオは、反体制詩人として共産党活動に参加する。
しかし、そのことで彼は悲劇に襲われる。

口を聞かなくたって十分生きていけるような離れ小島で生活した男が、言葉の力を知ってしまったばかりに起きた悲劇が主題だが、美しい音楽と美しい風景映像で、淡々と描かれている。
主役のマシモは、病弱な雰囲気を上手に出している。
凄い役作りだなあと思ったら、この映画のクランクアップ直後に亡くなったそうだ。
本物の病人を使って撮るなんて、恐ろしい。

有名なフランス人俳優フィリップ・ノワレが演じる、パブロ・ネルーダは実在のノーベル賞作家。
彼の創った詩が映画の中で頻繁に使われる。


ヨーロッパ映画を見ていると、たとえば「美しき諍い女」もそうだが、芸術の神髄みたいなものに簡単に踏み込んでいく。
この映画は詩の美しさ、素晴らしさ、恐ろしさみたいなものを伝えてくれる。
あまり詩は得意ではなかったが、この映画を見ると詩に親しみを感じるから不思議。

桜の園(1990, 日本)

日本を代表する中原俊監督(「12人の怒れる日本人」、「歯科医」)の傑作映画、
90年のキネマ旬報邦画一位。
原作は吉田秋生の漫画である。


今年も桜が咲き誇る中、同じように創立記念日がやってくる。
女子高校の演劇部は創立記念日に毎年、チェーホフの「桜の園」を上演する習わしだった。
上演前日に演劇部の杉山(つみきみほ)が喫煙して補導され、「桜の園」が上演できるかどうか、職員室で激論が戦わされてる。
主演の倉田(白鳥靖代)は体調が悪く、公演が中止になれば良いと思っている。
そんな倉田を部長の志水(中島ひろ子)は一人気遣う。
顧問の里美先生(岡本舞)は生徒達にまったく期待されていなかったが、涙ながらの主張でなんとか上演できることになる。
そんな中で、志水部長は杉山に「志水さんは倉田さんのことが好きなんでしょ」と見抜かれる。

作品では当時の女子校三年生の微妙な心の移ろいを巧みに描き出している。
女子校というものを知らない男性は、覗き見しているような気になる。
なかなか興味深い作品だった。


少数の上手な俳優を使い、音楽はショパン、天気は晴、桜が風に散っていく。
日本的な美の世界を映画の中で見事に表現している。

耳をすませば(1995, 日本)

スタジオジブリのアニメ作品。
宮崎駿は脚本とプロデュースに徹して、近藤喜文が監督している。
中学生の思春期を描いたハートフルな作品。


中学三年生の雫(声:本名陽子)は、共働きの両親と大学生の姉の四人家族で暮らしている。
父は図書館の司書で、雫も図書館で物語を読むのが大好きだ。
そしていつか自分も素敵な物語を書きたいと思っているが、
いまは毎日の学校で友人との生活が楽しい。
最近雫が図書館で借りる本すべての図書カードに聖司という男の名前が記されていた。
自分と同じ本を読む聖司という男に雫は興味を抱く。

15歳のこどもが恋を知り、将来に悩み、そして前向きに生きていくお話。
出てくるのは素朴で純粋な中学生だが、今時こんな奴いないぞ(笑)
スタジオジブリの作品はどこかノスタルジックだ。
逆に言えばいまどきのこどもは可愛そうだな。

スタジオジブリ作品は、素人声優を多用して、どこか紙芝居の朗読的な雰囲気を出す。
トトロでも父親役に糸井重里を起用していたが、
今回も雫の父親に立花隆を起用する荒技を披露している。
他にも母親役は室井滋を起用していた。
この辺がテレビのアニメとは違う異空間を創り出すのに一役買っている。

ガメラ 大怪獣空中決戦 (1995, 日本)

95年度キネマ旬報邦画第六位入選作品。
歌謡曲評論家(笑)兼映画監督の金子修介が演出。

では、一体どこが第六位なのか?
これじゃあ第七位の立場はどうなるのか?
この年は邦画が五本しか無かったと言うことにしておこう。

東宝のゴジラが、マンネリ化してしまい、95年のゴジラ対デストロイアで一旦休止に入った。
同年のガメラのこの復活第一作は新鮮さもあり、不安な社会情勢の下、子供たちに受けたようだ。
しかも既に大映は徳間書店の傘下に入っており、日本テレビが配給に加わったというメディアミックスも効果があった。


五島列島でギャオスの子供が見つかる。
時を同じくして東シナ海で海中を移動する大型生物が発見される。
ギャオスの親を福岡ドームにおびき出し、捕獲作戦が実行されるが、
海中から姿を現した大型生物(正体はガメラ)に襲われ、親鳥を逃がしてしまう。
ガメラは自衛隊の集中砲火で傷つき、海深く消えてしまった。
東上したギャオスは、次々と街を襲い人間を食べて、巨大化する。

ゴジラの場合は敵怪獣がキングギドラなのだが、これはどうしても凶悪性に乏しい。
ところがガメラのライバル、ギャオスの場合は、さほど大きいわけでもなく、人間を食べるシーンなどで、怖さを演出することが可能だ。

この程度の作品なら、五歳の男の子は、もう怖がらずに観ることはできるし、筋も大方、理解できるようだ。
なお旧ガメラシリーズに出ていた本郷功次郎と、ゴジラシリーズに出ていた久保明が特別出演している。

主役を張るのは、伊原剛と、中山忍である。
忍ちゃんは実物を見かけた事があるが、演技が上手になった。

東京夜曲 (1997, 日本)

CM界の巨匠、市川準監督の作品。
下町の商店街を舞台に、中年の男一人と女二人のせつない恋物語を、淡々と描いている。

市川監督は、大林監督に次いでCM界から現れた巨匠だ。
この二人に共通している点は、とても静かな映画であること。
動きは基本的に少ない。CMという、短い時間でどれだけ印象を強く与えられるか、という世界で仕事をしてきた人は、こういう映画を作ることになるのだろう。
しみじみ系がお好きなら、お薦めの作品だ。


電気屋の店主浜中(長塚京三)が数年ぶりに商店街に帰ってくる。
家出して、やくざな生活をしていたが、怪我をして、やむなく戻ってきた。
妻(倍賞美津子)や家族は何も言わず、彼を迎え入れる。

近所の青年朝倉(上川隆也)はひそかに浜中の妻のことを慕っていて、面白くない。
そこで彼は、浜中の過去を調べはじめ、
碁席喫茶の女主人たみ(桃井かおり)と浜中がかつて恋仲だったことを知る。


下町の風景のカットで時間を経過させていく構成はとても良い。
ロケ中心なのでとくに美しい映像とは行かないが、セピア調で心和む絵だ。
音楽も室内楽が中心で、うるさいところが全くない。
登場人物の情感が、静かに心にしみる作品だ。


とくに後半、たみと浜中が二人喫茶店で無言でいるシーン。
カメラに二人して背を向けているのだが、その背の丸め方が人生だとか二人の関係だとかを無言の内に語っていて、見ていて鳥肌が立った。
ワンカットに命を懸けてるなあ(笑)
桃井かおりの代表作だ。

ただ、格好悪かったのは、碁席で客が碁を打つシーンだ。
みんなまともに碁石を持てていない。
ちゃんと技術指導ぐらいすべきだろう。


うなぎ (1997, 日本)

今村昌平のカンヌ映画祭グランプリ作品。
今村監督と言うと「赤い殺意」や「復讐するは我にあり」など、少し重いって感じがあって、あまり好きじゃなかった。
この映画は意外と軽い感じで、それでいながら今村作品の持つ日本的な湿度を表現している。
これぐらいなら、楽しめる。


山下(役所広司)は8年の服役後、仮出所で佐原の町に現れる。
保護司(常田不二雄)の世話で古い理髪店を借りて、開業する。
しかし彼は自分の罪を悔いることはできなかった。
彼は自分を正当化する代わり、人々とは交わらず、うなぎを飼って話しかける毎日。
それでも近所の人たち(佐藤允、哀川翔、河原さぶ他)は、山下が心を開いてくれる日を温かく待っている。

ある日、桂子(清水美砂)という行きずりの女が近所で自殺未遂を起こす。
彼女は一命を取り留め、山下の店で働くようになる。
桂子はやがて寡黙な山下を愛するようになる。
彼女は山下にお弁当を作るのだが山下は決して食べない。

桂子は山下の刑務所仲間(柄本明)に山下の過去を知らされる。
山下が妻を殺したその日も、妻は弁当を作って山下を送り出した後、男を引きずり込んだのだ。

愛することができなくなった男が、押さえに押さえていた激情を爆発させたとき、人を愛する心を取り戻した。
刑務所へ舞い戻ることになったが、彼はかけがえのない愛を得た。
彼はいまだに、なぜ妻を殺したかってことについて、心の中の解決が付いていない。
でもその問題を避けて通ってきた彼は初めて、その問題に向き合うことになった。
愛情の問題は、愛情のないところでいくらもがいても、答えは見つからない。


山田洋次監督がこの主題で映画を撮るなら「遙かなる山の呼び声」ってところだが、
今村監督はもう少しクールに描き出す。
さらに池辺晋一郎の音楽が如何にも映画音楽って感じで、全体の雰囲気をどこか無国籍にしている。
そういう意味で賞取りっぽく感じられる部分もある。


清水美砂は今まであまり好きじゃない女優だったが、こうやって本編を見ると、こいつぁ女優だなあと思った。
蓮っ葉な女の役なんだが、どこか潔さがある。
最後は結構好きになっていたよ(笑)
でも、清水って外人大好きなんだよなあ。

ラヂオの時間 (1997, 日本)

今回は三谷幸喜(やっぱり猫が好き、古畑任三郎、王様のレストラン)が書き、東京サンシャインボーイズが演じた戯曲を三谷自身が演出、映画化した「ラヂオの時間」。
西村雅彦や梶原善ら東京サンシャインのメンバーも出演している。
畳み込む勢いは舞台そのもの。
三谷ファンは必見だ。
作品は、昔は誰もが心を躍らせた、「ラジオドラマへのオマージュ」だ。


主婦みやこ(鈴木京香)の書いたラブストーリーが、深夜ラジオの生番組で放送されることになった。
本番直前になって、ヒロイン役の女優(戸田恵子)が役名を変えてくれと、ごねる。
プロデューサーの牛島(西村雅彦)は、敢えて役名をりつこから、メアリージェーンに変える。
ところが、そうなると舞台を伊豆からシカゴに替えたり、仕事を漁師から宇宙パイロットに替えたり、と次々に変更を余儀なくされる。

番組がスタートしてからも、様々な矛盾点や、スポンサーのクレームが見つかり、
次々と変更されていく内に、いつの間にか話はオリジナルが見る影もない。

ドラマを、妻みやこの浮気話と誤解した亭主の乱入があったり、音響効果のテープが使えず、昔ながらの手法で音を作ったりと、どたばたが続く。
自分の関知しないところで、次々とストーリーが、すり変えられていく様子に、みやこの怒りは頂点に達する。

設定としては、面白くも何とも無さそうな話なのだが、これが三谷作品となると、笑ってしまう。
しかもげらげらではなくて、くすくす笑ってしまう。
何がおもしろいのか、自分でもよくわからないのだが、気付いたら笑っている。
ラジオのスタジオに大勢の人間が押し込められて、右往左往している様は三谷得意の密室ものだ。
(古畑任三郎でも桃井かおりをゲストに迎えた回で、ラジオDJものをやっていた。)


映画に出演している俳優では、ナレーター役を演じる並樹史郎(NHKドラマ「おしん」の夫役)の怪演が光った。
それから、音響効果マンだったガードマンを演じる、藤村俊二も捨てがたい。
さらにみやこの作品を片っ端から脚色してしまう、怪しい放送作家役のモロ師岡も際だっていた。


催眠 (1999, 日本)

昼間にテレビでやっていたが、TBSのドラマ同様に稲垣吾郎が主演した本編。
ネタばれしておくと、催眠術でなぶりものにされた女が多重人格化してしまい、悪魔的人格が人々に催眠術をかけ殺していくというもの。
警察まで集団催眠にかかり、捜査官が次々と自殺に追い込まれる。


観るほどのことは無い作品だが、たった一つだけ西洋ホラーには無い、和風のホラーシーンを発見した。
最後に犯人が再び姿を現すシーンなのだが、楳図かずおの得意としている、鴨居に脚をかけての逆さ吊りだった。
しかもニヤリと笑顔でご登場だ。(笑)

「エクソシスト」でも「ポルターガイスト」でも、この手のシーンは出てこなかっただろう。
世の中はゴシックホラーばやりだが、江戸前ホラーも健在だなと嬉しく感じた。


ガメラ3 イリス覚醒 (1999, 日本)

三年ぶりの新生ガメラ第三作。
ガメラに肉親を殺された少女が復讐のため、ギャオスの進化した新種イリスを育てる。
ガメラの凶悪ぶりは凄まじく、ギャオスの群を倒すためとは言え、渋谷を瓦礫の山にしてしまい、一万人もの人を殺してしまう。
自衛隊もガメラ討伐に乗り出すが、もっと凶暴なイリスが奈良から東上を開始していた、、、

前作の最後、ガメラは人間の見方ではなく生態系の維持のために働いている、という話を膨らませている。
前作の後も人間の環境破壊は収まらず、ガメラは人間もろともギャオスを全滅に追い込もうとしている。
しかし、何故か最後の京都駅決戦ではガメラは人間の側に戻ってくる。

ガメラを徹底的に人間と戦わせて欲しかった。
ガメラは一万人の人間を殺しておきながら、わずかな人間の味方をするのか、わからない。

第四作は無さそうだ。
少なくとも金子修介監督では。

仲間由紀恵が恋人といちゃついてる所をイリスに吸血されて、骨と皮だけになり死ぬ役で出演。
今となっては貴重な作品だ(笑)


39 刑法第39条 (1999,日本)

最近、職人めいてきた森田芳光監督の法廷サスペンス。
鈴木京香、堤真一主演。
「心神喪失者の行為は之を罰しない。心神耗弱者の行為はその刑を減軽する。」という刑法三十九条に対する挑戦状だ。


池袋で夫婦が惨殺される。妻は妊婦だった。
まもなく、近くで一人芝居を演じていた俳優柴田(堤)が逮捕される。
彼はすぐ自白するが、裁判で奇怪な言動を取り始める。
早速、精神鑑定に移される。
鑑定人の前で柴田は多重人格の症状を見せる。
鑑定人は精神異常と判定を下すが、助手の小川カフカ(鈴木)はその結論に異を唱える。

やがて被害者の夫は少年時代に幼児を殺害しており、精神鑑定によって処分なし、となっていたことがわかる。


途中でトリックは見えてくるのだが、すでに裁判に入っており、立証手段が限られてしまう。
検察側が、どういう作戦を取るかが見物だ。
最終的には、もう一段どんでん返しがあり、非常に考えられた脚本だった。
二時間以上だけど、アキさせない。

鑑定人役の杉浦直樹、検事の江守徹、刑事の岸部一徳と脇役陣が癖のあるところを見せており、楽しめる。
堤真一も二重人格者を巧みに演じ分けており、好演。

実生活でも堤とパートナーと言われる、鈴木は残念ながらエロチックな場面がほとんどなく、そういう意味では詰まらないが、演技としては、まあまあ70点というところか。

でも幼児の死体シーンは人形を使っていたけど、それでもむごかった。あれは夢見るぞぉぉぉ


梟の城 (1999, Japan)

司馬遼太郎原作、篠田正浩監督作品。


ストーリーは忍者(中井貴一)が仲間を殺された恨みから、豊臣秀吉の命を付け狙う。
かつて仲間だった抜け忍(上川隆也)が、立身出世のため、それを阻もうとする。
二人は死闘を繰り広げながら、自分の生き方や時代との関わりを見つめ直していく。


退屈って程ではなかったが、フジテレビ系で力を入れてCMしていたのに、ちょっと期待を裏切られた。
雑誌などでもかなり好意的に批評していたが、それほど凄い作品ではない。
とくにハリウッドアクション呆けしている連中には、面白くなかっただろう。

派手なアクションより、内面的な心の動きを重視した作品。
でもその割に、主人公の最後の選択は当然過ぎて、詰まらなかった。
これはこれで、21世紀の時代劇のあり様なのかも知れない。

なお、まったりとした映像美は、やはり篠田正浩監督と言うところである。

御法度 (1999, Japan)

大島渚監督13年ぶりの作品。しかし以前の切れ味は消えていた。
脚本は簡潔に過ぎる。
変化を追っていくと言うより、場面が変わると心理情況もがらりと変わってしまう感じだ。
映像はセピア調で美しいのだが、ビデオで見ると音声のバランスが悪かった。
ある場面は相当大きめの音で再生しないといけないが、こんどは他の場面の声が大きすぎる。

新撰組に新たな隊士が入隊した。
1人は美男子の加納惣三郎(松田龍平)、もう1人は田代(浅野忠信)。
田代は衆道(ホモ)の者で、加納をその道に誘う。

二人を立ち会わせて、惣三郎が田代に激しく打ち込まれるのを見て、土方(ビートたけし)は二人の関係に気づく。
次第に二人の噂が流れ出し、隊の雰囲気がおかしくなる。
加納は別の隊士(田口トモロウ)にも誘われる。
しかしその隊士はある日、斬られて発見される。
捜査する山崎監察(トミーズ雅)も狙われる。
遺留品から犯人は田代だと判断され、近藤勇(崔洋一)は、加納に田代の暗殺を命ずる。

新撰組は男の集団だから、その気のある連中がいてもおかしくは無い。
ネコのタイプが入ってきたとき、各隊士が本当に自分はノンケだろうかと自問自答してしまう。
誰だって絶対の自信を持って、ノンケとは言えないものだ。
そういった不安が、徐々に隊の規律を乱し始める。

この辺の集団心理描写は巧みだが、加納や田代の当事者心理にまで深く入り込もうとしない。
あくまで土方の第三者視点で何が見えたかってことだけ。
これは監督の制作意図だろうが、物足りなく感じるところだ。
昔の大島渚作品だったら、観客の襟首を掴んで、「見ろ見ろ、この映画を見ろぉぉぉ」って迫力があったんだけどなあ。

アドレナリンドライブ (1999,日本)

お金と愛情に拘る矢口史靖監督の長編第三弾「アドレナリンドライブ」。
主演の石田ひかりの好演が光る。石田を好きな人は見なさい。


悟はレンタカー屋のしがない店員。
いつも店長に馬鹿にされ、こんな仕事を辞めたいと思っている。
ある日、ヤクザの車にぶつけた悟(安藤政信)はヤクザの事務所に連れ込まれ脅される。
ところがそこで起きたガス爆発事故。
悟はヤクザの黒岩(松重豊)と一緒に病院に搬送されるが、途中で救急車まで事故を起こし、ヤクザの金を看護婦の静子(石田ひかり)と一緒に持ち逃げする。
静子もまた大人しい自分が嫌で、自分を変えたかったのだ。

ぱっとしない二人が大金を目前にして、人が変わったように行動的になってしまう。
そういう人間の妙なところを面白おかしく描いている。

全体としては爽やかな作品に仕上がっている。
ださい看護婦石田ひかりが着替えて変身する当たりに女の強さを感じた。
この子は肌は汚いが、小柄な躰からフェロモンだけは、画面からぶんぶん飛ばしてくる。
好きだなあ(笑)
実物は普通の子だろうけど。

婦長の角筈和枝がヤクザの松重豊に心を通わせ、「追込み」の手伝いをする辺りも、女の底力かな。

ドイツ人監督だったら、この題材をロードムービーにしてしまうところだが、
日本人監督じゃ、そうはならない。
主役二人の心情の変化と風景の変化を組み合わせるところまでは達していない。
ロードムービーは風景を見ながら気が変わり、状況も変わるものだ。
ところがこの映画の場合、お金を見る度に気が変わる(笑)
我々は定住型民族なんだな。


Dead or Alive 犯罪者 (1999, 日本)

Vシネマ等で活躍著しい三池崇史監督(中国の鳥人)の何とも形容のしようがない、フィルムノワール。
バイオレンス系Vシネマの二大看板、竹内力と哀川翔の初共演が話題だが、ラストの落ちには、そんなことも忘れてぶっ飛ばされた。


新宿のヤクザと中国マフィアの間で、大きな麻薬の商談が動き出す。
警察にもすでに内通者が潜入しており、城島刑事(哀川)の動きは封じられている。
しかし商談を阻止しようと、第三の組織が動きだし、中国マフィア要人の暗殺が相次いだ。
この謎の組織は残留孤児ジュニアのチームで、ヘッドの龍(竹内)は、中国ルートを横取りして、自力で国内にヤクを捌こうとしていた。

しかしヤクザの反応も早く、龍の身内が消される。
龍は中国マフィアとヤクザのパーティーになぐり込みを掛け、両勢力を粉砕するが、警察との銃撃戦で弟を失なう。
さらに城島の内偵により、ヤクを押収され、野望をうち砕かれた龍は、ついに城島の家族を爆殺する。
城島は辞表を叩き付け、龍との最終決戦に挑む、、、


と言ってしまえば、ごく普通のVシネマ的復讐劇だ。
身内がやられて、最後に親分同士で決闘するという話。
しかし!これは歴としたフィルム映画である。
最後に大どんでん返しがあった。
果たして最後の5分は、ちょっとしたおちゃらけなのか?
それとも、最初の1時間40分が、ネタ振りだったのか?

本物のヤ○ザのみなさんが見ると、怒るだろうなあ。
でも、これで監督の三池崇史や脚本の龍一朗の実力云々は何とも言えない。
おそらく、両スターの顔を立てるのに、こんな結果しか無かったってことだろう。
何時の時代もオールスター映画は大変なのだ。

監督業にも進出している小沢仁志が龍の片腕を演じているが、これが渋い。
ストリッパー役の甲賀瑞穂がSM責めで殺されるシーンも凄まじい。

レイジングブル Raging Bull (1980,USA)

NY派のマーチンスコセッシ監督の作品だ。
ロバート・デニーロがアカデミー賞主演男優賞を取っている。
TBS深夜映画劇場は、CMはさみ捲りで編集の妙も何も無い(T^T)


今さらどうこう説明することも無い。
ボクシング映画では、「ロッキー」と「チャンプ」が好きな人を除いて、ナンバーワンに上げるだろう。

ミドル級世界チャンピオン、ジェイク・ラモッタの自伝を基にした映画だ。
彼がチャンピオンへ駆け上がるまでの栄光と、引退後の挫折の日々を、モノクロ画像と巧みな編集で、淡々と描いている。

彼の人生の断片、象徴的な場面をフィルムに切り出している感じが凄い。
見ていて彼の実人生に触れたような気がする。
映像技術的にも暗転やスローモーションの多用などを用いて、彼の視点や時間経過を巧みに表現している。


ロバート・デニーロの役作りは凄まじい。
ジェイクの現役時代は試合前にウエイトを絞るだけ絞っているし、試合が終わると途端に腹が出る。
ボクサーを引退してコメディアンに転身すると、もうぶくぶくに太ってしまう。
こんなに体重を調整すると、体を悪くしてしまう。


実質的映画デビュー作となった、ジェイクの弟役ジョー・ペシ(「リーサルウェポン」、「ホームアローン」)も抜擢に答えて、好演だ。

妻役のキャシー・モリアティは、ぱっと見た目はフェイ・ダナウェイかなと思わせたが、新人と思えない演技だった。
しかしこの後しばらくお休み。
そして最近復活したようだが、もうおばさんになっている。
もう少し若ければ、クリスティン・S・トーマスあたりとキャラが被っていただろう。

マーティン・スコセッシが、こんな名作を作ったおかげで、ボクシング映画が作りにくくなった。

フェリスはある朝突然に Ferris Bueller's Day Off (1986, USA)

「ホームアローン」「ベートーベン」のジョン・ヒューズ監督の86年作品。
当時人気のマシュー・ブロデリック主演の高校生青春物。

フェリス(マシュー・ブロデリック)は学校をさぼる天才だ。
卒業まであと僅かとなった、ある朝、親友のキャメロン、恋人のスローアンと共に学校をさぼり、思い出づくりのため、赤いフェラーリでシカゴの街へ繰り出す。
校長は、そんなフェリスが許せない。
パラノイアのように、彼を追う。
果たしてフェリスは、校長の追っ手を振りきって、素敵な思い出を作れるだろうか?

アメリカの植木等「無責任男」って感じで、マシューが飛ばしまくる。
脚本(ジョン・ヒューズ自ら書いている)がよくできていて、笑いのタイミングがズバリ。
こんな高校生だったら、やり直してみたいものだ。
チャーリー・シーンがちょい役で出てくる。

レインマン Rain Man(1988, USA)

バリー・レビンソン監督がベルリン映画祭グランプリとアカデミー作品賞、監督賞、
さらにダスティンホフマンも主演男優賞を取った大ヒット作品。
30年も離ればなれで暮らしてきた、兄弟のロードムービーだ。


カーディーラーのチャーリー(トム・クルーズ)は、父の死を知って、10年ぶりに我が家に戻る。
そこで、彼は愕然とさせられる。
300万ドルもの遺産が自分ではなく、匿名の病人に贈られるというのだ。
実は彼はチャーリーの兄レイモンド(ダスティン・ホフマン)だった。
レイモンドは記憶力、計算力は長けているのだが、全く生活能力が無い、自閉症患者だった。

金に困っていた、チャーリーはロスアンジェルスまでレイモンドを連れ帰ることで、親権を主張し、遺産の半分を手に入れようと考えた。
レイモンドは飛行機に乗るのを嫌がり、陸路でシンシナティからLAまで向かうはめになる。
高速道路も嫌がり、雨の日も外に出ようとしないレイモンドに、チャーリーは手を焼く。

ある夜、レイモンドは「レインマン」のことを語り始める。
それはチャーリーにとっても心の奥に刻み込まれた、想い出の言葉だった。

ダスティン・ホフマンの自閉症ぶりが評判になった映画だが、トム・クルーズの控えめな演技も見逃せない。
泣ける映画ではないが、それだけそれぞれの内面が深く静かに伝わってくる。



恋人たちの予感 When Harry Met Sally (1989, USA)

ロブ・ライナー監督(「スタンド・バイ・ミー」「ミザリー」)がNYの美しい四季を舞台に、友情と愛情の狭間に揺れる男と女を描いた作品。


出会ってから結婚するまでにどれぐらいの時間が掛かりましたか?
幕間に様々な老夫婦が登場し、自分たちのなれそめを語る。
結ばれるまでに長い時間を要する夫婦もある。

ハリー(ビリー・クリスタル)とサリー(メグ・ライアン)もそんな二人だ。
初めて出会ったのは、10年前。次に出会ったのが5年前。

たった二度すれ違うように出会っただけの二人が、NYで再会した。
二人はパートナーと別れたばかりで、お互いの心の溝を埋めるべく、急速に親しくなる。
しかしセックスはしない。
友情を大事に考えたのだ。

やがて互いに、自分の親友をあてがおうとする。
ところが思惑は外れ、親友同士が結婚してしまう。

寂しさを募らせるサリーは、ついにハリーの胸に飛び込んでしまう。
二人は12年経って、ようやく結ばれる。
しかし翌朝二人は、親友時代のようなフランクな接し方が、できなくなっていた。


メグ・ライアンがまだ整形前で、ぽっちゃりして、「品のないジェーン・フォンダ」みたいな顔をしていた頃の作品。
大衆食堂で突然オルガスムスのマネをし始めるシーンは有名。

この作品でサタデーナイトライブ系の芸人さんとの相性が良いことがわかり、彼女のコメディエンヌとしての道が始まる。
脚本家ノーラ・エフロン(「めぐり会えたら」)も彼女のキャラを見抜き、以後の彼女を決定づけたと言えよう。

監督のロブ・ライナーは音楽を上手に使う人で、この作品でも都会的なジャズを中心に絵も音も楽しめる、豪華な作品に仕上げている。

ただ当時ショックだったのは、
サリーの親友マリーを演じる、キャリー・フィッシャー(「スターウォーズ」)が、ただのおばさんになっていたことだ。
いろいろあったみたいだが、それにしても変われば変わるもの。


ドゥーザライトシング Do the Right Thing (1989, USA)

スラムでの黒人とピザ屋のイタリア人の間の葛藤を描く。
しかしさすが、スパイク・リー監督。
すべてが格好良すぎる。

音楽も一流。
ブランフォード・マルサリスにテレンス・ブランチャード兄弟の演奏だ。

出演
ダニー・アイエロ (Sal)
オジー・デイヴィス (Da Mayor)
ルビー・ディー (Mother Sister)
リチャード・エドソン (Vito)
ジャンカルロ・エスポジト (Buggin'Out)
スパイク・リー (Mookie)
ビル・ナン (Radio Raheem)
ジョン・タトゥーロ (Pino)

2004.08.19

戦艦大和(1953)新東宝

吉田豊の原作戦艦大和ノ最期
阿部豊監督、八住利雄脚本で映画化した。
東宝「ゴジラ」の前年に、新東宝が撮った特撮映画である。
原作者は東大法学部出の将校で、上官の命令で脱出して、戦後、日本銀行に入り監事にまで出世した。
また大和の能村副長が教道(監修)している。
映画が作られたのは不沈戦艦と言われた大和が沈んで、わずか8年後のことだから、ほぼリアルタイムであった当時でしか描けないこともあっただろう。

クレジット・あらすじ

主役は舟橋元(吉村少尉、原作者の役)、
伊藤第二艦隊司令長官に高田稔、有賀艦長に佐々木孝丸
藤田進が能村副長。軍医長に見明凡太郎、
他に高島忠夫、片山明彦、久我美子、中山昭二、伊沢一郎ら。


「戦争は嫌だ、死ぬの怖い」のような反戦映画ではない。
戦闘員中心、しかも将校を描いている映画だからだ。
はじめ彼らの間で「何故こんなことで死ななければならないのか」と論争はあったが、
一度海の上に出てしまえば、誰も脱走できない。
護衛機もついていない死出の旅だ。
自然と腹は決まってしまう。

私も大和となら、道連れに死ねると思う。
良い死に場所ではないか。
今どき、我々は死に場所に事欠いている。


原作を読んだことはないが、淡々とした名作だそうだ。
それと比べて映画はウェットなところがあった。

しかし最期に沈む大和の甲板から海に投げ出された兵隊たちを、
アメリカの戦闘機が機銃掃射で撃ち殺すシーンは迫力を感じた。
アメリカ軍が鬼のように思えた。


名脇役伊沢一郎が良い味を出していた。
中尉だけど年の割に出世が遅れたタイプだ。嫌な上官だったが、
最期の作戦に入ると妙に人間が丸くなってしまう。

最近、再び角川春樹が映画化した(「男たちの大和」)。

2004.08.18

ぼくの伯父さん(1958)仏

「休暇」の方があとから作られたものと思っていた。

ジャック・タチ監督がアメリカに行った経験を生かして、映画史上に残る傑作を取った。
もちろん、自ら主演している。
アカデミー外国語映画賞、カンヌ審査員特別賞、キネマ旬報2位。


定職を持たないユロ氏(ジャック・タチ)はいつも古いコートと帽子、自転車に乗って、甥と遊ぶのが楽しみ。
しかし義兄は彼の身を固めさせようと一計を講じる。
お見合いの場である義兄の超近代的な自宅に連れてこられるが、彼にはボタンだらけの仕組みが理解できず、しくじる。
さらに彼は近代的な工場に派遣されるが、またまた大失敗を犯してしまう。

パリの下町の風景が楽しい。
ユロ氏は近代とは無縁だ。
最後は田舎の支店に飛ばされてしまう。
でもそれも楽しそうではないか。

この映画は独特の間がたまらない。
この間の中で、我々は浮遊感を感じる。
はじめは居心地が悪いのだが、そのうち慣れてしまう。
不思議な空間だ。

ミスター・ビーンとも共通する点はあるが、やはりイギリス人とフランス人では違う。
ミスター・ビーンは彼の周りだけ異空間が現れるが、ジャック・タチの方はパリの下町の間なのだ。ジャック・タチが現れる場所は、どこでもパリの下町の薫りがする。

監督初のカラー作品だ。撮影もなかなか味わいがあった。
アンリ・シュミットの美術(近未来的なオブジェ)が妙な味を出していた。

デッドマンウォーキング(Dead Man Walking, 1995, USA)

俳優ティム・ロビンスTim Robbins の監督第二作。
パートナーのスーザン・サランドンSusan Sarandon を主役に置き、死刑の現実を訴える感動作を作り上げた。
スーザンはアカデミー主演女優賞、
死刑囚を演じたショーン・ペンはベルリン主演男優賞を獲得している。


シスターのヘレン(スーザン・サランドン)は、ルイジアナの死刑囚マシュー(ショーン・ペン)から手紙を受け取る。
彼女はマシューを訪問するが、彼はカップル惨殺事件の犯人だった。
マシューは相棒が全てやったことで俺は無実だから、再審に持ち込んでくれと、ヘレンに依頼する。
ヘレンは死刑反対派の弁護士たちと運動するが、一向に報われず、ついに死刑執行の日が決まる。

彼女は被害者の親に会いに行くが、彼らの悲しみの深さを思い知らされる。
彼女はマシューこそが心を開き、真実を語らないかぎり、誰にも救いは来ないと悟る。 
最後まで意地を張り続けてきたマシューだったが、死刑執行が間近に迫ったとき、自分をずっと見守り続けてきたヘレンに対して心を開き、真実を語り始める。

死刑執行当日になって、ショーンペンの態度が大きく動き始める辺りから、泣けてくる。
人を殺したことを悔いたというより、死の恐怖から、急に人恋しくなって、愛に目覚め、被害者の親族の立場を思い知るのだ。
死刑の価値というのは、そんなところにあるのだろう。

それにしても、ルイジアナでは、いまだに公開処刑だ。
関係者、被害者親族が見守る前で注射を打たれて殺される。馬と同じである。
その非人道的なシーンは感動と言うより、呆気にとられてしまった。
もし日本にこの制度を持ち込んだとして、被害者の遺族は救われるだろうか???


ティム・ロビンス監督は、でくの坊に見えて、何でもできちゃう才人だ。
「ショーシャンクの空に」で俳優として終身刑の問題を取り上げたと思ったら、今度は死刑もの。
お話としては、「陽の当たる場所」に近いが、ここまで死刑をじっくり取り上げたのは珍しいだろう。
日本だと(毛色は違うが)大島渚監督の「絞首刑」があった。


フレンチキス(French Kiss,1995, USA)

ローレンス・カスダン(わが街)監督とオーウェン・ロイズマン撮影監督のコンビによる、お洒落な作品。
パリやフランス郊外の映像が実に美しい!!!
それだけでも見る価値があるのに、主役のメグ・ライアンがまた美しい!!!


恋人(T.ハットン)がフランスで他の女を作って帰ってこない。
飛行機嫌いで保守的なケイト(メグ・ライアン)は意を決してパリへ向かう。
隣席の男テシエ(ケビン・クライン)と飲んでいるうちに眠くなり、アッと言う間にパリに着いていた。
実はテシエは盗品を持ち込むために彼女に近づき、彼女のリュックに高価なネックレスを隠した。

彼女はフランスに着いて早々にリュックを盗まれる。
お金もパスポートも盗まれて、途方に暮れるケイト。
テシエは慌てて彼女のリュックを探し出すが、ネックレスは見つからない。

開き直ったケイトは恋人を追って、カンヌへ向かった。
テシエもネックレスを探すために、ケイトに付き合う。
しかし、ひょんなことから、二人は途中下車して、テシエの実家に立ち寄る。

女は男を取り戻そうと必死。
男はネックレスを取り戻そうと必死。
そんな二人が共同作戦を立てて遂行するうちに、いつのまにか恋が芽生える。

正直言って、脚本としては、何か足りない。
ドタバタをもっと突き詰めた方が良かったと思う。
ここではメグが女性として自立する、ロードムービーの要素を強く打ち出していた。
その辺が中途半端に感じられる。


しかし、メグ・ライアンがちょうどピークの時期であり、美しい風景もあり、見てるだけで楽しめる映画だ。
ケビン・クラインは元々シェークスピア俳優だから、芸達者なのだが、フランス人らしくはなかった。
刑事役で出ていたジャン・レノを相手役に使った方が良かったのではないかな?


