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2005年7月

2005.07.31

赤線跡を歩く 木村聡 自由国民社

繁栄の限りを尽くした赤線も今は昔である。
そんな町の現在の建物の様子を写真に納めている。
東京を中心に大阪、名古屋などの赤線地帯が対象だ。

具体的には吉原、洲崎、品川、千住、新宿、玉ノ井、調布、八王子、立川、松戸、船橋、川崎、横浜、大阪飛田、中書島、枚方、名古屋中村など。
実にうらぶれている。
廃屋のまま手つかずのものもある。
戦後の新築物件より、戦前の中途半端な和洋折衷家屋が多く、いかにも娼館という感じだ。
現在ソープランドに立て替えられた場所は、含まれていない。

トリビア風に解説しておくと、戦前は公娼制度(公的売春制度)があった。
終戦直後はGHQにより、制度が廃止された。
そのため、行き場を失った売春婦や、戦災で生活が出来なくなった女性を中心にして、進駐軍向けに街娼(パンパン)が流行した。
その後、秩序維持のため政府・自治体は日本人向けの赤線・青線を開始する。
赤線は公に認められた売春地域である。
青線は盛り場地域の意味だが、実際は売春が黙認されていた。

その後、市川房枝の尽力により、廃娼運動が盛んとなり、昭和33年3月31日をもって赤線青線は廃止される。(4月1日売春禁止法施行)
とはいえ、トルコ風呂(現ソープランド)に取って代わられただけのところも多い。

ライブドアから再録

殺人現場を歩く 蜂巣敦 山本真人写真 ミリオン出版

東京近郊の有名な殺人事件現場の紀行文。
文章は少なめだ。
最低限の事件の事情を説明し、今の現場の様子を描写している。
現在の写真もモノクロ、カラー多数掲載している。

全部で18の事件を扱っている。
中国人犯罪と考えられるもの、不良プータローが何も考えずにやったもの、ホームレスの強盗殺人、サブカル世代お宅のいたずら殺人、病的殺人狂の犯罪などいくつかに分かれる。
迷宮入りした事件もある。
身内が犯人だったのは、つくば妻子殺害事件だけ。
あとは、他人によるもの。
関係性を全く問わない、通り魔犯罪も多い。

印象的なものは、綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人事件、目黒不動バラバラ殺人事件、市川市一家四人殺害事件、新宿タバコ店経営者連続殺人事件。

写真を見ると日常の風景と何ら変わらないところで、人が殺されている。
人が死んだ後に、他の家族が住んでいることもある。
埼玉愛犬家事件以外は、殆ど住宅街の近所が現場である。
ついつい忘れがちだが、あなたの回りは危険が一杯なのである。

新宿タバコ店経営者連続殺人事件は、身近な話だったので良く覚えている。
前に住んでいたマンションから狭い道を通って、早稲田通りに出る。
バス停「西早稲田」前にローソンがあったが、その隣がパチンコ屋でそのまた隣がタバコ屋だった。
ここは鳩に餌をやるので周囲の人々から嫌われていたが、なんと放火された。
おかげでここの親父は助かった。

犯人は、このタバコ屋の早稲田通りを挟んで、向かいの店をねらった。
隣の散髪屋の娘さんが、発見者である。
ちなみに、この人のお母さんは洗髪が下手だった。

犯人はタバコ屋を狙っても、三万円しか取れなかった。
その後、犯人の音沙汰はなくなるが、二年ほどして弁天町のタバコ屋が襲われる。
前の現場から1キロしか離れていない。
奇しくも被害者は、同じ77才の同級生だ。
老婆の所持金は、僅かに二万円。

さらに5日後、西新宿の不動産屋老夫婦が刺殺される。
所持金は10万円だった。

犯人は戸山公園のホームレス(57才)だった。
戸山公園は、ホームレスのたまり場になってしまったが、住民とトラブルを起こしたことはほとんど無かった。
誰が、彼の引き金を引いたのだろうか。

今も戸山公園には一層多くのテントが並んでいる。
その間を子どもたちが何気なく歩いていく。

(ライブドアから再録)

