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2004年11月

2004.11.30

死刑台のエレベーター(1957) フランス

ジャンヌ・モロー、モーリス・ロネ、リノ・バンチュラ主演の倒叙ミステリ。
マイルス・デイビスが音楽をやったことで、超有名な音楽映画になってしまった。

話の筋はあっさりしている。

技師タベルニエが社長夫人と密通していて、邪魔な社長を殺す。
しかし逃亡途中でエレベーターに閉じこめられる。
一方、彼の車を盗み出した不良カップルはタベルニエになりすまし、裕福なドイツ人夫婦に近づく。
車を盗もうとして、ドイツ人夫婦を射殺してしまう。
朝になり、タベルニエはエレベーターから脱出できたが、警察にドイツ人夫妻殺人の疑いで逮捕される。
社長夫人は真犯人を見つけて警察に通報するが、それはタベルニエにとっても、社長殺しの嫌疑がかかることにほかならなかった。


ジャンヌ・モローは好みではないし、筋書きも飽きているが、音楽だけは何度聞いても飽きない。

不良娘のヨリ・ベルタンって子が気になっている。
他の映画にも出ていたと思うのだが、思い出せない。

危険な関係 1959 フランス

ジェラール・フィリップ一世一代の演技か。
彼の奥さん役ジャンヌ・モローも怖いおばさんをやらせたら天下一品。

しかし監督ロジェ・バディムの奥さんアネット・バディムの美しさには参った。
肉体派のアネットがジェラールを拒み続けてるところは興奮した。
従姉の娘ジャンヌ・ヴァレリーも、セクシーシーン満載で楽しませる。


話は18世紀の原作とは遠く離れた1960年のフランス。
エリート外交官ジェラールは妻モローとお互い公認で浮気を楽しんでいる。
モローは自分の彼氏と婚約した、若いヴァレリーをジェラールに落としてと頼む。

彼は、ヴァレリーがスキー場へ行くと聞き、早速ついていく。
しかしそこで貞淑な人妻アネットと知りあい、恋に落ちる。
アネットは、ジェラールの心を知りながら彼を拒み続ける。

モローはジェラールの変化を知った。
今まで誰と寝たって冷静だった彼が、今回ばかりはぞっこんなのだ。
モローは、不安を覚えながらニューヨークへ旅立つ。

セロニアス・モンクの強烈な不協和音が、映画とあっていて格好いい。
ジャズ・メッセンジャーズが演奏しているが、前半の曲はセロニアスが弾いていたのではないか?
後半は「危険な関係のブルース」がかかりまくって、一気に幕切れを迎える。

繰り返すが、何と言ってもこの映画はアネット・バディムだ。
美しすぎる。
役柄ほどは年かさは行っていなかっただろう。
役作りだろうが、ピュアな感じがした。

この作品が、遺作になったジェラール・フィリップ。
彼は今の自分より年下のはずだが、頬がこけて老けて見えた。
役柄で死んで実際にも死んでしまうとは、大スターの彼らしい最期だ。

2004.11.28

座頭市 2003 日本

北野武監督がベネチア映画祭で監督賞を取った作品。
日本の昔と今の融合した世界が描かれる。
日本人が見る分には、さして珍しくもないが、外人には物珍しかったのではないか。

ラストの群舞シーンは、今風のリズム(タップも入ってた)で楽しめた。
近年ではNHK「利家とまつ」の夢のシーンでも踊りが入っていたのを思い出す。


かつて勝新・座頭市に出演していた、元大映の大楠道代はもうすっかり老け役になってしまった。
ちょっとショック。

用心棒は浅野忠信、相変わらず殺陣は苦手だ。
悪役は岸部一徳、石倉三郎。最近の時代劇によくあるパターンだ。


たけし監督は、相変わらずべたな演出だ。
でもいろいろと素材を変えて見せているため、あまり気にならない。
次回作にも期待したい。


トロイのヘレン 1955 ワーナーBros

あのホーマーの原作をロバート・ワイズ監督が映画化したギリシャ悲劇。
楽しみはなんと言っても、ヘレン役ロッサナ・ポデスタのギリシャ彫刻のような鼻筋だろう。
リビア生まれだそうだが。のちの「黄金の七人」の頃とは、大分違う。
英語は達者だったが、吹き替えかどうか、わからない。
パリス役ジャック・セルナスも裸になると均整のとれた体でトロイ人の役をこなしていた。


