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2007年9月

2007.09.30

NHK第一放送 新・話の泉

最近は再放送ばかりでしたが、久々に最近の文章を。

***

9/24のお楽しみ「新・話の泉」は、拡大版二時間スペシャルだった。
この色濃いレギュラー・メンバーを相手にしては、東大卒の渡辺あゆみでも分が悪そうだ。
立川談志、毒蝮三太夫、嵐山光三郎、山藤章二、松尾貴史(キッチュ)

そこへ何と、俗曲師の檜山うめ吉・姐さんがゲストで出てきた。

いつもより長い番組に機嫌が悪い、談志家元の前で、彼女は完全にびびっていた。
都々逸も声がぶるっていた。

今日の落語検定は、「明烏」
NHKで、現代の吉原での筆下ろしについて語っていた。
解答はネットで調べれば解けるだろう。
新・話の泉

落語検定

2007.09.29

SACDについて疑問

(2005年4月の懐音堂記事から)

Q:SACDもマーキュリー盤とRCA盤が出てきて、少し興味を持ち直しました。

A:アナログの遺産を食いつぶしているだけですよ。

Q:プレーヤーでまともなものは出ましたか?まだ音の立ち上がりと厚みが両立しないのでしょうか?

A:前よりはマシになった。しかし、立ち上がりがよくなれば、厚みがなくなる。いわゆる、緩い音が好きなハイエンドオーディオメーカーが手を付けないことからもわかろう。

Q:SACDマルチは音の薄さを補う目的でやっているんですかね?

A:現在のマルチ再生レベルではおまけ程度と思われても仕方がない。

Q:音が遅くなっても良いと言うのならば、もともとマルチ録音のポップスでやった方が面白そうですね。
でもセンタースピーカーって、ツイーターの位置をあげないといけないでしょう。ホームシアターと両立しないのではないですか?

A:しません。

Q:センターを省略するファントムモードってありますか?

A:まだありません。


一部のDVD-SACDプレーヤーは、ハイブリッド盤とコンパチでないため、再生不可である。もちろん、CDとしては再生可能である。
そのこともSACDの人気を落としている一因と思われる。

もはやパッケージソフトの時代は過ぎた。

2007.09.28

ジリオラ・チンクェッティ(イタリアの女性アイドル歌手)

主演映画「愛は限りなく」(1966,五作品目)のクライマックスで、自ら歌って愛を告白するシーン。
Dio Come Te amo

ジリオラ・チンクェッティは16歳の時、「夢見る想い」(1964)を歌って、サンレモ音楽祭とユーロビジョン・ソングコンテストをダブル制覇する。
Gigliola Cinquetti - Non ho l'eta(ユーロビジョンの映像)
その時点で既に、現在の伊アイドル、ラウラ・パウジーニも真っ青のヨーロッパ級アイドルだったのだ。

その二年後に、この映画が上映された。
水準の高いイタリア映画としては、お世辞にも良い作品とは言えない。
我が国が誇る、若大将シリーズなど東宝アイドル映画のノウハウを提供してあげたかった。


1969年には「雨」(「雨にぬれながら〜」の三善英史ではない。)が日本でも大ヒットする。
サンレモ音楽祭での映像。
La Pioggia

三年の間にずいぶん美人になってしまった(笑)
日本では江見早苗がカバーしてた。

ジリオラの推奨CD
ベスト・オブ・ジリオラ・チンクェッティ

こっちはフランス・ギャルの歌う「雨」。
France Gall - La Pioggia (San Remo)

ちゃんと練習したのか?(笑)見事にペアを組んだジリオラの足を引っ張っている。
(当時サンレモ音楽祭は曲の対抗戦であり、一曲を二人が歌うダブルキャスト方式をとった。)

彼女の名誉のために言うが、このときは上がっていたのだろう。
他の映像ではちゃんと歌っている。

次のギャルの「雨」伊語バージョンは、ワールドアイドルお宅の心をくすぐる。
France Gall - La Pioggia (TV)