2005.07.28

おかあさん 1952 東宝

戦災で焼け出された一家は、やっと元のクリーニング屋を開くことができた。
しかし長男に続き夫も病気で死んでしまった。
店はシベリア帰りの木村が手伝ってくれることになった。
未亡人は幼い甥を抱え、木村の手ほどきを受けながら女手一つで馴れない店を切り回すことになる。

見ようによっては、少し物足りなく感じる。
しかしこの映画は当時流行した大映の母物(三益愛子)に対する成瀬巳喜男の解答だろう。
たしかに、大映はやり過ぎている。
なお、この翌年には松竹の重要な母物「日本の悲劇」(木下恵介監督、望月優子主演)が上映される。


当時の若い香川京子には難しい役かと思ったが、そつなく演じている。
母が木村と仲よくなると嫉妬して二人の邪魔をして、しかし二人が別れる段になって、母の幸せとは何だろうかと、考えてしまう。
小津監督の「東京物語」の娘役より幼いが、内面はしっかりしていて、成長を感じさせる娘の役だった。

田中絹代は熱くならず、かといって冷めすぎず、名演だと思う。

配役:
田中絹代 (福原正子)
三島雅夫 (夫福原良作)
片山明彦 (長男福原進)
香川京子 (長女福原年子)
榎並啓子 (次女福原久子)
三好栄子 (おばあさん)
中北千枝子 (妹栗原則子)
岡田英次 (年子の恋人平井信二郎)
加東大介 (夫の弟子木村庄吉)
沢村貞子 (おせい)

スタッフ
監督 : 成瀬巳喜男
製作 : 永島一朗
脚本 : 水木洋子
撮影 : 鈴木博
音楽 : 斎藤一郎

2005.07.22

南から来た男 1979 イギリス

ロアルド・ダールの名作をドラマ化。
「予期せぬ出来事」シリーズの第一回。
ジャマイカでのお話だ。

避暑地で紳士と兵士が出会う。
紳士が賭けを申し出た。
もし兵士のライターが10回連続で着火すれば、紳士の愛車ジャガーは兵士のものになる。
逆に一回でも着かなければ、兵士の小指が切り落とされる。
兵士はその申し出を受けたが、いざライターを着けようとすると、手が震え始める。

名優ホセ・フェラー(「赤い風車」のロートレック、「アラビアのロレンス」のホモ将校)が、狂気の紳士役で登場。
ぴったりの配役だ。

パメラ・スチーブンソンが兵士のGF役で登場。
金髪美人だが、70年代初頭の雰囲気だった。
イギリスのテレビドラマだから、アメリカより後れているのだろう。
のちに「スーパーマン3」に出演した。

2005.07.17

シャーロック・ホームズ ショスコム荘 グラナダTV

銀星号事件に続いての競馬に関する事件。
コナン・ドイルにより最後に書かれた事件とのこと。
時に昭和二年だったそうな。

脚本:ゲーリー・ホプキンズ
監督:パトリック・ラウ 
主演 ジェレミー・ブレット、エドワード・ハードウィック

チャンピオンSに出走する有力馬ショスコムプリンスの馬主が、正気を失ってしまったようだ。
調教師がホームズに相談する。

ホームズは潔癖なので競馬に興味は持ってないが、ワトソンとハドソン夫人はともに単勝を当てたようだ。
それにしても、当時のイギリスでは、真っ白けの芦毛馬が走っていたのか?
現代のスピード競馬では、そういう老齢馬はまず走らないものだ。

ジュード・ロウが少し重要な役で出演。(1991年)


ゲスト
Denise Black .... Carrie Evans
Robin Ellis .... Sir Robert Norberton
Jude Law .... Joe Barnes
Elizabeth Weaver .... Lady Beatrice Falder

2005.07.15

わからなくなってきました 宮沢章夫 新潮文庫

劇作家、演出家である宮沢のエッセイ集。
言葉の感覚が天才的に鋭い人だ。
正直言って、ついていけないこともある。
機械に弱い人がいて、カーテンに弱い人はいないのか?
胴上げをスポーツにしてしまおう。だから何なんだ!