マネートレイン(Money Train, 1995,USA)

「スピード」の後半部分の地下鉄の一件を広げたような話。
舞台はNYである。


鉄道公安官の義兄弟(ウェズリー・スナイプス、ウッディ・ハレルソン)は賢兄愚弟の典型。
弟は博打で借金をこしらえ、彼女(ジェニファー・ロペス)も兄に取られ、何をやっても上手く行かない。
そこで彼は切符代の代金を集めるマネートレインを襲う計画を立てる。
一方兄はそれを止めようと、マネートレインに乗り込む。


駄目な弟を止めようとする兄が事件に巻き込まれる辺りは、スペンサー・トレイシーの「山」のプロット。
ウェズリー・スナイプスも、「メジャーリーグ」で脚が速いだけのバント野郎から、ずいぶんと出世してしまった。


見所は、ラテンヒロイン・ジェニファー・ロペスのラブシーンだ。
この作品が彼女にとってメジャー作品としての、ほとんど最初の作品だった筈。
その後、ジョージ・クルーニーと共演した「Out Of Sight」でトップスターの仲間入りを果たした。
つきあっている相手が悪くて、逮捕されたりして、新星ペネロペ・クルスにその座を奪われつつある。

ジェニファーの顔はごく普通なのだが、スタイルが抜群。
色気を感じる。
しかし、コスタリカ系ハーフのマデリン・ストウと比べたら、やはりマデリンの方が好みだな。

バットマンフォーエバー(Batman Forever, 1995, USA)

可愛い子チャン女優、ハワイ生まれのオーストラリア育ち、ニコール・キッドマンが登場だ。
とはいえ、老けるのが早く、美しさの盛りは30歳で過ぎてしまった。
しかしそれからの彼女の活躍は凄まじい。


ティム・バートン製作、シューマッハー監督バットマンシリーズの中でもオールスター映画の風を保っているが、残念ながらバットマン役のバル・キルマーが駄目だから、最も人気薄の一作。
ロビン役のクリス・オドネル(セントオブウーマン)はご愛敬としても、
トリー・リー・ジョーンズ(逃亡者、追跡者)やジム・キャリー(マスク、トルーマンショー)、ドリュー・バリモア(チャーリーズエンジェル)まで使って、この脚本はないだろう。

ニコール・キッドマンの最後の美貌(当時28歳)を拝むだけでも値打ちはあろう。
残念ながら地毛の赤毛でなく、金髪に染めているのは残念だが、低く可愛いお鼻は健在。



スピード(Speed, 1994, USA)

撮影畑出身で、派手なこと大好きのヤン・デボン監督(ツイスター)の第一作アクション映画。
この映画のヒットで、サンドラ・ブロック(あなたの寝てる間に)は一気にスターダムにのしあがった。


爆弾魔(デニス・ホッパー)が路線バスに爆弾を仕掛ける。
一定速度より遅くなると、爆発する仕掛けだ。
しかも一人でも降りたら爆破すると脅してきた。
ロス市警SWATのジャック(キアヌ・リーブス)は、単身このバスに乗り込む。
バスを運転するアニー(Sブロック)も幾多の難関を乗り越え、バスを広い空港に乗り入れる。
タイヤはバーストし、エンジンも漏れはじめ、しだいに速度を落としていく。
そのときジャックは、なぜ犯人が自分たちの動きを察知しているのか、気付く。

移動体の中で事件が起きるため、かなりの緊迫感があり、客を飽きさせない。
キアヌがバスの下に潜り込むシーンなどは、なかなかのものだ。

ただ荒唐無稽に過ぎるきらいは否めない。
わずか370万ドルの身代金を惜しむばかりに、飛行機は吹っ飛ばすは、地下鉄工事は台無しにするわで、一体いくらの損害なのだ?
桁が違うではないか。

撮影も特撮というより、オーソドックスなものだったから、それほど凄いコストが掛かったようには見えない。

デニス・ホッパーは最近は妙に良い人付いてしまい、ボマーとしては迫力不足。
別に他の誰でも良かった。
その分、脚本をもう少しコストを掛けていたら、かなりの作品になったはずだ。

ショーシャンクの空に (The Shawshank Redemption, 1994,USA)

スティーブン・キング原作の小説をF・ダラボン監督が映画化。
スティーブンキング原作の映画作品の中でも最高傑作の呼び声が高い。
テレビで再放送していたが、まだ見ていない人は是非見るべし。
主演は知性派のティム・ロビンス。またモーガン・フリーマンが狂言回しの役を好演。
なお、同じダラボン監督の「グリーンマイル」も大ヒットした。
こちらは少し甘い映画だ。


銀行のヤングエグゼクティブだったアンディは、無実の罪で終身刑を言い渡され、ショーシャンク刑務所に投獄される。
希望を失わず、前向きな彼の態度は、次第に仲間たちの信頼を得る。

長い年月を経て、彼の実務能力が買われ、所長の裏金管理まで任されるようになる。
所長はアンディを手放したくないばかりに、アンディの無実の証拠をもみ消してしまう。
それを知ったアンディは、ついに長年の怒りを爆発させる。

テーマは終身刑の非人道性だ。
受刑者から希望や、生活する力をも奪う、終身刑に対する怒りが感じられる。

かように受刑者に対する深い愛情を感じる作品だが、被害者の心の傷については、あまり言及は無い。
その辺で、主演のティム・ロビンスは後年「デッドマン・ウォーキング」という死刑囚の物語を演出することになるのだろうか?

ギルバートグレイプ (What is eating Gilbert Grape, 1993,USA)

スウェーデンのラッセ・ハルストレム監督(「マイ・ライフ・アズ・ドッグ」)がアメリカで撮った作品。
やはり彼はこういう青春ものが上得意だ。
当時、天才子役と言われていたレオナルド・ディカプリオが、すごい演技力を見せる。


24歳の青年ギルバートと姉、妹は、夫が自殺したショックから重度の肥満になり、外に出なくなった母と、脳性麻痺の弟アーニー(Lディカプリオ)の世話をしながら、田舎町で暮らしている。
そういう環境で育った、彼らはとても大人で、家族を深く愛していた。
しかし、都会へ飛び出したい、という夢は諦めざるを得なかった。

ある日、トレーラーで旅をする娘ベッキー(ジュリエット・ルイス)と出会ったギルバートは、しなやかで強い自己を持つ、彼女にたちまち夢中になる。
ベッキーも、心優しいギルバートを深く愛する。
しかしベッキーが再び旅に出発する日が迫る。
ギルバートは一度は家を飛び出すのだが、結局、家族の元へ帰ってくる。
母は、そんな彼に「どうして戻ってきたのか」と涙ながらに言うのだった。

過去を清算するために、家ごと燃やしてしまうというのは、アメリカらしい思い切った話だ。
日本じゃあ考えられない(笑)

しかし全体としては、さわやかさが残る青春もの。
泣けるシーンというのは特にないが、ほっとする一作だ。

ジョニー・デップも暗い二枚目だけに、こういう役どころは得意だ。

その彼より素晴らしいのが、ジュリエット・ルイスである。
決して美人ではないし、頭でっかちのショートカットで、サザエさんに出てきた早川さんみたいなタイプだが、フィルムの中では存在感があり、猫のようなしなやかさもある。

この時期にブラピとも「カリフォルニア」で共演している。
共演した男の方は限りなく出世するのに、彼女はタランティーノに傾倒してしまい、「ナチュラルボーンキラーズ」だとか、「フロム・ダスク・ティル・ドーン」だとか、凄まじい映画に出演して、イメージが固定しつつある。
童顔だから、今からでも遅くない。普通の役をやってください(笑)

めぐりあえたら(Sleepless in Seattle,1993, USA)

ノーラ・エフロン監督作品、邦題「めぐり逢えたら」。
ケーリー・グラントとデボラ・カーのラブロマンス「めぐり逢い」を下敷きにして、アメリカの東の端と西の端、ボルチモアとシアトルの見ず知らずの男と女を、結びつける、運命のマジック。


建築家サム(トム・ハンクス)は亡くなった妻の想い出を断ち切るため、息子のジョナと共にシアトルへ移り住む。
一方、ボルチモアの新聞記者アニー(メグ・ライアン)は、ウォルター(ビル・プルマン)との婚約パーティーで、母に「私が貴方のお父さんと出会ったとき、運命を感じたの。それはマジックだったわ。」と告げられ愕然とする。
「自分たちの恋愛にはマジックが無い!」
その帰り道、ラジオの人生相談に出演するサムと息子ジョナの身の上話を聞いて、彼らのことが彼女の頭から離れなくなってしまった。

サムの身元を調べたりして、ほとんどストーカー状態のアニーは、思い切ってシアトルまでサムに会いに行くが、一目会っただけでボルチモアに戻ってくる。
そして思い余ってウォルターにうち明け、別れを告げた。

一方、サムとジョナの元には励ましの手紙が多く届いていたが、ジョナはそのうち一人の女性の手紙をとても気に入り、父の振りをして、映画「めぐりあい」に因み、エンパイアステートビルの屋上で会おうと提案する。

「運命」か、、、アメリカの端と端にいても、運命の二人は必ず出会い結ばれるのだ。
まるで魔法に吸い寄せられるかのように、エンパイヤステートビルの屋上を訪れ、そこで出会っただけで、すべて分かり合ってしまうという、少女趣味的オカルト映画(笑)
いや、ラブファンタジーである。

でもメグがやってくれると、そんなことがあるかもしれないと思えるから良い。
日本人がたとえば池袋サンシャインの展望台で、こんなことをやると、どうも嘘っぽい(笑)

美しい映像もさることながら、音楽をスタンダードで固めてしまう辺りも、ロマンチックで、ファンタジックだ。

ショートカッツ(Short Cuts, 1993,USA)

粗筋はとても説明できない。
なにしろレイモンド・カーバーの9つの短編に描かれた9組の夫婦の話をまぜこぜにした群像劇だ。

ロバート・アルトマン監督が「ザ・プレイヤー」で久々にヒットを飛ばした後、調子に乗って取った作品。
ベネチア映画祭グランプリ獲得。


テーマは夫婦のトラブルと日常に潜む狂気ってとこか。
でもあんまり主題がどうこうという映画じゃない。
終わって不思議な感じが残る映画だ。


この映画でのお目当ては、美人女優マデリン・ストウだ。
ティム・ロビンス扮する警官の妻の役で出ているが、思い切り脱いでいる(笑)
実は年上なのだが、今でもお姫様役に無理がない美貌である。
ジュリアン・ムーアも大熱演。
巨匠の演出する芸術映画となると、女優がぱかぱか脱いでくれる。


この映画にはライル・ロベットというテキサスのフォークシンガーが出ている。
ケーキ屋の二重人格者という役柄だ。
この人はたしかジュリア・ロバーツの最初の亭主だ。
実生活でもかなり危ないヤツだったみたいだが。昔のNHKラジオ英会話で話題にしていたのを思い出した。


それから、他にもこの映画は歌手が出てくる。
一人はアル中のハイヤードライバー役でトム・ウェイツが出てる。
残念ながら、歌わない。

さらにクラブ歌手の役で往年の大ジャズ歌手アニー・ロスが出てくる。
全編歌いまくり、全体を流れるジャジーなムードを作り出している。
かなり重要な役どころだ。

天使にラブソングを(Sister Act,1992,USA)

早死にしたエミル・アルドリノ監督(ダーティダンシング)の「天使にラヴソングを」。


歓楽街リノの歌手デロリス(ウーピー・ゴールドバーグ)は、ヤクザ(ハーベイ・カイテル)の愛人。
ある日、旦那が人を殺しているところを目撃してしまい、追われる身に。
彼女は警察に助けを求め、裁判まで保護されることになる。
彼女が連れていかれたのは、サンフランシスコのスラムの真ん中にある修道院。
ここでシスターに化けて裁判まで待機する。

院長(マギー・スミス)は堅物で、スラムの連中とは関わりを持たず、修道院の中でお祈りだけしているタイプ。
シスター達の聖歌隊を任された、デロリスは早速、彼女らを特訓して、日曜日にコンサートを披露する。
楽曲をゴスペル風にアレンジしたのが、大当たり!
教会はコンサート見たさに人が集まり始める。
しかし院長は頑なで、デロリスを認めようとはしなかった。

尼さんを題材にするなど、少々罰当たりな話だが、音楽コメディの佳作だ。
テレビで何度やっていても、また見てしまう。

音楽シーンはさほど多くない。
デロリスが修道院に馴染むまで、前半はスローペースに進む。
真聖歌隊の指揮者を引き受けてから、やっと音楽映画らしくなる。

リノでの騒動の後、コンサートのシーンではリトル・ペギー・マーチの全米ナンバーワン "I will follow you"をゴスペル風に合唱してクライマックスを迎える。
ペギー・マーチは日本語でも吹き込んでいたから、日本人にもなじみの曲。
ただしウーピー・ゴールドバーグ自身の歌って、大したこと無い。

若いシスターのメアリー・ロバーツ役、ウェンディ・マッケンナは、健気な感じが、なかなか良い。
映画の中ではソロを取るが、もしこれが吹き替えじゃないのであれば、声も良いし、ブロードウエイでこそ活躍して欲しい。

リバーランズスルーイット (A River Runs Through It, 1992, USA)

もう古くなった映画だが、レンタルDVDが出ていたので見てみた。
モンタナの峡谷の実に美しい映像美を堪能させてもらった。
古ビデオでは、こうはいかない。(アカデミー撮影賞受賞)


ロバート・レッドフォードの監督第三作。
実話に基づく釣り映画だが、日本だったら、釣りバカ日誌にしてしまうところを、実に詩情豊かな作品に仕上げた。
笑ったり泣いたりする映画ではないが、しみじみとさせられる、良い映画だ。


モンタナの牧師マクリーン家の子供たちは小さい頃から自然に親しみ、父親から釣りや詩を教わり、豊かに成長していった。
悪ガキと交流するようになっても、いつも兄弟は一緒だった。
高校の頃、兄弟は周囲の制止を振り切って、ボートでの激流下りを成功させる。
この体験を通して、二人の絆は一層強さを増した。

やがて兄ノーマンはダートマス大へ入学して街を離れるが、数年後、就職試験の結果を待つ間、モンタナに戻ってきた。
弟ポール(ブラッド・ピット)は新聞記者になっていた。
弟は正義感が強く一匹狼で、辛辣な記事を書く一方、賭事が好きで借金も多く、数多くの敵を作っている。
彼は自分の信念を曲げることの出来ない人間であり、兄にさえも助けを求めなかった。

久しぶりに父と兄弟は、釣りへと出かける。
ポールのフライフィッシングの腕は、もはや芸術の域に達していた。
しかし同時にその完成された美は、蜻蛉のような儚さも感じさせた.

素晴らしい家族の映画だ。
モンタナのようにインディアンとの忌まわしい想い出が強く残る土地は、自分の身を自分で守る世界。
したがってファミリー意識は、ただものではない。

そんな古いファミリーの一つを、繊細な詩情と美しい自然に乗せて描いている。
どんなに愛情が豊かなファミリーに育っても、心の孤独な子供はいるもの。
そういう子供の破滅への道のりをブラッド・ピットが押さえた演技で演じきり、深く印象に残る。

羊たちの沈黙 (The Silence of the Lambs, 1991,USA)

ジョナサン・デミ監督作品。
91年度アカデミー作品賞、監督賞、主演男優賞、主演女優賞と賞を取り捲った。
それほど凄いとは思えないのだが。


FBI研修生クラリス(Jフォスター)は、連続殺人事件解決のため、天才犯罪者レクター(Aホプキンス)を訪ねる。
レクターは彼女の過去について質問しながら、連続殺人事件の核心に近づいていく。
しかし、レクターは自由を求め脱走してしまう。
彼女はレクターの遺した手がかりを元にプロファイリングを進め、犯人像を明らかにしていく。

対話シーンは小津安二郎のようなドアップ・カットの連続だ。
これはレクターの存在感を増すのに役立っている。
でもジョディーフォスターは、えらが張っていて、さほど美人とは思えないので、アップでは感情移入できない。
ラスト近く、捜査隊が突入する家と、フォスターが訪ねる家が、呼び鈴で入れ替わったかのようなシーンは、典型的なものだが、そういう古典的な手法でオスカーが取れるとは、ちょろいものだなあ(笑)
どうもこの手の犯罪映画は、底が見えてしまって面白くない。

バックドラフト(Backdraft, 1991,USA)

やっぱり寒い季節はこういう熱い映画に限る(笑)
何度見ても力が入っちゃう。
ロン・ハワード監督の傑作消防士映画。
バックドラフトとは、密閉された部屋の内部で火災が起きると酸素が無くなるので、一旦気圧の低い状態になるが、誰かが部屋を開けると、外部の空気を吸い込んでから火が外部にもの凄い勢いで吹き出すこと。


物語は連続放火殺人事件の謎に挑む、リムゲイル調査官(R・デニーロ)の助手ブライアン(ウィリアム・ボールドウィン)と、ブライアンの兄で現場派消防士スティーブン(カート・ラッセル)との葛藤を軸に描く。
スティーブン、ブライアンの父が死んだ放火事件の犯人にドナルド・サザランド、
ブライアンのGFで事件の鍵を握る市会議員の秘書にジェニファー・ジェイソン・リー、
スティーブンの別れた妻にはレベッカ・デモーネイを起用するオールスター布陣。


最近の戦争映画や警察映画が軟弱で少々物足りなく感じているが、
この映画は消防士が命を懸けて仕事に没頭する様を力強く描いており、見ていて体中に力が沸く感じがする。
火災の映像も迫力たっぷりだ。

犯人解明のプロセスが少々手抜きの感があるので、そこが減点対象。


トータルリコール (Total Recall, 1990, USA)

監督は「ロボコップ」「スターシップトルーパーズ」のポール・バーホーベン。
主演はもちろんシュワちゃんだ。


ダグ(A・シュワルツネッガー)は火星への旅を夢見る労働者。
火星へのバーチャル旅行からの帰途、仲間や妻(シャロン・ストーン)が彼に襲いかかる。
ダグは自分が火星政府の諜報員で、レジスタンスに身を投じたばかりに、記憶を消され地球に幽閉されていることを知る。
火星へ飛んだダグは、レジスタンスの女(R・ティコティコ)と協力して、エージェントのリヒター(M・アイアンサイド)と戦う。
実はダグには、もう一つ秘密があった。

シュワちゃん映画にするなら、もう少し大味の作品の方が良かった。
僕は「ターミネーター」でさえ、シュワちゃんの魅力を100%掴んでるとは思っていない。
90年当時はまだシュワちゃんも作品を選り好みしないころだから仕方がないが、この原作なら、SFXやアクションを控えめにして、人間中心に描いても面白い映画だと思う。
監督がそもそも、違うなあ。
少し悪趣味な、この監督には、ぜひ仮面ライダーや人造人間キカイダー、ロボット刑事Kの演出をお願いしたい。


シャロン・ストーンは、バーホーベン監督には好かれ、この映画の二年後、同監督の「氷の微笑」で見事トップスターの座に上り詰めた。
演技は食い足りないところもあるが、スタイルと存在感だけは一流だ。

レナードの朝 (Awakenings, 1990,USA)

女優ペニー・マーシャルが監督(「ビッグ」、「プリティリーグ」)した病院実話。


人付き合いが苦手なセイヤー医師(R・ウィリアムズ)が赴任した先は、長期療養型の神経科病院だった。
自力で動けない、病名不明の病人が大勢いたのだが、セイヤーは彼らに共通する原因を見つける。
彼は患者にパーキンソン病の治療薬である、ドーパミンを処方することにした。
30年間寝たきりのレナード(R・デニーロ)に処方してみると、何とレナードは自分で立ち上がり、喋り始めた。
レナードの回復は早く、まもなく散歩できるようになる。
セイヤーは他の患者にも同様に処方してみると、多くの患者が快復してしまった。
生きる喜びを語る患者達。
中には時間の経過についていけず、元に戻りたいと泣くものもあった。

レナードは娘ポーラ(P・アンミラー)に恋をする。
しかし彼の表情にチックが現れた。
レナードは外出許可を求めるが認められず、荒れる。
薬の副作用による躁症状だった。
チックが酷くなったレナードは、ポーラに別れを告げる。
ポーラは黙ってレナードの手を腰に回し、ダンスを踊った。

最初は特効薬が効くのだが、最後は元に戻ってしまう、という展開は、
ダニエル・キース原作の「アルジャノンに花束を」を思い出す。
この話は映画「アルジャノン」が上映された、翌年にブロンクスで起きた実話だ。

脚本はやや大げさだが、映画全体として成功している。

ロビン・ウィリアムズっていつも映画で演説している気がする。
ポーラ役の女優ペネロープ・アン・ミラー(「レリック」)は、金髪美人だが、彼女は黒人好きなんだ。
患者役としてマックス・フォン・シドー(「ペレ」)や、デクスター・ゴードン(「ラウンドミッドナイト」)など大物も出ている。
この辺が俳優監督の強みか。


チャーリーズ・エンジェル(Charlie's Angels, 2000, USA)

女優のドリュー・バリモア(ET、ウェディングシンガー、エヴァーアフター、25年目のキス)がプロデュースし、MTV出身のMcGが演出した。
ご存じ24年前の人気テレビドラマの初映画化だ。

ディスコ狂で金髪の元クイズ女王ナタリーにはキャメロン・ディアス(「メリーに首ったけ」、「普通じゃない」)、
元宇宙飛行士で黒髪の中国系アレックスはテレビドラマ「アリーMyラブ」で人気のルーシー・リューを配し、
ドリュー自身も赤毛のディランという、男にだらしない元婦警役を演じている。

この三人のエンジェルが匿名の富豪チャーリー(J・フォーサイス)の下で探偵として働き、得意のカンフーで男どもをばったばったとなぎ倒す、爽快な映画だ。
その昔、アメリカでは女の子の間で、チャーリーズ・エンジェルごっこというのがあって、男の子をけ飛ばしていたそうだ(笑)


ボスレー(ビル・マーレイ)の事務所に集められた三人は、チャーリーからの指令を受ける。
依頼人はソフトウエア会社の女社長。
天才エンジニアが誘拐されたため、救出してほしいと言う。
早速、ライバル会社の社長をマークすると謎のカンフーの使い手が現れる。
三人もカンフーで迎え撃ち、激しく戦い、エンジニアの救出に成功する。
しかし、ライバル会社の社長が暗殺されてしまう。犯人の本当の狙いは別の所にあった、、、

オリジナルのテーストを楽しみにしてきた人にとっては、ちょっと納得の行かない作品かも知れない。
ほぼパロディーだから。
オースティンパワーズの影響を受けすぎだ。
かえってオリジナルを知らない若い世代の方が、楽しめるかもしれない。

女の子は、エンジェル三人が男をなぎ倒す様を楽しめるし、男の子は全編通して、ほとんどノーブラの三人のお色気を十分に堪能できるだろう。
その辺りは保証するが、映画としては星二つ半というところ。
急ごしらえで脚本がこなれていなかった。
もっと時間を掛けたら、良い映画になったろう。
忙しい女優達を使ったため、ちょっとギャグやパロディの底が浅い。

13デイズ(Thirteen Days, 2000, USA)

ケビン・コスナーお得意の民主党 万歳映画。
もう少し公開が早ければ大統領選挙にも大きな影響を与えていただろう。

1962年の10月、中間選挙の最中に突然襲ってきたキューバ危機。
その十三日間に、ケネディ大統領45歳(ブルース・グリーンウッド)、
弟で司法長官のロバート36歳(スティーブン・カルプ)、
そして大統領補佐官ケネス・オドネル38歳(ケビン・コスナー)の三人が、どういった行動を取り、どのような苦悩を煩い、どういった判断を行ったか、時系列に沿って克明に描いている。


U2偵察機が捕らえたキューバの核ミサイル基地の空中写真は、早速ペンタゴンからホワイトハウスに送られた。
選挙戦に忙殺されていたケネディ大統領一派だったが、突然の非常事態に各省のトップを緊急招集する。
空軍から空爆作戦の声が挙がったが、ケネディ大統領は慎重だった。
キューバを叩いても、西ベルリンがソ連に報復される。
そうなると第三次世界大戦を引き起こすのは必至だ。
大統領は、軍部から弱腰と批判されながら、海上封鎖策を選択した。

ロバート・ケネディとオドネル補佐官は大学時代のルームメイトで、同じアイリッシュ・カトリックである。
オドネルはケネディ兄弟にいつも付き添い、よく二人をサポートしていた。
米軍のタカ派は、偵察機を囮にして、ソ連の攻撃を誘い出し、世論を背景にして、ケネディに戦争へのゴーサインを出させるつもりである。
その動きを察知したオドネルは、ひとつひとつ現場を直接指揮して、ソ連の仰撃を受けず生きて帰るように指示を徹底した。

ソ連の核ミサイル輸送船は、海上封鎖によりUターンを余儀なくされたが、キューバ国内の核ミサイルはワシントンに向けられたままである。
ケネディはフルシチョフ書記長と裏ルートで連絡を取るが、フルシチョフもソ連国内のハト派とタカ派の争いに巻き込まれ、判断に迷っていた。

そしてついに偵察機U2がキューバ上空で撃墜される。
軍部の主張も強まり、会議での大勢を占め、来る月曜に空爆開始が決定される。
しかしケネディ大統領はロバート・ケネディに、ある案を授けて、ソ連の駐米大使のもとへ送る。

目前にまで迫った第三次世界大戦をを人間の英知で避けた、ケネディの素晴らしい政治的業績を讃えるための映画だが、今ひとつ開戦直前の緊張感が伝わなかった。
映画としてメリハリが感じられず、冗長(2時間25分)である。
ケビン・コスナーの映画はみんなそうだけど、重い雰囲気がずっと続いてしまう。
緊張と緩和というものがない。

このような膠着は、政治の宿命でもある。
アメリカ、ソ連お互いに政府内部のハト派とタカ派が争って、間に立つ大統領や書記長がなかなか決断できない状況にあったからだ。
したがって映画がこういう風になったのも素材のせいなのだが、見ている側としては少々歴史をひんまげてもいいから、もう少し笑いと驚きを詰め込んで欲しかった。


主役三人のうち、ロバートだけはそっくりさんの俳優を使っている。
そのせいか、後に大統領候補にまでなって暗殺された、ボブ・ケネディがバカっぽく見えた。
ケネディ大統領は徹底したハト派で、反感を抱く軍との対応に苦心していたらしい。
もっとも女性大好きで、十三日間も女断ちしていたとは思えないのだが、そういうシーンは皆無。
オドネル補佐官は彼ら兄弟のただの相談相手で、実質的に秘書課長ってところ。
実在の人物だけに控えめに描いているが、それ故に存在感が感じられない。
少々デフォルメしても役作りした方が、映画として面白いし説得力も出たはずだ。


ただし、補佐官は家族(妻と五人の子供)のことをいつも頭の隅に置いていた。
もし戦争になってキューバの核ミサイルがワシントンに落ちたら、自分は家族を失ってしまうという恐怖と対峙している部分は新鮮に感じた。
政治家というと、既に子供は結婚して孫もいるような気がするが、補佐官とはいえオドネルは政治家としてのキャリアも若く、小さな家で幼い子供達と一緒に暮らしている。
38歳の彼にとっては、幸せの絶頂であり、この生活を守ることが最優先課題だ。
そうしたところから、積み上げられた政治的判断がああいった結果を生んだのかも知れない。
これが何時死んでも良いと思っている爺の政治家、たとえばアイゼンハワーなら、戦争になっていたかも知れぬ。


派手なドンパチもなく、お互いの腹の読み合いの映画だけに、誰でも文句なしに楽しめる映画とは言えない。
しかし政治ってものがどんなものか、知るには相応しい映画だ。
正直言って、自分でもオドネルぐらいの仕事ならできると思った(笑)

スペースカウボーイ(Space Cowboys, 2000, USA)

クリント・イーストウッド監督主演プロデュースのスペースドラマだ。
宇宙への夢を政治により断念させられた幻の宇宙パイロットが40年ぶりに立ち上がる。
映画の出だしはタイトルらしく、マカロニ・ウエスタン風のギターソロ。


今から40年前、フランク(Cイーストウッド)、ホーク(TLジョーンズ)、ジェリー(Dサザランド)、タンク(Jガーナー)の四人組はアメリカ初の有人宇宙旅行を目指して訓練を受けていた。
世に言う「ダイダロス計画」だ。
しかしソ連に先んじられたことにより計画は頓挫して、NASAの「アポロ計画」へと引き継がれる。
夢に挫折した四人はそれぞれ別の人生を歩み始めた。

そして冷戦が終わった現代。
ロシアの通信衛星「アイコン」が制御不能となり地球に落下し始めた。
この衛星の誘導装置にはフランクが開発したものが使われており、ロシアとNASAは、フランクに支援を求める。
70歳になったフランクは、昔の「ダイダロス」チームの四人組にスペースシャトルを一機任せてくれれば、衛星の修理を行おうと取引を持ちかける。
責任者のガーソン(J・クロムウエル)は渋々条件をのむ。
厳しいNASAの訓練は老骨に響いたが、何とか耐えて、ついに宇宙の大海原へ飛び出した四人組。
しかし彼らを待ち受けていたのは、高度な自己防衛能力を持つ戦略核ミサイル衛星だった。
冷戦時代の亡霊が彼らに襲いかかる。

お爺さん四人組が子供の頃からの夢を実現させるという、いかにも高齢化したアメリカンドリーム映画。
映画という物は本来、人に夢を与えるものだ。
そういう意味では、本当に映画らしい映画。
批判的な目で筋を一つずつ検討すれば、矛盾だらけだが、そんなことは気にしないで良い。
なにしろ、見た後にすっきりさっぱりする。
仕事に行き詰まったら、ご覧下さい。
実話だった「アポロ13」と比較すると、大雑把な出来だが、「アルマゲドン」なんかと比べてもずっと明るい。


主演四人組のうち最高齢はジェームズ・ガーナーの73歳。
映画「大脱走」、「グランプリ」などの演技だけでなく、テレビドラマ「マーベリック」「ロックフォードの事件簿」でも長期間主役を張り続けた名優だが、さすがに老いは隠せない。
でもアメリカじゃいまだにロックフォード氏をスペシャル番組でやっているらしい。

次の年長者はクリント・イーストウッドで70歳。市長もやったし、オスカーも取ったし、もう思い残すことも無いと思うが、本人はまだまだやる気らしい。
今回は実年齢の役なので、かなり老けたイメージだ。
次はドナルド・サザランドは60歳台。
「MASH」や「普通の人々」などで印象に残る演技を見せつけたが、今回は歳を取っても相変わらずスケベ親父の役でぴったり。
ハーバードでアル・ゴアとルームメイトだったトミー・リー・ジョーンズは、実際は50歳台と他のメンバーより一回り下だが、イーストウッドのパートナー役に指名されている。
でも誰かの代役だろうな。イーストウッドはロバート・デニーロやポール・ニューマンには声を掛けたのだろうか?

また彼らと、ことごとく対立するNASA幹部役にジェームズ・クロムウエル(LAコンフィデンシャル)。
こういう悪徳役人の役は彼かジーン・ハックマンしかいないなあ。
かように捻りの無い勧善懲悪的配役も、いかにも「西部劇」って感じ(笑)


2004.08.17

グラジエイター (Gladiator,2000, USA)

エイリアン、ブラックレイン、ブレードランナーのリドリースコット監督が演出する「グラディエーター」をシネコンで見てきた。
CMを見る限り、チャールストン・ヘストンの「十戒」と、リチャード・バートンの「聖衣」を足して2で割ったのかと予想したが、ちょっと違っていた。

ローマ時代、ゲルマニア征伐で殊勲の将軍(ラッセル・クロウ)は、若い皇帝に疎まれその立場を追われる。
皇帝に妻子を惨殺された失意の将軍は、剣闘士(グラディエーター、観客の前で殺し合いして勝ったら生き残るファイターのこと)となり復讐の時を待つ。
やがて連戦連勝の彼は、ローマのコロッセウム大会に出場が決まり、ついに皇帝の前に姿を現す。
彼は皇帝のし向ける刺客を次々とローマ市民の目の前で倒し、ローマっ子の支持を勝ち取っていく。
最後はついに皇帝が彼の前に立ちはだかるのであった。

その後はお楽しみだが、映画としては5点中3.5点というところ。
マイナス1.5点は、後に残るものは大して無かったことによる。
造りが派手だから、映画館での鑑賞をお薦めしておこう。
アクションはスタローン的で、ローマ時代の「ランボー」という気もしないではない。
筋をもっとわかりやすく言ったら、「タイガーマスク」だ。
最後に敵の首領が自らリングに上がるんだから(笑)
また、結構血なまぐさいシーンが多いのだが、妻子の復讐劇ということで、ご婦人の心も引きつける作品。
でも、子供は見たらあかん。

映像では派手なカメラワークに曳かれた。とはいえコロセウムなんか実際に作ったわけではなく、CGだろうから、撮影というよりSFXスタッフの腕なのだろう。
ローマ市内を空高くから捉えたシーンには、どきっとした。
古代都市を飛行機から見たらどうなるかなんて、考えたこともなかった(笑)

音声では、5.1chをかなり上手に利用していた。
今や映画の売上は興行収入よりケーブルテレビ放送権収入、ビデオレンタル、販売収入の方が多いから、アメリカ映画はとくにホームシアタで見たときの効果を大きく取り入れている。
たとえば後ろのチャンネルが単独で、かなり派手に鳴っていた。
これはドルビープロロジックのビデオで見たら効果半減。
DVDの方が良いはず。
コロッセウムのシーンでは四方八方から観客の歓声が聞こえて、自分も競技場の真ん中に立っているような気分にさせられる。
フロントの音も良くて、センターとフロントの分離が良く、そういった辺りで、最新映画館での鑑賞をお薦めするわけだ。

シックスセンス (The Sixth Sense, 1999,USA)

おそらく、1999年のベストムービーだろう。
オスカー作品賞の「アメリカンビューティー」はいかにも賞取り映画だが、家庭の崩壊を描いた秀作が今まで無かったわけではない。
一発勝負なら、私はこっちを推す。


インド人のナイト・シャマラン監督が脚本を兼ねる。
表向きはゴースト系のホラー。
ゾンビ物やスプラッタと違って、夢に出てくるような映画なのだが、最後の解決法が感動的で涙を誘う。
なお、オーラスに大どんでん返しもあるので、秘密は決してばらさないで、とコメントされている。


コール少年(H・J・オスマン)は母(トニ・コレット)と二人暮らしの小学生。
彼は友達もいなくて、情緒不安定。
彼の元へセラピストのマルコム(B・ウィリス)が訪れる。
彼はコール少年の心を開かせようとするが、コールは応じない。
やがてコール少年は友達の誕生パーティーに誘われるが、そこで誰もいない物置に閉じこめられる。
しかし、そこから出てきたコール少年は傷だらけだった。
そしてコールはマルコムにだけ秘密を打ち明ける。「僕は死んだ人が見えるんだ。」

ブルース・ウィリスはそれほど凄い俳優ではないが、いつも美味しい役をもらってくる。
デミー・ムーアとは全然立場が逆転してしまった。
さほど有名ではなかったインド人監督の出世作に起用されるなんて、ハッピーだ。
どう見ても、彼でなくても構わない役だもの(笑)

一方、コール少年のオスマンは、「ホームアローン」のカルキン少年よりさらに上手い。
でも、こんなに早熟だと、映画以外のことに興味が移っていくだろうなあ。

母親役のトニ・コレットは、最近目が出てきたが、ようやく主役級を掴んだ。
どうやら演技派と見ている。今後も母親役、娼婦役などで期待できそう。

こういうエンディングがゴーストホラー系映画になかったわけではない。
日本のテレビの怪談ものなんかでは、結構よくあるタイプだ。

しかしここまで感動させられたことは無かった。
途中の怖がらせ方(音響)がただ者ではないから、それだけ感動も大きくなったのだろう。


カーラの結婚宣言 (The Other Sister, 1999,USA)

「プリティウーマン」、「プリティブライド」のゲイリー・マーシャル監督作品。
主題は一言で言って、「障害者の性」。
一つ間違えると重くなる題材だが、マーシャル監督が軽いコメディタッチで、しかし流されることなく、しっかりとメッセージを伝えてくれる。


お話は、サンフランシスコの上流階級の娘カーラ(ジュリエット・ルイス)が寄宿舎学校を卒業して実家に戻るところから始まる。
彼女は軽い知的障害を持っている。
家族は三女の帰宅を昔同様に温かく迎えるが、カーラ自身はすでに昔の彼女ではなかった。
彼女は専門学校へ通って技術を身につけたいと言いだし、母(ダイアン・キートン)を困らせる。
専門学校へ入学したカーラは、やがて同じハンデを持つ青年ダニエルと仲良くなる。
彼女は彼が一人暮らしをしているのに刺激され、独立して一人でアパートで生活を始める。
そして、二人の間に愛が芽生え、自然と結ばれる。

次女の婚約パーティーの席上、酔ったダニエルは、カーラとの関係を人前でべらべらと喋ってしまう。
カーラは激怒して大喧嘩となり、ダニエルは母親のいるフロリダへと去っていく。

ダニエルを失って初めて、カーラは愛の素晴らしさ、哀しさを思い知る。
次女キャロラインの結婚式当日、式場で誓いの言葉が読み上げられている。
そのとき、ダニエルが「卒業」のダスティン・ホフマンよろしく、忽然と現れ、あっけに取られる人々の前で、カーラとの結婚宣言をぶちあげる。
カーラは喜んで受諾するが、母はぶち切れてしまう。