関係ないがラウラ・パウジーニの作品は英語よりイタリア語の方がはるかに良い。
Laura Pausini - Se Fue

2007.09.27

iHome (iPodのドック、スピーカー兼ラジオ)

今度、病院へ持っていく予定の機械です。(結局持っていかなかった。)

割安(14,800以下)ですが、音質は値段なりです。
音が割れることもなく、もごもご言ったりもしませんが、普通のラジカセより少しマシな程度。
ちょっと音が硬いかな。

最初はアラームが夜中に設定されてしまい、解除方法を知らなかったので困りました。
現在は病床で活躍中です。

SDI TECHNOLOGIES i-Home White IH5WRJ

SDI TECHNOLOGIES i-Home iH5 Black IH5BRJ

2007.09.26

Tivoli Audio Model One (AM/FMラジオ)

(2005年11月の懐音堂から)

昼休みに急いで家に戻ると、あった、あった(^o^)
宅配便で送られてきた、小振りな箱である。
その中からもう一つ小さな箱が出てきた。
iPodの箱を一回り大きくしたようだ。

早速、チボリオーディオのレトロラジオ・モデルワンを引っ張り出した。
意外に軽い。エンクロージャーの重さしか感じない。
ユニットは安物みたいだ。
附属品やマニュアルは、必要最低限なだけしか付いていない。

早速、エイジング開始である。
まずはAMから。
ラジオ関西はSINPO=55555で入る。
局まで10kmしか離れていないのだから、当然である。
NHK、朝日放送、毎日放送も入ったが、大阪の局はノイズが乗る。(これはエイジング不足によるものだった。のちに解消されている。)

FMは内蔵アンテナではなにも聞こえず。
附属の室内簡易アンテナで何とか聞こえるが、大阪の局は相当にノイズが乗っている。
アナログダイヤルは思ったより重い。
バックラッシュはほとんど感じない。
しかしデジタルチューニングに慣れきっているから、指の感覚を取り戻さなくてはならぬ。
昼休みはここまで。
午後半日は鳴らしっぱなしにしておこう。

モノラルスピーカーがバスレフだけあって、開放的な鳴り方をする。
今のところ凄く音がいい、というわけではない。
しかし自宅で埃をかぶっている、オンキヨー・2万円チューナーの中波放送ほど、こもった感じがしない。
そこは気に入った。

***

モデル1は夕方になって、中波で遠距離放送も入ってきた。
しかし局間にノイズがある。
これでは東京の放送局が聞こえにくい。
やはりパソコンの横では力を発揮できない。

パソコンのない部屋に移る。
そこだとAMアンテナなしでも感度、選択度ともに相当に上がってくる。
隣接局が混信していない。
近畿放送と文化放送が完全に分離している。
もっとも昔の五球スーパーでもこれぐらいは聞こえたのだ。
モデル1の力は、昔の据置ラジオ並と言える。

「飾りじゃないのよ涙は」を中森明菜ではない女の子が歌っている。
さすがにバスレフだ。
迫力がある。
午後7時から9時ぐらいと言うのは、中波は日本全国懐メロタイムだ。
東海林太郎からシューベルツまでかかっている。
「みかん色の涙」(ずうとるび)もフルコーラス掛けていた。
これがもう少し遅くなると若者向けになる。
さらにずっと遅くなると、超早起きの爺向きの音楽がかかりはじめる。
母にラジオを聴かせてやろうと思い、親孝行で買った機械だが、俺も結構楽しんでいる。
しばらく、黙って使っておこう。

***

モデル1がBCL受信機と比較して上回っている点は、音質だ。
ふつうトーンコントロールを使って、聴感上の選択度を上げるものだ。
このモデル1はまるで音質を向上させながら、聴感上の選択度を上げているようだ。
受信機は最近、SSBフィルターで選択度を取っているので、まともに聴けたものではない。
短波ならまだしも、中波にはモデル1のやり方が正しい。
さすが、ラジオの国アメリカである。