(パソコンの)マックが世の中に出て便利になったか、と問われた。
盛況なマック関係のイベントや雑誌を取り上げ、さらに古典的文房具・コクヨの原稿用紙を例に取る。
たとえば「コクヨ原稿用紙エキスポ」や、「やさしくわかるコクヨの原稿用紙」などのイベント・雑誌が世の中に溢れる事があるわけがない。
文房具は単純さが命なのだ。と宮沢は説く。
しかし最後に「それでも私はマックを使う。」と落とす。

クスクス系の笑いを取るタイプの一発芸エッセイ。
そんなに面白いわけではないが、油断してると、不意に笑いはやってくる。

竹中直人と大学時代の仲間で、竹中、いとうせいこうと「ラジカルガジベリビンバ・システム」の作演出を担当していた。
当時から、言葉尻を捉える芝居には定評があった。

ライブドアから再掲示

リヴァイアサン ポール・オースター 新潮文庫

アメリカ現代文学作品。1992年のもの。

男が爆死する。
製作中の爆弾が誤って爆破したらしい。
「私」はその新聞記事を読んで、彼が親友の作家ベンであり、全米の自由の女神像を爆破しているテロリスト「自由の怪人」だと悟った。
何故、幸せな人生を棒に振ってまで、彼はテロリストになったのか?


長編だが、登場人物のこれまでのエピソードを織り込んだ、連作の短編集とも言える。
訳者は柴田元幸先生、東大の教授だ。
ポール・オースターはジョン・アーヴィングと並んで売れているから、彼が東大文学部で今もっとも稼いでいる人だ。
訳は読みやすい。
しかしパラグラフがやたらに長くて、日本語で2ページを超えることもざらだ。
ハードボイルドを読み慣れている身には、その点がつらい。

ポールは1947年生まれ、ベトナム世代だ。
アメリカ現代文学なんか滅多に読まないので、難しいことはわからない。
果たして、この作品はベトナムに引っかかってるんだろうか?

この作品は、ユナボマーにインスパイアされたわけでない。
ユナボマーは、1995年に声明文を発表して騒がれはじめた。
しかし彼と似た爆弾魔の話が創造されたのだから、実は多くの人間が爆弾テロを起こそうと潜在的に思っていたのだろう。
これは、アメリカの異常さを物語っている。
実際、カリフォルニア大バークレー校の数学科助教授だった、ユナボマーとベンにはいくつか共通点がある。

小説が創造されて既に10年以上が経過した。
自分たちの欲求不満をテロにぶつけていたアメリカ人が、今度は外国人に攻撃される立場になってしまった。
彼らの苦悩はひたすら続く。

ライブドアから再掲示

寝ながら学べる構造主義 内田樹 文春新書

二年前に出て以来増販を重ねるロングセラー。
著者は東大文卒で都立大院出身、神戸女学院大教授。

構造主義前史として、マルクス、フロイト、ニーチェの三人を取りあげる。
とくにフロイトの抑圧説が重要。
たとえば子どもは親に対してばれるわけが無いと思い、平気で嘘をつく。
親は簡単に見破り、子をぶつ。
すると子どもはまたばれまいと思い、嘘をつく。
そしてまた叱られる。
それを何度も繰り返す。

実は親は子どもが嘘つきだと知っている(嘘をつくときの癖など)。
親がそれを知っていることを子どもは知らない。
いやわかるはずなのに、知ろうとはしない。

それが抑圧である。
人間は自分のことでさえ見えていないという証左だ。
だから実存主義には欠陥があるというのだ。

構造主義の始祖として、ソシュールが上げられている。
記号論で構造主義に関わる大発明は、名前が付けられる前から物が存在するのでなく、名前が付けられて初めてその物が実在するのだということ。
しかしこのことは既に言語学者や経済学者によって発見されていて、ソシュールはまとめただけだ。

いよいよ構造主義四銃士の登場。
制度・慣習の歴史を研究したフーコー
文芸批評からテクスト批評を創始したバルト
文化人類学のレヴィ・ストロース
精神分析のラカンの四人である。

(よくわからないから、中略)