個人的には障害者の結婚なんてとんでもない、面倒が増えるだけって程度にしか考えていなかったが、芸達者のジュリエット・ルイス(「ギルバートグレイプ」、「ナチュラルボーンキラーズ」)に演じられると、うーんと考えされられちゃう。
自活する能力が無いからといって、男女関係の権利まで奪うわけにはいかない。
でも子供を産めるのか、育てられるのかという問題も残る。
回りの理解が無いと、かなり難しい問題だし、ケースバイケースなんだろう。

映画としては、前半のキャラクター紹介が、ややスローペースに感じられた。
じっくりと性格を描きたかったのだろうが、もう少しリズム感を出して欲しい。
後半はテンポが良い。
ほろっと来るところもあるが、基本的に明るく軽い乗りで楽しめる。

主役のジュリエット・ルイスは、典型的な性格女優で、お世辞にも美人とは言えない。
さらに、ちょっと器用貧乏な所がある。
同じマーシャル監督でも、ジュリア・ロバーツが出てきたら、前半も後半もなく、どんな場面でも画面の中心から梃子でも動かないのだが、ルイスはそういう120%の押しの強さは無い。
その辺が物足りなければ、この映画自体も物足りないかも知れない。
しかし、後半の見せ場では、彼女は、きっちりと仕事をしている。
要はメリハリのある演技を見せている。
前半のダルな展開を我慢してくれれば、後半は彼女の演技力を十分に楽しめる。
正直言って、ジュリエットの演技力の前では、母親役のダイアン・キートンなんて目じゃない。


ビデオ屋では、ほとんど誰にも観られていない内に一週間貸し出しコーナーに流れてきたらしく、ビデオなのに画像がずいぶんきれいだった。
でも「プリティブライド」よりずっとお薦め。
「プリティブライド」を見た人なら、同じ監督が同じ時期に、結婚の全く別の面を描いた、という意味で必見。

マトリックス (The Matrix,1999, USA)

SFXの塊のような映画。
続編製作を初めから狙っており、戦いとしては中途半端なのだが、目新しさは、十分に楽しめるだろう。
監督のウォシャウスキー兄弟は日本のパソコンゲームや香港カンフーに精通しているようで、そのあたりの影響があちこちに見られる。
スローモーションの多用も、ジョン・ウー的というか、それを越えている(笑)

未来の人間はコンピューターに支配されて、バーチャリアリティーシステム「マトリックス」の中に閉じこめられている。
それを知った一部の人間は、「マトリックス」に戦いを挑む。
キアヌリーブス演じるネオは、敵のエージェントとの戦いを通して、自分をコントロールすることで、マトリックスの中では、無限の力を発揮できることに気づく、、、所までが、第一回のあらすじ。


バーチャリアリティとリアルな世界で微妙に色合いが変わるので、話が混乱するということはない。
アクションも何でもありだから、俳優にピアノ線を結んで空を飛ばすシーンなどは、物珍しさもあって面白い。
しかし果たして第2弾でも飽きずに済むだろうか。
もっと新しい趣向が見られるのだろうか。
少なくとも、この第一弾はレンタルビデオで良ければ、一見の価値はある。


エントラップメント (Entrapment,1999, USA)

うちのツレがショーン・コネリーのファンなので、映画館で観た。
大きな事件を二つ起こすのだが、後半のアクションシーンが陳腐で、またその後の大どんでん返しも、つながりが悪いせいか、あまり驚けなかった。

おそらくミレニアムってことで、無理矢理加えたシーンではないだろうか?
最初の事件だけで十分、一つの映画になる筈だが、、、

主演
ショーン・コネリー
キャサリン・ゼタ・ジョーンズ

監督 ジョン・アミエル


ノッティングヒルの恋人(Notting Hill,1999, USA)

現代版、ローマの休日だ。
ローマがノッティングヒルになっただけかと思ったら、結末は違っていた。

監督 : ロジャー・ミッチェル
製作 : ダンカン・ケンウォーシー (フォーウェディング)
脚本 : リチャード・カーティス (フォーウェディング、ブリジット・ジョーンズの日記)
主演:ジュリア・ロバーツ、ヒュー・グラント

ハリウッドの大女優(ジュリア・ロバーツ)がふらりと立ち寄ったロンドン下町の本屋。
なぜかその店主(ヒュー・グラント)に一目惚れ。
しかし立場が違いすぎる。
やがて二人の仲に暗雲が・・・。

最後の決断では、やはり別れて欲しかった。
元の「ローマの休日」が、ああいう結末だから、逆の結末しか仕方が無かったのか。
「ローマの休日」を引き立てる結果に終わってしまった。

この脚本家はニュージーランド人だが、「フォーウェディング」だとか、「ブリジットジョーンズの日記」だとか、よく似たタイプの映画を書く。
この映画と「ブリジット・ジョーンズ」はアメリカ映画だ。
アメリカの脚本家は大作を作りすぎて、こういう小振りなラブストーリーの作り方を忘れてしまったようだ。

ジュリア・ロバーツが「私は大女優よ、でも本当はけなげな、か弱い女の子なの。」と言うのには、いささか抵抗がある。
アメリカ人女優を使うと、こういう結果になるのは目に見えている。
英国人のアンディー・マクドウェルが正解だったんだろうけど、「フォーウェディング」で使っているから、ここでは使いにくかった。
アメリカにも資本を出させないといけないし、仕方なしか。

ヒュー・グラントはヴェリー・スペシャル・ワン・パターンだが、安心して見ていられる。

2004.08.16

プリティブライド(Runaway Bride, 1999, USA)

「プリティウーマン」の続編的なネーミングだが、ドラマの中身に関連性はない。

結婚式の最中に逃げ出す癖のある女の話を聞いた、コラムニスト・アイク(R・ギア)は、その女マギー(J・ロバーツ)に興味を持つ。
折しも彼女は、あと一週間で結婚する身だが、今回もちょっと雲行きが怪しい。
アイクは彼女に逃げられた花婿に会っていくうちに、不思議なことに気付く。

「ノッティングヒルの恋人」と同時期に公開されて得をした感じ。
脚本はこなれているのだが、二人が愛し合うプロセスをもう少しじっくり描けなかったか?
彼女が逃げる理由に非常に明快な解答が与えられたが、そんなに人間ってわかりやすいものなのか???
ジュリア・ロバーツも色気に欠ける。
二本の内、どちらを観るべきかと聴かれたら、ノッティングヒルにしなさいと言うだろう。


アイアンジャイアント(The Iron Giant, 1999, USA)

ホーガーズ少年はある夜、森の中で巨大なロボットが電線に絡まっているところを発見し、助けてやる。
やがてロボットは少年の言葉を理解するようになる。
ロボットのエネルギー源は鉄くずだった。
そこで少年はスクラップ屋のディーン(声:ハリー・コニック・ジュニア)と一緒に、巨人をかくまうことにした。
しかし、政府のエイジェントがロボットの事件をかぎつけ、捜査を開始する。

一言で言って、横山光輝「ジャイアントロボ」のぱくりである。
最終回、ギロチン帝王を抱きしめて、大作少年の命令も聞かず宇宙に飛び去る、ジャイアントロボそのものだ。
手塚治虫の「ジャングル大帝」をぱくられた「ライオンキング」といい、日本は著作権の管理が甘すぎるのではないか?
日本が金をもらってるのなら、はっきり言って欲しい。
そのうち、「仮面の忍者赤影」まで、NYでマフィアと戦っているかもしれぬ。
しかし、やっぱりロボが飛びだつ瞬間、泣けてしまうのだった(笑)

アンジェラの灰(Angela's Ashes, 1999, USA)

シャンテ・シネで単館上映していた、アランパーカー監督(エビータ)の新作映画は、ピューリッツァー賞作品の映画化。
アイルランドの極貧生活の中で子供達が夢を失わず、たくましく成長する姿を描いている。
音楽がジョン・ウィリアムズで、主役にも上手い役者を連ねており、鑑賞に堪える良い作品である。
なおこの原作を読んだ日本人が、舞台となったリムリックの街についてのHPを作成し、アラン・パーカー監督もそのHPで映画のイメージを作り上げたという。


NYでの生活に失敗したマクート一家は、アメリカで生まれた四人の子供達と一緒に祖国アイルランドへ舞い戻る。
元IRA党員だった父マラキ(ロバート・カーライル、「フルモンティ」、「ワールドイズノットイナフ」)に南アイルランドの人たちは職を与えてくれない。
たまに仕事を得ても、プライドの高い父はすぐ喧嘩して辞めてしまう。
トイレもなく、バケツの中に用を足す、貧しい生活の中で子供達は死に、また新しい子供達が産まれる。

長男のフランクは弟の面倒を看る優しい少年。
リムリックに移った頃は虐められたりしたが、父譲りの文才で学校でも一目置かれる存在になる。
アメリカ映画を見て育った彼は、生まれ育った国アメリカへの想いを厚くしていた。

アイルランドで仕事にありつけない父は、ロンドンへ出稼ぎに出て行く。
そのころ既に母アンジェラ(エミリー・ワトソン、「奇跡の海」「ほんとうのジャクリーン・デュプレ」)との関係は冷め始めており、やがて父は音信不通となってしまう。

一家の大黒柱となったフランクは、貧民階級のため上の学校へ行かせてもらえず、郵便配達の仕事に就く。
血気盛んな青年フランクだったが、配達先で結核を病む少女と出会い、恋に落ちたり、また高利貸しの老女に気に入られ、助手になったりと、さまざまな経験を積みながら、成長していく。
ある日、運命の女神が突然、フランクに微笑んだ。

描かれているのは、凄まじいほどの貧乏生活だ。
トイレはないし、雨ばっかり降って伝染病に罹ったり、食っているものは残飯ばかりの、乞食のような世界。
男達は不景気を全て英国のせいにしてしまい、それでいてわずかな稼ぎもギネスビールにつぎ込んで酔っぱらっている。
普通なら夢も希望もあったものではない。

しかし子供達は決して明るさを失わない。
もちろん子供達の中にも貧しさの意味を知り、夢を失い挫折していく子供もいるが、フランクは野心を忘れず、ついにアメリカ行きの夢を実現させてしまう。

著者フランク・マクートは、この小説、あるいは映画の中で自らの極貧生活を淡々と、しかし赤裸々に語ってみせる。
生きていくためには人は、どんなことだってやる。
そういう、与えられた環境の中で懸命に生きていく人々の姿をありのままに描き、人生のすばらしさ、たくましさを伝えてくれる。


エミリー・ワトソンは英国の性格女優で、実力的にもヘレン・ボナム・カーターを越えてしまったようだが、ここでもいい仕事をしている。
しかし彼女よりもロバート・カーライルの救いようがないほど情けない親父ぶりが印象に残った。決して憎めないのだ(笑)

SFX多用の非日常を描く映画も良いが、この作品のように、他人の人生をかいま見せて、自分の人生に足りないものや、埋もれて忘れていた事を思い起こさせるのも良いものだ。
とくにお金持ちになってしまった日本人には、薬になるだろう。
Jアービングの創作小説「サイダーハウスルール」とどっちが良いか、難しいところだが、やはり現実には小説は勝てない。見て損はない。


タイトルの「灰」の意味は、母アンジェラが、赤ん坊を暖かいお湯に入れてやることすらできず、かまどの灰をかき集めながら、ため息を付くシーンから来ている。

ハムナプトラ(The Mummy, 1999, USA)

おきまりのエジプト財宝探し+ミイラ復活もの。
昔みた、ツタンカーメンものはミイラがロンドンまで財宝を追いかけてきて怖かった覚えがある。
この年になると、そういう怖さというのは無いのだが、チープなCGに頼るB級映画故に子供心で楽しめる部分が多かった。
アメリカンゴジラより東宝のゴジラの方が楽しめるのと同じ事だろう。
「インディ・ジョーンズ」なんかより、ずっと面白い。


オコナー(ブランドン・フレイザー、最新作は「悪いことしましょ」)と奴隷兵ベニーは、アフリカ戦線で敗走中に謎の都ハムナプトラを発見する。
ここは死者の都と言われ、エジプト王家の財宝が眠ると言われる。
考古学者を目指す娘エヴェリン(レイチェル・ワイズ、近作は「スカートの翼を広げて」)と兄ジョナサンは捕虜となった彼を救う代わりにハムナプトラへ案内させる。
一方、ベニーもアメリカ人の探検家を伴いハムナプトラへ向かう。

ハムナプトラへ到着した隊は早速発掘を始める。
掘り出した財宝の中には、「死者の書」という死人をよみがえらせる魔法を書いたものがあった。
誤ってエヴェリンがその書を読んだとき、数千年の眠りから大司教イムホテップが復活する。

どろどろしたホラーではない。
わざとらしいSFXのおかげで、コミカルですらある。
女の子でもキャーキャー言って楽しめるだろう。
大きな音で大画面で楽しんで欲しい。

主役のフレイザーは、マッチョだけど知性はまったく感じさせないから、B級コメディで目が出るだろう。
レイチェル・ワイズは華はあるけど、それほど美人とも思えない。
演技力はずば抜けている。
どうしてこんな映画のオファーを受けるかな。

2004.08.14

市川馬五郎一座顛末記 浮草日記(1955) 独立映画

山本薩夫監督のプロダクションと俳優座の共同製作。
興業主に搾取される芸人一座が炭坑町のストライキに出くわし、労働組合とふれあううちに労働者意識に目ざめる。

クレジットとあらすじ

☆ネタバレ注意

「浮草・・」と言うから、松竹の旅芸人映画だと思っていたが、共産党映画だった。昭和30年にもなって、まだこんなことをやっていたのか。
「もう戦後ではない」と言われた31年まであと一年である。

労働者はみんないい人だ。資本家は悪い人だ。
そういうステレオタイプの見方に、この作者は何の疑いも持たない。 でもこれは軍国主義と大して変わりがないのではないか?

東野英治郎が座頭、松本克平が幹部、
江幡高志が女房に逃げられる情けない芸人、花沢徳衛も芸人仲間である。
浜田寅彦が労組の幹部、小沢昭一、井上昭文は労組の若手。
ここまでがいい人だ。
おそらくマルクスレーニン主義の勉強会に毎晩通っているのではないか(笑)

一方、悪い方は小沢栄が悪い興業主、中谷一郎がその子分、
高橋昌也が仲間の女房に手を出したり、興業主に可愛がられる二枚目と、はっきり色分けが出来る。
子供でもわかるようになってる。
この分かりやすい構造を見たら、よい子のみんなは疑って掛かりましょう(笑)
こういう芝居がリアリズムだと思ってたのだろうか?


主役の津島恵子がとても綺麗だった。色気を感じた。
彼女は孤児であり親方に拾われ育てられる役だ。
松竹映画のお嬢様役より、こういう威勢が良い方が彼女は綺麗に見える。

菅原謙二が入れ墨を背負う芸人で津島恵子の恋人役。
大映所属のまま出演していたが、彼は俳優座養成所から大映に進み、のちに新派に移った。
俳優座の面々とは顔見知りだから選ばれたか。

最後に「聞け万国の労働者」を歌いながら労組の若手・仲代達也と握手するシーンが笑える。
他にものちに東映でお姫様にまでなった岩崎加根子がブスな田舎娘の役で出てくる。

三池炭坑など、首切り=ストライキという時代があったとは今の子供は信じまい。
どうしてリストラでストライキをしないのか、今や誰も不思議に思わなくなった時代だ。
それもこれも社会党と共産党がだらしないから。

恋に落ちたシェイクスピア (Shakespeare in Love, 1998,USA)

98年作品で、アカデミー賞6部門で受賞した傑作だが、賞狙いっぽい所も感じられた。
ジョン・マデン監督はテレビ出身。


時は16世紀終わり、エリザベス一世の時代。
演劇を愛する女王のおかげで、ようやく俳優や劇作家が陽の目を見るようになったころ。新進劇作家シェイクスピアはスランプに悩まされ、新作の創作も手に着かない。
そんなとき、役者のオーディションで素晴らしい才能を持った少年と出会う。
その少年は実は良家の子女バイオラ(グウィネス・パルトロウ)の変装だった。

彼女は役者になりたかったが、当時は女性が舞台に立つことを禁じられていた。
やがて彼女の正体を知ったシェークスピアは、身分の違いを越えて彼女と愛し合うようになる。
ところが彼女は貴族との婚約が整い、数週間後にはアメリカ大陸へ旅立つ身の上。
いずれ離ればなれになる二人は、一層深く愛し合う。

愛し合えば愛し合うほどに、言葉と詩が生まれ始める。
情熱を創作にも向けた、シェークスピアは二人の悲しい運命を基にして、一大恋愛悲劇「ロミオとジュリエット」を完成させた。
しかし当局やバイオラの婚約者の妨害に会い、上演するまでに一難去って又一難。
最後はロンドンの演劇人が力を合わせて、上演にこぎ着ける。

ところが今度は、ジュリエット役の少年が突然、声変わりするアクシデント。
舞台はどうなってしまうのか?

「ロミオとジュリエット」創作の裏に、シェークスピアにも同様の恋愛経験があったのではないか?というところから作られている。
「ロミオとジュリエット」自体は、五年に一度ぐらい作られている(笑)から、陳腐なのだが、その創作裏話となると、新鮮みがある。

絢爛豪華な衣装もさることながら、グウィネス・パルトロウの気品の高さとふんだんなラブシーン、劇場同士のいざこざ、アクションシーンなどを織り交ぜ、厚みのあるドラマになっている。

ただ、あまりに期待が高すぎると、裏切られるかもしれない。
最後の場面に不満がある。
最高の盛り上がりは、観客からの拍手喝采シーンなんだから、そこで切って欲しかった。

実はグウィネスが女でありながら、舞台に上がったことを当局に追求される。
グウィネスは、新大陸アメリカで自分らしく生きる女性として頑張るから、シェークスピアも創作を続けて欲しいと訴えて、去る。

監督は最後でグウィネスが俳優に挑戦した、勇気のある「自立した女性だ」ということを訴えたかった。
そういうことは、芝居の前半から織り込んでしまい、自然に感受させてほしかった。


コスチュームドラマであり、画像は華麗だから、DVD視聴が望ましい。
台詞劇だが、リュート音楽などをふんだんにBGMに使っている。
バロック前期のロンドンの、のどかな雰囲気を楽しめる一本。

パッチ・アダムズ(Patch Adams, 1998,USA)

トム・シャドヤック監督(「エース・ベンチュラ」、「ナッティ・プロフェッサー」、「ライヤー・ライヤー」)が製作総指揮までつとめた、実話の映画化。
ロビン・ウィリアムズ、モニカ・ポッター主演。


パッチ・アダムズ(Rウィリアムズ)は天才だが、人生の目的を見つけることができず、自殺未遂を繰り返す青年だった。
しかし、精神病院で患者たちを喜ばせる喜びを思い知り、医師を目指す。

年を取ってから猛勉強して入学した医大だったが、周囲はガリベンばかり。
教授も軍隊の鬼軍曹のように、学生を型にはめようとしている。
そんな状況に反発した彼は、病院に潜り込んでは、患者たちの前で芸を見せて慰める毎日だった。

彼は同級生のカリン(モニカ・ポッター)と出会い愛するようになる。
初めは頑なに彼を拒否していた彼女も、やがて彼の才能と熱意に討たれ、心を開くようになる。

彼は在学中にもかかわらず、保険料を払っていないばかりに治療を受けられない人たちを助けようと、モグリの診療所を開き、無料診療を始めた。
患者が他の患者をいたわり、心の声を聞いて上げる、理想的な診療所だった。
カリンも彼をよくサポートしてくれた。
そんなある日、悲しい事件が起きる。

パッチ・アダムス本人は、この映画が嫌いだそうだ。
自分の診療所建設のため、やむを得ず映画化にOKしたそうだ。

たしかに実話の映画化ってのは、難しい。
どうしても、事実ではない、あとから作った部分というのが、見えてしまう。
アンナ・パキンの「グース」もそうだった。
実話の場合は、もっと写実的に作る方が良い。

ただし、コメディとして割り切って観れば、ロビン・ウィリアムズ一人でも十分楽しめる。
悲しい場面もあるが、コメディなんだから、とっとと乗り越えてしまう(笑)
「いまを生きる」では、学校を追い出される自由主義教師の役をやっていたが、今回は学校に勝つぞ(笑)


収穫はモニカ・ポッターだ。
「コンエアー」でニコラスケイジの妻役としてデビュー。
そしてこの役で主役だ。
その次が英国映画の「マーサ・ミーツ・ボーイズ」。
ナチュラルブロンドみたいで、YOUに似ているが、実はすでに二人の子持ちだ(>_<)

パッチとことごとく対立する学部長役は、「ショーシャンクの空」で所長役をやっていた、ボブ・ガントン。
はまりすぎている。

フラッド (Hard Rain,1998, USA)

ホームシアターでDTS音声(5.1ch)で見たが、なかなかのものだった。
ドルビーデジタル音声と比較して、はっきりと差が付いた。
(そういう風に差を付けて作ってるからだと思うが。)
また、前のAVアンプの内蔵DTSデコーダーより、遙かに音質が良かった。
前のケンウッドのアンプは、故障持ちだったせいか、さほどDTSが良いとは思わなかったのだが、ソニーではDTSの凄さを思い知らされた。
デジタル音声の圧縮率が違うだけでこうまで違う物なのか?!
圧縮しないCDのPCM音声の水準に近いと感じた。
ただし、かなりワイドレンジだから、一つ間違えると、中抜けの、すかすかした音になってしまう。
大昔のクラシック映画の音源を安易にデジタルリマスタリングからDTS圧縮すると、音が薄くなるだろう。
最新版映画に限る方式だ。

さて、映画の方は、「スピード」、「ツイスター」に続くパニックムービー第三弾だ。
監督は違うが、制作チームは一緒。洪水の中で現金輸送車運転手(クリスチャン・スレイター)と、強盗団(モーガン・フリーマン)、さらには一癖ありそうなシェリフ(ランディ・クエイル)が現ナマを争って、死闘を繰り広げる。
ほとんど水上のシーンで、ジェットスキーかボートに乗っており、休む暇もなく、ノンストップに楽しめた。
人によっては、どこが面白いのか?と言う、スピードアクション映画だが、暇つぶしには適当である。

DTS音声について言うと、死んだと思った悪党の一人の手が、にょきっと水の中から伸びたときは、どきっとさせられたのだが、もちろんそこで、効果音が利いていた。
良い音質だと、すっと耳に入ってきて、非常に自然なのだが、自然故に、知らず知らずのうちに、引き込まれ、ドキっとさせられる。
このあたり、ホラー映画等に有効であろう。


2004.08.13

レッドバイオリン(The Red Violin,1998, Canada and Italy)

グレングールドの映画を撮った、フランソワ・ジラール監督作品。
伝説のバイオリンがたどる数奇な運命を描き、音楽や楽器に賭ける人間の情念の深さを伝える。


17世紀後半、クレモナのバイオリン工房の妻アンナは高齢で身ごもる。
彼女が未来を占ってもらうと、四つの不幸(死、病気、悪魔、裁判)を経験するが、その後に復活することができると告げられる。
やがて彼女は産気づくが亡くなってしまう。
夫ニコラは最後のバイオリン、レッドバイオリンを完成させた後、悲嘆に暮れながら後を追う。

18世紀後半、レッドバイオリンはウィーンの修道院にあった。
修道院の孤児カスパーはレッドバイオリンで奇跡のような演奏を行い、モーツァルトの再来と賞賛される。
彼は心臓に持病があったが、教師プッサンの教えに従い、素晴らしいソリストへと成長する。
そして貴族たちへのお披露目の日、カスパーはレッドバイオリンに魂を吸いとられるように心臓麻痺を起こして逝ってしまう。

カスパーと共に埋葬されたレッドバイオリンだったが、ジプシーの墓荒らしに盗まれ、やがて海を渡り英国オクスフォードのバイオリニスト、フレデリック・ポープが手に入れる。
彼はレッドバイオリンを持つや、悪魔のような官能的な響きが頭に浮かび、素晴らしい作品を次々に発表する。
しかし、作品を作り出すためには女性が必要だった。
やがて彼は妻を裏切り、怒った妻はピストルでレッドバイオリンを撃つ。

壊れたレッドバイオリンは中国人の下男とともに海を渡り、上海の骨董店に譲られる。
そこで美しい娘に買い取られる。
娘はやがて共産党に入党し幹部になる。
ときは文化大革命。
西洋文化廃絶運動のなか、彼女は裁判に掛けられる。
しかしレッドバイオリンの隠し場所だけは誰にも告げなかった。

やがて現代のモントリオール。
中国から運び込まれた骨董バイオリンの中にレッドバイオリンを発見した、
鑑定士モリッツ(サミュエルLジャクソン)。
彼は類い希な鑑定眼でこのバイオリンに込められた、情念の重さを明らかにしていく。
やがてオークションにかけられることになったレッドバイオリン。
ウィーンの修道院、フレデリックポープ財団、中国共産党幹部の忘れ形見、著名なバイオリニストたちが競り上げていくが、一体誰の手に落ちるのか?

脚本としては、さほど抑揚もなく、先が読めてしまう。
しかし4世紀の間、クレモナ、ウィーン、オクスフォード、上海、モントリオールと5カ国にわたる物語を、パラレルに描く構成のため、二時間飽きることはない。
ジョシュアベルのソロ演奏、エサ・ペッカ・サロネンの指揮も感傷的に流されることなく、タイトな音楽を奏でているため、音楽だけ聞いていても楽しめる。

何より名器と言われる楽器が、信じられないような歴史を積み重ねて、今日に至ってることを思い知らされる。
ストラドバリウスだって、最初からストラドバリウスではないのだ。
それを巡る人間たちの情欲、呪い、そんなものがあるときは名器を汚し壊し、あるときは名器を活かし伝えていく。
人間と音楽との関わり、楽器との関わりの深さ、強さに感動した。

バイオリンがこれほど格好良く、偉大な楽器に見えたことはない。クラシックファン必見!!!
クラシック音楽映画としては傑作の部類だろう。

モンタナの風に抱かれて (The Horse Whisperer, 1998, USA)

事故で親友を失い、愛馬を傷つけ、心を閉ざす娘と、家庭を顧みなかった、バリバリのキャリアウーマンの母。
二人の関係がぎくしゃくして、どうにもならなくなったとき、母は馬と娘を連れて、モンタナへ旅立った。
馬の心を癒すという、伝説のカウボーイ(R.レッドフォード)を訪ねて、。

ってことだけど、あまり感動しませんでした。

馬の健康状態が良くなるにつれ、娘が元気を取り戻していく過程と、母親が老カウボーイとの愛に目覚めるプロセスが同時並行的に起こる。
これが、まったく噛み合わない!
ロバート・レッドフォード自身も年を取り過ぎて、こういう役どころは、もう無理なのではないでしょうか。

ジョーブラックによろしく (Meet Joe Black, 1998, USA)

間違って事故死した男(ブラピ)の体を借りて、死神が人生を楽しむ。人生の案内役には老社長アンソニー・ホプキンスだ。実は既に寿命が来ているのだが、現世での案内役を務める間だけ、生きながらえさせてやるという約束。
死神が人間社会に初めて接して驚いたりする辺りは、「ローマの休日」的定番だが、それでも意外に楽しめた。自分の人生に納得して死んでいける人は幸せだ。

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L.A.コンフィデンシャル(L.A. Confidential, 1997, USA)

カーティス・ハンソン監督、ラッセル・クロウ、ガイ・ピアース主演。警察内部犯罪映画の決定版だ。タイタニックのおかげでアカデミー賞はわずかしか取れなかったが、映画の出来としては、ずっと上だ。あまり好きではないケビン・スペイシーやキム・ベイジンガーの出てくる映画だったが、そんなことを抜きにして、50年代ロサンジェルスの雰囲気まで含めて、なかなか楽しめた。ジェームズ・クロムウェルは定番の悪役。他にダニー・デビート。

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ジャッキーブラウン(Jackie Brown,1997, USA)

タランティーノが三年ぶりにメガホンを取った作品、しかもオールスターキャストということで、また派手なアクションだろうと期待していたが、以外に地味な人間ドラマだった。



ジャッキー(パム・グリアー)は、中年の黒人スチュワーデス。実は拳銃密売人オベール(サミュエル・L・ジャクソン)に請われてメキシコとアメリカの間の現金の運び屋をやっている。ところがオベールの部下(クリス・タッカー)が捕まって、ジャッキーの存在が明るみに出る。逮捕されたジャッキーは、このままでは刑務所に行くか、オベールに消されるかどちらかだ。そこで取引を持ちかける、捜査官(マイケル・キートン)とオベールの双方を相手に大芝居を打つことを考える。

オベールは50万ドルを至急アメリカに持ち込まなければいけない。そこで捜査官に50万ドルを持ち込んでオベールに渡すところを現行犯で押さえさせる。しかし、その50万ドルを取り押さえられる前に略奪してしまおうと言うのだ。このため、初老の保釈屋マックス(ロバート・フォスター)を仲間に入れる。一方、オベールの身内でも、愛人メラニー(ブリジット・フォンダ)、相棒ルイス(ロバートデニーロ)と癖のありそうな連中が、大金を巡って、いろいろと画策している。

果たして、しがない中年おばさんのジャッキーは、プロのこの連中を相手に、50万ドルを手に入れて、生き残ることができるのかあ??



結局、ジャッキーの建てる作戦の妙味と、実行するジャッキー、マックスの心理を描いただけの作品。あくまで騙しあいの心理戦であり、ど派手な打ち合いは全くなし。この辺はちょっと拍子抜け。スピード感はまったくと言って良いほど何もなく、出演者が高齢気味なせいもあるが、全体にカットを冗長に感じた。ただし、タランティーノ得意のモンタージュ(カットバックの多用)は、見せ場である現金の受け渡しシーンで、利用されている。ジャッキーの視点、ルイスの視点、マックスの視点の三つに応じて、同じシーンを違う角度からモンタージュしている。

ところでジャッキー役のパムグリアーが元黒人映画のヒロインだったため、この作品の音楽も、80年代初頭のソフトソウルを多用していて、R&Bマニアにはたまらない作品だ。サントラは売れたと思う。

スターシップ・トゥルーパーズ(Starship Troopers, 1997, USA)

フェアホーフェン監督(ロボコップ)の、オマヌケSFX映画(ジュラシックパークのスタッフを起用)。「マーズアタック」と比較すると、人間の殺され方は見ていて、気持ちよいが、敵の宇宙人のスタイルは、マーズアタック以上にかなり間抜け。それもその筈、最近流行のエイリアンスタイルでなく、古典的な巨大な虫の形をしているのだ。カマキリやコガネムシのお化けに人間が串刺しにされたり、まっぷたつにされたりして、楽しいこと、このうえない。全日空エコノミークラスでは、決して上映してもらえない映画だ。



カマキリ星から放たれた小惑星がブエノスアイレスを全滅に陥れた。地球連邦は早速、反撃に移る。カマキリ星への上陸作戦を試みるが、敵は想像以上に強力で壊滅する。主人公ジョニー・リコは女の子にもてたいばかりに軍に入ったのだが、多くの戦友を失い、軍人として一段と成長する。
やがて、先遣隊からSOSが。救助に向かうリコの隊だが、それは敵の謀略だった。再び大きな損害を受け、命辛々、退却したが、リコはかつての恋人のパイロット・カルメン(D・リチャーズ)と再会する。やがて、地球軍は敵の本拠に関して重要な情報を得て、ついに突入作戦を決行する。カルメンは敵の攻撃を受け捕縛されてしまう。リコは軍の命令に背き、カルメンを救助に向かうのだった、、、



最初の内は、地球側も自分たちが侵略者だということで遠慮気味だったが、戦争になった途端に、そんなことも忘れて、ただひたすら殺せ殺せ、とくにわざわざ出張して敵地での戦いだけに、やりたい放題だ。その辺が「マーズアタック」とは逆になっている。どっちにしろ反戦性のかけらも無さそうだ(笑)戦争とはこんなものだという、中立的なリアリズムを描いているのかもしれないが、シュリ同様に結局、戦意高揚に利用されることだろう。



主演級は、ほとんどテレビ俳優だ。有名どころは隊長役の名脇役マイケル・アイアンサイドぐらいのもの。あまり人にはお金を掛けていない。ただし、カルメン役のデニス・リチャーズだけは出世した。もともとメルローズプレイスのレギュラーだったし、その後もボンドガールに抜擢されている。顔はキャロライン洋子型の、はっきりくっきり顔だ。今回は、ちょっと気ままな役どころだが、前から好きなタイプ{^。^`;

グッドウィルハンティング (Good Will Hunting,1997,USA)

主役マット・デイモンとその友人役ベン・アフレックが、共同で脚本を書き、97年アカデミー脚本賞を取った作品。プロットより、個々の台詞に気の利いた言葉がちりばめられていた。

青春物で、主人公がトラウマを乗り越えようとする物語。泣けて泣けて、というタイプではない。でも感動を押し売りしない代わりに、心の中にいくつかの言葉が残って、考えさせられるストーリーだ。ちょっと時間のあるときに、じっくりとご覧頂きたい。

ウィル・ハンティング(Mデイモン)はボストンの下町の不良。20歳になってもMITの廊下掃除をやっている。ところが、彼には誰にも負けない特技が一つあった。「天才」だったのだ。政治、経済、数学、物理、化学、あらゆるジャンルの本をさっと読んで理解してしまう。ある日、フィールズ賞受賞者のランボー教授が出した問題を一瞬にして解いてしまうが、次の日には街で喧嘩をして傷害罪で逮捕される始末。教授は彼の才能を惜しみ、裁判所に掛け合って、彼を保釈させ、セラピストである友人のショーン(Rウィリアムズ、この役でアカデミー助演男優賞獲得)に託す。

孤児であり、幼児虐待の経験を持ち、大人たちに心を閉ざすウィルに対して、ショーンは病気で亡くした妻との幸せな想い出を語り始め、人の心のつながりの素晴らしさを説く。大人たちを馬鹿にしていたウィルも、ショーンには違う何かを感じる。ショーンもまた、妻を亡くし、うつむきがちな生活を続けていただけに、ウィルとの出会いは刺激に満ちていた。避けて通ってきた、妻との想い出を改めて口にすることは、ショーンの心さえも変えようとしていた。

やがて恋をするウィル。相手はお金持ちの娘でハーバード大の学生(ミニー・ドライバー)だ。しかし彼女はスタンフォードへ転校するという。一緒にカリフォルニアに来て欲しいと懇願するミニーに対して、ボストンから一歩も出たことのないウィルは、身を引いてしまう。

でも、この失恋は、ウィルを確実に変え始める。自分を縛っている殻が自分にとって、狭苦しい物だと気づき始めた。そこでショーンは、ウィルに「君は天才だ。君なら何でもできる。しかし一体、君は何がしたいのか?」と問いただす。どんな問題にも即座に答えられた、天才ウィルだが、この問いだけは、答えられない。答えを見つけるまで、戻るな!と、ウィルを突き放すショーン。ウィルは答えを求めて、故郷の悪友たちの許へと戻っていく、、、

この後、天才たる彼がどういう答えを見つけるか?この映画の最大の興味だ。最後のシーンで、その答えはわかる。はたしてNASAか、CIAか、それともMITの教授か、いやいや建築現場の人夫なのだろうか?


フィフス・エレメント (The Fifth Element, 1997,USA)

ビデオの5thエレメント(監督リュックベッソン)を観た。残念ながら、ドルビープロロジック再生なので、リアの音はかなり寂しい。

映画自体はどうと言うことのない、SFX映画。宇宙の敵を退治するために、四つの石と一人の女性を助ける話。四つの石の謎を解く鍵を見つけ、最後に彼女の心の鍵を開ければ、地球は救われるという、ありきたりの謎解き。もちろん、主人公の男女がキスすれば良いという話。

「ダイハード」のブルース・ウィルスが主人公だが、アクションシーンはどっかで見たことあるなあというのが多かった。地球を救う宇宙人女性は、ウクライナ人のミラ・ジョボビッチ。ベッソン監督の新作「ジャンヌ・ダルク」にも主演している、スーパーモデル、1m75cmとか。でも背高のっぽには、色気を感じないなあ。仇役はレオンに次ぐ、ベッソン監督作品出演となる、ゲイリー・オールドマン。でも彼の魅力を発揮する前に、簡単に退治されちゃった。さらに宇宙人がいっぱい出ている(笑)

リュックベッソンの子供の頃から暖めていた案をハリウッドが100億円出して買ったという話だが、騙されたねえ(笑)フラッシュゴードンとダイハードと足して水で割った程度の、B級SFコメディ。A級にしか興味のない人は、見なくてよろしい(笑)

音声はプロロジックなので、映画館のそれより落ちるから、云々できないが、映像はかなり明るく作ってあり、デジタルビデオっぽい。美術系で唯一、興味が持てたのは、JPゴルチェの衣装。23世紀の時代設定だが、JPのデザインは本当に300年後にも、キュラソー星人用に使えそうだ(笑)美術全般も金は掛けているようだが、そこまでする必要はあったのかいなあ?