お話はギリシャ神話の通り。
トロイの王子パリスがスパルタカスの王妃ヘレンといい仲になり、国につれて帰るが、追ってのギリシャ連合艦隊がやってくる。
トロイは篭城策を採るが、ギリシャ軍は大きな木馬を作って、海上に逃げ出した。
トロイは勝ったと思い、木馬を城内に引きずり込む。

本当にトロイ人て馬鹿だったなと思う。
木馬なんて燃やしてしまえば楽勝だったのに(笑)

ブリジット・バルドーも召使い役で出ている。
アメリカ映画で抜擢されるとは、若い頃から目立ってたのか。

2004.11.26

燃えつきた地図(1968)大映

勝プロ作品。
勅使河原宏監督、安部公房原作脚色、武満徹音楽。
砂の女の黄金コンビがあの勝新太郎と一緒になって、この名作小説「燃えつきた地図」をどう料理するか?

「他人の顔」同様に現代社会に生きていくことへの不安感を描いている。
すべての束縛、しがらみから解放されたとき、現代人は幸せを感じてしまうようになってしまった。
これは決して30年前の話でなく、我々もそういうことを心のどこかで期待している。
最近は蒸発でなく引きこもりが流行だ。
その話のもとには、男性の性欲減退があるんじゃないか。



勝新太郎
は思った以上のできだ。
この人は何を言ったって、勝新のせりふにしてしまう。
安部公房が書いたせりふでもだ。
ベッドシーンでのパンツ一丁の姿ものちの有名な事件を思い出させてくれた。


市原悦子が「他人の顔」の京マチ子や「砂の女」の岸田今日子同様に脱いでいるんだが、これは作者や監督の趣味なのか?
怖いもの見たさのシーンだった。

吉田日出子が事件の鍵を握る喫茶店のウェイトレス役で出ていた。
ゲバゲバ90分以前の姿は始めてみると思う。

寅さんこと渥美清も松竹からの客演だろう。
テレビ版寅さんのさくら・長山藍子がストリッパー役で出てきた。今よりおばさんに見えた。昔はいろいろな役をやっていたんだなあ。

2004.11.23

禁断の惑星 1956 MGM

ウォルター・ピジョン、レスリー・ニールセン、アン・フランシス主演の惑星スリラーもの。
フレッド・ウィルコックス監督作品。


宇宙船が、宇宙で遭難した科学者を救出に行く。
しかし迷惑だから帰ってくれと言われた揚げ句に、透明怪獣に襲われる。

日本の「ゴジラ」と同年にアメリカで封切られた。
IMDBでは7.6点と、アメリカ人は評価しているようだが、それほどの映画だとは思わない。
ウルトラセブンの宇宙人に影響を与えたようなロボットは出てくるが、怪獣は最後まで姿を見せない。

「裸の銃を持つ男」の主演者レスリー・ニールセンが出ているだけで、何か笑ってしまう。
本人はまじめに演技しているのだ。
実はこの映画が第二作目だった。
しかも初主役だ。

ウォルター・ピジョンもこの頃はこういう映画に出ていたのか。
アカデミー賞作品「ミニヴァー夫人」や「我が谷は緑なりき」にも出た名優だった。

アン・フランシスはマリリン・モンローに似ていた。
もしかしたら彼女よりスタイルは上だったかもしれないが、映画ではあまり人気は出なかった。
若い頃は表情が薄かったのだと思う。
代表作は、「奥様は芳紀17才」のデビー・レイノルズの恋敵イザベラ役と「暴力教室」でのグレン・フォードの奥さん役。
のちに映画「ファニーガール」にも出ていた。
しかしアメリカのテレビでは有名な人らしい。

