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2004.08.20

日曜はダメよ(Never on Sundays, 1960, Greece)

地元U局でどうどうとゴールデンタイムにやってる(笑)


四人の娼婦が手を組んで歩く、姿の脚もとだけアップにしたタイトル画面が有名だ。
ギリシャ女性の強さを象徴している。
演出はジュール・ダッシン監督。
NYロケの刑事物「裸の町」を撮った名匠だが、「赤狩り」を恐れて欧州に亡命していた。
そこで知り合った、ギリシャの大女優メリナ・メルクーリと結婚し、彼女を主演に仕立てて、映画を撮ったわけだ。
メリナは、この映画で見事にカンヌ映画祭主演女優賞を獲得した。


プリウスの港に、一人のアメリカ人哲学者が降り立った。
彼の名はホーマー(J・ダッシン)。
酒場で地元の男と喧嘩になったところを、一人の女性に救われる。
彼女はイリヤ(M・メルクーリ)、地元の人気娼婦だった。
一目惚れしたホーマーは、何とか彼女を苦界から救い出したいと思う。
しかしイリアはこの仕事が好きだった(笑)

彼女は日曜日は仕事を休み、なじみの客を集めてパーティーを開く。
彼女の前では、どんな男も平等だ。分け隔てなく愛される。
ホーマーは彼女のそんな生活を理解できない。

港の娼婦は謎の男「顔無し」に支配されていた。
売春宿に住まわされ、高い家賃を取られている。
彼女らはイリアを代表者として労働争議を起こそうと計画していた。

ホーマーはイリアに真実の愛を知らせたい、と思う。
その話を聞いた「顔無し」は、ホーマーに金を出すからイリアを再教育して、娼婦から足を洗わせてくれと依頼する。
彼にとっては、イリアが廃業してくれた方が商売しやすいのだ。

ホーマーは「顔無し」の金とは言わずに、イリアの二週間を買い取る。
そして彼女に哲学や地理、歴史から教え込んでマイフェアレディーに仕立て上げようとする。
イリアもホーマーのプラトニックな情熱にほだされ、次第に夜の仕事に興味を失う。

ギリシャの港町へ頭の固いアメリカ人が訪れ、トラブルを起こすが、地中海の脳天気がアメリカの物質主義を吹っ飛ばしてしまう。
面白いのは、イタリア人よりギリシャ人の方がさらに脳天気に描かれている点だ。
物語の最後はアメリカ人の倫理ではなく、イタリア人の情熱こそがイリアを救うことを示唆している。
しかし日本人から見れば、どっちもどっちだ(笑)

コメディータッチの映画だが、イリアの存在が港に平和をもたらしていることは示唆的に感じる。
ギリシャのような民族紛争多発国とは思えないほど、この映画の中ではギリシャ人は平和的なのだ。
民族を超越する存在としてのカリスマを、一人の女性に求めていたのだろう。

娼婦を一旦廃業したイリヤが、昔を懐かしんで主題歌の「日曜はダメよ」を一人唱う姿は、映画史に残るシーンだ。
翌年、アメリカ映画「ティファニーで朝食を」(B・エドワーズ監督)でA・ヘップバーンが自ら主題歌の「ムーンリバー」を唱うシーンがある。
娼婦役の主人公が唱った、この二つの主題歌は二年続けてアカデミー主題歌賞に輝いた。
もっとも「ティファニー」では、主人公の娼婦は真実の愛に目覚めてしまうのだが。

さて、主演のメリナ・メルクーリは、脳天気なローレン・バコールという感じ。
カリスマ的でかつ、からっとしていて温かさを感じるのだ。
最後は娼婦たちの先頭に立って、顔無したちと対決する様は、彼女自身が後に政治家に転身する姿と重なる。



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