しかし音にメリハリが多少利いているので、老人向きではないかもしれない。
老人向きの音とは、NHKが開発した「ラジオ深夜便」専用ラジオみたいなものだろう。

***

AMについてはアンテナを試していない。
パソコンルームでは、やるだけ無駄である。
地元局に必要な感度はあり、アンテナがなくても十分聴ける。

FM はTVアンテナで十分だが、ケーブルテレビなので、周波数が外部アンテナの場合と違っている。
わが家の場合、長田の在日外国人向けコミュニティ局FMわいわい、FM-NHK大阪、FM-NHK神戸、JWAVE系のFM802、FM東京系のFM大阪、地元神戸のKissFM、InterFM系の FMCOCOLOが強い感度で入ってくる。
外部アンテナでは弱く入電する、FM京都とFM滋賀がTVアンテナだと入らない。

FM京都(α-station)は独自性の強い局で地元では人気が高い。
89MHzあたりにあり、ケーブルテレビが入っているときは絶対に聴けない。
大きな外部アンテナを用意するかなあ?

***

モデル1のAUX INについて。
もちろん、iPodを繋いでいるが、何を掛けるかが問題である。
私の場合は、朗読ものや講演ものを好んで掛けている。
これらは、もともとモノラル音声が多い。

このAux inは重宝する。
AMにもFMにも面白い番組がない場合、スイッチ一つで切り替えられる。
しかもHiFiで聞く必要がないときもあるものだ。
好きなラジオ番組のテープがある場合は、それをmp3に落として掛けるのもいいだろう。

バスレフポートにはティッシュを詰めている。
メリハリの利いた音を少し殺して、やさしい音になる。

2007.09.25

牧美智子 暁に駆ける 1976

アイドルの歌唱で、もっとも疾走感に溢れた作品だ。
(二番目は、麻丘めぐみ「森を駈ける恋人たち」だ。作曲は筒美京平。)

彼女は、愛原洋子という芸名で、演歌っぽい「わたしの心ながさき」でデビュー。
74年に牧美智子と改名した。
75年に朝日放送「二人の事件簿」(午後10時台の放送)に、美杉婦警としてレギュラー出演。
主題歌「街のともしび」(歌謡曲風)を歌う。

76年には同じ朝日放送「新・二人の事件簿」(放送時間が午後8時台に移ったおかげで、番組自体は面白くない。)に、やはり美杉婦警としてレギュラー出演。
その主題歌「暁に駆ける」が、ヒットした。

作詞 千家和也 作曲 菊池俊輔 編曲 馬飼野康二
タイトルロールで、疾走するパトカーから見える都会の映像を垂れ流していた。
そのシーンに、このテーマが妙にマッチしていた。
最後の唐突な終り方も、菊池俊輔流だった。

巡り合って 別れてゆく
あ・い・するもの同士
まもなく空に 日が昇る♬

エンディングテーマは、やはり牧美智子が歌う「星空のスキャット」
写真写りが悪い彼女だが、テレビで見ると、一輪挿しのように可愛らしい。

そんな彼女も77年には「わたしのギャラリー」という、モーツァルト交響曲第40番に似た作品でミソをつけて、消えてしまった。

たしかホリプロの所属だったと思う。
だから出演番組に百恵ちゃんや和田アキコ、片平なぎさらがゲスト出演していたのだろう。

収録アルバムは、これ。
「星空のスキャット」はないが、「街のともしび」は入っている。
ポリースマーンで有名な『大捜査線』主題歌「君は人のために死ねるか / 杉良太郎」も所収。
刑事魂 ~ TV刑事ドラマソング・べスト

マサヤンさん、コメントありがとうございます。
(懐音堂から転載)

