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2005年11月

2005.11.28

山の音 東宝 1954

川端文学の映画化である。
川端康成は好きな作家だ。
しかし文体の美しさで読ませる人だから、映画化はいつも難しい。
この映画も成瀬監督は父と嫁の関係にフォーカスを当てて、余計なものは捨象している。
それでうまくいったであろうか?

息子役の上原謙は父役・山村聰の一つ年上である。
山村聰の老け役がうまいのか、上原謙が永遠の青年なのか、
しかし成瀬監督の配役は当たっている。

嫁役の原節子はピタリである。
長岡輝子、小姑中北千枝子も父の手前、つらく当たれないけれど、子供を産まない嫁を小ばかにしてる点は、良く出ていた。

家庭内の人間関係は完全なのだが、長編小説をはしょりながら、急ぎ足でゴールに向かって行くと、どこかで足がもつれる。
脚本の失敗だと思う。

原作のもう一つのテーマ・老醜を映画では切り捨てているが、現代ではこちらの方が大きな問題である。

杉葉子が暗そうな秘書役を好演している。
なくなった角梨枝子も、上原の愛人役でちょっとだけ顔を出した。
丹阿弥谷津子が二人をつなぐ戦争未亡人の役。

監督 : 成瀬巳喜男
製作 : 藤本真澄
原作 : 川端康成
脚色 : 水木洋子
撮影 : 玉井正夫

2005.11.13

女が階段を上る時 東宝 1960

成瀬巳喜男監督作品。
主演の高峰秀子をキャメラの玉井正夫が美しくかっこよく撮っている、佳作だ。

高峰秀子は衣装も兼任である。
粋でいてあでやかな着物姿に目を奪われる。

音楽の黛敏郎も良かった。
しかし脚本(プロデューサー兼任)の菊島隆三が物足りない。
何かとってつけたような台詞が多かった。
生活の重みを感じさせる、さりげない一言がなかった。


高峰秀子はバーのママ。
表向きは死んだ亭主に操を立てているが、裏ではいろいろあったんではないかと想像する。
最初に声をかけてきたのは小沢栄太郎と中村鴈治郎だ。
これは趣味が合わず袖にした。
おかげで小沢栄太郎は女給の淡路恵子に店を持たせて、中村は新人の団令子に小さな店を持たせた。

次に加東大介がママに接近してくる。
ちょうど占いで、高峰はママより家庭の主婦が向いていると言われたところだ。
さらに兄織田政雄が息子の手術代をせびりに来る。
ママでいることが嫌になった。
加東はさえないやもめの工場主という話だった。
優しい男だったのでつい、抱かれてしまう。
しかしその直後、加東に奥さんがいることを知る。

愛していた、銀行支店長森雅之と、ついに一夜を共に過ごすが、森は大阪へ急に転勤すると言う。
高峰は寂しさで泣き崩れる。
それを見てマネージャーで性格の陰険そうな仲代達矢が結婚してくれと迫るが、高峰に職場結婚する気はないのだった。
いろいろ男を試してみて、やっぱり女の生きる道は仕事しかないと言うことだ。

男優ではどれも期待通りの働きで、言い換えれば意外性はなく、先が読めてしまった。
しかし高峰が着替えて出てくるシーンは、いつも引きつけられるものがあった。
男優は着物の引き立て役でしかない。

次は女優だ。バー・カールトンのオーナーは細川ちか子、好きな大女優である。
最初に藤木悠と結婚して静岡に行ってしまうのが、横山道代。これも大好き。
女給たちも多士済々、鴈治郎をたらし込んで店を出させた団令子北川町子中北千枝子柳川慶子若林映子まで揃っている。
忘れるところだったが、塩沢登代路(とき)もいた。
こんなに個性的な女の子を揃えていて、ママはする仕事がなかっただろうか。
いや、客あしらいは若い子に任せて、ママは人望でチームをまとめていた。


この時代の映画は、脚本が落ちても、役者の魅力だけで十分見せられる。


2005.11.08

悪名高き女 1962年アメリカ・コロンビア

【監督】リチャード・クワイン
【出演】キム・ノバク ジャック・レモン フレッド・アステア ライオネル・ジェフリーズ
ロンドンに赴任してきたアメリカ大使館員ビルは、偶然、夫殺しの噂のある美女の家に下宿した。
警察に女主人の挙動を探る仕事を頼まれ調べるうち、疑わしい事実が続出する。
ある日、拳銃の音がして、本当に夫が殺されていた。

*****

ディレクターズ・カットならぬ、サンテレビ・カットだ。
どうしてここで突然終るのか?というところで「○○の提供でお送りしました。」が、ここの得意技である。
ラストシーンを、しばしばカットしてしまう。

子供の頃からこのアフタヌーンシアターに親しんできたため、ひどいカットにあっても、慣れてしまっている。

この映画もキム・ノバクとフレッド・アステアの対面シーンは完全カットである。
カットされると、見たくなる。
踊ってるかもしれないじゃないか?

原作はマージェリー・シャープ。
脚色はラリイ・ゲルバートとブレイク・エドワーズ(「ティファニーで朝食を」の監督)である。

エステル・ウィンウッドばあさんと家政婦フィリッパ・ベバンスの掛け合いは、たしかに面白かったが、オリジナリティを感じなかった。
もう少しジャック・レモンとフレッド・アステアを生かしてほしかった。

翌年のオードリー・ヘップバーン主演映画「シャレード」をみると、この時代はサスペンスとコメディのバランスが変わってきているのが分かる。
「悪名高き女」はいささかコメディ色を強くしすぎたのが、失敗の原因だ。

キム・ノバクとジャック・レモンの共演というと、コロンビア映画「媚薬」があった。
キム・ノバクのコロンビア全盛時代は「悪名高き女」で終わった。
のちにMGM映画「人間の絆」(サマセット・モーム原作)を主役で撮るが、それ以後はぱっとしなかった。


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