普通じゃない(A Life Less Ordinary, 1997, USA)☆

「トレンスポッティング」で一躍有名になったダニーボイル監督のアメリカ進出第一弾、邦題「普通じゃない」。主演にやはりユアン・マクレガーを起用して相手役の切れる令嬢には、キャメロン・ディアス。彼らのキューピット役になる、ホリーハンター(「ピアノレッスン」でアカデミー主演女優賞)のミニスカート姿にはビックリというか、ぞっとするというか。



大天使ガブリエルは、部下の天使オライリー(ホリーハンター)とジャクソンを呼びつけた。最近、地上では愛が少ない。どう見たって釣り合いのとれない男女を豊かな愛情でくっつけよ。でなきゃあ、天国に帰ってくるな。

ロバート(Eマクレガー)は、しがない掃除夫。しかもロボット化のあおりを受けて解雇される。怒ったロバートは社長(サー・イアン・ホルム)の所へ怒鳴り込むが、ひょんなことからその場にいた社長令嬢(Cディアス)を誘拐して逃げる羽目に。ふたりは山小屋に隠れる。ちょっと気の弱いロバートは次第に後悔の念に襲われ、娘を解放しようとする。しかし父親に反発しており、頭の回転も速い令嬢は、この機会にケチな父親から大金を巻き上げてやろうと、彼を利用して、たきつける。

人間に化けた、オライリーとジャクソンは、社長に取り入り、ふたりを追う賞金稼ぎとなる。二人をピンチに陥れたうえで、協力して危機を脱出させて、二人の間に愛情を生み出そうと考えたのだ。彼らは見事に危機を脱したが、身代金を取り損ねたセリーヌは、満足できず、銀行強盗を企てロバートが代わりに撃たれてしまう。セリーヌは、彼を助けようと、昔の恋人である医師を頼るが、ロバートは、昔の恋人と仲むつまじい彼女を見て、誤解してしまい、別れてしまう。

二人の破局に慌てた天使達は、どうせ天国に戻れないのであれば、地上でリッチな生活をしようと、セリーヌを誘拐してしまう。ロバートは、ようやくセリーヌへの愛に目覚め、彼女の救出に向かうが、そこに社長のし向けた殺し屋も現れ、大混乱。

勢いのある二人の共演ということで、なかなか楽しめる作品だが、最後のまとめ方が、ちょっと物足りない。緊張感が無いわけではないが、冗長だ。どうも監督がハリウッドらしい映画のまとめ方に反発して、自分らしさを出したかったのかなあと思うが。

キャメロンは、スタイル抜群だ。しかし、「マイベストフレンズウェディング」に続き、自ら歌うシーンがあるが、やっぱり下手だった(笑)キャメロンファンとユアンファンにはお薦めできる作品である。

マイベストフレンドウェディング(My Best Friend's Wedding, 1997, USA)

ジュリア・ロバーツの昔の恋人から突然、結婚式の招待状。そこで彼女は初めて彼への愛を悟る。何とかして彼を取り戻さなくては。しかし、その彼の相手はキャメロン・ディアス。一筋縄ではいくわけがない (^_^)

しかし、最後にジュリア・ロバーツがダンスを踊る相手はホモなのか?ホモじゃないだろう?

トゥモロー・ネバーダイ (Tomorrow Never Die, 1997,USA)


ピアース・ブロスナン主演007第2作。こんどはドイツのメディア王(ジョナサン・プライス)との対決。GPS衛星を自由に操り、船舶の位置情報を乱し、英国海軍と中国海軍の間に衝突を起こさせる。その記事をいち早くメディアに載せ、一儲けをたくらむ。

今回のボンドガールは二人。まずはメディア王の妻だが、昔のジェームズ・ボンドの恋人(テリ・ハッチャー)。二人が寄りを戻したところで殺されちゃう。次に中国の女エージェント(ミッシェル・ヨー)、はじめはボンドに突っかかりながら、最後は結ばれてしまうという、いつものパターン。

最後は敵のステルス艦に乗り込み、ドカンバコン!の大爆発だが、作品全体としては、前作のお笑いアクションシーンが殆ど無く、こじんまりと、まとまった感じで残念だった。とくにミッシェル・ヨーの女カンフーは型にはまりすぎていて、全然面白みがない。アクションだけでなく、脚本も第一作「ゴールデンアイ」と比較して、出来は落ちるように思えた。

疑惑のセオリー (Conspiracy Theory, 1997, USA)

ジュリア・ロバーツとメル・ギブソン共演。大物同士なので、正直言って、全然期待して「いなかった」のだが、意外や意外、とても面白かった。良い意味で期待を裏切られた。でも初めの三十分のメル・ギブソンの日常に関わるストーリーは無駄だと思った。この部分のおかげで、全体のスピード感が鈍ってる。逆に言えば後半のスピード感が目立ったとも言えるが。

ブギーナイツ(Boogie Nights, 1997, USA)

ポール・トーマス・アンダーソン監督(マグノリア)がカリフォルニアのポルノスター、ダーク・ディグラーの半生を描いた作品。なかなか一般映画では取り上げられない素材だけに、興味が引かれる。



エディ青年(マーク・ウォルバーグ)の唯一の長所は「巨根」。ポルノ監督のジャック・ホーナー(バート・レイノルズ、この作品でゴールデングローブ助演男優賞受賞)に認められ、早速作品を撮るがこれが大当たり!70年代後半の西海岸ポルノ界はダーク・ディグラー(エディの芸名)が各賞を席巻してしまった。しかし時代はしだいに映画から80年代のビデオ時代へと移りかわる。ダーク・ディグラーのポルノもしだいに時代遅れになった。そんなとき、麻薬中毒の後遺症か、アレが自由に勃起しなくなり、とうとう仕事を失う。女優仲間のアンバー(ジュリアン・ムーア)やローラーガール(ヘザー・グラハム)とも別れてロックバンドなどいろいろ始めるが、どれも上手く行かない。やがて麻薬で一山儲ける話に乗ってしまうが、、、



いろいろと勉強になる映画である。アメリカでは人前でオナニーするビジネスがあるらしい。日本にもあるかもしれないが、エディも若い頃はこれで稼いでいたそうだ。またジュリアン・ムーアとヘザー・グラハムがポルノ女優に扮して、ばかばか脱いでくれるのも見所。最後に大オチがあるが、凄いと思うか、大したこと無いと思うかは、みなさんの何次第だ(笑)

星印は三つ☆☆☆。ちと長いが、最後まで見ていて損はない。

セイント(The Saint, 1997, USA)

エリザベス・シュー(リービングラスベガス、カクテル、バックツーザフューチャー2,3、インビジブル)の登場だ。フィリップ・ノイス監督(パトリオットゲーム)、主演ヴァル・キルマーでお送りする「セイント」、子供の頃、ロジャー・ムーア主演していたテレビドラマ「サイモンテンプラー」のリメイクだ。



子供の頃のトラウマから大盗賊になってしまったサイモン・テンプラー(バル・キルマー、「ドアーズ」)の獲物は、ロシアの大企業家トレアティックのお宝。途中、トレアティックの息子イリアに邪魔されるが、なんとか盗み出すことに成功した。するとその腕を見込んだトレアティックがサイモンに、オクスフォードの研究者が発見したと言われる「核融合」の方程式を盗み出せと依頼してくる。ロシアのエネルギー危機を我が手で解決して大統領の座を目指そうとしているのだ。ところが、トレアティックは石油の買い占めを行っていた。ロシアのエネルギー危機の張本人こそトレアティックだったのだ。

サイモンは早速オクスフォードへ向かうが、そこで出会ったのは美しい女性研究者エマ・ラッセル(エリザベスシュー)だった。その美しさに任務を忘れそうになったサイモンだったが、無事に方程式を盗み出す。

ところが、その方程式の解法はエマにしかわからない。トレアティック一味は再び、エマに魔の手を伸ばす。怒ったサイモンはエマを守り、トレアティック一味の狙いを叩きつぶす決心をした。



映画としては、変装スパイものに属するが、バルキルマーの顔はかなり特徴的で、全然化けていない。トリックもまったくないし、援軍が来るのも、場当たり的で、ストーリーに深みがない。バル・キルマーってのは、脚本を選ばないのか?



しかしエリザベスシューの美貌だけは、(少々顔が角張っていることを気にしなければ)文句の付けようがない。ハーバード大卒の知性をもってすれば、初な天才物理学者の演技など、ちょちょいのちょいである。巨乳タレント扱いされているが、オスカーにもノミネートされたほどの大女優。お色気シーンは控えめだが、彼女の魅力だけで保っている映画だ。


ということで、☆☆星二つ。一個はエリザベス一人でおまけ。

オースティンパワーズ(Austin Powers, 1997, USA)

007のパロディー映画。


英国の人気写真家にして、国防省のスパイ、オースティン・パワーズ(マイク・マイヤーズ)。
彼は、悪の帝王ドクター・イーブル(マイク・マイヤーズの二役)が冷凍保存で30年後に蘇生するのを知り、自らも肉体を冷凍保存し、30年後に蘇った。
国防省のバジル(マイケル・ヨーク)は彼にアシスタント、バネッサ(エリザベス・ハーリー)を付け、ラスベガスに潜む敵のナンバーツー(ロバート・ワーグナー)のもとへ送り込む。
30年ぶりの変わり果てた社会に戸惑いながら、オースティンはドクターイーブルの計画を阻止し、バネッサのハートを射止めるために、おばかな大活躍を魅せてくれる。


アメリカのパロディは日本人には、シャレが強すぎて、合わないケースが多い。
また字幕を読むと、ちっともおもしろさが伝わってこない。
かえって脚本を練って吹き替えにした方が良い。
この映画もそのタイプだ。

こういう映画を英語で楽しむコツは、ひとまず笑ってしまうこと。
大声出して、続けて笑っているうちに本当におかしくなる。

この映画のもうひとつの見所は、英国の美人モデル兼女優エリザベス・ハーリー
神をも恐れぬ美貌は、ジャクリーヌ・ビセット全盛期以来の驚きと感動を呼び起こしてくれる。
見ているだけで、お腹一杯になってしまう。
「エステローダー」のCMモデルとして大活躍していたが、ボーイフレンドのヒューグラントに誘われ映画界にも進出。
B級映画ばかりだが、そのはちきれんばかりのお色気で殿方を悩殺だ(笑)
英国万歳!

音楽は30年前のものをそのまま使っていて、少々ノスタルジックだが、楽しめる。
バート・バカラックの本物まで引っぱり出すとは悪のりだ(笑)

ファーゴ (Fargo, 1996,USA)


96年度カンヌ映画祭監督賞、アカデミー主演女優賞を取った「ファーゴ」をご紹介しよう。ファーゴとはミネソタの小さな町。そこで起きた実話に基づいて、コーエン兄弟が脚本を書き兄ジョエル・コーエン(バートンフィンク、ビッグリボウスキ)がメガホンを取った作品。

しがない車のセールスマン、ジェリーは、女房と義父に頭が上がらない。美味しい投資話を見つけたのだが、義父はまったく相手にもしてくれない。そこで彼はヤクザに女房を誘拐させ、身代金を分け合う計画を立てる。ところが実行犯グループは、へまばかりやらかし、逃走中に何人もの人を殺してしまう羽目に。どんどん計画よりも大事になってしまい、ジェリーの手には負えなくなってしまう。一方、警察も事件とジェリーを結びつけ始め、ジェリーの身辺に捜査の手が伸び始める。

典型的なクライムストーリー、ディテクティブストーリーだ。犯人は最初からわかっていて、ところが犯人の思うようには事件が進まず、どんどん事が大事になってしまうパターン。作り事なら、良くあるケースだが、これが実話なのである。

見所というほどではないが、捜査をするのが、敏腕刑事ではなく、妊娠中の警察署長(Fマクドーマンド、この演技でオスカー)だ。そして彼女の私生活では、家族らと食べるシーンばかり。ホームドラマを巧みに交えるのは警察ものでは常道だが、女の方が警察署長という辺りが、新鮮みを感じる。また実行犯のスティーブ・ブシェーミが、いい味を出してる。ラウルジュリアとジェリールイスを足したって感じのコメディアン。

冬のミネソタの話だから、雪の中のシーンが大部分。天候によって、いろんな表情を見せる、雪の白さにも注目して欲しい。何にしろコーエン兄弟は今が旬だ。

ユージュアル・サスペクト (The Usual Suspect,1996, USA)

ブライアン・シンガー監督が長編2作目で、アカデミー脚本賞を取った作品。クライムストーリーだが、事件の目撃者から捜査官が供述を取りながら真相を推理する、わずか2時間をほぼリアルタイムで追いかけていく。もちろん、最後のどんでん返しが用意されている。



LAの港に停泊している外国船で銃撃戦と火災があり、27人もの人間が焼けこげて死んでいた。現場には目撃者が一人。目撃者の証言から捜査官は謎の黒幕カイザー・ソゼの存在を知る。一体彼が何者なのか、何が目的だったのか?捜査官は一つの推理を巡らせるが、、、

目撃者の語りと回想シーンだけで構成されているドラマで、アクションらしいものはあまりない。しかし、画面に釘付けになることは確か。犯人は、二通り考えられるのだが、そのどちらが正解かとなると、なかなか判らないだろう。意外なところにヒントは隠されていた(笑)

IMDBじゃ異常に評価が高いが、僕は5点中、3.9点というところか。後からよく考えてみると粗もあるので、その分だけ点数を少し引いておく。ただ、さっと観るのであれば、十分楽しめると思う。この96年は、ファーゴとか、デッドマンウォーキング、セブンと、アメリカは犯罪関係の秀作映画が目白押しだった。

フロムダスク・ティルドーン (From Dusk Till Dawn, 1996,USA)

ロバート・ロドリゲス監督(デスペラード)の「フロム・ダスク・ティル・ドーン」。メキシコ映画の香り豊かな、ハチャメチャ・アクションだ(笑)

凶悪犯のセス(ジョージ・クルーニー)と弟の性犯罪者リチャード(クエンティン・タランティーノ)は、銀行強盗をして、メキシコへ逃げようとするが、警察やFBIはすでに国境線を封鎖している。そこで二人は元牧師ジェイコブス(ハーベイ・カイテル)と娘(ジュリエット・ルイス)、息子の三人連れを人質にとり、国境線を突破する。目的地はとある酒場である。夜明けになれば仲間が迎えに来る。そこで朝まで飲み明かすことにした。メキシカンロックバンドの音楽をバックに美しいダンサー(サルマ・ハイエク)が妖しい踊りを見せる。しかし、リチャードの手の傷を見て、ダンサーは突然変身し、リチャードの首筋にかぶりつく。彼女らはバンパイアだったのだ。セスとジェイコブズ達は力を合わせ、バンパイヤを倒すが、店の外にはバンパイヤの大群が押し寄せていた。そしてリチャードもバンパイヤとして復活してしまう。果たして牧師親子の運命や、如何に、、、

タランティーノ脚本をロドリゲス監督がド派手にしかしチープに演出した作品。出演者は、ジョージクルーニー(ER、素晴らしい日、バットマン)を主役に、今やセクシーシンボルのサルマ・ハイエク(デスペラード、ワールドワイドウエスト)を悪役に据えて、善と悪の間で苦悩する元牧師に、ロバートデニーロのライバル、H・カイテル(タクシードライバー、ピアノレッスン)を起用、娘にはまた演技派のジュリエット・ルイス(ケープフィアー、ギルバートグレイプ)と、とんでもない作品を作り出した。序盤はれっきとした銀行強盗の話、人質を取って、国境線を越える辺りはタランティーノ脚本にしては渋く、ハンフリー・ボガード調かと思わせる。ところが、メキシコに入った途端に、ホラー映画に早変わり。この無節操さが、メキシコ映画に強い影響を受けたロドリゲス監督の真骨頂だ(笑)。最後は撃ちまくり。すかっとしました。

素晴らしい日(One Fine Day, 1996, USA)

女房と離婚して、久しぶりに娘との一日を楽しみにしていた新聞記者ジョージ・クルーニーと、亭主と離婚して息子を育てる建築家ミシェル・ファイファーが、偶然出会い、いがみ合ったり、助け合ったりしながら、お互いにうち解け会うまでの、たった一日の物語。ミシェル・ファイファーは、嫌いじゃないから、ちょっと贔屓目に見てるけれども、母親と女の部分をうまく演じ分けていた。十分楽しめた。

ジングルオールザウエイ(Jingle All The Way,1996,USA)

クリスマス映画なのに、秋にテレビでやってた(笑)。スーパーヒーローのフィギュアを求めて、日頃家族に愛想を尽かされてる父親二人が命がけで争う、この映画はアメリカでは評価が低い。

ビデオを持っているが、たしかに中盤に掛けて、アーノルドシュワルツネッガーがどんどんドツボにはまるだけで、地味な映画だなあと思っていたが、最後の盛り上がりが凄まじく、大笑いさせて大泣きさせる、シュワルツネッガーのコメディの中でも異色の映画だと思う。前半は我慢させられた分、後半は弾けちゃう。

監督はブライアン・レバント。ジョンヒューズ(ホームアローン)が脚本を書いた「ベートーベン」や「フリントストーン」を演出している。SFXお得意の監督さんだ。この映画も勿論、SFX使い捲りで、アニメチックな作品に仕上がっている。

マーズアタック (Mars Attack, 1996,USA)


天才ティム・バートン監督の大傑作。火星人襲来ものとしては史上最強だろう。何も言わない。ただ英国人歌手トム・ジョーンズが地球を救うだけで、もうお腹一杯(爆)

スクリーム (Scream,1996,USA) スクリーム2 (Scream 2,1997, USA)


シリーズ物のミステリー。スプラッタだとかホラーだとか思われている節があるが、かなり節度のあるシリアルサイコキラーものだ。そんなに怖くない。綾辻ミステリーと赤川次郎と足して2で割った感じか?内臓が飛び散るってなシーンも、これまで殆ど無かった。どちらかというと、犯人当てゲームという感じ。主演のネーブ・キャンベルは、坂上トシ恵風二流アイドルの風情。第一作の頃が最も良かった。どんどん顔も態度も図々しくなってきた。助演のコートニー・コックスは知性の欠けた夏木マリといった雰囲気だが、好きだな(笑

ユーガットメール (You've Got Mail, 1998, USA)

ノーラ・エフロン監督とトム・ハンクス、メグ・ライアンの組み合わせというと、Sleepless in Seatle(巡り会えたら)以来の2作目。
今回は、M.ラズロ原作の戯曲で、かつて都会派ロマンスの巨匠、Eルビッチ監督が演出した「街角」(Shop arround the corner, 1940)のリメイク。
前作では恋する二人を繋ぐメディアが文通だったのだが、今回はそれが電子メールになった。


ジョー(ハンクス)は、安売り本屋チェーンの三代目。
キャサリン(メグ)は、ウェストエンドの小さな児童文学書店を母から譲り受け、切り盛りする。
二人は、インターネットで知り合った匿名メールの友人同士なのだが、互いに相手の正体を知らずにいる。

やがてジョーのチェーンが、ウェストエンドに進出し、キャサリンの店は大打撃を受けてしまう。
キャサリンは電子メールの彼をジョーとも知らずにビジネスのアドバイスを求める。
ジョーも相手がキャサリンとは知らず、真摯に反撃法を答える。

キャサリンはマスコミや知識人を巻き込んで大型店出店大反対キャンペーンを張り、チェーン店に対抗する。
ジョーは思わぬキャサリンの抵抗にたじろぐ。
そのうえ、メールの相手がキャサリンであることを知ってしまう。

商売敵が実は恋人同士という、ありがちなストーリーだが、そこはメグ・ライアンの魅力だけで押し切ってしまう。
綺麗な女優がハッピーになってくれれば、観客もハッピーという典型的、古典的なアメリカンムービーだ。
僕もそれだけで、もうお腹一杯だ。
エロチックなシーンなんて一つもなく、心地よい、すがすがしさだけが後に残る。
もちろん、批評家の評価はかなり低い。
でもそれがどうした(笑)


なお、ノーラエフロンは脚本家として、When Harry met Sarry(ロブライナー監督、Bクリスタル主演「恋人たちの予感」) でメグライアンと仕事をしている。

リーサルウェポン4(Lethal Weapon 4, 1998, USA)

「疑惑のセオリー」のリチャード・ドナー監督とメル・ギブソン、ダニー・グローバー主演シリーズの第四作。
劇中、ギブソンが若手警官にノックアウトされるシーンもあり、そろそろ体力の衰えを感じさせる。
これが最終作になるようだ。

しかし、相変わらず痛快作品。
米国内でも芸術的評価は低いが、おもしろさは、決して低くない。
テレビの刑事コンビシリーズ一年分ぐらいのギャラを使って脚本を集めて、その中から選んでいるのではないか?
時間を掛けてじっくりと面白いものを作っている。

もちろん、おきまりの家族の問題も描かれているが、決して暗くならないのが良い。
要するにナニも考えなくても良いのが嬉しい。
こういう風に後になるほど、面白くなるシリーズ作品というのは珍しい。


刑事のリッグズ(ギブソン)、マータフ(グローバー)、私立探偵のレオ(ジョーペシ)のトリオは相変わらず、初っぱなからガソリンスタンドを吹っ飛ばしたり、輸送船を座礁させたり、ハチャメチャだ(笑)

今回の相手はとうとうハリウッドに乗り込んだ香港映画アイドル、ジェット・リーである。
中国政府に逮捕された香港マフィアの四人組を救出するため、人民元を偽造し身代金にしようとする。
何せ、リーはカンフーであり、最後の決着は素手のリーに対して機関銃で決着を付けるという、卑怯なものになっている(笑)

この映画の成功で、ジェット・リーはハリウッドで主演作も製作公開され、順風満帆である。

プライベイト・ライアン(Saving Private Ryan, 1998,USA)

スティーブン・スピルバーグが二度目のアカデミー監督賞を取った作品だ。

初めの三十分はスプラッタホラーのように内臓が弾け飛ぶ、ノルマンディー上陸作戦オマハビーチの戦い。
連合国軍歩兵たちは味方の屍で砦を作り、ドイツ軍の88ミリ砲を破壊する。

多くの部下を失いながらも、ようやく大仕事を成功させたミラー大尉(トム・ハンクス)だがマーシャル将軍の気まぐれで、一人の二等兵ライアン(Mディモン)を救出しアメリカへ送還するように命じられる。
しかもライアンは敵のど真ん中にパラシュートで降りたらしい。

部下を引き連れ、敵陣深く潜り込むが、部下を一人また一人失う。
たった一人の二等兵を救うために大きな犠牲を払い、部下達は士気を失い始めた。

ミラー中隊長は、部下を勇気づけ、自らも士気を奮い立たせて、やっとライアンを発見した。
しかしライアンは仲間を見捨てて、故郷へ帰ることはできないと言い出す。

「シンドラーのリスト」を撮ったスピルバーグが、今回も軍隊の気まぐれな命令を忠実に遂行しようとする優秀な部隊の末路をドキュメンタリータッチに描き、戦争の不合理性を引き出している。

愛国心の塊だった、ミラー中隊長は、ライアン救出作戦を仰せつかってからというもの、部下を連れて進むべきか退くべきか、常に悩み続ける。
退くことはできない。そこで前進するための、動機付けを考える。
「この仕事を成功させて、国に帰ろう」そう部下に、そして自分自身に言い聞かせる。
彼自身も長い軍隊生活で、疲れが出ていて、愛国心が揺らぎ始めていた。

しかし道中で、ミラーは途中で敵の陣地を潰すために寄り道をしたり、要所の橋を守る作戦に加わったりと、命令そっちのけで戦争に参加してしまう。


腹心のマイク軍曹にはトム・サイズモア(「ヒート」)。射撃の名手ジャクソンにはカナダ人のバリー・ペッパー(「グリーンマイル」)、衛生兵ウエイドにはジョバンニ・リビジ(「カーラの結婚宣言」)、通訳のアパム伍長にはジェレミー・デイビス(「ツイスター」)と、
この手の映画らしく演技派を多数配置している。
各人は部下と言うより、トム・ハンクス演じるミラー大尉の教え子のような立場で、トムの気持ちの移ろいを引き立てる。
どっかの掲示板に、各人のキャラクタをもっと具体的に描いて欲しかった、と言うレビューがあった。
下手に人物描写をし始めたら、五時間あっても足りなくなる。

この映画の最も良い点は何か?
スピルバーグの演出は大したこと無い。
映像が凄い。
ヤヌス・カミンスキーがアカデミー撮影賞を取っている。
ハンディ中心のセピアトーンなんだけど、すごく陰影があって、美しい絵だ。
明るい場面では遠目の絵で色が潰れてしまうが、近場の絵、とくに人物は凄い。
今の技術水準の高さを思い知った。



ティル・オイレンシュピーゲルの冒険 Les Aventures de Till L'Espiegle 1956 フランス・東独

監督:ジェラール・フィリップ/ヨリス・イヴェンス 
共演:ジャン・ヴィラール
リヒャルト・シュトラウスの交響詩にもなった、フランドルの昔話を題材に取った、カラー映画である。

フィリップ・ジェラール主演作で、唯一の監督作品は、世間で駄作と言われている。
しかし僕は興味深く見た。
だいたいどうして東ドイツが製作に参加したのか?

話は16世紀フェリペ2世のスペインが異端審問を行い反宗教改革の中心となった時代のこと。
スペインはカルヴァン派が多くなったフランドル地方に出兵して暴虐の限りを尽くす。
スペイン軍に父を殺されたティルはオレンジ公とともに反乱を起こす。

交響詩では、死刑になりながら、再び姿を現す。
映画では恋人と結ばれる場面で終わっている。

ブリューゲルの絵を再現するために、カラー映画にした。
派手な色遣いだ。
フランドルのウールは、今のカシミヤのような色だったのか。

カトリックに楯突く映画を作るとは、フランス人なのに勇気がある。
「赤と黒」だって反宗教だけど、これはジェラール・フィリップの哲学なのか。
彼の若すぎた死が、謎めいて来るなあ。

歴史では、フランドル地方は結局カトリックが再び支配して、ベルギーになった。
カルヴァン派は北のアムステルダムに亡命してネーデルランド共和国(今のオランダ王国)を作った。
オランダは宗教に関して自由な立場を取ったので、ユダヤ人が大勢移住してきて、17世紀の世界の金融の中心になった。


2004.08.12

純愛物語 1957 東映

2003/10/20(Mon) 22:12
監督 : 今井正
原作・脚色 : 水木洋子
企画 : マキノ光雄 / 本田延三郎

キャスト(役名)
江原真二郎 (早川貫太郎)
中原ひとみ (宮内ミツ子)
楠田薫 (小島女子教官)
岡田英次 (下山観察官)
鈴木保 (ハートの円)


東京の浮浪者街へふらりと戻ってきた早川。
ひょんなことから、その女ミツコを助けてしまう。
すっかり気が合う二人は、スリを始めたが、あっさり補導される。

早川は少年院に送られ、更正の道を歩み始める。
一方ミツコは少女院に送られたが、荒れた生活を送る。

しかし小島教官はミツコの体調の異常に気づく。
彼女は戦時中広島におり、原爆症にかかっていた。

ミツコは脱走し、ラーメン屋の住み込みとして働く。
早川は退院し、工場で働いていると、ミツコから会いたいと連絡が入る。
二人は初めて一日デートするが、彼が帰った後、彼女は倒れる。

オーソドックスな少年少女の純愛映画。
社会の最底辺に二人ともいたのに、妙に奥手で、キスするのがやっと。と泣かせてくれる。

原爆症という当時問題になった話題を扱っている。
原爆という言葉に、日本人が過剰反応を示していた時期だ。
正直言って現在見ても、感動は小さいだろう。

しかしアメリカに劣化ウラン弾を撃ちまくられた、イラクやアフガンでは今も切実な問題である。
あの国にこの映画を見せてやりたい。


今井正監督のカメラワークはオーソドックス。教科書通り。
そのあたり、今井正ほどの大監督が、21世紀に忘れ去られた理由だろう。
カラーの使い方も下手だったかも知れない。
無理に白黒からカラーに転向する必要はなかったの。


江原真二郎は当時人気はあったと思う。
影のある二枚目あるいは二枚目半。
年を取ってから、癖のある役ばかりやるようになった。
中原ひとみは、当時若かったなあ。
この映画がもとで二人は結婚した。


野良犬 1949 東宝

2003/10/19(Sun) 22:47

監督 黒澤明
脚本 菊島隆三、黒澤明
撮影 中井朝一
音楽 早坂文雄
出演:
三船敏郎
志村喬
淡路恵子
千石規子

家路についた新人刑事の村上(三船)は満員のバス内でピストルを盗まれる。
スリ専門の部署で、犯人の仲間と思われる女に見当をつけた村上は、他の刑事とともに女に会いに行く。
最初、女はしらを切っていたが、一日中付きまとって離れない村上の粘りに負けて、やみでピストルを売りさばく鉄砲屋の話をする。
そして鉄砲屋の女(千石)を逮捕する。
しかし鉄砲屋は逃げてしまう。

ついに拳銃を使った傷害事件が発生する!
村上はベテランの佐藤(志村喬)と組み、野球好きだった鉄砲屋を球場で逮捕する。
問題の拳銃は、遊佐(木村功)という男に手渡されたことがわかる。
彼はアプレゲールで、殺しでも何でもやるタイプだ。
片思いする恋人(淡路恵子)だけが、唯一の希望だった。
村上はその恋人を張り込むが・・・

黒澤明初の犯罪サスペンス。
今とは違う、真夏のべたついた暑さがモノクロ画面から伝わってくる。

アプレゲール犯罪をこの時代特有の問題と捉える向きもあるが、そうだろうか。
この時代は、不況にあえぐ現代でもある。
アプレゲールの若者なんて、今の我々の回りに、いくらでもいるじゃないか!
夢も希望もなくした若者が、暴走を始めているではないか。

三船はまだ若いが、いつも同じ芝居である。まあそこがいい。
志村喬は実に渋い。千石規子も良い。

千秋実が文学青年風で、いつもと芝居が違ってました。
淡路恵子はかなり若くて、はじめは誰かわからなかった。

ジム・キャリーはMr.ダマー 1994 米国

2003/10/19(Sun) 00:18
監督 ピーター・ファレリー ボビー・ファレリー
脚本ピーター・ファレリー ベネット・イェリン

ジム・キャリー.... Lloyd Christmas
ジェフ・ダニエルズ.... Harry Dunne
ローレン・ホリー.... Mary Swanson
マイク・スター.... Joe 'Mental' Mentaliano
チャールズ・ロケット.... Nicholas Andre
カレン・ダフィー.... J.P. Shay


ジム・キャリーは運転手のバイトをしている。
今日は美しいローレン・ホリーを載せて空港まで。
ところが彼女がアタッシュケースを忘れてしまう。
ジムが気づいたときには、既に飛行機は出た後だった。

ジムとジェフは、アタッシュケースをカリフォルニアまで届けることにする。
そのアタッシュケースをつけ狙う謎の人物が現れる。
二人は無事ローレンに会うことができたが、ジェフは一人だけで抜け駆けしようとした。
果たしてジムの思いはローレンに届くか?

「メリーに首ったけ」のファレリー兄弟の出世作。
下ネタや障害児ネタ満載は変わらない。

しかしジム・キャリーのがんばりで、ファレリー兄弟の色は薄まったと思う。


海辺のポーリーヌ 1983 フランス

2003/10/18(Sat) 23:07

キャスト(役名)
アマンダ・ラングレ(Pauline)
アリエル・ドンバール(Marion)
パスカル・グレゴリー(Pierre)
フェオドール・アトキン(Henry)
シモン・ド・ラ・ブロス(Sylvain)

スタッフ
監督エリック・ロメール
製作マルガレット・メネゴス
脚本エリック・ロメール
撮影ネストール・アルメンドロス
音楽Jジャン・ルイ・ヴァレロ


ノルマンディーの避暑地。
15歳のポーリーヌは従姉のマリオンと別荘で過ごしている。
海辺でピエールとアンリに出会う。
ピエールはマリオンの昔からの友人で、今も気があるようだが、マリオンはアンリを一目見て気に入る。
早速その晩ベッドイン。
一方、ポーリーヌにも良いお相手シルヴァンができた。
マリオンらが留守している日に、アンリは悪い癖で、他の娘に手を出す。
ところが、マリオンが急に帰ってきたので、さあ大変。

例によってロメール監督は台詞過多。
その割にその台詞が大したこと無いんだ。
結局、二人とも避暑地の恋に破れてしまう。
ポーリーヌより年増のマリオンのほうが、心の痛手は残りそうだな。


クリムゾンリバー 2000 フランス

2003/10/18(Sat) 00:27

監督・共同脚本:マチュー・カソヴィッツ
撮影監督:ティエリー・アルボガスト
編集:マーリーン・モンシュ
衣装:サンドリン・フォレ、ジュリー・モドゥッチ
音楽:ブルーノ・クレ
製作:アラン・ゴールドマン
原作・共同脚本:ジャン=クリストフ・グランジェ

出演
ジャン・レノ
ヴァンサン・カッセル
ナディア・ファレス
ドミニク・サンドラ

片や墓の盗掘事件、片や閉鎖的な大学での猟奇殺人、この二つの事件が最後に結び付く。
猟奇殺人ものと山岳ものを合体させた、いかにも今当たりそうな路線を狙ったもの。
でもこの手の映画は僕には面白さがわからない。
フランス映画らしさも全くない。

鮫肌男と桃尻女 1999 日本

2003/10/16(Thu) 23:41
キャスト(役名)
浅野忠信(鮫肌黒男)
小日向しえ (桃尻トシコ)
岸部一徳 (田抜政二)
寺島進 (沢田)
真行寺君枝 (フグタミツコ)
鶴見辰吾 (フグタミツル)
島田洋八 (ソネザキ道夫)
我修院達也 (山田正一)
監督 : 石井克人
プロデューサー : 竹本克明 / 滝田和人 / 公野勉
原作 : 望月峯太郎
脚色 : 石井克人
撮影 : 町田博
音楽 : Dr. Strange Love

99年の話題作だ。


ヤクザの金を鮫肌(浅野忠信)が持ち逃げした。
彼はオロナミンCの看板を集めるのが趣味である、

田抜(岸辺一徳)や鶏みたいな服装のフクダ(鶴見辰吾)らが鮫肌を追う。
鮫肌は途中でホテルの支配人の妻桃尻と道連れになり、意気投合する。
しかし 桃尻は田抜に捕まり、鮫肌は単身、田抜らが本拠にしているホテルに乗り込む。


一時期、スピードのある日本映画がもてはやされたが、これもその一つか。
しかし今見てみると、それほど凄くなかった。一時の流行だ。


あらくれ 1957 東宝

投稿日 : 2003/10/16(Thu) 22:44
配役
高峰秀子 (お島)上原謙 (鶴さん)森雅之(浜屋)加東大介(小野田)東野英治郎 (お島の父)仲代達也
監督 : 成瀬巳喜男
製作 : 田中友幸
原作 : 徳田秋声
脚色 : 水木洋子
撮影 : 玉井正夫
音楽 : 斎藤一郎
美術 : 河東安英


話は大正年間。
お島は鶴の後妻。
しかしお島の戸籍が汚れていたことが気に入らない。
ある夜、鶴が他の女から来た手紙を読んでるところを、お島が見つけ逆上してしまい、階段から転げ落ちる。
妊娠していたお島は流産してしまう。

鶴と別れたお島は、兄貴の借金の形に取られ浜屋で奉公するため、雪深い山村に行く。
そこで浜屋の旦那とできてしまう。
しかし、病気療養中の奥方が帰ってきて、二人の関係はジ・エンド。

東京へ戻ったお島は、当時人気が出始めてた洋服造りにチャレンジ。
これが大成功を収める。
再婚相手のの小野田は怠け者だが、あっちの方は底なしだった。
それで女房に内緒で、妾を囲うことにした・・・

「あらくれ」の文字通り、大正年間で男勝りの働きで男どもを翻弄した女の話。
爽快である。
明治女は強いなあ。

しかし高峰秀子のバイタリティだけで話を作ってる感じ。
この人がいなかったら、この企画は映画化できなかった。

若者のすべて Rocco e i suoi Fratelli 1960 イタリア

2003/10/28(Tue) 23:39

監督 :ルキノ・ヴィスコンティ
製作 : ゴッフレード・ロンバルド
原案 : スーゾ・チェッキ・ダミーコ / ルキノ・ヴィスコンティ /ヴァスコ・プラトリーニ
脚色 : ルキノ・ヴィスコンティ / スーゾ・チェッキ・ダミーコ / パスクァーレ・フェスタ・カンパニーレ /マッシモ・フランシオーサ / エンリコ・メディオーリ
撮影 : ジュゼッペ・ロトゥンノ
音楽 :ニーノ・ロータ