と言うわけで本文は終わる(笑)

構造主義とは一言で言って、構造(制度・習慣)が本質に優先していることだ。
ただこの考え方を進めると、思想的に右にカーブを切っちゃいそうだ。

(ライブドアから再掲示)

2005.07.14

大本営参謀の情報戦記 堀栄三 文春文庫

昭和21年、アメリカ軍が太平洋戦争の報告書を米政府に提出した。
内容は次の通り。
1.日本軍はドイツが勝つと早とちりして、連合軍の生産力、志気を過小評価した。
2.制空権を早い時期に失った。
3.陸海軍の間の円滑な連絡が欠けた。
4.情報関係に人材を得なかった。情報任務が日本軍では第二次的な任務に過ぎなかった。
5.日本軍の精神主義が情報活動を阻害することになった。効率をないがしろにして、ただ攻撃あるのみを強調した。

日本人はどうしようもない。
一部の軍部の馬鹿に責めを負わせるべきものなら良いが、果たしてそうだろうか?
日本人が21世紀、グローバル革命(英語の革命)、IT革命(コンピュータの革命)、金融革命(数学の革命)に立ち後れた原因もその辺にあるような気がしてならぬ。

堀氏は1913年生まれ。
陸大から、昭和18年大本営参謀になり、水野さんの映画「シベリア超特急」で有名な山下奉文大将に可愛がられ、大本営情報部きっての切れ者と言われた人。
精神主義が幅をきかせている中、理詰めで考えるタイプの参謀だった。
しかし、いかんせん出世して、大本営に上がってくるのが遅すぎた。

ひとつ思うのは、精神主義がなければ、もっと早い時期に降伏できたのではないか?
行き過ぎた精神主義が合理主義を阻害した。
ドイツ戦線でドイツが圧勝すると思ってたのなら、日本人はアメリカの生産力を馬鹿にしている。
おそらく、ドイツとアメリカの両方のことを知っている人間がいなかったのだ。

(ライブドアから再掲示)

マネーボール マイケル・ルイス 講談社

データ野球、管理野球という言葉があるが、我々は正しくデータを使いこなしているか?
単純に打率、長打率、防御率を上から並べているだけではないだろうか?
どの指標が勝利と結びつくか、得点と関係しているか?
きちんと多変量解析(統計学の手法)しているのか?

ウォール街の内情もの「ライアーズ・ポーカー」を著したマイケル・ルイスが、野球に挑戦した快作。
貧乏球団アスレチックスのジェネラルマネージャーの奮闘記だ。
野球の個人成績(指標)は多くあるが、意味のあるものと無いものがあり、「値打ちのある」選手は意外と年俸が安いことに目を付けて、ヤンキースなど金持ち球団相手に互角に戦っている。

二十年ほど前、野球オタクの一ファンが、いろいろな野球指標の中から意味のあるものだけを選択することの重要性を自費出版された本の中で熱く語った。
一部のマニアは気にとめたが、肝心のプロは誰も見向きもせず、いつしか、そのことは忘れ去られていった。
しかし90年代中頃、貧乏球団のアスレチックスGMに就任したビリー・ビーンがその方法を復活させた。
かれは元メジャーリーガーだが、ハーヴァードなど一流大卒の連中とパソコンを使い、意外な指標だけ優れている安価な選手をそろえた。
その意外な指標から導かれる戦略をGM自ら、選手にたたき込み、見事四年連続でプレーオフ進出を成し遂げた。

例えば、出塁率が最重要である。
次に長打率であり、これらの比率は3:1となる。
盗塁数はリスクが高いため無視する。
打力のある選手の場合、失策数を重視するのは考え物だ。
大切なのは彼の得点力と、失策から導かれる失点数の差なのだ。
また救援投手は若い投手を育てて、実績を上げ、年棒が上がったところで他チームに売りとばしてしまう。
先発投手と比較して、力のない投手にクローザーを任せても1イニングのことだから大丈夫である。
ビリーは経済学の原則に縛られながら、知恵を最大限に生かし、この貧乏球団を世界一の選手年棒を誇るヤンキースと肩を並べるチームに育て上げた。

