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2007.03.07

「真珠湾」の日 半藤一利 文春文庫

真珠湾攻撃の日々を、映画「トラトラトラ」と同じような日程で、日本の側から描いている。

まずハル・ノートを取りあげる。
ハルは当時の国務長官である。
ずいぶん高齢で、中国の老かいな外交政策に丸め込まれた。
結局日本が拒否せざるをえない、最後通牒になってしまった。

アメリカ・ルーズベルト大統領は、日本にイギリス・オランダと戦争を起こさせて、漁夫の利を得ようとしていた。
ただしルーズベルトが、真珠湾を日本軍に攻めさせたという陰謀説は、誤りらしい。
日本側の暗号通信を傍受した、という怪文書がワシントンから出てくる。
日本側には、こころあたりのないものだ。

南雲忠一第一艦隊長官が、アメリカに漏れないように細心の注意を払って、艦隊を秘密裏に移動している。
短期決戦を望む、山本五十六連合艦隊長官の提案だった。
この本は、12月7日夜から時系列で、真珠湾作戦を追っている。

8日が明けるやいなや、マレー半島上陸と真珠湾攻撃を仕掛ける。
アメリカは、まさかハワイの真珠湾にまでやって来るとは思っていなかった。
度肝を抜かれたのだ。

ところが、日本外務省は宣戦布告を渡すのを遅れてしまった。
アメリカ政府に真珠湾攻撃の情報は既に届いていたのだ。
当外務省はこの戦争に反対だったのだろう。

日本はフィリピンの米軍航空基地にも爆撃を仕掛け、戦闘機をほぼ全滅させる。
マッカーサーが責任者だったが、彼は責任を問われなかった。
実は、ルーズベルトは、ここに罠を置いていたのではないか。


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