キャスト(役名)
アラン・ドロン(Rocco)
レナート・サルヴァトーリ(Simone)
アニー・ジラルド(Nadia)
カティーナ・パクシー(Rosaria)
ロジェ・アナン(Morini)
パオロ・ストッパ(Manager)
シュジ・ドレール(Luisa)
クラウディア・カルディナーレ(Ginetta)
スピロス・フォカス(Vincenzo)

南イタリアから母は息子四人を引き連れて、ミラノへ降り立った。
長男を頼って移ってきたのだ。
長男は婚約パーティーの真っ最中。
母は父の喪中に晴れやかなことをやるのが気に入らない。

長男はボクサー。他の兄弟は日雇い労働者だ。
しかし練習を見に行った次兄シモーネと三兄ロッコはスカウトされる。
シモーネは他のジムに引き抜かれ、ジム期待の星となる。
シモーネに娼婦ナディアと知り合う。
ナディアは遊びのつもりだったが、シモーヌは入れ込む。
やがてナディアはシモーヌの前から身を隠す。

ロッコが兵役につく。
するとナディアと出会い、気が合ってしまい、愛し合う。
しかしシモーヌの知ることになり、シモーヌはロッコの目の前でナディアを犯す。

ビスコンティの映像美の世界だ。印象に残るカットが多い。
(特に陰影やアップの顔の横に彫像があるシーン)
当時の松竹ヌーベルバーグにも多大な影響を与えていた。

アニー・ジラルド(ナディア役)が印象的。
クローディア・カルディナーレは影が薄かった。意外にアニーの方が格上だったのね。

イタリアの家族主義のすごさは恐れ入る。
日本ではもう1960年ぐらいには核家族化していたろうから、イタリアの方が遅れていた。
特に南イタリアは遅かったみたい。


かれらに音楽をTHEY SHALL HAVE MUSIC 1939 MGM 

2003/10/28(Tue) 21:07
監督: アーチー・L・メイヨ 
製作: サミュエル・ゴールドウィン  ロバート・リスキン 
原作: チャールズ・L・クリフォード 
原案: イルムガード・フォン・クーベ 
脚本: ジョン・ハワード・ローソン ロバート・プレスネル アンソニー・ヴェイラー
撮影: グレッグ・トーランド
音楽: アルフレッド・ニューマン 
 
出演: ジーン・レイノルズ 
ヤッシャ・ハイフェッツ 
ジョエル・マクリー 
アンドレア・リーズ 
ウォルター・ブレナン 

サミュエル・ゴールドウィンの教養趣味が良く出た映画。
世紀のバイオリニスト・ハイフェッツの実演が楽しめる。

フランキー少年は継父と折り合いが悪い。
おかげで施設に入れられそうになり、フランキーは家を逃げ出した。
紛れ込んだ、音楽学校で思わぬ才能を開花させる。
彼には絶対音階があったのだ。
音楽に生きる希望を見いだすフランキー。
しかし、音楽学校は資金難で潰れかけていた。
フランキーは天才バイオリニスト・ハイフェッツに学校の窮状を訴える。

名画「オーケストラの少女」の二番煎じで作られた作品。
ハイフェッツの登場シーンを除いて、たいして見所はない。

そのハイフェッツは背の低い男だ。どうも禿っぽい(笑)
演技力も全くなかった。ストコフスキーの方がずっとうまい。

どこかで見た男だと思ったが、学校の校長の娘の恋人役ジョエル・マックリーは
二年後にプレストン・スタージェス監督の名作「サリヴァンの旅」に主演する。

ソロモンとシバの女王 Solomon and Sheba 1959 UA

2003/10/27(Mon) 22:24
監督 : キング・ヴィダー
製作 : テッド・リッチモンド
原作 : クレーン・ウィルバー
脚本 : ジョージ・ブルース
脚色 : アンソニー・ヴェイラー / ポール・ダッドリー
撮影 : フレディ・ヤング
音楽 : マリオ・ナシンベーネ

キャスト(役名)
ユル・ブリンナー(Solomon)
ジーナ・ロロブリジーダ(Sheba)
ジョージ・サンダース(Adonijah)
マリサ・パバン(Abishag)
デイヴィッド・ファラー(Pharaoh)


軍人アドニアと詩人ソロモンはイスラエル・ダビデ王の息子だ。
ダビデ王が死ぬ間際、後継者にソロモンを指名した。
父の死後、ソロモンの即位を快く思わない、兄アドニアは一度はエルサレムを出る。
だがソロモンに請われ思い直し、軍の司令官に就く。

エジプトのファラオは、強国になったイスラエルを撃たんとするが、シバの女王が止める。
シバの女王はイスラエルが強国になったわけを探らんと、単身イスラエルに乗り込む。

十戒を納める宮殿も建て、盤石のエルサレム。
しかしシバの女王が来てから、何かが壊れ始めていた。
シバの女王に誘惑されるソロモン。
やがて、ソロモン王に対する反乱が起き、兄アドニアを追放する。

これを機にソロモンは、エルサレムにシバの偶像を建てることを認めたが、それが神の怒りに触れ、幼なじみのアビシャグを失ってしまう。
民衆の心は完全にソロモンを離れていった。
そんなとき、エジプトと兄アドニアが大軍を率いて攻めてくる。

旧約聖書の外伝的お話。
紀元前1000年にイスラエルを中東の強国に仕上げた、英雄ソロモン王の恋の物語だ。
映画としては史劇にありがちだが、長くて中だるみがあった。

ユル・ブリンナーはお得意の外人ものだ。
しかし毛が生えているユル・ブリンナーは初めて見た。


ピンポン 2002 日本

2003/10/26(Sun) 01:10
監督 : 曽利文彦
製作総指揮 : 椎名保
原作 : 松本大洋
脚色 : 宮藤官九郎
撮影 : 佐光朗

キャスト(役名)
窪塚洋介 (星野裕(ペコ))
ARATA (月本誠(スマイル))
サム・リー (孔文革(チャイナ))
中村獅童 (風間竜一(ドラゴン))
大倉孝二 (佐久間学(アクマ))

福原愛ともに卓球ブームを盛り上げた映画。
子供の頃から卓球仲間だった、ペコとスマイルは同じ高校に進み、卓球を続けている。
インターハイに出場した彼らだが、チャイナやドラゴンが彼らの前に立ちふさがる。


マンガは面白いのだが、映画の方はイマイチ。
スマイル対ペコが最後の山場なのだが、盛り上がりに欠ける。
原作に忠実と言うことだが、映画化しない方が良かったんじゃないかな。

いつもの窪塚節は健在で、飛ばしているが、竹中直人が珍しく押さえた演技。
一方、卓球場のおばさん役の夏木まりは、なかなか美味しかったと思う。
中村獅童はまあまあ。


評決 the Verdict 1982 米20世紀フォックス

2003/10/25(Sat) 21:57

監督 シドニー・ルメット
製作 リチャード・D・ザナック デイヴィッド・ブラウン
製作総指揮 バート・ハリス
原作 バリー・リード
脚本 デイヴィッド・マメット
撮影 アンジェイ・バートコウィアク
音楽 ジョニー・マンデル

キャスト(役名)
ポール・ニューマン(Frank_Galvin)
シャーロット・ランプリング(Laura_fischer)
ジャック・ウォーデン(Mickey_Morrissey)
ジェームズ・メイソン(Ed_Concannon)
ミロ・オシー(Judge_Hoyle)

かつてスキャンダルに巻き込まれ、栄光から突き落とされた弁護士ギャルビンに久々のチャンスがやってくる。
教会系病院で、おきた医療過誤事件だ。
しかも医師が証言を約束してくれた。勝ったも同然である。
不思議な女性ローラと出会い、ギャルビンは私生活でも充実する。

しかし医師が裁判直前に消えてしまい、裁判に勝ち目がなくなる。
急遽、黒人医師を代役に立てたが、失敗してしまう。
追いつめられたギャルビン、しかもローラは敵の弁護士と通じているらしい。
そんなとき、ある元看護婦が証言してくれる、という。
最後の望みを彼女に賭けるが・・・

ポール・ニューマンは年を取った。
もう昔には戻れない。

シャーロット・ランプリングはミックジャガーみたいだけど、やっぱり綺麗だ。
色気があるな。

法廷映画としては評判は高いが、個人的には可もなく不可もなしかな。

バックトゥザフューチャーIII 1990 ユニバーサル

マイケル・J・フォックス、クリストファー・ロイド、メアリ・スティンバーゲン主演。
ロバート・ゼメキス監督、
スティーブン・スピルバーグ製作総指揮。

三部作の内、これだけは見ていなかった。


もう、マーティとドクの話は飽きてしまった。
ワンパターンだ。
IとIIを見ている人は見る必要はない。
西部劇だと言って、とくに面白いわけではない。


メアリ・ステンバーゲン
は「時計じかけのオレンジ」主役マルコム・マクダウェルの元奥さんだ。
ここでは年増のヒロインだったが、「ギルバートグレイプ」では浮気おばさんになってしまった。
若い頃の作品を見てみたい。



2004.08.11

豚と軍艦 1961 日活

2003/10/15(Wed) 23:56
監督 今村昌平
脚本 山内久
撮影 姫田真佐久
音楽 黛敏郎

出演 長門裕之 吉村実子 三島雅夫 小沢昭一 丹波哲郎 山内明 加藤武 殿山泰司 西村晃 南田洋子 中原早苗

戦後の横須賀青春物語。

米軍の残飯の払い下げを受けて、豚の飼料にして、豚を育てる商売をヤクザが引き受けた。
長門は組の一番の下っ端。丹波哲郎の子分で腕は立つが、気が小さい。
長門の恋人が吉村実子である。
彼女は堅気になりたいが、長門は愚連隊の生活を気に入っており、二人の間はしっくり来ない。
吉村は腹が立って、米軍相手に遊びほうける。

ある日、ヤクザを殺してしまい、死体の処分に困り、豚の餌にしてしまう。
そうとも知らずに、その豚を食った丹波は血を吐く。
一方、組の連中も仲間割れを始め、豚の取り合いが始まる。
最後は繁華街のど真ん中で撃ち合いだ。豚も逃げだし、人々を踏み潰してしまう。

長門裕之は、この頃が役者として最高の時期だ。
良い監督に引き立てられ、体当たり演技を見せる。

吉村実子はデビュー映画だが、最初から違ってたな。
おそらく天才なんだろう。
南田洋子は、吉村と比べると完全な脇役。

丹波哲郎はコミカルな味を出している。

今村昌平の初期作品だが、本来の粘っこさはまだ出てこない。


宗方姉妹 1950 新東宝

2003/10/15(Wed) 22:49
キャスト 田中絹代 高峰秀子 山村聡 上原謙 高杉早苗 笠智衆 堀雄二
監督 小津安二郎
製作 児井英生 / 肥後博
原作 大佛次郎
脚本 野田高梧 / 小津安二郎
撮影 小原譲治
音楽 斎藤一郎

東宝争議後の新東宝時代に撮った、小津のシリアスメロドラマ。
「宗方姉妹」と書いて、むねかたきょうだいと読む。

宗方姉(田中絹代)と妹(高峰秀子)は、京都の父親(笠智衆)のもとへ出かける。
実は医者から父の寿命があと一年と告げられたのだ。

姉妹は東京の家に戻った。
姉の亭主・三村(山村聡)はインテリだがニヒリスト。
しかも失業中であり、何かと姉妹に嫌がらせをする。
姉には結婚前に好きだった男、田代(上原謙)がいた。
三村は田代の存在を腹立たしく思っていた。

姉は喫茶店をやっていた。
そこが大家から立ち退きを迫られる。
姉は思いあまって田代に援助を求める。
田代は二つ返事で金を貸してくれたが、面白くないのが三村。
大げんかになり、結局田代の勧めてくれた資金繰りを断る羽目に。

店を潰してしまったが、それでも三村は収まらず、離婚話を持ち出す。
姉も決心した。「別れよう。」
喜々として田代の元へ急ぐ姉。
しかし、二人は結ばれる運命ではなかった・・・

話の筋書きを書くと、高峰秀子が全然出てこないようだが、前半戦は大活躍だ。
姉が人妻なので、代わりに姉の恋人・上原謙との絡みが多い。
田中絹代はこの後も小津作品に出てくるから、イメージ通りの演技だった。
しかし秀子は思った以上に小津作品に嵌っていたなあ。
とてもチャーミングだ。

古風な姉が自立を目指し、結局うまくいかず、ずるずる過去を引きずっている。
その反対の生き方を目指す妹を通して、姉の人生を対照的に描いている。

東宝俳優陣のうち上原は小津に合っているが、山村は合っていない。
あと、高杉早苗は市川猿之助の母だ。


小早川家の秋 1961 東宝宝塚

2003/10/15(Wed) 00:00
配役:
中村鴈治郎 (小早川万兵衛)
原節子 (小早川秋子)
小林桂樹 (小早川久夫)
新珠三千代 (小早川文子)
島津雅彦 (小早川正夫)
山茶花究、森繁久弥、加東大介、杉村春子、司葉子、宝田明、笠智衆、白川由美

監督 : 小津安二郎
製作 : 藤本真澄 / 金子正且 / 寺本忠弘
脚本 : 野田高梧 / 小津安二郎
撮影 : 中井朝一
音楽 : 黛敏郎


東宝に客演の形で小津が撮った作品。
この後、松竹で撮った「秋刀魚の味」が遺作になる。
森繁の社長シリーズと小津作品が奇妙な合体した映画だ。

お話は大阪、京都が舞台。

中村雁治郎扮する造り酒屋の老旦那。
息子の未亡人の原節子、末娘の司葉子の行く末が気に掛かる。
しかしそう言う割には好き勝手なこともしていて、昔の愛人浪花千恵子と再会して、すっかり焼け木杭に火がついた。
娘の新珠三千代や娘婿の小林桂樹がそのことに気づき追求すると、すっかり逆ギレしてしまう。

ある日、鴈治郎に心筋梗塞の発作が出る。
それでも、ひょっこり起き出してきて、浪花千恵子と競輪へ行く。
そしてその帰り道で、ぽっくり逝ってしまう。
原節子は結局結婚はせず、一方司葉子は、愛する札幌の大学助教授(宝田明)のところへ嫁いでいった。

人間の死に方、そして死んだ後にどういう思いを残すかがテーマ。

しかし東宝の小津作品は妙だった。
どうも東宝のハイカラな雰囲気に、巧くとけ込めなかったのではないかな。
森繁なんてテストの度に違う芝居してる人だし、早口の俳優も多いし、いつものペースで取ることは不可能だっただろう。
カット割りは小津流なんだけど、全体として、凄く違和感はある。

原節子と司葉子のしゃがんでいる日本的シーンは、「秋日和」ではなくこの映画だったよなあ。

晩春 1949 松竹

2003/10/14(Tue) 22:29

配役
笠智衆 (曽宮周吉)
原節子 (曽宮紀子)
杉村春子 (田口まさ)
青木放屁 (田口勝義)
宇佐美淳 (服部昌一)
三島雅夫、月丘夢路、三宅邦子

監督 : 小津安二郎
製作 : 山本武
原作 : 広津和郎 「父と娘」
脚色 : 野田高梧 、 小津安二郎
撮影 : 厚田雄春
音楽 : 伊藤宣二

小津作品に原節子が初登場。
この後、繰り返し小津作品のテーマとなる「嫁ぐ娘」ものの最初だ。


主人公は大学教授と、彼のファザコン気味の娘である。
もう29歳なのに本人は嫁に行く気がない。
そして、父の友人が再婚したのを捕まえて、不潔だという。

ところが父親の再婚話が持ち上がった。
モーレツに反発する娘。
娘は叔母から勧められて仕方なしに見合いをして、とうとう結婚を決意する。

結婚前に二人は京都へ最後の父娘旅行に出かける。
楽しい日々。しかし最後の夜、娘は結婚なんてしたくない、と泣き出してしまう・・・


後の時代の作品より、娘の感情表現がストレート。
原節子の怒った顔が怖かった。
笠智衆も落ち込み方が激しい。
原節子の親友役・月丘夢路が後の岡田茉莉子のような役どころで、楽しかった。

しかし、どの役者も下手に見えないのが小津演出の凄いところだ。
原節子でさえ、小津ワールドに溶け込んでしまう。

恋人よ帰れわが胸に 1966 アメリカ

2003/10/13(Mon) 23:24
監督ビリーワイルダー
脚本ビリーワイルダー他 
音楽 アンドレ・プレビン
配役 ジャック・レモン(Harry_Hinkle)
ウォルター・マッソー(Willie_Gingrich)
ロン・リッチ(Luther_Boom_Boom Jackson)
クリフ・オズモンド(Mr._Purkey)
ジュディ・ウェスト(Sandy)

英題は"The Fortune Cookie"。
"You'd Be so Nice to Come Home to"がBGMだった。
だからこの邦題になるのであろう。


ヒンクルはカメラマンだ。
フットボールの中継中に事故にあった。
義兄のギングリッチは敏腕弁護士である。
テレビ会社から慰謝料をふんだくってやろうと、策を練る。
一方、会社も保険調査会社を使ってヒンクルの周辺を探る。

ヒンクルの別れた女房が突然やってくる。
財産目当ては丸わかりだが、女に弱いヒンクルはころっと騙されてしまう。

ウォルター・マッソーがアカデミー助演男優賞を取ったそうだが、映画としてはイマイチ。
ビリーワイルダーらしさは、最後まで感じられなかった。

それにしてもロン・リッチは「いい人」をやらせたら、巧い俳優である。


一人息子 1936 松竹

2003/10/13(Mon) 21:30

小津安二郎監督の初トーキー。
のっけから涙を絞る展開だった。

長野1923年。
子供が学校へ行きたいと言うが、母親(飯田蝶子)は怒りだす。
母親は夫に先立たれ女工さんとなり、貧しい家計をやりくりしていた。
しかし母親は一晩掛けて考え直し、子供を東京の学校に送り出す。

12年後、母親は上京する。
立派になった息子の姿を見に行くためだ。
しかし息子は勝手に結婚してしまい、子供まで生まれていた。
しかも夜学の教師を務めていて、貧乏な生活である。
母親の思惑は大きく外れてしまった。
そんなとき、隣の子供が馬に蹴られて病院に運び込まれる・・・


一種の東京物語なのだ。
かの大名作と比較すると、息子の側に情があって、良かったと思う。
息子はいささか東京の毒気の前にスポイルされているため、やる気を失っているように感じられる。
しかしまだ若いんだし、息子は自分なりに人生を切り開いていくだろう。

母親も世間体を気にしているが、子供が幸福なら良いじゃないか。
おそらくわかってくれるだろう。


アンダーグラウンド(1995年・フランス/ドイツ/ハンガリー)

2003/10/13(Mon) 12:10

監督:エミール・クストリッツァ
脚本:エミール・クストリッツァ、デュシャン・コバチェビチ
撮影:ヴィルコ・フィラッチ
美術:ミリェン・クリャコビチ・クレカ
音楽:ゴラン・ブレゴヴィッチ
出演者:ミーキ・マノイロヴィチ/ラザル・リストフスキミリャナ・ヤコビチ/スラブコ・ステイマチ/エルンスト・ストッツナー

ユーゴスラビアの現代史のお話である。

1941年に武器商人マルコは同志クロや弟イヴァンを地下に潜ませ、武器工場を作らせる。
女優ナタリアに心を奪われたクロだが、マルコも同様だった。
マルコはクロを戦後も戦争が続いていると仲間を騙して、地下にとどめて、女も金も独り占めしてしまう。

世はチトー時代に移り、ユーゴは平和を謳歌している。
しかしクロたちは、まだナチスによる戦争が続いているものだと信じていた。

クロらが40年ぶりに地上に現れたとき、ユーゴは再び内戦に陥っていた。
クロは何の違和感もなく、喜々として戦場に飛び出していく。
地上にいたマルコは、地下に長い間閉じこめていた弟イヴァンに見つかり、殺される。
ナタリアも兵士に撃たれて、体に火を付けられる。
クロは親友であった二人のなれの果てを見つめて、呆然とする。

三部からなる映画。
第一部は地下に潜り第二次世界大戦が終わるまで。コメディー調である。
第二部は平和だったチトー時代。
そして第三部が内戦時代。
第二部からずいぶん雰囲気が変わってくる。寓話的と言おうか。

40年も地下に閉じこめられているなんて、あるわけがない。
しかしさらに馬鹿馬鹿しいのが、ユーゴの現代史なのだ。
事実の方が、そして人間の実際の行いの方が、遙かに馬鹿馬鹿しい。

同じ監督の「黒猫白猫」より重い映画だ。好みではない。
音楽もいつもながらパワフルなのだが、心なしか重い。
しかし、戦争の悲劇性をこれほどまで、明らかにした映画は無いと思う。

洲崎パラダイス赤信号 1956 日活

2003/10/12(Sun) 23:13
制作・坂上静翁
原作・芝木好子
脚本・井手俊郎、寺田信義
撮影・高村倉太郎
助監督・今村昌平
監督・川島雄三
キャスト
蔦枝 新珠三千代
お徳 轟夕起子
落合 河津清三郎
義治 三橋達也
玉子 芦川いずみ

名作の誉れ高い日活映画。
洲崎はいまの江東区東陽町。
以前は遊郭だったが、売春防止法が施行され、下火になってきた頃のお話。

遊女をやっていた蔦枝とひもの義治は、生活に困り洲崎に再び足を入れた。
すぐ人気者になった蔦枝。
面白くない義治。

蔦枝は義治に告げず、男と逃げてしまう。
義治は蔦枝を懸命に探すが、ついに見つからなかった。

やがて義治は、蔦枝のことも忘れ、蕎麦屋の出前に精を出す。
玉子も義治に気がある様子だ。
そんなときに、蔦枝がぶらりと洲崎に舞い戻ってくる。

川島雄三の演出は成瀬巳喜男のそれと比べれば、明るさ、希望がある。

新珠三千代は当時はこういう演技をしてたんだなあ。
あまり美人には感じなかった。

まだ若い芦川いずみは地味な役だったが、この名作にぴったり嵌っている。


マイライフアズアドッグ 1985 スウェーデン

2003/10/12(Sun) 22:07

監督: ラッセ・ハレストロム
出演: アントン・グランゼリウス, マンフレッド・ツェルナー, アンキ・リデン, トマス・フォン・ブロッセン, メリンダ・キンナマン

スプートニクに宇宙へ連れて行かれた、実験用のライカ犬のことを思い出しては、あれよりはマシな人生だと、イングマル少年は自分を慰めている。(これだけでも十分ショックだが)
母親は結核やみだった。
彼は母の元気だった頃の楽しかった思い出に浸って生きていた。

母親の様態が思わしくなく、夏の間、少年は親戚のやっかいになる。
そこは田舎で何もないが、人間だけは、とびっきり温かい。

サガは女の子だが、活発なタイプで男の子と一緒に遊んでいる。
どうやらそのサガが、イングマルのことを気に入ったようである。

母に呼び戻されるが、様態はいっそう悪い。
イングマルはクリスマスプレゼントを買ったが、渡せぬうちに母は逝く。

また田舎へ逆戻りだ。
少年の夢は、かつて一緒に暮らしていた犬のシッカンを呼び寄せること。
しかし、シッカンは処分されていた。
母の死についで、飼い犬の死。否応なしに現実が少年に襲いかかる。

でも少年は少年故に立ち直ることもできる。
田舎の人情に囲まれて、大きく成長することだろう。

はじめは重い映画だなあと、思ったが、後半ずいぶん明るく変わった。
わがままに育てられた末子が現実に襲われ、一つ一つ大人になっていく。

ハレストロム監督は「ギルバートグレイブ」「ショコラ」も良かったが、やはりこれが一番だ。
少女サガが、また飛びっきりで可愛い。


D坂の殺人事件 1997 日本

2003/10/12(Sun) 19:54
配役
真田広之 (蕗屋清一郎)
嶋田久作 (明智小五郎)
吉行由実 (須永時子)
大家由祐子 (花崎マユミ)
岸部一徳 (笠森糺)

監督 : 実相寺昭雄
製作 : 黒澤満/ 植村徹
プロデューサー : 一瀬隆重 / 宍倉徳子 / 石原真
原作 : 江戸川乱歩
脚色 : 薩川昭夫
撮影 : 中堀正夫
音楽 : 池辺晋一郎


伝説の責め絵の贋作作りを依頼した女が殺害されて、明智小五郎が謎に挑むミステリー・ロマン。
江戸川乱歩の「D坂の殺人事件」と「心理試験」を基にしている。

しかし、実相寺監督はムラがある人だ。SM映画でもないし、エロさもまったくない。
面白くなかった。


チップス先生さようなら 1969 米国

2003/11/09(Sun) 00:27
監督 : ハーバート・ロス
製作 : A・P・ジャコブ
原作 : ジェームズ・ヒルトン
脚本 : テレンス・ラティガン
撮影 : オズワルド・モリス
音楽 : ジョン・ウィリアムス

キャスト(役名)
ピーター・オトゥール(Arthur_Chipping)
ペトゥラ・クラーク(Katherine)
マイケル・レッドグレーヴ(The_Headmaster)
ジョージ・ベイカー(Lord_Sutterwick)
マイケル・ブライアント(Max_Staefel)
ジャック・ヘドレー(William_Baxter)
シアン・フィリップス(Ursula_Mossbank)
アリスン・レゲット(Headmaster's_Wife)
クリントン・グレーン(Bill_Calbury)

MGMミュージカルの後期の大作だ。
ヒルトンの原作をミュージカル化したもの。
1920年から40年頃、イギリスのパブリックスクールに勤める老教師とコメディ女優の実に素敵な素敵な夫婦愛の物語。


ひょんな事から、真面目な中年教師と売れっ子女優が恋に落ち、結婚する。
パブリックスクールというところは、色々と制約があり、彼女もなじむのに時間は掛かったが、舞台で培った魅力を武器に、次第に人気者になる。
そして第二次世界大戦が勃発。
先生が不足し、チップスに校長の座が巡ってくる。
妻に知らせたい。喜んでくれるはずだ。
しかし、彼女の慰問先の空軍基地はドイツ空軍の爆撃を受けていた。

かつてアラビアのロレンスを演じたピーター・オトゥールのチップス役も良い。
それ以上に女優(本職は歌手、「ダウンタウン」で全米ビルボードナンバーワンにもなった。)ペトゥラ・クラークの歌が良くて、ほれぼれしてしまう。
全体としても心温まる純愛作品だ。

しかし、原作とはだいぶん変わってる。
映画を見た後で原作を読んだので、こんな話だったのか、と驚いた。

マーキュリーライジング 1998 米国

2003/11/07(Fri) 22:58
監督 : ハロルド・ベッカー
製作 : ブライアン・グレイザー / カレン・ケーラ
製作総指揮 : ジョゼフ・M・シンガー / リック・キドニー
原作 : ライン・ダグラス・ピアソン
脚本 : ローレンス・コナー / マーク・ローゼンタール
撮影 : マイケル・セラシン
音楽 : ジョン・バリー

キャスト(役名)
ブルース・ウィリス(Arthur 'Art' Jeffries)
アレック・ボールドウィン(Nicholas Kudrow)
マイコ・ヒューズ(Simon Lynch)
チィ・マクブライド(Thomas 'Bizzi' Jordan)
キム・ディケンス(Stacey)

「ペリカン文書」にひとひねりを加えたサスペンス。

NSA(国家安全保障局)がクイズ雑誌に仕掛けた暗号をサイモン少年が解いてしまった。
サイモンは自閉症だったので、感覚が異常に発達していたのだ。
NSAのクードローは殺し屋を使い、サイモンの両親を抹殺するが、サイモンには逃げられる。
サイモンを保護したのは、FBIのアート捜査官。
病院でも殺し屋に襲撃され、アートとサイモンはあてのない逃避行にでる。
FBIの証人保護プログラムが発動するが、サイモンを待ち受けていたのは、クードローだった。

マイコ・ヒューズは障害を持った子役を演じており、実にうまい。
この手のサスペンス映画では、子役がうますぎると、全体としては失敗作になっちゃう。
とくに、ブルース・ウィリスと芝居がかみ合わってない。
しかしこの失敗を受けて、「シックス・センス」が生まれたのだから、世の中わからない。

アレック・ボールドウィンは、いつの間にか太っていた。
もう少しほっそりした方が、よかったんじゃないか?
シャープな方が、悪役には良いと思うけどなあ

地獄門 1953 大映

2003/11/07(Fri) 00:46
監督 : 衣笠貞之助
製作 : 永田雅一
原作 : 菊池寛
脚色 : 衣笠貞之助
撮影 : 杉山公平
音楽監督 : 芥川也寸志

キャスト(役名)
長谷川一夫 (盛遠)
京マチ子 (袈裟)
山形勲 (渡)
黒川弥太郎 (重盛)
坂東好太郎 (六郎)

平治の乱のさなか、盛遠は袈裟と運命的な出会いをする。
清盛が乱を治め都に平和が戻った。
清盛は盛遠に論功行賞で何でも取らせてやると言う。
盛遠は袈裟を頂戴したいと言うが、袈裟は既に人妻であった。
それでも我慢できない盛遠は、ついに夜、袈裟の夫を斬るが、倒れたのは夫に化けた袈裟だった。
盛遠は頭を丸め、苦悩の旅に出るのだった。

カンヌ映画祭グランプリ、アカデミー賞最優秀外国語映画賞のタイトルを取った名作。
今見ると、大して面白みはないが、絵がずば抜けて綺麗。
初のイーストマンカラーの作品。
昭和50年代の作品だと言われても十分通用する。
実に自然な絵。
逆に他社の天然色映画は、人工的な絵にみえる。


濡れ髪剣法 1958 大映

2003/11/06(Thu) 23:15
監督 : 加戸敏
製作 : 酒井箴
脚本 : 松村正温
撮影 : 武田千吉郎
音楽 : 鈴木静一

キャスト(役名)
市川雷蔵 (松平源之助)
八千草薫 (鶴姫)
中村玉緒 (おみね)
大和七海路 (千浪)
阿井美千子 (蔦葉)

市川雷蔵の明朗時代劇シリーズ第一弾。雷蔵のコメディだ。
若殿が町に出て騒動を巻き起こす。
すると腕が認められ、何故か自藩の江戸屋敷に雇われる。
とんとん出世していくが、やがて江戸家老の陰謀に巻き込まれていく。

まずまずの作品。八千草薫が美しかった。中村玉緒は娘役。
若い頃の雷蔵の殺陣は、大してうまくないと思うのだが、どうだろう。

鳴門秘帖 1957 大映

2003/11/05(Wed) 23:19
監督 : 衣笠貞之助
製作 : 永田雅一
原作 : 吉川英治
脚色 : 衣笠貞之助 / 犬塚稔
撮影 : 杉山公平
音楽 : 斎藤一郎

キャスト(役名)
長谷川一夫 (法月弦之亟)
市川雷蔵 (戌亥竜太郎)
山本富士子 (猪谷よね)
淡島千景 (見返りお綱)
林成年 (若党森平(猪谷家の若党))
中村伸郎(阿波守重喜(徳島城城主))
清水将夫 (竹屋三位有位(公卿))
松本克平 (関屋孫兵衛(徳島藩山奉行))
信欣三 (酒井三右衛門(徳島藩江戸詰藩士))
滝沢修 (脇伊豆(徳島藩家老))

ご存じ吉川英治の鳴門秘帖だ。
阿波藩がクーデターを起こす恐れ有りと言うことで、幕府は法月弦之亟を派遣する。
実は世阿弥と言うスパイが先に潜入していたが、連絡が途絶えたのだ。
世阿彌の娘・お綱、さらに法月を仇とつけねらう、よね、さらに天涯孤独な剣士・戌亥竜太郎を交えて、鳴門藩を巡る謎は一層深まる。

田村正和のNHKドラマが有名だが、この衣笠演出も面白い。
とくに市川雷蔵が脇だから、何でもできる。
他にも滝沢修とか、色々出てくる。
中村伸郎の馬鹿殿ぶりはよかったのだが、吹き替えで能を舞うのが気になった。

しかし、何故阿波藩がクーデターなんて無茶を起こす気になったのだろう。

ワンプラスワン 1968 イギリス

2003/11/05(Wed) 10:20
監督
ジャン=リュック・ゴダール
出演
ローリング・ストーンズ
アンヌ・ヴィアゼムスキー
イアン・クォリアー
フランキー・ダイモンJr.

五月革命のさなか、ゴダールがフランスを離れ、ローリングストーンズのために、撮った記録映画。
ストーンズの練習風景(「悪魔を憐れむ歌」)と、アナーキストが処刑しているシーン、女優のインタビュー(のようなシーン)などが、交錯する。
つながりはなく、感動はゼロだ。
イギリス人にこれがヌーベルバーグだぞと言いたかったんだろうが、ビートルズの「ハードデイズナイト」の方が良かった。
しかし、ブライアン・ジョーンズがギターを弾いているシーンは、ファン必見。

恋人のいる時間 1964 仏

2003/11/04(Tue) 23:14

監督
ジャン=リュック・ゴダール
出演
マーシャ・メリル
フィリップ・ルロワ
ベルナール・ノエル
ロジェ・レーナルト
上映時間96分

奥さんが浮気して、子供ができる。その子をどうするか、男と揉めると思ったが、さにあらず、哲学的な台詞が目立っていた。
カメラワークに関しては、日本に導入されたのがやたらと速かったため、フランス映画を見てると言うより、日本映画を見てるような気がした。
とくにベッドに横たわる女の裸を部分的に写すテクニック。
日本オリジナルのような気がする。
また主人公のつぶやきである、モノローグは、「北の国から」の吉岡秀隆と同じ感じだ。

男の子の名はみんなパトリックっていうの 1957 仏

2003/11/04(Tue) 21:46

監督ジャン・ジャック・ゴダール
脚本エリック・ロメール

二人の女子大生が、同じ男性にナンパされるが、二人はそれに気づかず、互いに彼氏自慢をするという、話し。
ただ自慢しているところで終わる、短編映画だ。

ロメールの連射砲のようなスクリプトに、ゴダール流のカメラワーク。
ロメール臭さが中和されている。
かといってゴダールとしては並の作品だ。

猿飛佐助 1955 日活

2003/11/04(Tue) 21:05
監督 : 井上梅次
製作 : 水の江滝子
脚本 : 西沢裕 / 井上梅次
撮影 : 柿田勇
音楽 : 大森盛太郎

キャスト(役名)
フランキー堺 (猿飛佐助)
市村俊幸 (三好清海入道)
有島一郎 (滋野蛸十郎)
水島道太郎 (石川五右衛門)
遠山幸子 (白菊姫)

コメディタッチの時代劇ミュージカル。


幼なじみの猿飛佐助と三好清海入道は、徳川方に身を投じた。
ある日、出会った囚われの姫君に二人は心を奪われ、姫君から簪を拝領する。
しかし何故かその頃から石川五右衛門に命をつけ狙われる。
襲われて負傷を負った猿飛佐助は戸沢白雲斎に助けられ、白雲斎の弟子になる。
そして石川五右衛門の魔の手は、白雲斎の近くにも迫っていた・・・

フランキー堺が垂れ目、市村俊幸がふっくらしている。
後のイメージとかなり違う。

意外なことだが、三木ノリ平が脇役だ。
また有島一郎は若い頃も、ちっともかわってなかった。

井上梅次演出はスピードがあって、面白かった。
当時はミュージカル専門だったようだ。

ジュエルに気をつけろ 2001 米

2003/11/03(Mon) 21:38
(監督)ハラルド・ズワルト
(脚本)スタン・シーデル
(製作)マイケル・ダグラス/アリソン・リヨン・シーガン
(製作総指揮)ホイットニー・グリーン
(撮影)カール・ウォルター・リンデンロウブA.S.C.,B.V.K.

(出演)
リヴ・タイラー
マット・ディロン
ジョン・グッドマン
ポール・ライザー
マイケル・ダグラス

「メアリーに首ったけ」よりも、間抜けでブラックな作品。
バーテンダーのランディはある夜、ジュエルという女と懇ろになる。
しかし事が終わると、ジュエルの情夫が現れ、銃を向けた。美人局だ。

店に連れて行かれ、金庫を開けさせられそうになるが、その瞬間、銃声が。ジュエルが情夫を撃ったのだった。
ランディが正当防衛で射殺したことにした。
しかし、デーリング刑事はジュエルに一目惚れして、つきまとうことになる。
さらに従兄弟の弁護士カールも彼女に一目惚れ。何かと親切だ。

さて彼女が狙っていたものは、ランディの自宅だった。
家に入り込んだ、ジュエルは早速インテリアを買い込む。
やがてお金が足りなくなると、昔の美人局に逆戻り。
彼女が男性を誘っている間に、ランディが男の部屋に忍び込み、金目のものを盗み出した。
おかげでランディの家は、ゴージャスに変わっていく。

しかし、ある日彼女が間違って美人局の相手を殺してしまう。
事件にショックを受けた、ランディは、もうこんなことは辞めようと言い出す。
しかしジュエルはそんな彼を見て、気が治まらない。
そこでデーリング刑事とつるんで、ランディを自宅から追い出してしまう。
カールには、裁判で彼女が勝つように、援助を頼む。

ランディは怒った。
母親との思い出が詰った自宅を盗られたのだ。
彼は思いあまって、殺し屋バーマイスターにジュエル殺しを依頼する。

野郎三人いや四人か。手玉に取られる話だ。
最後のドタバタぶりは楽しい。
撃ち合いのBGMがYMCAなのだ。
果たして最後まで生き残るのは誰か?