2007.09.24

榊みちこ(田中美智子)「スパイラルワールド」1978

ビバーヤング、パヤパヤー

田中美智子は、1978年1月笑福亭鶴光のオールナイトニッポンのアシスタント(広木由美の後任)になった。
なんちゃっておじさん騒動の最中に参加したのだ。


彼女について、最初に記憶にあるのは、1976年TBSドラマ「ムー一族」の芸者こりんだ。
あの頃は可愛かった。
日大生だったかな。

夏になると思いだすの、ひまわり君
デビュー曲「ひまわり君」の作曲は、ベンチャーズ(なかにし礼作詞、三木たかし編曲)だ。
彼女の音楽には、強烈な個性を感じさせる。

翌年、「それは秘密です」のアシスタントに起用されるが、あまり目立たない。
音楽的にも大人しくなる。

しかしオールナイトニッポンのアシスタントに起用されて、ブレイクした。
笑福亭鶴光師匠と波長が合ったのだろう。
三曲目のシングル「スパイラルワールド」も名作である。
(1978年4月に榊みちこに改名)

1979年4月にアシスタントを川島なお美に取って代わられ、タレント活動は次第に収束していく。
1980年には最後のシングルを発表する。

このまま消えてしまうのかと、思っていた。
しかし、1984年7月小林幸子、美樹克彦のデュエット曲「もしかしてPART2」を作詞して大ヒットをかっ飛ばす。


そんな芸歴の彼女が、学芸大ミニFM局の現役パーソナリティに戻ってきた。
寄る年波で、声はさすがに老けている。
しかし勘を取り戻せば、昔取った杵柄である。

学大FM


これは、昔の写真だろう。
おそらく作詞家で一儲けしてそれを元手に、今や学大近くの串揚げ屋「学大浪漫」のママさんにおさまっている。
(恥ずかしながら、学芸大学前駅は上京するたびに何十ぺんも通っていたのだが、通り過ぎるだけで降りた記憶がない。)

と思った途端に(07/3/28)何故か閉店してしまった!(mixi申さんの情報)

その後、貸しスタジオ業に転身したとか。
正直言って不安だ。
銀行から相当借り入れたんだろうなあ。

榊みちこのポータルはこちら。(これも申さんの情報。)
blogはこちら

キング・アイドル・ヒストリー(榊みちこ「スパイラルワールド」所収)

2007.09.23

NTVに青春スターの青木英美が出てきた!!

2004年9月の懐音堂記事から

まだ女優をやってたんだなあ。
若い頃は不良生徒の役だったけど、おばさんになって大人しくなったみたいだ。
悪いけど青木英美は、趣味ではなかった。
石橋正次の相手役の女の子が好きだった。

NTV系青春テレビドラマ・ファンなら、「青春学園同窓会」を見てください。感動します。

その後、こういうページを見つけました。
青木英美さんを紹介しているページ

イギリス映画に主演していたなんて、知らなかった。

2007.09.22

岩崎宏美(1975年デビュー)

THE COMPLETE SINGLES

中三トリオと違って、好みが激しく分かれた人です。
好きな人は猛烈に好き!でした。

歌のうまさは定評がありました。
当時は、ビクターや芸映のチームも上手にサポートしていました。

某大物歌手Wに言わせると、「うまく聞こえるような楽曲を、歌っていただけよ。」と言うことですが。


その後、財閥系(三井系益田家)御曹司と結婚してその後協議離婚。
復帰してからは、かつての美声や声量にもやや衰えが見えました。
女一人で一生懸命子育てしていたんだし(Wikipediaによるとその後、彼女の手元を離れたとのこと。でも親権が移っただけかも知れない。)、若い頃そのままの歌唱力を期待しても、仕方がないことでしょう。


岩崎宏美記念館が、岩崎宏美さんのオフィシャルHPです。
最近はコンサート、ディナーショウ、ライブハウス(アコースティック編成)で全国を回り、忙しくしてます。このサイトにはそういう情報が一杯です。


ファンが作る個人的なサイトでは、更新が止まっている岩崎宏美メインページというところがあります。

糸居五郎との共演アルバムはいかがでしょうか?