2004.11.22

誰が為に鐘は鳴る(ワールドプレミア版) 1943 パラマウント

この映画も何度も見たが、それでも毎回発見がある。
昔はずいぶんと西部劇にも変形があった。
ゲイリー・クーパーにしても「ベンガルの槍騎兵」だの「マルコ・ポーロの冒険」だのいろいろ出ている。
戦後の西部劇はアメリカ国内かメキシコぐらいしか取り上げられなくなったが、この映画も当時の西部劇の一つのバージョンではないか。
もちろん、イングリッド・バーグマンとのメロドラマでもあり、後半は「愛する人を守る」戦意高揚映画にもなっている。
しかし後年メキシコ辺りでラテン系に囲まれて西部劇を撮っていたり、イタリアでマカロニウェスタンを撮ったりした原形がここにあるのではないか。
とは言え、ここに出てくる役者はスペイン人じゃなくてロシア、スラブ人がほとんどだ。


スペイン市民戦争がフランコ将軍の勝利に終わったのが1939年、第二次世界大戦の前夜である。
そしてこの本をヘミングウェイが出版したのが1940年である。
それを三年後プロデュース・監督してしまうサム・ウッドの商魂たくましいこと。
普通の年ではない。戦時中だ。
そこでこれだけ軍部も大衆も喜ばせる映画を撮ってしまうとは凄い男だ。
ただの野球映画専門監督(代表作は「野球王」)かと思ったら大間違い。

ヴィクター・ヤングの音楽もとくに美しく、忘れられない。

もちろん主役のゲイリー・クーパーやイングリッド・バーグマンもよかった。
イングリッド・バーグマンは本来好きなタイプではないが、短髪の彼女は美しい。
どうしてあんなに清潔感があるのだろう。

2004.11.21

シカゴ 2002 アメリカ

監督ロブ・マーシャル
脚本ビル・コンドン
音楽ジョン・カンダー 、ダニー・エルフマン
出演レニー・ゼルウィガー 、キャサリン・ゼタ=ジョーンズ 、リチャード・ギア 、クイーン・ラティファ 、ジョン・C・ライリー

ボブ・フォッシーのブロードウェイ・ミュージカルを映画化した話題作だったが、たいして面白くなかった。
70年代以降のミュージカルは、どうしても楽しめない。
芝居と歌のつながりについては、最近の映画の方が巧みだ。
しかし昔のミュージカル映画の「わざとらしさ」も恋しいのだ。

出演陣ではキャサリン・ゼタ=ジョーンズに圧倒させられた。
さすがロンドンの舞台上がりの人だ。
この人の映画だった。それに大きい人だな。

レニー・ゼルウィガーは上手い子だが、こういう映画でゼタ=ジョーンズと並べると、かなり落ちる。
まだリチャード・ギアの方に味があった。

2004.11.19

華氏911 アメリカ 2004

マイケル・ムーア監督のドキュメンタリー。
カンヌ映画祭のパルムドールだけど、拍手喝采するほどの感動はなかった。
ただ、テロリズムに関する考え方は少し揺らいでいる。

前半はサウジの王族やビンラディンの一族とブッシュ父子の関係を明らかにしたが、広瀬隆を読んだのではないか(笑)
どちらも石油関係者なのだから、こういう癒着があることは前からわかっていたことだ。
パイプラインがあったから、アフガニスタンを攻めたこともさして驚かなかった。
最後は時間をとって、亡くなった兵隊の遺族にインタビューしている。
たしかに気の毒でもらい泣きしそうになる。
けれど、民主党が始めたベトナム戦争のときと同じことを言ってるのでは?と思った。

たしかにブッシュ大統領が「テロが来るぞ」といってるおかげで、アメリカ国民は恐怖におののき、彼は再選された。
しかしケリー候補も「実はテロなんか来ないんだ。」と大声で言ったのかな?
民主党も共和党も同じ穴のムジナではないか?
結局は死の商人がすべてを握っているのではないか?
たぶんアルカイダも自分たちの攻撃をブッシュ一派に巧みに利用されて、舌を巻いているだろう。

選挙に金がかかるので、ブッシュみたいな馬鹿な金持ちおぼっちゃまが大統領になれる。
資本主義のなれの果てだ。
二大政党制は腐った制度だ。
マイケル・ムーアも、アルカイダにブッシュの9.11以後の行動をどう思っているか、インタービューすればいいのに。

アメリカの兵隊集めのシステムには興味を持った。
失業率の高い町に担当者が出向き、勧誘するのだ。
このシステム自体をムーアは批判していない。
敗者復活のための素晴らしいチャンスだと考えている。