リブ・タイラーは親父の顔の印象が強いため、日本人好みではない。
結構、太めだ。女性にも嫌われるタイプだと思う。
それより、マイケル・ダグラスのリーゼント姿の殺し屋ぶりが、笑いを誘った。
一回見る価値有り。二回見る価値はないけど(笑)。


フランス式十戒 Le Diable et les 10 1962 フランス

2003/11/02(Sun) 22:40

監督 : ジュリアン・デュヴィヴィエ
脚本 : ジュリアン・デュヴィヴィエ
撮影 : ロジェ・フェルー
音楽 : ギイ・マジャンタ / ミシェル・マーニュ / ジョルジュ・ガルヴァランツ

キャスト(役名)
ミシェル・シモン(Chambard)
リュシアン・バルウ(Bishop)
シャルル・アズナヴール(Denis Mayeux)
リノ・ヴァンチュラ(Garigny)
フランソワーズ・アルヌール(Francoise)
メル・フェラー(Philip Allan)
フェルナンデル(God)
アラン・ドロン(Pierre)
ダニエル・ダリュー(Clarisse)
ジャン・クロード・ブリアリ(Didier)
ルイ・ド・フュネス(Vaillanp)

オムニバス風オールスター映画。
十戒にまつわる当時のフランスのエピソードを集めている。

「神も糞もあるものか」が口癖の老人は勤めている修道院をクビになりかけるが、司教様の同級生と言うことで、十戒を暗唱する事を引き替えに許してもらう。
フランソワーズ・アルヌールは友人の夫メル・フェラーを誘惑してネックレスをせしめるが、自分の夫の手前、もらったと言えない。そこでタクシーで拾ったことにするが・・・
シャルル・アズナブールの妹を薬物中毒にされたうえ、自殺してしまう。アズナブールは妹の手帳を見て、リノ・バンチュラが裏で糸を引いていると、知る。しかしバンチュラは自ら手を下していない。彼を死刑にする方法はあるか?
アラン・ドロンは父から母が実母でないことを聞かされる。女優ダニエル・ダリューを訪ねた彼は、父だと思ってた男も実の父でないと知らされる。

十戒映画をジュリリアン・デデビエが作ると、こうなる。
それほど過激じゃなかった。毒気も少ない。
しかしオールスター映画としては、オススメだ。

フランソワーズ・アルヌールはやはり美人だな。

ジェイ・エム Johnny Mnemonic 1995 USA

2003/11/02(Sun) 21:00
監督 : ロバート・ロンゴ
製作 : ドン・カーモディ
製作総指揮 : ロバート・ラントス / B・J・ラック / ビクトリア・ハンバーグ
原作 : ウィリアム・ギブソン
脚本 :ウィリアム・ギブソン
撮影 : フランソワ・プロタ
音楽 : マイケル・ダナ

キャスト(役名)
キアヌ・リーヴス(Johnny Mnemonic)
ビートたけし (Takahashi)
ドルフ・ラングレン(Street Preacher)
アイス・T(J-Bone)
ディナ・メイヤー(Jane)

脳にシリコン・チップを埋め込んだ極秘データの配達人、記憶屋ジョニー(キアヌ)の活躍を描いたSFハードボイルド。
高橋(ビートたけし)はヤクザの支社長。
会社のデータを盗んだ、ジョニーを探している。
高橋は殺し屋カール(ドルフ・ラングレン)を雇った。

ジョニーはスパイダー医師と出会い、自分が運んでいるデータが現代の奇病NASの治療法と知る。
しかしカールがジョニーらを襲撃した。
スパイダーは殺される。
追いつめられたジョニーはアナーキストのJボーン(アイスT)に助けを求める。

「TRON」「ブレードランナー」や「フィフスエレメント」、「マトリックス」のようなサイバーパンクだ。
ただしB級である。

キアヌはこの手の映画に良く出てくる。
いつも頭痛で苦しんでいる。

さらに320GB程度で会社の全データを盗んだとか言っている。
映像にすれば200時間程度だ。
それだけでも8年前には、桁外れの容量だった。

華麗なる賭け A Thomas Crown Affair 1968

2003/11/01(Sat) 22:06
スタッフ
監督ノーマン・ジュイソン
製作ノーマン・ジュイソン
脚本 アラン・R・トラストマン
撮影 ハスケル・ウェクスラー
音楽 ミシェル・ルグラン

キャスト(役名)
スティーブ・マックイーン(Thomas Crown)
フェイ・ダナウェイ(Vicky Anderson)
ポール・バーク(Eddy Malone)
ジャック・ウェストン(Erwin Weaver)
ヤフェット・コットー(The Heisters)

ピアーズ・ブロズナンが主演していた「トーマス・クラウン・アフェアー」のオリジナル映画。
盗むものが絵じゃなくて銀行の現金。
しかも手を下すのは、手下の四人組。
それ以外は、ピアーズ・ブロズナン版と大体同じ筋書きになっている。

最大の相違点は脚本ではなくて、音楽だ。
ミッシェル・ルグランのフレンチジャズやボサノバがおしゃれである。
誰もが知っている主題歌は、アカデミー賞を獲っている。

さらに映像も格好いい。
前半、マルチスクリーンを多用してスピード感を増幅している。

マックイーンはまずまずの出来。
フェイ・ダナウェイの方はどうだろうか。
ジーン・セバーグかジャクリーン・ビセットあたりだったら、満点だったかな。

ちなみに題名は水野晴夫さんが付けたそうだ。

オータムインニューヨーク 2000 米

2003/10/31(Fri) 23:52
監督 : ジョアン・チェン
製作 : エイミー・ロビンソン / ゲイリー・ルチェシ / トム・ローゼンバーグ
脚本 : アリソン・バーネット
撮影 : クー・チャンウェイ
音楽 : ガブリエル・ヤーレ

キャスト(役名)
リチャード・ギア(Will)
ウィノナ・ライダー(Charlotte Fielding)
エレーン・ストリッチ(Dolly)
アンソニー・ラパグリア(John)
ジル・ヘネシー(Lynn)

綺麗なNY観光映画だ。
リチャードは初な女の子ウイノナにころっといってしまう。
しかしウイノナは心臓を患っていて、余命一年。
でも精力絶倫のリチャードと愛し合って、さらに寿命を縮めたと言うお話。

彼女は幸せだった。
残されたリチャードは、思い出がずっと残って、一生たたられるだろう。

ウイノナは最初の何気ない無言の表情で「自分が心臓病である」ことを匂わせた。
その辺がこの女優の異常な才能。
リチャード・ギアは、「プリティウーマン」と芝居変わってない。

スターリングラード ENEMY AT THE GATES 2001 米独英愛合作

投稿日 : 2003/10/31(Fri) 23:31
■監督・製作・脚本…ジャン=ジャック・アノー
■脚本…アラン・ゴダール
■製作…ジョン・D・スコフィールド
■撮影…ロバート・フレイズ
■音楽…ジェームズ・ホーナー

■ヴァシリ…ジュード・ロウ
■ダニロフ…ジョセフ・ファインズ
■ターニャ…レイチェル・ワイズ
■フルシチョフ…ボブ・ホスキンス
■ケーニッヒ…エド・ハリス

射撃の英雄バシリは政治将校ダニロフにより狙撃隊に喚ばれる。
バシリは、次々と狙撃を成功させる。
バシリの名は新聞によってソ連中に轟いた。
厭戦ムードが高まっていた、ソ連国論は、彼の登場で一気に息を吹き返す。
ドイツ軍も黙っていない。
狙撃の名手ケーニッヒ少佐をわざわざベルリンから呼び寄せる。
ケーニヒは巧みにバシリの裏をかき彼を追いつめる。

スターリングラード戦での実話らしい。
もちろん、ドイツは狙撃だけにやられたわけではない。
あくまで冬将軍にやられた。

映画ではジュード・ローのスナイパーとしての孤独さが出るかと思った。
でも、そうではなかった。
彼の、周囲はにぎやかだった。
一方、エドハリスの方は伝統的な孤独なスナイパーだったな。
レイチェル・ワイズは大して見せ場無し。
ジョセフ・ファインズは最初バシリの味方、でも恋敵と知るや、敵役。最後は改心してまた味方。ありがちな役だ。

スモーク SMOKE 1995 米

2003/10/30(Thu) 22:42
製作総指揮:
井関惺
ボブ・ワインスタイン
ハーベイ・ワインスタイン
監督:ウェイン・ワン
脚本:ポール・オースター
撮影:アダム・ホランダー
音楽:レイチェル・ポートマン
出演:
ハーヴェイ・カイテル
フォレスト・ウィテカー
ストッカード・チャニング
ウィリアム・ハート
ハロルド・ペリノー
アシュレイ・ジャッド
メリー・ワード
ジャレッド・ハリス

1990年ニューヨークの下町。
オーギーはタバコ屋、ポールは近所に住む小説家。
オーギーはポールにある秘密を打ち明ける。
10年以上も店外の同じ場所を写真に撮り続けているのだ。
その写真を見ていたポールの手が止まる。
今は亡き妻の急ぐ姿がそこにあった。

話は変わって、ポールはラシードと名乗る黒人少年と知り合いになった。
ラシードは強盗団から金を盗んだために追われていた。
やがてラシードは、オーギーの店で働くことになる。
ラシードは、オーギーがキューバからはるばる密輸した葉巻を、水浸しにしてしまう。
ラシードは強盗団から盗んだ5000ドルでオーギーに弁償する。

ところがその夜、ポールが一人で部屋にいるところを、強盗団が襲う。

そして最後のエピソードが生かすのだ。

製作が日本人(JTの関係者だろうか?)で、監督が香港人、
脚本がアメリカ現代文学の巨匠・ポール・オースターである。
ベルリン映画祭金獅子賞を獲った。

なんとなくヨーロッパで受けそうだ。
NY映画のスピードとか、バイオレンスとかが皆無なのだ。

ウイリアム・ハートの演技にやや疑問もあるんだけど、
最後のハーベイ・カイテルの笑顔を見るだけの値打ちはある。
アシュレイ・ジャッドがオーギーの娘役で出ているが、気が付かなかった。

暗夜行路 1959 東宝東京

2003/10/29(Wed) 23:40
監督
豊田四郎

池部良(時任謙作)
山本富士子(直子)
淡島千景(お栄)
千秋実(信行)
文野朋子(母)
仲代達矢(要)

作家の謙作は大人になってから、出生の秘密を知らされる。
彼は母と祖父の間に生まれた。
そのことを整理することができず、旅に出る。
謙作の身の回りを世話する、お栄という女がいた。
謙作は密かにお栄を愛していたが、お栄は彼の求愛を断った。

やがて旅先で直子と出会い、結婚した。
初子が生まれるが、丹毒で死んでしまう。
そして夫婦の間に秋風が・・・
お栄が京城で困っているという話を聞き、謙作は連れ帰りに行く。
しかし彼が京城に行ってる間に、直子と従兄の要ができてしまった。

浮気で生まれた主人公が浮気されてしまう。
だから、怒るに怒れない。
実に憂鬱な話。

志賀直哉の私小説的作品と言うことだが、ほんまかいな。
すると山崎豊子の「華麗なる一族」はこのパロディだったか。

まあ、複雑な主人公の心理描写は、映画じゃ無理。
映画はハッピーエンドになってるけど、原作は複雑な終わり方をしている。
主人公は最後に作り笑いをするべきだったな。

大映から山本富士子を借りてきていたが、この世代の東宝女優で直子役ができる人は誰もいなかったのかなあ?

2004.08.10

青いパパイヤの香り 1993 ベトナム・フランス

2003/11/03(Mon) 23:44

監督:トラン・アン・ユン
製作:アデリーヌ・ルカリエ
脚本:トラン・アン・ユン

出演:リュ・マン・サン
   トラン・ヌー・イェン・ケー
   トゥロン・シー・ロク
   グエン・アン・ホア
   ボン・ホア・ホイ


ムイは金持ちのお宅に奉公に出る。
やさしい奥さんや先輩のお手伝いさんに囲まれ、楽しい毎日だ。
しかし奉公先の影の部分を少しずつ垣間見ることになる。

10年がたった。
奉公先の長男に嫁が来て、ムイは暇を出される。
ムイは初恋のひと、クェンの家で働く。
クェンには婚約者がいたのだが、美しくなったムイに心は動く。

ベトナム戦争中の設定なのだが、全く戦争の雰囲気がない。
女の子が可愛いが、それ以外に見せ場はなかった。
小津安二郎作品に影響を受けた、外人作品にありそうな感じだ。

あとで知ったのだが、監督は幼いときにベトナムを出て、フランスに移住した。
したがって、ベトナムのことをあまり覚えていない。
この映画のベトナムは、想像上の産物だったのだ。
アジアへの郷愁を描いただけに過ぎない。


唇によだれ 1959 仏

2003/11/13(Thu) 00:43
監督 : ジャック・ドニオル・ヴァルクローズ
製作 : ピエール・ブロンベルジェ
脚本 : ジャック・ドニオル・ヴァルクローズ / ジャン・ジョゼ・リシェール
脚色 : ジャック・ドニオル・ヴァルクローズ / ジャン・ジョゼ・リシェール
撮影 : ロジェ・フェルー
音楽 : アラン・ゴラゲール / セルジュ・ゲンズブール
歌 : セルジュ・ゲンズブール

キャスト(役名)
ベルナデット・ラフォン(Prudence)
フランソワーズ・ブリオン(Milena)
アレクサンドラ・スチュワルト(Fifine)
ミシェル・ガラブリュ(Cesar)
ジャック・リベロル(Robert)

ヌーベル・バーグの母胎となった映画評論誌『カイエ・デュ・シネマ』の編集長ジャック・ドニオル・ヴァルクローズの第一回作品である。
シャトーを舞台に三組の男女の恋愛が展開する。

遺産相続のため古城に集まった三人の相続人と一人の公証人。
相続人はミレナ、フィフィヌ、それにフィフィヌの兄ジャンポールだったが、ジャンポールが来れなくなったので、友人ロベールが ジャンポールだと偽って出席していた。
やがて、ミレナとロベールが懇ろになってしまうが、それを見たフィフィヌはショックで失踪してしまう。


痴話喧嘩の話だ。
そういう話題が当時としては新しかったのだろうか?
ヌーベルバーグとしてはありがちだが。

1959年ということを考えると、「勝手にしやがれ」と同じ頃の映画だ。


愛と死を見つめて 1964 日活

2003/11/12(Wed) 23:34
監督 : 斎藤武市
原作 : 大島みち子 / 河野実
脚色 : 八木保太郎
企画 : 児井英生
撮影 : 萩原憲治
音楽 : 小杉太一郎

キャスト(役名)
浜田光夫 (高野誠)
吉永小百合 (小島道子)
笠智衆 (小島正次)
原恵子 (母)
内藤武敏 (K先生)

☆ネタバレ

ミコは西脇高から同志社へ進んだが、軟骨筋腫を発症して、阪大病院に入院する。
文通友達で東京の大学に通うマコは休みの度に大阪へ出てきて、ミコを勇気づける。
しかし再手術を断念したあたりから、ミコは死を予感し、自分の身の回りを整理し始める。
マコがやって来たが、ミコにはおしゃべりするほどの体力も残されていない。
マコは学校のため帰っていった。
ミコは家族が見守る中、短い人生を閉じる。

楳図カズオの顔を半分隠した少女って、この映画の吉永小百合がモデルだったのかな。
目の舌の隈のあたり、陰影が濃くて、そっくりだ。

それにしても遠距離恋愛だと、最後の瞬間に間に合わない・・・


高2トリオ初恋時代 1975 東宝

2003/11/12(Wed) 00:18
監督 : 森永健次郎
製作 : 堀威夫 / 相沢秀禎
脚本 : 才賀明
企画 : 池田文雄 / 笹井英男
撮影 : 萩原憲治
音楽 : 服部克久

キャスト(役名)
森昌子 (小田切ミドリ)
山口百恵 (津田アオイ)
桜田淳子 (高木アカネ)
フランキー堺 (矢沢一平)
南田洋子 (矢沢恵子)

三人娘の、ひと夏の経験。
入院した子供を励まそうと、熱気球を上げることになったが、様々な障害が起きる。

で、誰が主役だったのか。森昌子は三枚目だから関係ない。
百恵か淳子か、微妙なところだ。

ブルースカイ 1994 Columbia

2003/11/11(Tue) 22:59
監督 : トニー・リチャードソン
製作 : ロバート・H・ソロ
原案 : ラマ・ローリー・ステグナー
脚本 : ラマ・ローリー・ステグナー / ジェリー・レイクトリング / アーレン・サーナー
撮影 :スティーヴ・ヤコネッリ
音楽 : ジャック・ニッチェ

キャスト(役名)
ジェシカ・ラング(Carly Marshall)
トミー・リー・ジョーンズ(Hank Marshall)
パワーズ・ブース(Vince Johnson)
キャリー・スノッドグレス(Vera Johnson)
エイミー・ロケイン(Alex Marshall)

夫ハンクは理科系出身の軍人で、妻カーリーは精神的に危ないところがある。
ある日、核実験のため出張を命じられたハンクは、実験場で民間人が被爆していることを知る。
ところが、カーリーはそのころ上司と浮気していた。
ハンクはこの計画を即刻中止せよと上司に言うが、上司は彼を営巣送りにする。
この事件を通して、カーリーはいまだに夫を愛していた事を知る。
カーリーは核実験中止にむけ、行動を起こす。

特殊なホームドラマだ。
軍人の家庭だが、技官の家庭でもある。
亭主はいろいろあって大変だ。最後は嫁さんに救われるけれど。

日本でも原子力関係は隠し事だらけ。アメリカと変わらない。
ただ、アメリカは事前に行動を起こしてくれる。
日本は事件が起きてから、原因を探している。

ボーイングボーイング Boeing Boeing 1965 Paramount

2003/11/11(Tue) 22:43
監督 ジョン・リッチ
戯曲 マーク・キャメロッティ 、エドワード・アンハルト
配役:
トニー・カーティス .... Bernard Lawrence
ジェリー・ルイス .... Robert Reed
ダニー・サヴァル .... Jacqueline Grieux
クリスチャン・スミットマー .... Lise Bruner
スザンナ・リー .... Vicky Hawkins
セルマ・リッター.... Bertha
ロマックス・スタディ .... Pierre

昔見ていたが、何という映画だったか、長く思い出せなかった。
ところが30年ぶりにサンテレビで見て、感動してしまった。


バーナードは新聞のパリ特派員。
三人のスッチーとつきあっている。
一つのアパートに住んでいるが、互いに時間がかち合わないため、ばれずに済んでいるのだ。
しかし、ボーイング社の新型ジャンボ機就航のおかげで、時間が狂いだして、三人がニアミスを始める。
そんななか、友人のロバートがアパートに転がり込んできた。
ますます、話はこんがらがる。

ジェリー・ルイスとトニー・カーチスの組合せだったか。
なかなか良いコンビだ。

お手伝いさん女優セルマ・リッターの役名がバーサだから、吹き替え版ではバーサンと呼んでいる。

GF役の女優は知らない名前ばかりだが、顔はぼんやり記憶にある。
最後の三人がかち合うシーンは印象的。
よく覚えていた。

潮騒 1964 日活

2003/11/11(Tue) 21:36
監督 : 森永健次郎
原作 : 三島由紀夫
脚色 : 棚田吾郎 / 須藤勝人
撮影 : 松橋梅夫
音楽 : 中林淳誠

配役
吉永小百合 (宮田初江)
浜田光夫 (久保新治)
望月優子 (久保とみ)
石山健二郎 (宮田照吉)
菅井一郎 (大山十吉)

伊勢湾に面した神島が舞台。


新治は漁師見習いである。
ある日、初江と出会う。
彼女は船主の娘で長く養女に出されていたが、最近呼び戻された。
やがて嵐の日の一件で、二人は愛し合うようになる。
しかし、初江と大学出の青年との縁談も進められていた。

シケの夜、初江の父の船が無人のまま流される。
誰も恐れて海に出て行くものはいない。
そんな中、ただ一人、新治は海へ飛び込むのだった。

この映画も山口百恵より吉永小百合の方が合っている。百恵じゃ暗い。

三島由紀夫の作品だが、古風なエロチシズムだ。


噂の娘 1935 PCL

2003/11/11(Tue) 00:02

監督・脚本 成瀬巳喜男
出演
啓作 ...  汐見洋
健吉 ...  御橋公
邦江 ...  千葉早智子
紀美子 ...  梅園龍子
お葉 ...  伊藤智子
叔父 ...  藤原釜足
新太郎 ...  大川平八郎


父は酒屋を営んでいて、年頃の娘が二人いる。
姉が見合いの日、妹も付いていくが、向こうさんは妹に一目惚れしてしまう。

父には愛人もいて、そろそろ後添えにと思っている。
姉はそれに賛成なのだが、妹は反対だ。
ところが、妹には隠していたが、実は妹はこの愛人との間に生まれた娘だった。

突然、警察が品質偽装で家宅捜索に入る。
父は酒の配合をごまかしていたのだ。
やがて警察に逮捕される、父。
それを、不安げに見送る祖父と長女。

家族の秘密が次第に暴露されていく様を、クールに描いている。
後の暗いホームドラマを先取ったような作品だった。

晴れて今宵は You Were Never Lovelier 1942 Columbia

2003/11/10(Mon) 22:47
監督 ウィリアム・サイター
脚本  デルマー・デイブズ マイケル・フェシエ
配役:
フレッド・アステア .... Robert Davis
リタ・ヘイワース .... Maria Acuna
アドルフ・メンジュウ .... Eduardo Acuna
イソベル・エルソム .... Maria Castro
レスリー・ブルックス .... Cecy Acuna
アデラ・マーラ .... Lita Acuna
ザビア・クガート .... Himself


アルゼンチンのお話。

長女の結婚式で出会った、ニューヨークのダンサー・ロバートと次女マリア。
第一印象は最悪だった。
ある日、彼女の元に求愛の手紙が届く。すっかりその気になるマリア。
それは父が、行かず後家になりかけている彼女をその気にしようと、しくんだ作戦だった。
その手紙を届けたのがロバート。マリアはてっきり彼が手紙の君だと思いこむ。
仕方なくロバートは、マリアの恋人役に収まることを父親と契約した。
しかし話してみると共通点が多く、いつの間にか、二人に間に本物の愛情が・・・

ザビア・クガートが重要な役で出てくるのだが、演技がうまいのに驚いた。
絵の才能もあるぞ。

リタ・ヘイワースはこの映画(戦時中(24歳))で見ると、ずいぶんと綺麗だ。
モノクロだから、修正してるのだろうか?
一番美しかった時代かも知れない。

伊豆の踊子 1963 日活

2003/11/10(Mon) 21:27
監督 : 西河克己
原作 : 川端康成
脚色 : 三木克巳 / 西河克己
企画 : 坂上静翁

配役
高橋英樹 (川崎)
吉永小百合 (薫)
大坂志郎 (栄吉)
堀恭子 (千代子)
浪花千栄子 (お芳)
茂手木かすみ (百合子)
十朱幸代 (お清)
南田洋子(お咲)

何を今さらの伊豆の踊子。

さすが文芸大作である。
出演者も顔ぶれが揃っている。
浪花千恵子と大坂志郎が好演だ。
単なるアイドル映画とはちょっと違う。
山口百恵の踊り子よりずっとマシだ。
百恵の踊り子は暗い(笑)
小百合の明るさの方がずっと合っている。
明るいから最後の別れが生きてくる。

33年版の田中絹代の踊り子が最高傑作だという人もいるが、僕は見ていないのでわからない。
ただ、田中は、この小百合の弾けた魅力は出せないと思う。

ならず者 The King and 4 Queens 1956 UA

2003/11/10(Mon) 00:12
監督 ラウル・ウォルシュ
原作 マーガレット・フィッツ
脚本 リチャ−ド・アラン・シモンズ
配役:
クラーク・ゲーブル .... Dan Kehoe
エレノア・パーカー .... Sabina McDade, Imposter wife of Boone McDade
ジーン・ウィルズ .... Ruby McDade, Widow of Matt McDade
バーバラ・ニコルス.... Birdie McDade, Widow of Prince McDade
サラ・シェーン.... Oralie McDade, Widow of Roy McDade


キーホーは酒場で面白い話を聞く。
二年前、四人兄弟が金を盗んだが、保安官に焼き討ちにあってそのうち三人が死んだ。
たった一人の生き残りは誰かわからないが、今も逃げ続けている。と言うのだ。

兄弟の家では、母親と四人の妻が、息子たちの誰か一人が生きて帰ってくるのを、待っていた。
キーホーは巧みにこの家に入り込んで、金のありかを探すことにした。
四人の若妻は久しぶりの男の闖入に、興奮を隠せない様子。
妻の一人サブリナにキーホーは近づく。

まあとくに結末でひねっているわけではないし、飛びつくような映画じゃない。
ただし、美人女優エレノア・パーカーがヒロインをやってる。
それが救いだ。

パッション 1982 仏

2003/11/09(Sun) 22:00

監督 : ジャン・リュック・ゴダール
撮影 : ラウール・クタール
音楽 : モーリス・ラヴェル /ドヴォルザーク / L・V・ベートーヴェン / レオ・フェレ / フォーレ / モーツァルト
編集 :ジャン・リュック・ゴダール

キャスト(役名)
イザベル・ユペール(Isabelle)
ハンナ・シグラ(Hanna)
ミシェル・ピッコリ(Michel)
イェジー・ラジヴィオヴィッチ(Jerzy)
ラズロ・サボ(Lazlo)


ポーランド人の映画監督ジェルジーは、スイスでレンブラントやゴヤなどの近代絵画をテーマにした作品を制作中だ。
光の加減がわからず、プロデューサー・ラズロとも対立して、現場は混乱していた。
監督はホテルの女主人ハンナと関係を結び、作品にも出演を頼むが、ハンナはヌードがあるからと、断る。
また、監督は工場の労組員イザベラとも懇ろになる。
彼はイザベラには撮影現場を見せようとはしなかった。
そんなとき、MGMが資金を出してくれるという。

イザベル・ユベールは小さくて、ショートカットで、強気な演技派。
日本人にも小さな女の子にそういうタイプは多い。

ゴダールは商業主義に長らく離れていたが、久しぶりに商業作品を撮った。
でもこの映画は騒がしかった。
音が主役だ。

映像はCSで使われたマスターが酷くて、残念ながら全く印象に残らなかった。

逃げだした縁談 1957 松竹

笠智衆が例によって妻に先立たれた、お人好しでたたき上げの父親を演じている。

松竹には珍しい派手な美人・杉田弘子が長女、
田浦正巳がたよりなげな長男、
色男の清川新吾が次男役だ。
共演は係長笠智衆を追い抜いて課長に出世する、杉田の恋人に、(のちに交通事故でなくなる)高橋貞二、
怪しい発明家役に三井弘次、
田浦正巳の恋人に小山明子、
社長の愛人に幾野道子、
清川新吾が恋をする令嬢に桑野みゆき。

監督* 穂積利昌
脚本* 斎藤良輔 * 芦沢俊郎
音楽* 万城目正


「父は鼻血を出すので会社をクビにしてくれ」と、子供たちが揃って社長に談判したのには笑った。
笠智衆にコミカルな演技は似合わない。
周りがコミカルにすればいいのだ。
そういう受けに入ったときに笠智衆は最強のコメディアンになる。
それなのに多くの演出家が彼に笑いを取らせようとして失敗する。

出てくる女の子は誰も美人だ。
しかしブスも出さないと笑いが取れない。
そこで美人に眼鏡を掛けさせて無理矢理不美人にしている。
松竹も姑息なことをする。

三井弘次は今回は奇抜な服装で、東宝で言えば三木のり平の役回りだ。
ちょっと無理があったかな。
酔っぱらわせたら右に出る人はいないのだが、今回は酒を飲むシーンもなかった。

松竹家庭劇だが初期テレビドラマの味わいがあった。


2004.08.09

許されざる者(1992)ワーナー・ブラザース

92年度アカデミー賞最優秀作品賞、監督賞、助演男優賞(ジーン・ハックマン)、編集賞受賞作。
監督・製作・主演はクリント・イーストウッド。
共演はジーン・ハックマン、モーガン・フリーマン、リチャード・ハリス。


1880年ごろ、子供たちと貧しい農園を営むマニーのもとへキッドと名乗る青年が賞金稼ぎの話を持って現れた。
顔を斬られた娼婦が復讐してくれる男を探しているのだ。
一度は断ったマニーだったが、子供の行く末を案じて、旧友ネッドともに話に乗る。
町では凄腕の保安官がいて、町に集まる賞金稼ぎから銃を取りあげ、牢屋にぶち込んでいた。

「ダーティー・ハリー」対「フレンチ・コネクション」の戦いだった。
最後は丸腰の店主を射殺したりして、必殺仕事人ダーティー・ハリーの方がフレンチ・コネクションしていた。

どちらの側にも一理あるから、てっきり白黒つけない灰色決着かと思った。
しかし、製作まで兼ねているクリント・イーストウッドにそういう小細工は通用しない。

老ガンマンが頑張っているところは、「スペース・カウボーイズ」と同じ雰囲気もあった。
クリント・イーストウッドは、老いてこういう映画を撮りたかったくなったのか。

しかし妙に後味が悪かった。
最後の決闘シーンは、マカロニ・ウェスタン風にもっと派手にやって欲しかった。
欲求不満が残る。

2004.08.08

ビフォア・ザ・レイン 1994 マケドニア

監督: ミルチョ・マンチェフスキー  (ベネチア映画祭グランプリ)
製作: ジュディ・クーニヤン 
セドミル・コラール 
サム・テイラー 
キャット・ヴィラーズ 
脚本: ミルチョ・マンチェフスキー 
撮影: マヌエル・テラン 
音楽: アナスタシア 
 
出演: グレゴワール・コラン 
ラビナ・ミテフスカ 
カトリン・カートリッジ  (2002年に死去)
ラデ・シェルベッジア(「セイント」、「自由な女神たち」) 
ジェイ・ヴィラーズ

第1話マケドニア 
女の子が修道院に匿ってくれと逃げ込んでくる。
彼女はアルバニア人でムスリムだった。
キリスト教徒を誤って殺したらしい。
そんな彼女に恋心を抱く若い修道士キリル。
キリスト教徒のマケドニア人も探索に来た。
やがて二人で修道院を脱出するが、アルバニア人の村に入ると、イスラム教徒に襲われる・・・

第2話ロンドン 
アンは夫との子を妊娠していた。
しかしピューリツア賞を受賞した敏腕カメラマン・アレックスにも求婚されて迷っている。
アレックスはキリルの兄だった。
アレックスがマケドニアに飛んだ夜、アンは夫とレストランで話し合いを持つ。
そのとき客とウェイターがけんかを始める。

第3話マケドニア 
アレックスは故郷マケドニアに帰った。
仲間たちは元気そうだった。
彼はハナにも会いたくなった。かつて愛し合った仲だった。
彼女はムスリムだ。ムスリムの村へ行くと、キリスト教徒の彼は銃を向けられる。
ある日、アレックスの幼なじみが、ハナの娘に刺し殺される事件が起きる…

第1話、第2話、第3話は無限サイクルになって繋がっている。
第3話が終わると自動的に1話が動き出している。
面白い映画の作り方だ。
民族抗争は始まると神話が無限に続くように、終わることがないと言いたいのだろう。
第1話の意味もマケドニアの事情に疎い人間にすぐにはわからないが、3話になってようやく理解出来る仕組みになっている。
マケドニアって何もないところだ。
イランのような石だけの町だ。
ギリシャ正教会の修道院を立てるのにぴったりの場所だな。

この映画で大事なところは、マケドニアの話に終わらず、ロンドンと繋がっていることだ。
ヨーロッパの繁栄の裏に北アイルランド、ボスニアなど民族宗教紛争は激化していて、ロンドンに住む人でさえ巻き込まれうる。他人事ではない。

ラデ・シェルベッジアは今やハリウッドで大活躍を見せている。
この作品でハリウッドは彼に興味を抱いたようだ。

第2話では男っぽい三船敏郎キャラだったが、第3話になるとマケドニア人がみんな濃いキャラなので、ラデは一転して知的な平和主義者キャラに変身する。
ロンドンでは好色なキャラだったのが、マケドニアでは女を抱かなくなる。
そういう二つの顔を見せるあたり、見た目よりも器用な人だ。

エミール・クストリッツァ以外の旧ユーゴ映画はあまり見てこなかった。
内容がどぎつくて重いからだ。

でもそろそろそういうことも勉強しなければならない。
我々の周りにも人種のるつぼはある。
中国だ。アジアカップを見ていて、江沢民以後の中国は限界に来ていると思った。
朝鮮族、満州族、蒙古族、さらにウイグル族、彼らが共産主義という共通の宗教を捨てて、独立に立ち上がったとき、中国は崩壊する。
そうしたら、中国の周辺部はユーゴ化するかも知れない。
となると、この映画のロンドンが東京になっても不思議ではない。人ごとじゃない。


モース主任警部「オクスフォード運河事件」 ミステリチャンネル

●2003/06/29 Sun  
1859年、オクスフォード運河で女性の殺人事件が起きた。
犯人として、水夫二人が公開処刑された事件だ。
140年後、入院して暇を持て余す、モースがこの謎に挑戦する。


コリン・デクスターのモース警部物だが、病気療養中と言うことで、今回はビクトリア朝の殺人事件を推理している。
歴史推理も、たまには良い物だ。
しかし、警察官がビクトリア朝の事件に、予算を使って良いのだろうか?