(懐音堂から再掲示)

2007.09.20

オーディオケーブル・ラック類について

Digital cables: Audifon Premier RCA and XLR
レンジは拡げないタイプだ。マランツDACの受けは、4713のRCA出力に対して、RCAとXLRの変換アダプタをつけていた。

Interconnect cables: AC design Conclusion1.4X (DAC-Amp)
AC Design は、情報量損失が殆ど無く、音場の見通しを良くするケーブル。

Speaker cables: AC design WTC2
これもAC Design TCSケーブルからの乗り換え。解像度が上がり、低音に馬力が出た。

Power Codes: AC design ZERO
このケーブルは少し柔らかくなるが、ピアノの右手はざらつくことがある。これを押さえるのに、なかなか苦労していた。


Power Taps: CEC
CECの電源タップは、おっとりしている。ギスギスしたところがない。

Audio Boards: 御影石
オーディオベースの定番とも言うべき御影石、やや粗いが、CPは高い。
DAC・・・小型の御影石を入れて、DACにスパイクを着けた上で、ブラックメタルのスパイクベースで受けていた。
デジタルアンプ・・・床に直起きした御影石の上にタオックのサウンドボードを載せ、そこにローゼンクランツを敷いていた。
スピーカー・・・添付のスパイクを使い、御影石にJ1の黒いスパイクベースで支えていた。


Audio Racks: ハヤミ工産 GS-611
38キロと重いのが取り柄。フローリング床と底板との間には、カーペットの切れ端を挟んであった。

2007.09.19

Super Tweeters: Murata ES103

村田製作所が突如、オーディオ業界に突きつけた、スーパーツイーター。
セラミックによる圧電現象を利用して、立ち上がりの良い音を出してくれる。

ディナウディオとの組み合わせでは、高音の重さを解消してくれる効果があり、非常に良い。
かといって、ハードドームツイーターの金属臭さや、リボンツイーターの堅さも無い。
中間的な高音だ。
レンジ感は、トンコンで高音のレベルを上げた、という程度。

それでも高音の情報量が増えると、まったく正反対の低音の解像度も上がる。
(僕の)ワイドレンジ時代には、無くてはならない道具だった。

2007.09.18

Loudspeakers: Dynaudio Contour 3.3

思い出のスピーカー編、ディナウディオ・カンター3.3。

Infinity Kappa から切り替えた。
ローズウッド仕上げがディスコンになるので、安くしてもらった。
第一印象ではアンプさえしっかりしていれば、使いやすいトールボーイスピーカーである。
レンジは、モニター系スピーカーと比較すると狭いが、音楽を聴く分には問題はない。


音は、すべてにおいて作為のない自然な音だ。
ところが世間のコンター評は、大きく分かれている。
まずY際電器で聴ける、コンターの廉価機は音が悪かった。
あれを聴いてコンターなんて、と思っている人は多い。
たしかに高音にまったく刺激感が無いのがディナの特徴。
ティールやB&Wみたいな強調感を持たせていない。
だからセッティングが悪いと音が団子になる。
それを高音が出ないと勘違いされるわけだ。


使いこなしてみれば分かるとおり、高周波でもって音場感(ホールの雰囲気)をさりげなく醸し出すタイプ。
作為的な感じがまったくしない。
音の密度感は欧州系としては、しっかり出ている方だ。
立ち上がりのスピードは、あまり強調されていないが、遅くない。
低音はやや締まっている方だが、普段はこれ見よがしには出てくるわけではない。
オケのティンパニロールなどは、恐怖さえ感じる。

敢えてコンターの問題点を挙げれば、空間が必要だ。
狭苦しい所では音も窮屈になる。
現在、8畳間で鳴らしているが、壁に近づけると、反射音の問題が出てくる。
しかし吸音材を入れすぎると音が死ぬ。
そのため、左右のスピーカーの間隔を狭くしてセッティングしていた。
さらに耳の高さ、すなわちコンターのツイーターの高さに被る家具はみんな取り除いた。
どんな部屋にでも、ぽいっと置いて聴けるスピーカーではないと言う意味では、たしかにコンターは難しいのである。
しかしそれを言えば、いまどきの音場型スピーカーは、もっと難しい。