2004.11.18

チャイナタウン 1974 パラマウント

ロマン・ポランスキー監督作品。
ヨーロッパノワールの雰囲気をたたえたアメリカ映画だ。
当時のニューシネマを代表するジャック・ニコルソンフェイ・ダナウェイ、そして大御所ジョン・ヒューストン出演。

1930年代、場所はロスのチャイナタウン。
探偵事務所を開くジャック・ニコルソンの前に女が現れた。
「水道局長である夫の浮気調査をして欲しい。」
確かに夫は女と会っていた。彼の醜聞が新聞に載る。

ところが水道局長の妻フェイ・ダナウェイは、全くの別人だった。
水道局長は溺死体で現れる。彼はダム工事の汚職問題で追いつめられていた。
改めて水道局長の妻から捜査依頼を受けたジャックは、彼女の父の元へ乗り込む。
ジョン・ヒューストンは、消えた彼の愛人が鍵を握っているという。

ジェリー・ゴールドスミスの音楽が格好いい。
70年代ならではの音楽だが、
ハードボイルドにこの音楽をかぶせることなんてなかなか思いつかない。

ややセピアカラーの映像も気に入った。

政治がらみの問題と思わせておいて、実は金持ちの下半身の問題が絡んでくると言うのも、日本的社会派推理小説に通じる。


2004.11.17

さらば愛しき女よ 1975 ユナイト

ロバート・ミッチャム主演のフィリップ・マーロウもの。


大男ムースは、黒人ばかりのバーを襲う。
彼は恋人を探していた。その店にも昔出ていたという。
ムースから恋人探しを依頼されたマーロウは彼女を知っているという人物のおかげで、たやすくその女性に行き着いた。
しかしムースは、彼女は別人だと言う。

この作品はハンフリー・ボガードなら、主演を断ったはずだ。
この小説に関してはムースが主役だからだ。

それをロバート・ミッチャム演ずるマーロウは、「オレが主演だ」と言わんばかりに活躍しすぎる。
原作のもつペーソスや哀愁は、無くなってしまった。

シャーロット・ランプリングは現代のローレン・バコールだ。
怪しく美しい。
ただこの映画で、彼女の魅力である強さは出なかった。

シルベスター・スタローンがちょい役で出ている。
「ロッキー」の前年である。
ジェリー・ブラックハイマーの初期のプロデュース作品でもある。


2004.11.15

名探偵登場 1976 米コロムビア

ニール・サイモンの楽しい探偵物コメディ。
古いイギリス風映画の設定なんだけど、アメリカン・ハードボイルドな雰囲気も加えて(アメリカのお客さんに)一般受けを狙っている。

何度見てもメンツが凄い!
サム・スペードを模しているというより、ハンフリー・ボガードそのままのピーター・フォーク。
「ラマンチャの男」サンチョ・パンサ役のジェームズ・ココがポワロ。
ピーター・セラーズが得意の東洋人役でチャーリー・チャンだ。
デビッド・ニーブンがマギー・スミスと夫婦役で「影なき男」のチャールズ夫妻。
エルザ・ランチェスターが少し若いミス・マープルである。
ローレン・バコールには似ても似つかないアイリーン・ブレナンや若き日のジェームズ・クロムウェルも愉快だ。
そしてアレック・ギネスが盲目の執事役。
さらに名探偵を招く謎の富豪にトルーマン・カポーティ(作家、本物)を配する、ハチャメチャなキャスティング。

英語は聞きやすい。「刑事コロンボ」のおかげで一番くせ者のピーター・フォークの英語が何とかなるので、あとは英国喜劇界の大御所ばかりだから、リスニングは苦にならず。

ピーター・セラーズとピーター・フォークのからみは幾度見ても涙が出ちゃうほどうれしい。

のちに漫画の「名探偵コナン」でパクっていた。
青山剛昌ごときではニール・サイモンの真似はできないけど。それだけこれが名作だと言うことだろう。


2004.11.14

或る女 1954 大映

有島武郎の代表作を息子の森雅之と京マチ子が共演している。
名作物専門の巨匠豊田四郎が監督。
芥川比呂志、浦部粂子、若尾文子、夏川静枝が共演。

明治大正期の飛んでる女「葉子」の話だ。
彼女はひたすら個人主義だ。男からも解放されんと欲するが、しかし結局は男なしでは生きてはいけない。
病に倒れ、自らのヒステリーに苦しみ、幸せになりたいと言って死んでいく。