●2005/6/18

モース主任警部ものを一通り見たが、この作品が一番優れていた。
歴史ミステリの名作「成吉思汗の秘密」、「時の娘」より、時代設定がかなり新しい分、純粋な歴史推理とはいえない。
モースは、オクスフォード警察の部下を使って「捜査」している。
イギリス人にとって140年前は、過去ではない。
墓掘りにつきあってくれた、アイルランド警察もまた暇であった。


レギュラー出演: ジョン・ソウ (モース主任警部)、ジェイムズ・グラウト(ストレンジ警視正)、クレア・ホルマン(ホブソン検死官) 原作:コリン・デクスター

Lisa Eichhorn [ Dr Millicent "Millie" Van Buren ], 犯罪学の教授(宗方智子)
Judy Loe [ Adele Cecil ], 前回の事件で知りあった音楽教師、モースの恋人(弥永和子)
Matthew Finney [ Det Const Adrian Kershaw ], オクスフォード出の若い刑事、モースの助手として働く。
Juliet Cowan [ Joanna Franks ], 被害者の女性?
Sarah Lam [ Susan Ho ], 図書館の司書

合併結婚 1968 米(Yours, Mine Ours)

●2003/06/29 Sun  

監督 メルヴィル・シャベルソン
原作 ヘレン・アイリーン・ビアズリー
脚本 ボブ・キャロル・ジュニア
配役:
ルシル・ボール .... Helen North Beardsley
ヘンリー・フォンダ .... Frank Beardsley
ヴァン・ジョンソン.... Warrant Officer Darrel Harrison

意外に楽しめた。
IMDBで6.5と言う、アメリカでの低評価がわからない。

海軍のヤモメは10人の子連れで、未亡人は8人の子連れ。
この二人がバン・ジョンソンの縁結びで晴れてゴールイン。
しかし一緒になってからが、また一苦労。
海軍調で子供たちを一列に整列させて、食事を配りバスに乗せる。
そしたら親父はまた海軍に呼び出され、奥さんには新しい命が・・・

ヘンリー・フォンダとルシル・ポールも好演だったが、実話というところが気に入った。
ヘンリー・フォンダは刑事物「警部マディガン」と同じ年に作ったコメディー作品だった。
どちらも良い味を出している。


テキサスの五人の仲間 1966 米(Big Hand for the Little Lady, A )

●2003/07/01 Tue  

監督 フィルダー・クック
脚本  シドニー・キャロル
配役:
ヘンリー・フォンダ .... Meredith aka Ben Bailey
ジョアン・ウッドワード .... Mary Meredith aka Ruby
ジェイソン・ロバーズ .... Henry Drummond
ポール・フォード .... C.P. Ballinger, Banker
チャールズ・ビックフォード .... Benson Tropp
バージェス・メレディス .... Doc Scully
ケヴィン・マッカーシー .... Otto Habershaw
ロバート・ミドルトン .... Dennis Wilcox
ジョン・クァレン .... Jesse Buford
ジャン・ミッシェル・ミシュノー .... Jackie Meredith (as Gerald Michenaud)

面白い。
結果は知っていたが、それでも面白い。
「オーシャンと11人の仲間」と対抗して、こんなタイトルを日本では付けたらしい。
「オーシャン」どころか、「スティング」に匹敵する名作だ。


テキサスの5人の仲間が集まり、一年の稼ぎを突っ込んで、ポーカーの大勝負をする。
そこに親子連れ(ヘンリー・フォンダ、ジョアン・ウッドワード)がやってきた。
最初は夫がポーカーに参加していたが、いい手が回ってきた途端、心臓病で倒れる。
ポーカーのことなど何も知らない、妻が代わりに勝負を続ける。

ジョアン・ウッドワードの代表作だと思う。
実に見事な演技だ。

洪水の前 1954 仏

●2003/07/05 Sat  

監督:アンドレ・カイヤット
主演:マリナ・プラディ


洪水とは何か?
どうやら第三次世界大戦が、フランスを中心にして起きると、思われてたらしい。
サルトルや社会主義が猛威を振るった頃だ。


そんな中、17歳の子供たち5人組は、ヨットでフランスを脱出する企画を練る。
資金が無い。
すると、一人の少年が金のありそうな場所の情報を持ってきた。
みんなはそのアイデアに飛びついたのだが、これが間違いの始まり。
現場でたまたま出会った夜警を殺してしまう。
それを仲間一人の責任に押しつけようと、彼まで殺してしまう。

映画が途中で切れていた・・・畜生め。
映画は同時代感が全然無いので、共感は沸かなかった。
素朴で無垢な殺人だが、素朴だからこそ恐ろしい。

穴 1960 仏

●2003/07/05 Sat  

監督 ジャック・ベッケル
脱獄物の名作。
スチーブン・キングの「ショーシャンクの空」のオリジナル版という感じ。


四人の囚人が居る部屋に五人目の囚人ガスパールがやってくる。
みな、秘密を明かして良いかで、揉めるが、彼の重い罪状を聞いて打ち明けることになる。
実は彼らは脱獄を計画していたのだ。
その日から、五人の穴掘りが始まる。
部屋を抜けても地下水道への穴に手間が掛かる。
ようやく最後の穴が完成したとき、ガスパールの起訴取り消しが決定される・・・


無音楽映画。
最初から最後まで緊張が支配する。

波も涙も暖かい 1959 米(Hole in the Head, A )

●2003/07/13 Sun  
監督 フランク・キャプラ
脚本 アーノルド・シュルマン

フランク・シナトラ .... Tony Manetta
エドワード・G・ロビンソン .... Mario Manetta
エレノア・パーカー .... Eloise Rogers
カロライン・ジョーンズ .... Shirl
セルマ・リッター .... Sophie Manetta


シナトラはやもめで男の子が一人。
フロリダでホテルを営むが、資金繰りが厳しい。

仕方なくNYの兄EGロビンソンを呼ぶ。
彼は弟に金を出すが身を固めろ、と言う。
そこで会ったのがエレノア・パーカー。
清楚な未亡人で一目惚れしてしまう。

さらに資金繰りに行き詰まったシナトラは昔の仲間に融通を頼むが、断られる。
しかし兄に対しては、意地を張ってしまう。

カラー時代のフランク・キャプラは白黒時代と比べて冴がない。

カロライン・ジョーンズが色気むんむんで美味しい役だった。
おばさん役のセルマ・リッターも良い味出してた。

でもやっぱりエレノア・パーカーは本当に美人だ。


鬼教師ミセス・ティングル 米 1999

●2003/07/13 Sun  
監督◆ゲヴィン・ウィリアムスン
出演◆ヘレン・ミレン,ケイティ・ホームズ,バリー・ワトスン
ラストサマーの脚本家の初監督作品。

鬼教師ティングルは優等生リー・アンを目の敵にしている。
リー・アンが偶然、明日の卒業試験を持っていたところを、ティングルに見つけられたから、さあ大変。
ティングルは校長に見せると息巻き、リー・アンら級友3人は彼女を自宅に監禁する。
彼女のエロ写真を撮って、脅迫するつもりだ。
しかしそこへ他の先生が見舞いに訪れる。

最後までとぼけた味の映画。
くすくす笑ったけど、ラストがハッピーエンドとは、ちょっと信じられない。
よくまあ、こんな映画に天下のヘレン・ミレンが出たなあ。

I AM SAM, 2001, USA

●2003/07/15 Tue  
監督 ジェシー・ネルソン
脚本 クリスティン・ネルソン ジェシー・ネルソン
キャスト:
ショーン・ペン .... Sam Dawson
ミシェル・ファイファー .... Rita Harrison
ダコタ・ファニング .... Lucy Diamond Dawson
ダイアン・ウィースト .... Annie Cassell
ローラ・ダーン .... Randy Carpenter

自閉症で七歳児並の知能しかない父サムは、娘ルーシーと幸せに暮らしていた。
しかし娘の七歳の誕生日に児童福祉局の人間が二人を引き離してしまう。
問題は裁判所の判断に任される。
サムは敏腕弁護士リタに弁護を依頼するが、多忙なリタはサムなど相手にするはずがない。
しかしひょんなことから、リタは無料奉仕でサムの依頼を受けることになってしまう。


ビートルズナンバーが映画の間中かかっているかと、思ったら、それほどでもない。
うるさくなくて、ちょうど良い頃合い。
カラーの発色はとてもビビッドで綺麗。
ローラ・ダーンの赤のシーンが印象的。
演技力については、ショーン・ペンは問題なし。
ダステイン・ホフマン並とは行かないが、十分及第点。
ルーシー役のダコタちゃんは、可愛かった。こんな子、見たこと無い。演技力もまずまず。
親父を思いやる娘の表情がよく出ていた。
しかし、こんなに可愛いと、年を取ったら、ぐれると思うぞ(笑)

ただ気になったのは、ミシェル・ファイファーの演技。
もう少し、演出家が突っ込んで演出しなきゃ、駄目だ。
ミシェル・ファイファーが下手なのではないが、ショーン・ペンと演技が合ってないと思うことがあった。
監督二作目だから、仕方がないのか?

何度も見たい映画であることには違いない。
ちなみに僕はそれほど泣けなかった。
でも幸せな気分になれた。

ポケット一杯の幸福 1961 米(Pocketful of Miracles )

●2003/07/19 Sat  

監督 フランク・キャプラ
脚本  ロバート・リスキン デモン・ルニヨン

グレン・フォード .... Dave the Dude Conway
ベティ・デイビス .... Apple Annie
ホープ・ランゲ .... Elizabeth 'Queenie' Martin
アーサー・オコネル .... Count Alfonso Romero
ピーター・フォーク .... Joy Boy
トマス・ミッチェル .... George Manville
アン・マーグレット .... Louise

フランク・キャプラ監督、晩年の傑作。


リンゴ売りのアニー婆さんの娘が、久しぶりにスペインから里帰りする。
実は娘のルイーズは伯爵の息子と結婚するので、伯爵一家を連れて来る、という。

アニーは、金持ちの婦人である振りをして、娘と文通していた。
アニーのリンゴを幸福のお守りとしている、NYの大親分デュードはそこで、アニーを貴婦人に変身させてしまう。

しかし伯爵がパーティーを開きたいと言ったものだから、ヤクザどもは大騒ぎ。
デュードはヤクザ同士の抗争の真っ最中だった。

のちの美人歌手アン・マーグレットが、まだ少女の頃である。
あのデコッパチも、まだ目立たなかった。
清楚な感じが良い。ペギー・マーチみたいだな。

お芝居としては、ちょっと冗長だったが、ベティー・デイビスよりピーター・フォークが若いのにも関わらず、良い味を出していた。

もちろん最後はフランク・キャプラ得意の奇跡が起きて、みんなハッピーエンドだ。

猟奇的な彼女 2002 韓国

●2003/08/02 Sat  

監督・脚本:クアク・ジョエン
出演:チョン・ジヒョン チャ・テヒョン


彼女は暴力的で、すぐビンタを張る。
男の方はと言うと、女みたいな奴でナヨナヨしている。
でもこの二人が良い組合せなのだ。
しかし、彼女はどうしても昔、死別した男のことも忘れられない。
そこで二年の冷却期間を置いて、再会を約した。
二年後のその日、彼女は現れなかった。


チョン・ジヒョンは好みだあ。夢中になってしまう。
強い女に振り回され、耐える男の映画は、日本で作っても韓国で作っても面白いのだ。

クローサー 2002 香港

●2003/08/03 Sun  

監督 コーリー・ユン
出演 スー・チー/ヴィッキー・チャオ/カレン・モク、倉田保昭

香港のチャーリーズ・エンジェル風アクションだが、コメディなのは最初だけ。
途中から深刻になる。

姉(ヴィッキー・チャオ)と妹(カレン・モク)は殺し屋姉妹。
そしてそれを追う女刑事(スー・チー)。
弟に富豪の兄殺しを依頼された姉妹は無事仕事を終えるが、弟とその配下(倉田保昭)に命を狙われる。
妹は難を避けるが、姉は敵の凶弾に倒れる。
復讐を誓う妹。
一方、女刑事も罠にはめられ窮地に。
二人は仕方なく手を組む。


妹がレズビアンだという落ちがついていた。
アクションはしつこかったな。
倉田が監修しているのか、
畳返しや刀など、日本風のものが多く取り上げられていた。
しかし、倉田は香港に長くいるのだから、
吹き替えされなくても、良さそうな物だが・・・

美人だったのは、カレン・モクぐらいのものだ。
女優で楽しむ映画ではない。


新平家物語第二部義仲をめぐる3人の女 1956 大映

●2003/08/03 Sun  
監督 衣笠禎之助
出演 木曽次郎義仲 長谷川一夫
その妻 巴  京マチ子
山吹   山本富士子
冬姫   高峰秀子
太夫坊覚明   大河内伝次郎
松殿基房 柳永二郎
新宮十郎行家  進藤英太郎
樋口次郎兼光  黒川弥太郎
斎藤別当実盛 志村喬

衣笠時代劇は持っちゃりして、派手なアクションはない。


源平合戦の世。
平家を追い出して源義仲が上洛するが、田舎物の悲しさで貴族たちに適当にあしらわれる。
一方、義仲軍は都でやりたい放題。
そのうち、いつの間にか極秘裏に鎌倉の源義経軍が都に近づいていた。
しかし義仲はそんなときも、艶福家らしく、次々と女に手を付ける。
巴御前は頼朝に人質にだした息子のことが、気になって仕方がない。

東映や東宝の連中も援軍で出てくるのだが、やはり大映トーンは強い。
3人の女とは、京マチ子、高峰秀子、山本富士子だが、さすがに美人だった。

旅愁 1950 米

●2003/08/04 Mon  
監督 ウィリアム・ディターレ
出演 ジョーン・フォンテーン ジョセフ・コットン ジェシカ・タンディ

何度もこの映画を見ているけれど、今回は、ずいぶん見方が変わった。

最後に南米へ行って別れたジョーン・フォンテーンだが、いずれ彼女は戻ってくる。
ジョセフ・コットンは、きっと迎えに行くし、冷静になれば、二人は元の鞘に収まると思う。

コットンの女房への仕打ちが、酷かったから、フォンテーンとしては、いたたまれなくなったのだが、
コットンもいい年のおっさんなんだから、フォンテーンが何を悩んでいるか、すぐわかるだろう。

しばらく時間をおけば、お互いに失った物の大きさに気が付くよ。
そして、思い出のイタリアにハネムーンかな。

心配して損した(笑)

旅情 1955 米

●2003/08/05 Tue  
監督 デヴィッド・リーン
出演 キャサリン・ヘップバーン ロッサノ・ブラッチ

この映画も何度も見ている。
キャサリン・ヘップバーンが最後に身を引いてベニスを去る。
一章、結婚しないつもりだろうか?

キャサリン・ヘップバーンは相変わらず巧い。美人ではないが。

新平家物語 静と義経 1957 大映

●2003/08/05 Tue  
監督 島耕二
出演 淡島千景 菅原謙二

新平家三部作の三作目だが、この回だけ女性が主役で、ものたりなかった。
勧進帳を期待してたから、もっと男らしい芝居を期待したのだ。

のちの新派俳優・菅原謙二はまだ若くて時代劇にはまだ慣れていなかったのだろう。
しっくり来なかった。

2004.08.07

南郷次郎探偵帳 1961 新東宝

●2003/08/16 Sat  

天地茂主演の弁護士もの。だけど、弁護士の割にアメリカ的ハードボイルドしちゃう。

天地茂はいつ見ても天地茂である。


話はよくわからなかったが、新東宝というところが、昭和36年当時、姑息なテクニックに走っていたことだけはわかりました。

カットの度に何かせこいことをやってたなあ。

次は映画とは関係ないが、この明智小五郎(天地茂)の原点は新東宝である。


ミスタールーキー 2002 日本

●2003/08/25 Mon  
阪神タイガースの映画なのに、長島一茂が主演している。

お腹の出たバースが出てきたり、お話もカットのつなぎも滅茶苦茶。

でも阪神ファンに限っては、胸がすーっとする。
そして笑って喜べる映画だ。

朝日放送もこんな映画をつくるとは、先見の明があった。

(この後、星野監督の下で、阪神タイガースは実際にリーグ優勝する。)

2004.08.06

竜馬暗殺(1974) ATG

坂本龍馬中岡慎太郎とともに暗殺されるまでの三日間を描く。
廣島三部作でブレークして、今や日本の巨匠になった黒木和雄の監督作品。
清水邦夫田辺泰志が脚本を書いている。
独特の安っぽいけど凄いモノクロ撮影は田村正毅(三里塚シリーズ、タンポポ、萌の朱雀)。


大政奉還が終わり、新政府での主導権争いが激しさを増した。
無血革命論者の竜馬(原田芳雄)は刺客を逃れて近江屋に身を隠す。
隣の質屋にとらわれている幡(中川梨恵)と懇ろになるが、
彼女の弟右太(松田優作)は薩摩藩から竜馬を討つために送り込まれた刺客だった。
しかし何故か彼は竜馬が切れない。
竜馬もこの男右太が気に入ってしまう。

竜馬が幡と寝てる最中に武闘派陸援隊の中岡慎太郎(石橋蓮司)が竜馬の命を狙いに来た。
しかし隣にいるとは知らず、引き返す。

世は「ええじゃないか」運動の嵐だ。
竜馬は奇抜なメイクをして、踊る「ええじゃないか」の連中に紛れて、右太を連れて中岡を訪ねる…

原田芳雄のふんどし姿が脳裏にこびりつく。
当時、新しい竜馬像を見せてくれた。
この竜馬がその後のスタンダードになったと言えよう。
石橋蓮司の中岡慎太郎役もいい。
ケケケと笑う中川梨恵も良い味を出している。

時代は既に1974年だが、台詞はまだ全共闘世代だ。
明治維新では、侍という無産階級が内ゲバで血を流していた。
のちに学生という無産階級が内ゲバを起こしたことと繋がってる。
「ええじゃないか」も今から見るとデモだった。

映画では謎の多い竜馬暗殺犯人について、薩摩謀殺説を取りあげている。
中村半次郎が主犯だ。
しかし最近の多数説は京都見廻組だろう。

黒木和雄監督作品集

天国と地獄 1963 東宝

2003/10/11(Sat) 22:20
製作   田中友幸 菊島隆三
監督   黒澤明
脚本   小国英雄 菊島隆三 久板栄二郎 黒澤明
原作   エド・マクベイン 「キングの身代金」
撮影   中井朝一 斎藤孝雄
音楽   佐藤勝

配役 :   
権藤金吾   三船敏郎
戸倉警部   仲代達矢
権藤の妻伶子   香川京子
権藤の秘書河西   三橋達也
捜査本部長   志村喬
竹内   山崎努

会社の乗っ取りを画策する重役権藤の元に、誘拐犯から電話が掛かる。
彼の一粒種の子供を誘拐したという。
しかしそれは人違いで、運転手の子供だった。
権藤は大事な金を他人の子供のために使えないと、ごねる。

しかし最後は断腸の思いで会社のことを諦め、金を出すことにした。
金を詰める鞄に細工をする段になって、権藤は昔取った杵柄で腕をふるう。
この金を誘拐犯に渡せば、再び職人時代に逆戻りだった。

特急電車に乗り込んだ権藤に誘拐犯から連絡が入る。
「鉄橋の袂で、子供を見せるから、金の入った鞄を車外に捨てろ。」
身代金は持ち去られたが、子供は無事帰ってきた。
警察は何とか犯人の写真と8ミリを撮った。

いまや時の人になった権藤だが、一方、債権者に追われる毎日でもあった。
警察では捜査会議が行われている。
犯人への手がかりがわずかながら集まり始めていた。

子供は、自分が誘拐されていた場所が江ノ電沿いだと気づく。
しかしそこには二人の男女の死体が。
 
焼却所から美しいピンクの煙が出てきた。
警察が例の鞄に仕込んだトリックだった。主犯が動き出した。

三船は下手だと言った人がいるが、下手じゃなきゃ、こんな凄い芝居はできない。
泣かせるところはいっぱいあった。

仲代達也は巧いが、見せ場としては可もなく不可もなく。
デビュー作の山崎努は下手じゃないけど、巧くもない。
少なくとも現代とは違う、若い芝居だ。

この映画での捜査会議の絵が好きだ。
色々な映画で捜査会議は取り上げられているが、「天国と地獄」のそれは中でも秀逸である。


戦後、貧しいだけの日本から脱却し、貧富の差が現れた。
高台の家に対する平民の複雑な感情。
クーラーのある家、ない家の差も大きい。

しかし医者なら頭使って、金儲けすれば良かったのに。
医者が大きなリスクを背負い、こういう犯罪を犯す感覚がわからない。
まあ要するに気違いだったのだろうな。

昭和38年頃の横浜の風俗として、ヘロイン窟があったんだなあ。
何か19世紀末、シャーロック・ホームズのロンドンみたいだ。

刑事 1959 イタリア

2003/10/09(Thu) 22:01
出演
イングラヴァロ警部…ピエトロ・ジェルミ
アッスンタ…クローディア・カルディナーレ
ヴァルダレーナ…フランコ・ファブリツィ
リリアーナ…エレオノラ・ロッシ・ドラゴ
バンドゥッチ…クローディオ・ゴーラ
ヴィルジニア…クリスティナ・ガヨーニ
刑事サーロ…サーロ・ウルチ

監督…ピエトロ・ジェルミ
製作…ジュセッペ・アマト
原作…C・E・ガッダ
脚本…ピエトロ・ジェルミ
  …アルフレッド・ジャネッティ
  …エンニオ・デ・コンチーニ
撮影…レオニーダ・バルポーニ
音楽…カルロ・ルスティケッリ

★犯罪捜査映画の傑作。

ローマのアパートで強盗事件が発生する。
お手伝いの婚約者は結婚資金に困っていた。
しかし彼にはアリバイがあった。
被害者も男色の気があり、警察には非協力的だ。
いよいよ迷宮入りの様相を見せる。

すると今度は、強盗があったお宅の隣の夫人が殺される。
二つの事件を関係があるのか?
イングロバーロ警部は当日旅行に出ていた、被害者の夫とその友人が怪しいと推理する。

59年の警察映画としては相当な出来だ。
二転三転の犯人探しの楽しみもある。
被害者を巡る人間関係も効果的だ。
下手に警察官と犯人の恋愛だとか、馴れ合いの関係を一切作らない点も、アメリカ刑事物と一線を画す。
(ただ、実際はイタリアの方が癒着は酷かったと思う。)

主題歌が印象的な作品、一度聞いたら忘れられなくなる。
ラストシーンのクラウディア・カルディナーレは綺麗・可憐だった。
このシーンで世界の映画ファンの心の中に住み着いた。

ピエトロ・ジェルミは刑事の芝居は巧いとは言えない。
自分で監督しているせいか、誰も演技を付けてくれないのだろう。
その彼より脇役陣が実に頑張っている。おかげで、映画が引き締まった感がある。
(被害者の夫役のクローディア・ゴーラは三国連太郎に似ているな。)

イーストウィックの魔女たち 1987 米

2003/10/05(Sun) 22:32
監督 ジョージ・ミラー
原作 ジョン・アップダイク
脚本マイケル・クリストファー

ジャック・ニコルソン .... Daryl Van Horne
シェール .... Alexandra Medford
スーザン・サランドン .... Jane Spofford
ミシェル・ファイファー .... Sukie Ridgemont
ヴェロニカ・カートライト .... Felicia Alden

一応、魔女と魔王のコメディ。

魔女狩伝説の残る、由緒正しい村に三人の地味な魔女が住んでいた。
そこへ魔王が引っ越してきたことから騒動が起きる。
三人の魔女は、彼に魅入られるように次々と関係を持つ。
しかし醜聞は町の人々の知るところとなる。
とうとう、彼を批判した新聞社の社主が殺される。

ニコルソンはいつもの演技だ。
今から見ると、もう飽きた。

三大女優の共演を楽しみにしていたが、三人もいると見所を作るのが難しい。
バランスを考えてしまうから。


愛におぼれて 1997 米国ワーナー

2003/10/01(Wed) 21:43
製作ジェフリー・シルバー、ボビー・ニュー・マイヤー
監督グリフィン・ダン
出演メグ・ライアン、マシュー・ブロデリック、ケリー・プレストン、チェッキー・カリョ

男(ブロデリック)は、元の恋人が同棲するフランス人の部屋が良く見える場所に転居する。
すると女(ライアン)が突然乗り込んでくる。
彼女はそのフランス人の元恋人だった。
二人は共同戦線を張って二人を別れさせようとする。
しかし意気投合する内に、ブロデリックとライアンのほうに愛が芽生える・・・

よくあるメグ・ライアン映画のパターン。
でもこの映画では、ライアンはブスだった。
コメデイアンのマシュー・ブロデリックを使ってるが、巧く機能したとは思えない。
ケリー・プレストンは美人なのに、いつもいつもちょい役ばかり。
失敗作。


トゥルーナイト、1995,米国

2003/09/26(Fri) 22:21
監督ジェリー・ズッカー
配役:
ショーン・コネリー King Arthur
リチャード・ギア Lancelot
ジュリア・オーモンド Guinevere
ベン・クロス Prince Malagant

アーサー王伝説。

アーサー王(ショーン・コネリー)がランスロット(R・ギア)に王妃ギネビア姫(オーモンド)を取られる話だ。

しかしショーン・コネリーもリチャード・ギアも全くやる気が感じられない。
それぐらい、J・オーモンドは才能が感じられなかった。
だから主役しかできない。

壬生義士伝 2002 日本

2003/09/14(Sun) 23:54
監督 滝田洋二郎
脚本 中島丈博
原作 浅田次郎
音楽 久石譲
出演 中井喜一 佐藤浩市 三宅裕司 中谷美紀 夏川結衣


南部藩から出稼ぎ(脱藩)で新撰組に飛び込んだ吉村(中井喜一)。
刀はたつが、守銭奴のように小銭を蓄え、地元に送金する家族思いの男だった。
同志である斉藤(佐藤)は吉村に反発しながらも、不思議な魅力に引きつけられる。
やがて新鮮組は鳥羽伏見の戦いで決定的な敗北を喫する。
吉村は南部藩大阪屋敷に逃げ込む。

と言うわけだが、言われてるほど感動しなかった。
おそらく、企画側は(最近はやりの)武士道の新しい側面に光を当てたつもりだが、つっこみ不足。

唯一の救いは、夏川結衣はますます演技が巧くなっていたこと。
このまま、おばさんになっていくのは惜しい。
亭主の遺髪を渡され、無理して笑顔を作るシーンには、ぐっと来た。


マイノリティリポート 2001 米国

2003/09/14(Sun) 21:44
監督スティーブン・スピルバーグ
原作フィリップ・K・ディック(「ブレードランナー」「トータルリコール」)
トム・クルーズ.... Detective John Anderton
コリン・ファレル.... Detective Danny Witwer
スティーブ・ハリス .... Jad
マックス・フォン・シドー.... Director Lamar Burgess
サマンサ・モートン .... Agatha
キャスリン・モリス .... Lara Anderton

見た目はSFだから、「AI」っぽいが、テーマはスピルバーグらしくない。
組織を守ろうとする仕事人間の刑事が組織に裏切られ、単身復讐する話だ。
アメリカでの評価は高かったが、別に珍しくも何ともない映画だった。
シュワルツネッガーなら、ありそうな作品。

それにしても、マックス・フォン・シドーはでかい。
トム・クルーズが小さいから、気の毒になった。
キャスティングミスだろう。

2004.08.05

ゴダールのマリア 1984 フランス

いつものように変な間と、モノローグのような台詞と、クラシック音楽のゴダール映画だ。

アンヌ・マリー・ミエヴェルが監督した「マリアの本」が前座映画で、本編「こんにちはマリア」はもちろんゴダールの作品だ。
処女懐胎をテーマにしていて、フランスじゃ上映禁止らしい。


マリアの本」では娘の両親が別居しており、娘マリーは相互の家を行ったり来たりしている。
その中で思春期の娘の心のもやもやみたいなものをうまく表現していた。
入浴シーンがオススメ。


こんにちはマリア
マリーは覚えもないのに妊娠する。
恋人ジョゼフは疑い、苦悩する。
しかしマリーもお腹が大きくなるにつれて母親役を受け入れ、ジョゼフも父親になろうと決心する。


なぜ人間は単性生殖しないのだろうか?
実は処女受胎はどこかで起きているのではないか?
そんなことを感じさせる映画だ。

いずれクローンが進めば、女性が女性だけを女性だけの力で生む時代が来るに違いない。
将来生殖能力のある男性も単性生殖で生まれるかもしれない。
しかしゴダールはそこまでは考えていないようだ。

あくまで聖書を現代に再現したかったのだろう。
ハリウッド映画の「ジュニア」の方がネタとしては、良く考えられていた。

ジュリエット・ビノシュ、ミリアム・ルーセル、アンネ・ゴーチェと女優三人が出てくるが、主役はミリアムがマリーを演ずる。
あまり綺麗だと思わなかった。単にユダヤ人顔だったから、起用されたのではないか?
アンネ・ゴーチェのように金髪で黒い眉毛の人が大好きなのだ。
役を交換して欲しかった。

東洋人にはこれのどこが冒涜なのかわからない。
2000年前に起きたと言われてることを、今に置き換え再現しただけではないか?

ゴダール映画の中では分かりやすい作品だ。
単なる台詞過剰劇ではない。

ボーンコレクター 1999 米

●2003/05/11 Sun  
監督 フィリップ・ノイス
出演 デンゼル・ワシントン アンジェリーナ・ジョリー マイケル・ルーカー

安楽椅子探偵もの。
四肢まひのリンカン・ライムが助手の婦警アマリアの助けを借りて、謎の連続殺人犯と対決する。

IMDBのレーティングは6点あまりだが、言われているほど酷くなかった。

でも続編は作られないだろう。
実際作られる様子もなく、デンゼルの代わりにやる人も居ないんだろう。
原作の第二作の方が良くできているらしいから、残念。

オスカーを取ってるように、アンジェリーナ・ジョリーは演技が上手だ。
デンゼル・ワシントンは相変わらず、台詞が聞こえにくい。


X-メン 2000 米

●2003/05/11 Sun  

監督 ブライアン・シンガー
出演 ヒュー・ジャクソン アンナ・パキン ハル・ベリー パトリック・スチュアート

ミュータントであるヒュー・ジャクソンとアンナ・パキンは何故か突然おそわれる。
危ないところをミュータントの仲間たちX-メンに救われる。
何故自分たちが襲われたのか、襲った連中が誰なのか。

ミュータントものは日本がオリジナルじゃないのか?
ファムケ・ヤンセンのお色気だけしか楽しめなかった。

ジェヴォーダンの獣 2001 仏

●2003/05/12 Mon  

監督 クリストフ・ガンズ
主演 サミュエル・ル・ビアン ヴァンサン・カッセル モニカ・ベルッチ マーク・ダカスコス


フランス映画のくせに、元ネタは「バスカビル家の犬」だ。
しかも最後はスタローン映画「ランボー」のようになってしまった。
カンフーアクション満載である。
しかもモニカ・ベルッチの出てくるところが、美味しすぎる。
フランスで大ヒットしたのもわかる。


ジェボータン地方に女子供だけ狙う、凶暴なオオカミの噂がパリまで届く。
王は博物学者フロンサックを遣わす。
やがて彼は被害者の体から、鉄製の凶器を発見する。
しかし村の実力者は超自然的存在のせいだと言い、フロンサックはパリへ召還される。
その後も襲撃は終わらず、フロンサックは盟友マニとともに再びジェヴォータンへ。

最後はジプシー(異教徒)だと思って居た連中が、カトリック側に付いていたのは、よくわからなかった。


月の輝く夜に 1987 米

●2003/05/18 Sun  

監督 ノーマン・ジュウィソン
脚本 ジョン・パトリック・シャンリー
配役:
シェール .... Loretta Castorini
ニコラス・ケイジ .... Ronny Cammareri
ビンセント・ガーデニア .... Cosmo Castorini
オリンピア・デュカキス .... Rose Castorini
ダニー・アイエロ .... Mr. Johnny Cammareri

傑作ラブコメディ。

イタリア移民の一家は、肩寄せ合って生きている。
ある日バツ1の娘に再婚話が持ち上がる。
亭主になる男は母危篤の知らせを受け、一旦シチリアへ帰った。
娘はかわりに義弟と会うが、なんだか知らない内に意気投合して、気がつくと出来ていた。

シェールって全然美人に見えなかったけど、この映画で180度見方が変わった。
妙な色気があるわ。

ダニー・アイエロはぴったりの役所。
ニコラス・ケイジはいつもだけど、少し格好良すぎ。
オリンピア・デュカキスはこの作品でオスカーを取っているが、綺麗なおばちゃんだった。

アウトブレイク 1995 米

●2003/05/24 Sat  
監督 ウォルフガング・ペーターゼン
配役:
ダスティン・ホフマン .... Col. Sam Daniels
ルネ・ロッソ .... Robby Keough
モーガン・フリーマン .... Brig. Gen. Billy Ford
ケヴィン・スペイシー .... Maj. Casey Schuler
キューバ・グッテン・ジュニア .... Maj. Salt
ドナルド・サザランド .... Maj. Gen. Donald McClintock


アフリカで強力な伝染病が発声する。
その病原菌を持った猿がアメリカに密輸されてきた。
その猿に触れたものは次々と倒れていく。凄い感染力だ。

しかし、米軍は治療するどころか、汚染地域を封じ込め、2600人の住民を抹殺しようとする。
ダスティン・ホフマンは軍医だが軍に反抗して、民衆を助けようとする。

上映時は軍部が自国民を殺そうとするなんて、「こんな馬鹿な話があるわけない」と、不評を買った映画。
しかし、中国でSARSが起こしたことを考えると、案外ありそうなことだったのだ。
隔離される様は、ほとんど、アウシュビッツだった。

ダスティン・ホフマンではなく、ハリソン・フォードが始めに主演予定だったそうだ。
たしかにミスキャストの匂いがする。
実際、監督の次回作のエアフォースワンにはハリソン・フォードが主演した。


フォー・ウェディング 1994 英

●2003/05/25 Sun  

監督:マイク・ニューウェル
脚本:リチャード・カーティス
出演:ヒュー・グラント、アンディ・マクドウェル

絶好調英国映画はもしかしたら、このあたりから始まったかもしれない。

ヒュー・グラントは誰とでも寝るのが得意技。
ある結婚式で出会ったアメリカ人アンディ・マクドウェルと、その日のうちにベッドイン。
ところが相手は翌日アメリカに帰ってしまう。
次に彼女と出会ったのも友人の結婚式。
しかし彼女は婚約者を連れていた。
落ち込むヒューだが、そんな彼にアンディは、「婚約者が帰ったからつきあってよ。」と言い、結局その日もベッドイン。
三度目はアンディの結婚式。
お互い、心に秘めた思いを持ちながら、言い出せずこの時を迎えてしまった。

「ノッティンガムの恋人」を彷彿とさせる。あれもヒュー・グラントに取り巻きが多かった。
イギリス人は群れているのかなあ。
よく似た映画があったため、今となっては食傷気味だが、当時は大ヒットした映画。
ヒューの魅力爆発だったのだろう。

火山高 2002 韓国

●2003/05/26 Mon  

出演: チャン・ヒョク、シン・ミナ、キム・スロ、クォン・サンウ、コン・ヒョジン
監督: キム・テギュン

鳴り物入りの映画だったが、あまり面白くなかった。
まず美人が出てこない。

学園紛争なら、車田正美の漫画で十分と思える。
ワイアーアクションはこういう映画じゃ目新しいが、やはり中国人にやらせた方が綺麗だった。

Quartet 2000 日本

●2003/05/29 Thu  
監督 久石譲
出演 袴田吉彦 桜井幸子 大森南朋 久木田薫 三浦友和 藤村俊二 升毅


音大出の四人組。
学生時代にカルテットを組んでいたが、大失敗して解散した。
社会人になったある日、オケのオーディションでばったり再会する。
四人は再びカルテットのコンクールを目指すことになるが、
リーダーの袴田の傍若無人な態度がチームの和を乱す。
しかし、旅先での営業を通して友情を培った、彼らの演奏は変わっていく。

弦楽四重奏団の内幕がよくわかった。
第一バイオリンでなければ、人にあらずだ。
あとのメンバーはリズム隊にすぎない。

監督の久石は映画音楽の巨匠であり、この映画が監督初体験だ。
青春の思い出がいっぱい詰まった作品らしいが、映画自体はあざといというか、くさいというか。
見え透いたところがあり、たいしたことはない。
音楽マニア向けだ。

桜井幸子はこの映画ではあまり美人にはみえなかった。
升毅は相変わらず指揮者役の演技は下手だなあ。

寒い国から帰ったスパイ 1965 英(The spy who came in from the cold)

●2003/06/04 Wed  
監督 マーティン・リット
脚本 ポール・デーン、
原作 ジョン・ルカレ

リチャード・バートン .... Alec Leamas
クレア・ブルーム .... Nan Perry
オスカー・ワーナー .... Fiedler
ピーター・ファンアイク .... Hans-Dieter Mundt
サム・ワナメイカー .... Peters
ジョージ・ヴォスコヴェック .... East German Defense Attorney

ジョン・ル・カレの「寒い国から帰ってきたスパイ」の映画化。
スパイのスマイリー・シリーズの一編だが、主役はアレックである。

イギリスは東ドイツに自国スパイを暗殺され、東側のスパイ網を壊滅させられてしまう。
そんななか、アレックはイギリス諜報部を解雇され、失業の身になる。
そんな彼に東ドイツ諜報部が触手を伸ばす。


ずっと昔、カットだらけの作品を地上波で見た事がある。
筋書きはすっかり忘れていた。
リチャード・バートンもクレア・ブルームもとうが立っていたが、映画自体は面白い物だった。
さすがル・カレ原作だ、よく考えられている。
最後の筋は寸前に読めてしまったが、そこはご愛敬だろう。


2004.08.04

悪魔をやっつけろ Beat the Devil 1953 コロムビア

巨匠ジョン・ヒューストンが演出。
大作家のトルーマン・カポーティが脚本を書く。
ハンフリー・ボガート、ジェニファー・ジョーンズ、ジーナ・ロロブリジーダが主演。
その他個性派のロバート・モーレイ、ヒッチコック映画にも出ていたペーター・ローレが脇を固める。


ハンフリー・ボガートはアフリカへ渡り、ウラン鉱山の採掘権を盗み出す作戦を立てている。
ジェニファー・ジョーンズ夫妻も同じ目的で船に乗っていることを知った。
ボギーの妻ジーナ・ロロブリジダが色仕掛けでジェニファーの夫に近づく。

他愛もない話だった。

ジェニファー・ジョーンズの金髪姿は珍しいのではないか。
ぽちゃっとした、ジーナ・ロロブリジタが下手な英語しか喋れない。
それだけにジェニファーに掛かるウェイトは大きかったようだ。
彼女はコメディエンヌとして活躍している。
ジーナ・ロロブリジタはイタリアロケのハリウッド映画だから、気軽に出てみただけだろう。

トルーマン・カポーティの脚本は小説として見た場合、面白そうだが、映画の構成としてはあまり良くない。
船に乗るまでに時間が掛かり、アフリカに着くまでにさらに時間が掛かった。
結局アフリカでの冒険はなかった。