アンプとの組み合わせ問題で言うと、ラックスのBTL(C-7i + M-7i×2)で駆動していた頃は、これだけのスピーカーを使うのだから、アンプが場所を取っても、仕方がないと諦めていた。
しかしこれがシャープの1ビットデジタルアンプだと、あっさりと鳴ってしまう(笑)
100万円のスピーカーに100万円のプリメインアンプというのは、価格バランスとしてもぴったり。

しかしあっさり他のスピーカー(ディナウディオ・スペシャル25)に乗り換えてしまった。
学生時代、セレッションのSL700を見て、音質ではなく小型2ウェイというデザイン性に惚れたが、年を取ってからも同じ病気が出てきた。

2007.09.17

Integral amplifier:  Sharp SM-SX100

懐かしの名機シリーズ。

数年前のことだ。CD登場以来のオーディオの技術革新「1ビットデジタルアンプ」。
疑心暗鬼で自宅試聴したが即、ラックスのアンプ三台を売り飛ばして、買い換えた(^^;)


位相ぴったり、ジャストミートの音(笑)。
ノーチラスN801でも難なくドライブするのだから、超ワイドレンジ。
素材の良さをずばり出す一方、悪さも丸出しにする。
サウンドに対してカラーリングは何もしない。
だから、アンプによる色づけを好む、古典的ハイエンド指向の人には、向かない。
優秀録音CDは何もしなくても、良い音で鳴ってくれる。
粗悪な録音盤を鳴らすのは、使いこなしが必要でしょう。
CDのデジタル入力は、やや元気が良くなる方向だ。
クラシックを聴く場合は、マランツDACからのアナログ入力が良かった。


ちなみにSACDは、発売当時としては、知る人ぞ知る DVD/SACDプレーヤー・DVP-S9000ESのアナログ出力をホームシアターから引っ張ってきて、DSDサウンドを楽しんでいた。

このアンプは、捨てがたくて、オーディオを引退する最後まで持っていた。

2007.09.16

なつかしい言葉の辞典 泉麻人 三省堂

昭和30年代後半から40年代前半に、東京の子供たちがよく使っていた、言葉(死語)を集めた本。


イマイチつっこみ不足で、期待の割にたいして面白くなかった。
東京言葉が中心だった、ということもある。

泉麻人はTBS系「テレビ探偵団」のときから、それほど面白い人ではなかった。
三宅裕司が苦労して、盛り上げていた。
自分の体験をおもしろおかしく語る人じゃない。


しかし、この人は資料をたくさん持っている。
いくつか紹介されていて、面白そうだった。
次はそれを読んでみたい。


印象に残った死語は、
おたんこなす、ガンコオヤジ、グレン隊、現代っ子、傷痍軍人、少年合唱団、しょってる、すかしやがって、ちぇっ、
といったあたりか。

シノーコーショーと紹介されている遊びは、関西では大高中小といった。
もしかしたら、差別にうるさい関西では、改称されたのかも知れない。


なつかしい言葉の辞典

2007.09.14

現代死語ノート 小林信彦 岩波新書

戦後から51年ぐらいまでの流行語、死語をメモ的に書きつづった作品。
エッチの語源は、変態の頭文字である。
「エッチしようよ」と言って良いものか?


印象に残ったのは、世代を表す言葉。
まず太陽族である。
石原慎太郎が芥川賞を受賞して、「太陽の季節」が映画化された。
言葉自体は大宅壮一の造語だが、思春期に戦争が終わり回りの大人が転向していく様を見て、大人なんて大したこと無い、と思った最初の世代だ。
うちの親父の昭和10年生まれから±5年ぐらいの世代だろう。

彼らより上の世代は、戦中派といわれた。
昭和初年頃に生まれた。
戦争で初年兵二年兵のときに、戦争が終わってる。
特攻隊で死んだ仲間も多く、自分たちが死に損ないのように思える。
三島由紀夫がそうだ。