ここまで自己中心的で、好き勝手に生きる女は今でも珍しい。
幸福を追い求める人間はそう簡単には幸せになれやしない。

有島武郎ジュニア森雅之が教科書に載っている父親そっくりの姿で登場する。
でも親父さんは線の太いタイプじゃないから、心中して死んでしまった。
この倉地はハードボイルドな売国奴だ。
ちょっと合わない気もする。

京マチ子はさすがの貫録だ。
守銭奴になった「女の一生」布引けいと、この「或る女」葉子を演じたら怖いものなしだ。



goo:或る女

2004.11.13

殺人処方箋 1967 Universal

ジーン・バリーが精神科医で頭の切れる犯人役。
刑事コロンボ(ピーター・フォーク)に圧力を掛けて捜査を妨害するが、彼には共犯者キャサリン・ジャスティスがいた。
売れない女優である彼女を、コロンボは執拗に追いつめる。

おそらく十回は見てきたが、このコロンボ第一作は傑作である。
こうくるかと思わせておいて裏をかく。
そのリズムのいいことと、言ったらない。
吹き替えは日本テレビ版の若山弦蔵である。
途中カットがあったみたいで(病院入りのシーン)、違う声優が吹き替えていた。

見所はキャサリン・ジャスティスである。
40年前の映画女優の雰囲気を持った人。
しかしテレビ女優である。
彼女がローマ時代(クレオパトラ?)のコスチュームに身を包み、アップにしていると昔の女優さんはきれいだなと思う。
クレオパトラには多くの無名で美しい女優が出ていた。
このエピソードは、その人たちの外伝の一つだ。

2004.11.12

蟹工船 1953 独立プロ

山村聡監督脚本、小林多喜二原作。

森川信、河野秋武、浜村純、木田三千雄、今成平九郎、花澤徳衛が搾取されるプロレタリアート。
平田未喜三、御橋公、山田巳之助が資本家の犬である。
他に山村聡、森雅之、中原早苗がちょい役で出演。

北洋漁業の蟹工船が函館から半年の予定で出航する。
蟹を捕ってその場で缶詰を作り、売りさばくのが仕事だ。
まだ季節は春だったが、海に出るとしけていて、遭難者が大勢でてしまった。
しかし現場監督は会社のノルマを果たすことしか考えておらず、見殺しにしてしまう。
これには作業員たちは団結して反抗した。
しかし駆逐艦初風がやってきて、首謀者は銃殺されてしまう。

船員の革命的反乱を描いた、エイゼンシュタインの「戦艦ポチョムキン」と同じようなテーマを扱う。
「蟹工船」は群衆劇になっていて、エイゼンシュタイン流のモンタージュ的な映像効果はあまり見られない。
アクションシーンはややスローだったが、演出ではなく、船上ロケであるため不安定になってスローに見えたのだろう。

こういう映画を見ていて、いつも思うが、現在ももこういう構図はある。
ドヤ街だけではない。
つまらない会社に入った新入社員はこういう目に遭うのだ。

ただし今はイヤなら、やめさせてもらえる。
でもやめたからと言って救われるだろうか?
この会社のどこがイヤか、この社会のどこがイヤか、自分の意見をぶつけてみたらいいのに。
思ったことを言ったらすっきりする。

2004.11.11

でんきくらげ 可愛い悪魔(1970) ダイニチ映配

大映最後のヒロイン渥美マリの軟体動物シリーズ。


若い頃の平泉征が歌手役で出てくるぐらいで、有名な役者はほとんどでていない。
渥美マリの多芸なところもフィーチャーされていない。
彼女のパンチラシーンや、ラストを飾る全裸シーン(背中だけ。)ぐらいしか見せ場はない。


この映画では渥美マリが男を滅ぼすわけではない。
彼女はモデルとして成り上がるが、最後に躓きスターの座を追われる。
それでいて本人に悲壮感はなく、いたってさばさばしている。
そう言う彼女が、つかみ所がなくて、軟体動物シリーズの中でももっとも軟体動物らしかった。