実質的プロデューサーは監督ジョン・ヒューストンだった。
他のプロデューサーなら、このシナリオは通らなかっただろう。

ずいぶんイタリアの日差しを取り入れた撮影だった。
しかしフィルムの保存状態は悪い。

雨月物語 1953 大映

●2003/04/10 Thu  

溝口健二監督
森雅之、田中絹江、小沢栄太郎、水戸光子、京マチ子、毛利菊江

戦国時代、山で窯元をやっている男二人(森、小沢)が町へ商品を持っていくと焼き物が売れる。
味を占めた二人はもう一度儲けてやろうと、さらに商品を持って町へ出て行き、付いてきた女房(田中、水戸)を追い払ってしまい、都の享楽に身を任す。
しかし女房は落ち武者どもにおそわれて、なぶり者にされてしまう。
源十郎はある日美しい姫(京)に懸想をするが、実はこの女、幽霊だった。

森雅之がいつもの通りだらしないおじさんに扮する。お約束だな。
幻想的な画面だ。
同じモノクロでもこうも違うとは、カメラマンの宮川一夫の名人芸。
音楽も秀逸。
ベニチア映画祭最優秀外国語映画賞獲得。
一度は見ておきたい作品である。

鳩の翼 1997 英国

●2003/04/11 Fri  

監督:イアン・ソフトリー
原作:ヘンリー・ジェイムズ
脚本:ホセイン・アミニ
■出演:ヘレナ・ボナム・カーター ライナス・ローチ アリソン・エリオット シャーロット・ランプリング

渋い映画だ。
何しろ美人が出てこない。シャーロット・ランプリングも老けた。

ヘレナ・ボナム・カーターは財産目当てのため、自分の男を友達に紹介する。
友達が死んだ後、がっぽり遺産を手に入れるが・・・

主演も助演も顔色が悪い。
イギリスの20世紀初頭ってのは、そう言う感じあるけど。
それにどうも女の友情が、しっくり来なかった。
ミリーは最後に勝ったんだろうか。

愛しのローズマリー 2001 米 (Shallow Hal)

●2003/04/19 Sat  
監督 ファレリー兄弟
出演 グウィネス・パルトロウ ジャック・ブラック

「メアリーに首ったけ」のファレリー兄弟がお送りする、障害者、病気持ちオンパレードのコメディ。
でもこの作品は少し毛色が変わっている。感動してしまうのだ。

ハル(J・ブラック)は見た目だけで相手を判断する嫌な野郎。
ある日、催眠術を掛けられたことから、相手の心の美しさによって、その人の外見まで変わって見えるようになる。
ローズマリー(パルトロウ)は136キロのデブだが、ハルには50キロ足らずしか見えない。
はじめは警戒心が解けなかったローズマリーだったが、やがてハルと愛し合うようになる。
しかしあまりの豹変ぶりに驚いた友人が、ハルの催眠術を解いてしまう。

はじめは期待してなかったけど、実際は非常に良い作品だった。
なお出演者の内、脊髄の先天疾患のため、両手で歩く役のレネ・カービーは、実はIBMの役員さん。
本当に生まれつきそういう病気なのだが、車いすを使わない。
それにしてもアメリカ人は誰も演技が上手だなあ。

キューティーブロンド 2001 米 (Legally Bronde)

●2003/04/25 Fri  
監督 ロバート・ルケティク
キャスト:
リース・ウィザースプーン .... Elle Woods
ルーク・ウィルソン .... Emmett
セルマ・ブレア .... Vivian Kensington
マシュー・デイビス .... Warner Huntington III

くだらないけど 楽しかった。
筋は見えているが、わかっていても面白い。

ロスのど派手お嬢様が恋人を追いかけハーバードの法科大学院に間違って入ったことから、巻き起こすドタバタ喜劇だ。
最後は実習中の身で殺人事件の訴訟に巻き込まれるが、彼女の推理は冴える。

リース・ウィザースプンは、実際はあまり可愛くないと思う。
でも、ちょっとおへちゃなところがいいのかな。
それに、この子は頭が良さそうだ。
企画にも噛んでいて、がっぽり稼いでいそう。

ラクウェル・ウェルチがちらっと出ていたが、予算は全然掛かっていない映画だ。
パート2を見ようとは思わないが、1800円×2のデートにはオススメできる。
連れて行く相手の子だけど、頭の良い子、頭の固い子はやめときなさい。

呪われたハネムーン 1986 米

●2003/04/28 Mon  
ジーン・ワイルダー監督・主演
出演ジョナサン・プライス

凄まじいカルトムービー。

ハネムーンで訪れた大叔母の邸宅、親族一同を集めて遺産相続を話し合う。
大叔母と精神科医の叔父は精神病を抱えた男を、これを機会に「ショック療法」で治療しようとする。

劇中劇の形式を取り込んで、巧く作っているようだが、
水野監督「シベリア超特急」を思い出してしまった。

ねじ式 1998 日本

●2003/04/30 Wed  
監督 石井輝男
原作 つげ義春
出演
ツベ 浅野忠信
国子 藤谷美紀
看護婦 藤森夕子
木本 金山一彦
もっきり屋の少女 つぐみ


売れない漫画家と女たちの、幻とも夢ともつかない話。

漫画家ツベは国子と同棲していたが、別れて暮らすようになっても、まだ腐れ縁で続いている。
ある日、国子は他の男の子供を妊娠したと、打ち明けた。
ツベはその夜、睡眠薬を飲みすぎ、病院に担ぎ込まれる。
退院したツベは不思議な女給ちよじに出会う。


原作者の自伝的ファンタジーだ。
細切れの回想シーンで繋ぐ、よくわからない映画だが、原作マンガもその通り不思議な世界だった。

石井輝男監督も、難解な映画を作ってくれた。
原作を知らなければ、全く意味をつかめない作品だ。

しかし、浅野忠信ファンなら楽しめるでしょう。見てください。


断崖 1941 米

●2003/05/05 Mon  
監督 アルフレッド・ヒッチコック
出演 ジョーン・フォンテーン、ケイリー・グラント

20年ぶりに見た。
サスペンス映画と思われがちだが、この映画は完全なラブストーリーだ。
夫に殺されるのではないかと疑うことは、愛情の裏返し。

最後、夫は自首するだろうか。
妻が金策をできるだろうか。
まだまだ先があるのに、何故こんなところで、映画は終るのか?
もしかしたら、妻のがんばりが夫を立ち直らせるかも知れない。

月光の夏 1993 日

●2003/05/08 Thu  
監督 神山征二朗
出演 渡辺美佐子 仲代達也 山本圭 田村高広 若村麻由美 石野真子 田中実

戦争末期、鳥栖の国民学校に二人の特攻隊が現れた。
この世の思い出にドイツ製のグランドピアノでベートーベン「月光」を弾きたいという。
それは素晴らしい演奏だった。そして二人は出撃していった。
その出来事は戦後40年たってから、明らかになった。
しかし、特攻隊の1人が未だ生きているという。
しかも彼はピアノを弾いたことを否定する・・・

愛する物を守るため、死ぬ覚悟を決めたのに、生き延びてしまった人間の不幸だ。
渋い映画だが、見るべし

でも自殺テロを怖がってイラク市民を機銃掃射しちゃうような、アメリカ兵にはわかんないだろ。
絶対的兵力差があっても戦わなければならないとしたら、こんな戦いしかないのだ。

いや、アメリカもわかるかもしれない。
「インデペンデンスデー」で宇宙船のアスホールに特攻隊してた。


「よう、生きとってくださいました。」
四十年ぶりに再会する仲代達也に向かって、渡辺美佐子が言った言葉に涙した。


スターウォーズ・エピソード1 1999 米

●2003/05/11 Sun  
監督 ジョージ・ルーカス
出演 リーアム・ニーソン ユアン・アクレガー ナタリー・ポートマン

まずスターウォーズマニアの方に警告します。
私はスターウォーズが苦手なのです。
だから片寄った意見を吐きます。

良い親父がチャンバラである。
しかも下手。腰が入ってない。
殺陣のやり方ぐらい、殺陣師に教われよ。

最初から見ていて、気が抜けた。
うーん、何とも言えない。
といいつつ、パート2も見るんだろうなあ(笑)

偽りの花園 1941 米 (Little Foxes)

●2003/05/10 Sat  
製作: サミュエル・ゴールドウィン・プロダクション
監督: ウィリアム・ワイラー
原作: リリアン・へルマン
脚本: リリアン・へルマン
撮影: グレッグ・トーランド
音楽: メレディス・ウィルソン
出演: ベティ・デイヴィス ハーバート・マーシャル テレサ・ライト


名作舞台劇の映画化。

南部のお金持ちは長患いで苦しんでいる。
遺産を当てにする女房とその兄弟は、最後には彼を見殺しにする。


没落していく連中の欲深さを描いているが、ドラマチックさが足りなかった。
ウィリアム・ワイラーの作品だが、今からみると少々突っ込み不足に感じる。

娘役でテレサ・ライトのデビュー作になった。


2004.08.03

セルピコ(1973) パラマウント

シドニー・ルメット監督、アル・パチーノ主演でお送りするNYPD腐敗刑事ものの代表作。
実話である。
アル・パチーノにとっては「ゴッドファーザー」の次の仕事だ。
麻薬捜査官が売人から上がりの一部を受け取っていた。
セルピコは同僚を告発すべきか悩む。


社会派映画としては、良くできている。
実録ものの「フレンチコネクション」やのちの「LAコンフィデンシャル」のエンターテイメント性と好対照だ。
アル・パチーノ演ずるセルピコが警官になって、汚職に巻き込まれ、不正を告発し、他の刑事(F.マーリー・エイブラハムがノンクレジットで出演。)に見殺しにされそうになり、一命を取り留めるまでを、シドニー・ルメット監督お得意の「冷めた目で」追っている。

でもシドニー・ルメットの冷めた目も、さらにのちの時代の冷めた人間が見ると違う見え方がする。
セルピコはいささか潔癖に過ぎて、異様な感じがした。
汚職問題が元でガールフレンドとも次々と別れている。
しかし実のところ、GFとの仲がうまくいかず、それがために、不正告発をやったとも考えられる。

事件については、100ドルの小さな賄賂から、最後は30000ドルの大きな話まで出てきたが、警察も麻薬売人も小物しか出てきていない。
マフィアのボスが当然噛んでいるはずだが、そのことには全く触れていない。
トカゲのしっぽ切りが行われたか?
(もちろん、そんなこと大陪審の前で喋ったら、スイスにいても蜂の巣にされるだろうが。)

ユダヤ人の警視が、アイルランド人とイタリア人が多いNYPDで、たった一人の「いい人」の役で出てくる。
NYの観客は満足して帰ったことだろう。

アメリカよりも遅れている、日本ではようやく組織ぐるみの不正経理問題が話題だが、誰もそんなちっぽけな事件で映画を作る気にはならないと思う。
しかし今の不正経理問題が氷山の一角であることは明らかだ。
背景にはもっとどす黒いものがあるやも知れぬ。
でも警察は隠しおうせるだろうな。
誰か派手な内部告発をしてくれないだろうか?日本版セルピコになる人はいないか?

2004.08.02

ブーベの恋人 1963 イタリア・パラマウント

カルロ・カッソーラの小説をルイジ・コメンチーニマルチェロ・フォンダートが脚色、ルイジ・コメンチーニが演出した。
ヌーベルバーグというより、ネオリアリスモ映画だ。
撮影はジャンニ・ディ・ベナンツォ。モノクロ画像だ。灯が消えていくときの影が美しい。
音楽は「刑事」でお馴染みのカルロ・ルスティケリが担当した。

主演 クラウディア・カルディナーレ、ジョージ・チャキリス、マルク・ミシェル

1944年、イタリアは連合軍に降伏した。
ジョージ・チャキリスは戦時中、パルチザンとして戦い、今は左翼運動に従事している。
戦友の異父妹がクラウディア・カルディナーレ(CC)であった。
CCとチャキリスは文通を続ける。
翌年ぶらっとチャキリスが村に来て、CCとの婚約を父親に認めてもらう。
そしてまた運送業の仕事に出ていく。

またチャキリスが村へやって来たが、今度は様子がおかしい。
問いただすと、憲兵を殺したという。
二人はチャキリスの親元に隠れるが、警察がかぎ回っており、工場跡地に身を潜める。
やっと二人きりになれたが、そこも安住の地ではなかった。
チャキリスはCCを置いて、ユーゴスラビアに逃げる。

CCは田舎にいたたまれなくなって、都会で働く。
そこでマルク・ミシェルと出会う。

当時のイタリアの政治情勢についてはここを見てください。
ファシスト党政権が崩壊した後、キリスト教民主党と社会党が争い、刑法改正で揉めたことが、後半の裁判劇の部分で参考になるでしょう。

映画自体は小説のように淡々と展開する。
チャキリスが罪を犯し、逃亡して、捕まり、裁判に掛けられ、重い罰を受ける。
それだけの話だが、クロウディア・カルディナーレが全編に出てきて、一人称「私」になって語っている。

CCの魅力爆発の映画だ。
歩くときの鳩胸が揺すられるのが非常によろしい。
ソフィア・ローレンより個性的じゃない分だけ、万人受けする美貌だ。
この年はハリウッドの「ピンクの豹」、フェリーニの「8 1/2」、ビスコンティの「山猫」と話題作連発だった。
ただしテレビで見ると、若い頃の回想シーンの顔が疲れていて、皺がいってるように見えた。
スクリーンだったら、違って見えたのではないか。

CCは音楽に恵まれている。
「刑事」最後で主題歌が掛かるシーンが忘れられないが、「ブーベの恋人」でも音楽が感動的に使われている。


ロジャーラビット 1988年、アメリカ

●2002/10/15 Tue   
監督ロジャー・ゼメキス
主演ボブ・ホプキンス、クリストファー・ロイド

アニメと実写のミックス映画。
殺人犯にされたロジャーラビットを探偵のボブがかくまい、真相に挑む。
すると、高速道路開通に絡む陰謀が・・・

まあ馬鹿馬鹿しい映画だが、88年時点での技術水準の高さはよくわかった。
若干、画面の暗さで誤魔化しているところもあった。
2Dアニメに関しては、今と本質的には変わらないのではないか。


カビリアの夜 1957 イタリア

●2002/11/02 Sat  
フェデリコ・フェリーニ監督
ジュリエッタ・マッシーナ主演

人のいい娼婦のカビリアは、だまされてばかり。
ある日、映画スターに誘われ、いい思いをしそうになるが、ベッドルームに恋人が現れて、おじゃん。
そんなわけで神の不在をなげく彼女だったが、ある夜、まじめな会計士が現れた。
今度こそと、家も手放すカビリアだが・・・


最後は、どんな境遇にあっても、へこたれない、イタリア女の底力を見せてくれる。
フェリーニ監督はクールなようだが、結構視線は優しい。
ジュリエッタ・マシーナの演技も素晴らしい。
アカデミー外国語映画賞に輝いた。

映画に愛をこめて〜アメリカの夜 フランス 1973

●2002/11/05 Tue   
トリュフォー自ら監督役で出演する、映画のバックステージ物。

ある映画を作るため、スタッフ・出演者一同がニースの郊外に集まる。
俳優アルフォンソは、彼女をスクリプトに仕立てて同伴する。
しかし、彼女はスタントマンと恋に落ち、二人で逃げてしまう。
同情した女優は、アルフォンソと一夜をともにして、慰めてあげようとするが、翌朝アルフォンソは女優の夫に「別れてくれ」と電話してしまう。
おかげで大騒ぎとなり、映画の進行はストップしてしまう。
そのうえ主演男優が交通事故でぽっくり死んでしまう。
はちゃめちゃな現場だが、監督だけは冷静に構えていた。

NYのウディ・アレンに影響を与えたのではないか。
アカデミー外国語映画賞をとってるけど、それほど凄い出来とは思わなかった。
後に似たような映画がどの国でも作られたから。
しかし当時の映画人は身につまされたんだろう。

今となってはジャクリーン・ビセットの出演が唯一の救い。
しかし彼女はトリュフォー映画には、合ってないと思った。

俺たちに明日はない 1967 ワーナー

●2002/11/07 Thu  
監督アーサー・ペン
脚本デビッド・ニューマン、ロバート・ベントン
主演ウォーレン・ビーティー、フェイ・ダナウェイ、ジーン・ハックマン


不況の30年代銀行強盗で話題となった、ボニーとクライドの物語。

ボニー(W.ビーティー)とクライド(F.ダナウェイ)は会った途端に意気投合して、銀行強盗を始める。
モスを仲間に加えるが、ボニーは襲った銀行で人を殺してしまう。
ボニーは激しく落ち込んだ。
だが、兄(J・ハックマン)が加わってくれる。
彼らはたとえ警官は殺しても、一般人には迷惑をかけない義賊として、有名になる。
そんな中、クライドは一人、不安を感じ始めていた。

ニューシネマ・最初の作品と言ってもいいだろう。
シャーリー・マクレーンの弟ウォーレン・ビーティが売れない頃、自身の企画で大成功した作品。
ベトナム戦争の泥沼につかりだしたアメリカで、当時タブー視されていた暴力とセックスがテーマだ。
テキサスに実際にいた義賊の話を大胆に脚色している。

クライドのセクシャルなシーンから始まるが、ボニーは不能なのでイマイチ盛り上がらない。
その感情のはけ口を、銀行強盗に向けた。
ようやく二人が結ばれたとき、二人の破滅も近づいていた。


フェイ・ダナウェイが綺麗だ。
いつも映画ではあまり綺麗には見えないのだが、この映画に関しては綺麗だ。
気の小さい、ハックマンの妻を演じたエステル・パーソンズがアカデミー賞助演女優賞を獲得している。

銀行強盗の映画なんだが、普段の生活ぶりの方を中心に描いている。
特にクライドの内面の変化の描写が秀逸だ。



ガープの世界 1982 USA

●2002/11/08 Fri  
監督ジョージ・ロイ・ヒル
出演
ロビン・ウィリアムズ
メアリー・ベス・ハート 
グレン・クローズ 
ジョン・リスゴー

ジョン・アーヴィングのベストセラー自伝的小説の映画化。

ガープは私生児として生まれる。
レスリングと性欲一杯の青春期を経て、やがて幸せな結婚をするが、、、

ジョン・アーヴィングの作品は、いつも良い形で映画化されている。
この小説も訳が分からないが、見事なコメディー的作品に仕上がった。

一番笑ったのが、女房が間男にフェラしてるところへ、ガープ(ロビン)の車がおかまするところ。

ロビン・ウィリアムスは「ポパイ」に次ぐ映画二作目で、凄いチャンスを物にした。
女房役のメアリー・ベス・ハートは最近顔を見ないが、好みのタイプだ。
母役のグレン・クローズもぴったり。
ジョン・リスゴーのおかまの役も凄かった。


媚薬 1958 USA

●2002/11/09 Sat  
監督リチャード・クワイン
主演ジェームズ・スチュアート、キム・ノバク、ジャック・レモン


ギル(キム・ノバク)は人間界に暮しているが、実は魔女である。
クリスマスイブに、かつての同級生が結婚すると聞く。
その同級生には嫌がらせをされたことがある。
その腹いせにギルは彼女からその彼氏シェップ(J・スチュアート)を取り上げる。

しかし魔法評論家によって、魔女ギルの正体が知られてしまう。
シェップは怒り、以前の彼女に会いに行くが、、、

キム・ノバクがとても美しい。

ヒッチコック監督の「めまい」と同じ年の公開で、同じ主役の組み合わせだ。
こっちはハッピーエンドのラブコメディである。

スタジオの照明を使って、暗い雰囲気を出している。
少しベタな演出だが、コメディだから許せる。

ジャック・レモンがギルの弟役で登場。


ラジオデイズ 1987 USA

●2002/11/11 Mon  
監督ウディ・アレン
出演セス・グリーン、ミア・ファーロウ、ダイアン・キートン

ウディ・アレンの子供時代を描いた作品。
ニューヨークのせいもあってか、戦争中だが子供心にまったく戦争という言葉はなかったようだ。
ラジオを家族みんなが聞いていた時代だ。
行かず後家の叔母だとか、いろいろな思い出話が、やや誇張されて語られる。

ラジオマニアだから、期待して観たが、思ったほどではなかった。
ウディ・アレンとは相性が悪いのだ。

エピソードとして、ラジオタレント(ミア・ファロー)の他愛もない話が挿入されている。
面白くはないのだが、ダイアン・キートンの歌が素人はだしなのは、驚いた。

ピアニストを撃て 1960 仏

●2002/11/11 Mon   
フランソワ・トリュフォー監督
出演シャルル・アズナブール、マリー・デュボア

かつては売れっ子ピアニストだったシャルリだが、今は落ちぶれてバーのピアノ弾き。
ウェイトレスのレナといい仲になりそうだが、勇気がない。
そんな彼の基へ兄が追っ手を逃れてくる。
何とか兄は逃がすが、悪党はシャルリとレナを誘拐する。
あわやのところで再び難を逃れる二人。
レナの部屋へひとまず隠れた二人だが、そこにはシャルリの思い出の品が飾ってあった。
有名だった頃を思い出すシャルリ、それは自殺した妻との思い出だった。

結局、意気地のない男の近づいた、女は身を滅ぼす。
映画自体は、何気ない日常会話が大きな役割を果している。

シャルル・アズナブールって小さいなあ。
フランス人は身長を気にしないのか。

赤い靴 1948 UK

●2002/11/12 Tue   ☆☆☆☆
監督エメリック・プレスバーガー、マイケル・パウエル
出演モイラ・シアラー、アントン・ウォルブルック、マリウス・ゴーリング

何度か見ている。アンデルセン童話を基にしたバレエ悲劇。
バレエと家庭の間で翻弄される女性の物語だ。
最後は赤い靴を履いて列車に飛び込む。
評判の色彩は衛星放送になると、さっぱりだった。

しかし、バレエシーンは実に美しい。
劇場でみるバレエは大して面白く感じないが、この映画のバレエはとても楽しい。

モイラ・シアラーは、マーゴット・フォンテーンの後輩らしい。
マーゴットより彼女の方が映画向きのバレエをしているように思えた。

テス 1979 UK

●2002/11/13 Wed  
監督ロマン・ポランスキー
原作トマス・ハーディ
出演ナスターシャ・キンスキー、ピーター・ファース、レイ・ローソン

田舎娘テスの無知からひきおこす悲劇を描く。

テスは奉公先のアレックに気に入られるが、愛人であることに嫌気がさし、飛び出してしまう。
二人の間には子供が出来ていた。
その子はすぐ死んでしまうが、彼女の人生に大きな傷を残す。
彼女は、牛乳絞りの仕事を見つけ、そこである青年と出会い愛し合う。
母は昔のことを言うなと諭すが、テスは結婚式の夜、つい言ってしまう。
青年は何も言わず去ってしまった。
テスは再び住み込みの仕事に入るが、そんな彼女の前に再びアレックが現れる。

高望みしなければいいのに、少し美人だという意識があると、相手を選んで、結局酷い目に会うという教訓話に見える。
友人が見てショックを受けたという例のシーンは、放送コードにかかり、カットされていた。

まぼろしの市街戦 1967 France

●2002/11/15 Fri   ☆☆☆☆
監督フィリップ・ドゥ・ブロカ
出演アラン・ベイツ ジュヌヴィエーブ・ビジョルド ジャン・クロード・ブリアリ

第一次大戦のパリ郊外。ドイツ軍は町に巨大爆弾を仕掛けて退却する。
町民も逃げ出し、町に残ったキチガイ病院の連中が町を占拠してしまう。
イギリス軍は斥候を一人出して、爆弾除去を図るが、彼はキチガイに捕まり、王様に仕立てられてしまう。
やがて彼は、キチガイたちの生き方に共感を覚え始める。
しかし、爆弾の爆発の時間が近づいていた。

すごいカルト映画。
二度も見てしまった。
面白いし、文明批判もあるし、映画の作り方がチープだし。
だいたい、フランス映画なのに英語だし。何かもが凄い。


フィラデルフィア物語 1940 USA

●2002/11/16 Sat  
監督ジョージ・キューカー
出演ケーリー・グラント、キャサリン・ヘップバーン、ジェームス・スチュアート


グレース・ケリー、ビング・クロスビー、フランク・シナトラ主演「上流社会」のオリジナル版。
グラントとヘップバーンは元夫婦。スチュアートが新聞記者の役だ。


マスコミはC.ヘップバーンの再婚をスクープしたい。
別れた夫(ケーリー・グラント)をえさにして、新聞記者(J.スチュアート)を潜り込ませる。
しかし再婚の前日にヘップバーンは、酩酊してスチュアートとキスしてしまい、一騒動起きる。


華やかなリメイク作品「上流階級」とちがい、オリジナルは地味な映画だった。
とくにケーリー・グラントの調子が悪い。
この映画では、意外にもヘップバーンではなく、ジェームズ・スチュアートがアカデミー主演男優賞を取った。


尽きせぬ想い 1993 HK

●2002/11/16 Sat  
監督イー・トンシン
出演アニタ・ユン、ラウ・チンワン、カリーナ・ラウ

売れないミュージシャンとガンに冒された女性歌手の卵との悲恋物語。
大好きなアニタ・ユンの出世作だ。
ボーイッシュだが可愛い。それに新鮮。
後のレスリー・チャンとの作品には見られない顔だった。

しかし、なんとビデオが、最後の最後のところで切れてたあああ(-_-)

トーマスクラウンアフェアー 1999 USA

●2002/11/19 Tue   
監督ジョン・マクティアナン
出演ピアース・ブロスナン、レネ・ロッソ、フェイ・ダナウェイ

「華麗なる賭け」のリメイク。
スティーブ・マックイーンのかわりを、ブロスナンが演じていて、フェイ・ダナウェイの役をレネが、やってるが、ダメ。
ブロスナンが生きる脚本じゃないし、レネの裸は出過ぎで飽きちゃう。
マクティアナン監督も女優の裸に頼るとは、たいしたこと無い。
「ダイハード」と「レッドオクトーバーを追え」が出来過ぎだった。

なお、オリジナルの主役ダナウェイがカウンセラーか何かの役でちょこちょこ出てる。

眼には眼を 1957 France

●2002/11/20 Wed   ☆☆☆
監督アンドレ・カイアット
出演クルト・ユルゲンス フォレコ・ルソ

男(ルソ)は誤診のため男の妻を死なせた医師(ユルゲンス)を誘い出し、じわじわと追いつめる。
手を下さずに砂漠に置き去りにするつもりだ。
ところが、医師は最後の逆襲に出た・・・

男二人芝居だ。カッコいい。
アフリカ人の親父(被害者の夫)が泣きわめかず寡黙なんだけど、良い味出してる。
クルト・ユルゲンスは、やはり毅然とした態度で、男っぽいなあ。


ヒズ・ガール・フライデー 1940 USA

●2002/11/22 Fri  
監督ハワード・ホークス
主演ケーリー・グラント、ロサリンド・ラッセル

元妻(ラッセル)の再婚話を知って、新聞社の編集長(グラント)は慌てる。
折から殺人犯の死刑が執り行われようとしていた。
編集長は、記者だった元妻のプライドに訴えて、取材に行かせることに成功。
一方、元妻はひょんなことから、脱走した死刑目前の被告人をかくまう羽目に。
実は、この事件にはもうひとつ裏があった。

オリジナルは、まじめな舞台劇。
ところが、ハワード・ホークス監督は喜劇に仕上げた。

会話が楽しく、出演者の芸達者ぶりが楽しめる。
名作だ。


アメリカの影 1960 アメリカ

●2002/12/01 Sun   
インディーズの神様ジョン・カサベテス監督の処女作。

兄妹3人は父親が違うため、肌の色がさまざまだ。
ある日、妹が白人男性とできちゃった。
相手は、兄を見たとたんに妹のほんとうの肌の色を知り遠ざかる。
二人の兄は怒り狂うが、妹には何もしてやれない。
そしてまた、日常に戻っていく。


黒人問題を置きながら、スパイク・リーとは違い、カサベテスは間接的に冷めた目で扱っている。
音楽は巨匠チャールズ・ミンガスが担当しているが、それほど濃くはない。
白黒映画。

ひみつの花園 1996 日本

●2002/12/01 Sun   ☆☆☆☆
矢口文靖監督の二作目。

銀行強盗に襲われ富士の樹海の湖の底近くに金を入れたトランクは沈んだままである。
守銭奴の西田尚美は銀行OLを辞め、宝捜しのため、大学の地質学教室に入るが・・・

笑える。
日本映画界のマドンナ西田尚美は最高だ。
シュリーマンも顔負けだ。

孤独な場所で 1950 アメリカ

●2002/12/01 Sun   
ニコラス・レイ監督
ハンフリー・ボガード主演

売れない脚本家に、殺人容疑をかかる。
しかし、女が彼のアリバイを証明してくれた。
二人はこれをきっかけに、次第に親しくなる。
しかし、警察はまだあきらめていなかった。

有名だが、地味な作品だ。
脚本家って、異常性格者だったのね(笑)

一つだけ、良かった点がある。
ニコラス・レイ監督の奥さんである、ヒロインのグロリア・グレアムはかなりの美人だった。

シンガポール珍道中 1940 アメリカ

●2002/12/01 Sun   
ビング・クロスビーとボブ・ホープのいつものコンビだが、今回は切れが無かった。

ビング・クロスビーが金持ちのぼんぼんで、旅した先でかわいこチャンと出会うという話。

ボブ・ホープは、刺身のツマって感じ。

孔雀夫人 1936 アメリカ

●2002/12/01 Sun   
ウイリアム・ワイラーの初期作。

監督 ウィリアム・ワイラー
原作 シンクレア・ルイス
脚本 シドニー・ハワード
音楽 アルフレッド・ニューマン
出演 ウォルター・ヒューストン(「黄金」) 、ルース・チャタートン 、ポール・ルーカス 、メアリー・アスター 、デヴィッド・ニーヴン (「80日間世界一周」)


夫婦円満で、今まであくせく働いてきた、初老のカップル。
事業からの引退旅行にヨーロッパへ、ふたりで出かけた。
すると妻は金目当ての若い男と出来ちゃって、でも結局別れて帰ってくる。
夫は辛抱強く待っていたのだが、そのうちに愛想を尽かして、自ら最愛の人を見つけて駆け落ちしちゃう。


大して面白くなかった。

でも夫婦というものは、長年連れ添ったとしても、どうなるのか、わからないものだ。
これは一種の熟年離婚だ。

こんな夫婦はもっと若いうちに破綻している筈だと思うだろう。
でも最近、そうとも言えないことがわかってきた。


2004.08.01

私を野球につれてって 1949 アメリカ

●2002/12/01 Sun   
バスビー・バークレー 監督
主演 ジーンケリー、フランクシナトラ、エスター・ウィリアムズ

20世紀初頭のアメリカ。
ジーン・ケリーとフランク・シナトラはプロ野球ウルブズのレギュラー選手であるが、オフシーズンはショービジネスで稼いでいる。

野球チームのオーナーに若く美しい令嬢エスター・ウィリアムズが就任した。
選手達は胸をときめかせる。

シーズンに入ると、ジーン・ケリーに野球賭博に誘われ、極度のスランプに陥いる。
シナトラはケリーを助けるために、あることを思いつく。

元水泳選手エスター・ウィリアムズの日本未公開ミュージカル映画。
ナイスバディーな水着を披露するが、残念な事にワンピース姿だった。
当時としては、この程度の露出でもセクシーだった。

振り付けはスタンリー・ドーネン
そのせいか、ジーン・ケリーのダンスにいつもの力強さは感じない。

しかし、フランク・シナトラとのデュエットは見ものである。
主題歌「テイク・ミー・トゥー・ザ・ボールゲーム」は、現在も大リーグで7回裏の攻撃が始まる前に、球場で掛かっている。

英語字幕で見たが、野球ネタだったので、わかりやすかった。


アニーよ銃をとれ 1950 MGM

●2002/12/01 Sun  ☆☆☆
監督ジョージ・シドニー
脚本ハーバート・フィールズ ドロシー・フィールズ  シドニー・シェルダン
主演ベティ・ハットン
  ハワード・キール
  ルイス・カルハーン


田舎娘アニーが、拳銃捌きや駅馬車襲撃などを実演するバッファロー・ビル一座に拾われた。
彼女は一座の二枚目フランクを一目見て、ぞっこんになってしまう。

次第に彼女の銃捌きは人気を集めて、フランクを押しのけて、一座のナンバーワンにのし上がった。
フランクはプライドを傷つけられ、一座を飛び出してしまう。
アニーがヨーロッパ公演から帰国して、ふたりは再会するが・・・

ハワード・キールとベティ・ハットンのラヴコメディ・ミュージカル。
ハーバード&ドロシー・フィールズのストーリーは、何てことはない。

しかしアーヴィング・バーリン、アドルフ・ドイチュの音楽は良い。

さらにベティ・ハットンの体当たり演技も良かった。
ミュージカル界の女王ジュディ・ガーランドのために作られたミュージカルだったため、彼女はいっそうファイトを燃やしたのだろう。

ちなみに桜田淳子もこの舞台で芸術祭賞を取るほど、当たり狂言にしていた。

不沈のモリーブラウン 1964 アメリカ

●2002/12/01 Sun   
チャールズ・ウォルターズ監督
デビー・レイノルズ主演のミュージカル。

タイタニックで多くの人命救助にあたった、モリーブラウンの波乱の人生の伝記映画だ。

当時は、ミュージカルも斜陽である。
他の出演者は誰も知らなかった。
それにデビー・レイノルズは老けたなあ。
「雨に唄えば」の頃が懐かしい。

恋愛準決勝戦 1951 アメリカ

●2002/12/01 Sun   
スタンリー・ドーネン監督
フレッド・アステア、ジェーン・パウエル、ピーター・ローフォード主演。

エリザベス女王のご成婚に合わせて、作られたミュージカル映画。

アステアの部屋の天井までさかさまに歩き回るシーンが話題になったが、
今では「ドリフの大爆笑」でおなじみだ。


赤い河 1948 アメリカ

●2002/12/01 Sun   ☆☆☆☆☆
ハワード・ホークス監督
出演 ジョン・ウェイン、モンゴメリー・クリフト

ずばり男の映画だ!女は二人しか出ない、野郎中心の映画。 
文句なしにすばらしい。スカッとする。

内容は、キャトルドライブに絡むボス争いの話だ。

ボス(Jウェイン)はテキサスから牛をミズーリに連れて行こうとしている。
途中でマット(Mクリフト)を中心とする、牧童のクーデターが起きる。
マットは牛とともにカンザスへ方向を変えてしまう。
ボスは傷ついて、置いてけぼりを食わされる。
牛9000頭とともに逃げるマット、傷をいやして追うボス。
最後の決戦の地は、カンザスだ。


やはりジョン・ウェインはカッコよすぎる。
最後はモンゴメリー・クリフトが追いつめられ、ハラハラさせられた。

浮雲 1955 東宝

●2002/12/01 Sun   ☆☆☆☆☆
成瀬巳喜男監督 
水木洋子脚本 
林芙美子原作
出演
高峰秀子 (幸田ゆき子)
森雅之 (富岡兼吾)
山形勲 (インチキ宗教家・伊庭杉夫)
岡田茉莉子 (向井の妻おせい)
加東大介 (向井清吉)

高峰秀子主演の傑作映画。

戦時中、農林省技師の富岡(森)とタイピストのゆき子(高峰)は仏印で出会い愛し合った。
しかし引き上げてくると、二人はなかなか一緒になれない。
富岡は妻と別れられず、その上、彼女に病気になられてしまい見捨てるわけに行かない。

絶望したゆき子は外人相手のパンパン生活に入る。
そんなゆき子を慰めようと、富岡は三島の温泉に連れて行く。
そこで富岡は人妻おせいと出会い、色目を使ったばかりに、またゆき子と揉める。
ゆき子は妊娠していたが、これをきっかけに下ろしてしまう。

しばらくゆき子は、インチキ宗教家伊庭の世話になっていた。
そんなある日、富岡の妻がなくなったという。
葬式のあと、ゆき子は富岡が屋久島へ赴任することを知る。

ドロドロの、どうしようもない男と女の世界だ。
女のせりふはリアルで、妙に恐ろしく感じられる。
高峰秀子はちっとも不潔感が無く、それだけが救いだった。

海外とくにヨーロッパで絶賛された映画で、日本映画のベストワンに上げる人は多い。
カヤックスとか、カウリスマキとか、大物監督が信奉者している。
この人たちの映画も、そういわれてみて見れば成瀬作品にそっくりだ。


スチュアートリトル 2000 アメリカ 

●2002/12/01 Sun  
ねずみが人間の言葉を話したら・・・というファンタジー。
あるお宅に養子として迎えられたのはネズミ・リトルだった。
はじめは、なかなか人間に受け入れられなかったが、いろいろあって、家族の一員として認められる。
そんなある日、スチュアートの実の親と名乗るネズミが訪ねてきた。

キャッツ・アンド・ドッグもそうだが、アメリカはこの手のCGが下手だ。
アメリカの子供は果して、リアリティを感じているのだろうか?

トッポジージョはイタリア生まれで、日本でも30年以上前、凄い人気だった。
スチュアートより、このトッポの方が数段可愛かった。

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