さらに進化は進んでいる。
定量的な指標だけでなく、打球の方向も解析が始まる。
定性的な分析が進み始めたわけだ。
もっとも過激な理論は、投手は、ホームランと三振以外では、アウトになるかヒットになるか、責任はないという。

しかしアスレチックスはプレーオフでは勝てない。
勝率第一のリーグ戦では絶対的な強みを見せるが、トーナメント形式になると、あと一歩のところで敗れる。
ビリーはトーナメントでは運が必要と言うが、それだけだろうか。
この方法の限界がここにある。

またすでに他球団に人材が流出しはじめている。
ブルージェイズのほかに、ドジャーズもアスレチックスのフロントから新GMを引き抜いている。
とくに腹心ポールが抜けたのは大きく、2004年のシーズンでは序盤苦戦が続いている。
二年前は派手なトレードでこの苦境を乗り越えたが、今季はどうか。
ビリーの挑戦はなおも続く。

日本の球界ではどうだろう。
管理野球はかなり進んでいるから、すでにたいがいのことは(アメリカよりも先に)やってると思う。
しかしGM管理野球ではなく、現場監督野球のため、データの活用は遅れている。
またフロントの方針と現場の方針が合わないことも多い。


サッカーなど、ブリティッシュ・スポーツにはどうだろう。
1プレーの短い野球やアメフトと違い、サッカーの場合は、ボールの軌跡を追うことが以前から行われている。
代表レベルだと、ビデオを撮り選手ごとの軌跡を追うこともやられているだろう。
その画面を見てどう解釈するか、それを現場でどう指導するかなど定性的な要素が重要なので、監督の存在はいまだに大きい。

GMはチーム作り、選手集め、戦略作りに従事するのは野球と同じだ。
それでも現場の存在価値は野球のそれより大きい。
要するに野球は単純なゲームなのだ。
だから楽しいのだ。

個人的には野球カードを子どもの頃から遊んできた。
裏に三塁打とか三振とか書いているゲームだ。
トランプのように一枚ずつめくり、一人で勝ち負けを楽しむ。
机上のシミュレーションであっても、意外に実際のゲームと変わらなかった。
だからパソコンが野球をしているような、この本の内容もスムーズに頭に入った。

ちなみに後にファミコンが流行ると、「ベストプレープロ野球」というシミュレーションゲームをやった。
パラメーターが増えて複雑度が増すのだが、実際の野球はそう複雑ではないぞ、と思った。
パラメータによってチームの特質が変わると言うより、巨人ファンが巨人を勝たせるためにハンデキャップを付けているという印象だった。

誰かがビジネス本だとコメントしていた。
貧乏であっても定量的、定性的な分析を組み合わせたら、十分に金持ちと戦っていけるという意味であろう。
しかしそのためにはアスリートの集団(ブルーカラー)が、ホワイトカラーの分析家を受け入れる土壌が必要だ。
なかなかこれが難しい。


2005.07.09

Trumpet Voluntary

Jeremy Harmer
Cambridge University Press level 6

書き下ろし作品だ。
高校のリーダー程度で読みやすかった。
語彙は必要としないが、イディオムは頭をひねるものが多かった。
Hなシーンは若干あったのだが、Just kissing didn't seemed to be enough. You can imagine the rest. ということだ。
欲求不満は大きかった(^^;)


ビオラ奏者のデレクと妻のトランペット奏者マルゴシアは、倦怠期を迎えていた。
とうとう妻は、新しいトランペットと共に家出してしまう。
行き先は、チボールからのメールにあった、リオデジャネイロらしい。
彼は当日、何故か警察の質問を受ける。
しかしいても立ってもいられず、弦楽四重奏団のメンバーに別れを告げ、リオに飛ぶ。


そこからポーランド、イギリスを股に掛けた国際スパイの暗躍がはじまる。
男と女の関係は悲しい結末を迎える。

タイトルは、トランペットの名曲である。
クラークが18世紀初めに作った曲だ。
そのクラークは恋に破れて自ら命を絶った。

ライブドアから再掲示。

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