それだけに映画の造りが雑なのが残念である。
こんな映画を作っていちゃ大映も潰れるのも当然だ。


gooのあらすじは、見たバージョンと少し違っていた。
編集がいろいろあるようだ。

2004.11.09

私は貝になりたい 1959 東宝

「私は貝になりたい」といって死刑になった男の話。
昭和33年のTBSドラマの映画化である。
主演はドラマと同じフランキー堺
実際は戦犯として死刑を目前にして、減刑された加藤哲太郎の原作。
監督の橋本忍が共同脚本。
若い水野久美がスマートな女学生役で出演。


テレビを見た人にとって映画は感動の薄いものだそうだ。
妻役の新珠三千代も影が薄かった。
後半を生放送にしたドラマの凄さを見てしまった人には今ひとつだったと思う。


goo:私は貝になりたい

ただし、戦争犯罪はやはり戦争犯罪である。
アメリカ判事が日本軍のシステムを知っていようが知っていまいが、アメリカ人の立場で裁く。
そして彼らの後ろには、亡くなったアメリカ兵の遺族がついている。
その罪の大きさに気づかせなくてはいけない。

被害者意識ばかり強調して、バランスの悪い作りになってると感じた。
(もちろん原爆を落とした罪をアメリカは償っていない。
だから片手落ちだという考え方も理解する。)

「陽のあたる場所」、「デッドマン・ウォーキング」のような死刑映画と比べて、「死にたくない」と思って、死んでいくのがこの映画の特徴だ。
キリスト教と仏教の違いかな。


2004.11.08

すれすれ(1960) 大映

「第三の新人」吉行淳之介の映画化というから、どんなのだろうと思ったら、
単なる女性にだらしない男の風俗映画だった。


川口浩川崎敬三が兄弟分のハンカチタクシー屋(白タク)、二人とも女にだらしがない。
川口浩は、お嬢さんの弓恵子に一目惚れ。
しかし彼女はお堅く、彼は溢れる性欲を適当な相手でお茶を濁す。
幼なじみの穂高のり子と一晩を過ごすが、穂高は死んだ父に憧れていた。
川口の父は名うてのドンファンだったという。
川口は父ゆかりの女性を捜して父がもてた理由を聞き出そうとする・・・


goo:すれすれ

弓恵子は主演を張っていたのだな。
昔から美人だとは思っていたが、テレビでは脇ばかりやっていた。。

大映の新人女優になると、一度は主役になることができる。
穂高のり子も一度は主役を張っていた。

2004.11.07

智恵子抄(1957) 東宝

原節子の智恵子の演技が鬼気迫っている。
高村光太郎は山村聡、母は三好栄子、姪秋子は青山京子が演ずる。


goo:智恵子抄

智恵子本人は線の細い人だとばかり思っていたが、案外ポッチャリした人であるようだ。
その意味で原節子は決してミスキャストではなかったのだが、やはり発病のプロセスがわからないと納得いかない点がある。


智恵子は神経質で薬の常用者であり、自分の絵の才能に限界を感じていた。
家庭に籠もって良い妻になろうとしたが、結局子供はできず、自分を無理に押さえたのもいけなかったのだろう。
そうするうちに実家が倒産して、一家離散の憂き目に遭う。ついに智恵子の精神は少しずつおかしくなっていく。

レモンをがぶりと噛む癖は、酸っぱいものを欲しがると言うことから、妊娠願望と考えられないかな。

どちらにせよ女は壊れる生き物だ。
女房を大切にしてください。

2004.11.06

田園に死す(1974)ATG

寺山修司第二作にして傑作前衛恐山映画。

学ランで白塗りの高野浩幸(子供の頃の寺山)のシーンは有名だ。
本家の美しい嫁八千草薫から誘惑され、
菅貫太郎(大人になってからの寺山)と遭遇し、
フリークスのいるサーカス団と出会い、
父なし子を間引きした小野正子に力ずくで犯される。
かような思春期映画でもある。

日本的な不条理な世界に、つげ義治の「ねじ式」を思い出した。

でも青森県人って、どうして暗いのだろうか。
太宰治も真っ暗けだし、神経質や薬物中毒であることを露悪してしまう。
彼らはまた家族をいつも憎んでいる。
寺山の場合、憎む対象は母だ。
その辺が前衛映画のなかにどろどろしたものを生み付けている。


しかし僕らには高野浩幸と言えば、いくつになろうと「超人バロム1」ではないか。
「マッハロッドでブロロロロブロロロブロロロ」だぜ。
全編擬音語だらけで主題歌も名作の誉れが高い。
その二年後にこういう美味しい映画を撮っていたとは・・・。
この人、実は身長が低い。


2004.11.05

ちいさこべ 1962 東映

山本周五郎作品を田坂具隆監督が最初に映画化したのが、この人情話「ちいさこべ」である。


今回の大火で大工の棟梁夫妻が巻き込まれ、多くの人たちとともになくなった。
若棟梁茂次は川越に仕事で出ていたために助かったが、今後大所帯を切り盛りしていかなければならず、一人苦悩する。
奉公人のおりつは孤児となった子供を集めて飯を食わせていたが、周りのご近所からの苦情で子供たちともども追い出される。

聞けば、孤児たちはヤクザに使われて盗みをやってるそうだ。
「そうだ、孤児たちの家を造ってやろう。」
そう決心した茂次はおりつを迎えに行く。

災害の後始末を描いた作品。
昔から日本は災害大国だったわけだ。
でも災害が起きるたびに、そうなったあとでどうするか、知恵を出し合って考えるしか、解決方法はないようだ。


中村錦之助が若棟梁、江利チエミがおりつ、
おりつに思いを寄せるヤクザに中村嘉津雄、若棟梁の良き理解者の材木問屋主人に東千代の助
他に千秋実、桜町弘子、木暮実千代、坂本武。
脚本も田坂具隆。
雄大な音楽は伊福部昭。

題名は小さい子供の家という意味か。


2004.11.04

冷飯とおさんとちゃん(1965) 東映

中村錦之助が三つの山本周五郎短編に取り組むオムニバス映画。
相手役の女性がエピソードごとにかわり、彩りを添える。

第一話ではすれ違う美しい息女に入江若葉(母親役に木暮実千代)、
第二話では三田佳子(最初の妻役)と新珠三千代(江戸へ戻る旅の道中で一緒になる)が、
第三話では森光子(女房)と渡辺美佐子(飲み屋の主人)が演じている。

松竹で「五辨の椿」が映画化されたあとの東映作品。
東映は周五郎作品では後手を引いていたから、同じ山本周五郎でも何か目先を変えたかったのだろう。


東宝「椿三十郎」が第一次山本周五郎ブームの幕開けである。
ついでテレビで70年代「樅の木は残った」「ぶらり信兵衛道場破り」が放送された頃が第二次ブーム。
さらに2000年「どら平太」、2001年「雨あがる」と続くここ数年が第三次ブームである。
しかしいずれも文学と映画の差を感じさせる。

それを感じさせないのが、この田坂作品だ。


山本周五郎作品は、江戸時代の風俗を正確に語っているというより、ほとんど現代の出来事を江戸時代に置き換えている。
第一話は江戸時代の武家の四男坊(冷飯食い)の現実を描いている。(この話は江戸特有のものだ。)
第二話は妻がエクスタシーに達するとき知らない男の名前を呼ぶというお話。
それを許せず夫は旅に出るのだが、明治時代以降の結婚観・貞操感を反映している。
第三話は、火鉢職人が営業職に配置転換されたあげく歩合給にされて、リストラされてしまう。
しかし家族の愛に支えられ立ち直る。
もちろん、昔もあったろうが、今だって切実な思いで読んだ人も多いだろう。


田坂具隆監督はどの話の最初も中村錦之助の歩く姿を後ろから撮っている。
それぞれ違う身分で違う感情で歩いているのである。


そう言えば、この映画は東映映画だが東映以外の人を多用していた。
三木のり平が三話で泥棒役で出てきている。


女優で印象に残ったのはやはり新珠三千代である。
決して好みのタイプではないのだが、色気をヒシヒシと感ずる。

渡辺美佐子も当時があぶらが乗って美しかった頃だ。

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