太陽族の下の世代がベビーブーマー、団塊の世代だ。
戦争を知らない子どもたち、とも言われる。

次に景気の名前。
朝鮮戦争景気も不景気も終わった31年には、「もはや戦後ではない」が流行した。
昭和31年から神武景気に入るが、輸入超過で金利が上がり、33年には、なべ底景気に突入。
翌34年には、岩戸景気が始まる。
池田内閣は所得倍増計画をぶち上げるが、バブルはすぐ弾けた。
39年からは証券不況で、新卒者の就職もままならなかった。
しかし、40年下半期から、いざなぎ景気が5年も続くことになる。

45年頃、日本人は次第にエコノミックアニマルを続けているのが、辛くなってきた。
一休みしたいと思った矢先、ブルドーザーに乗った総理大臣がやってきた。
列島改造論の田中角栄である。
高速道路を付けて、地方都市の活性化を目指すという。
地方都市の地価は、高騰した。
しかしバブルはバブル。
やがて石油ショックが始まり、田中政権退陣である。

その後は、ご存じの通りの展開だ。
第二次石油ショックを経て、プラザ合意を受け、バブル膨張そして崩壊。


CMの流行語や時代を映した、死語も豊富に掲載されている。
自分なりのテーマを持って、死語の落ち穂拾いをしてみるのも良い。


2007.09.13

まぼろし小学校 串間努著 小学館

夢のような本だ。
「ああ、あったあった、おいおいおい、そうだったよ。」と、涙してしまう内容が続く。


昭和30年から40年代に掛けて、小学校で誰もが持っていた道具、おもちゃ、
さらに様々な事件、体験を思い出させてくれる。

作者は僕と同じ歳で、千葉県生まれだ。
彼は綿密なアンケート調査と、当時の人たちのインタビューを元にして、この労作をまとめた。
既に高度成長時代だったため、呼び方などを除いて、全国共通の事象は多い。

たとえば、学校帰りの駄菓子屋の話。
ひも付きのアメがあった。
好きな紐を引っ張ると、たまに当たりが出る。
妖怪煙は、指に付けて擦ると、煙が出るだけのおもちゃ。
ヌンチャクも売っていた。

ベビーラーメンは今でもあるが、当時はパンチコーラもあった。
校門前に怪しい行商人も来ていた。
ひよこや亀を売っていたなあ。

学校前の文具店は、今でこそコンビニに取って代わられたが、我々の時代には無くてはならない店だった。
糊とか、三角定規とか、ノートだとか買った覚えがある。

筆箱にも思い出がある。
アーム筆入れやロータリーロック筆入れ、さらに高学年になると、カンペンケース。
鉛筆の話もちょっとやそっとでは、終わらない。
芯の先だけ取り替えるカラーペンシル。
ハーモニカの話、検便の話、こっくりさんの話・・・。

構成としては自分の思い出を語って、それからアンケート結果を紹介し、興味ある謎にぶつかったら、当時の事情を知る人にインタビューしてる。
この繰り返しなので、ワンパターンだが、読んでいて飽きない。

自分はどうだったろうかと、振り返って考えちゃうので、読むスピードは遅い。

自分の小学校時代の思い出が詰ってる、素晴らしい本だ。
40代の人は、「我が家に一冊」(笑)

まぼろし小学校—昭和B級文化の記録


2007.09.12

他のCDトランスポート

2nd CD Transport: Philips LHH300R + Masterclock

すでに絶版となった名機。特別に譲ってもらった。47研と比べると、マイルド。
女性ボーカルやピアノのきつい音に適している。
これのDACは線が細く、好みではないので、外部DACにつないでいた。

今もどこかのお宅で、現役としてがんばっているだろう。

3rd CD Transport: Marantz DR-17 + Masterclock

CDRだが、レコーダー部分はすぐ壊れた。
メリハリタイプなので、ロック、ジャズフュージョン向き。
これも外部DACにつないでいた。
ロックや歌謡曲は、マランツD-1と絶妙の組合せだった。


決してマランツ・フィリップス系が好みではないのだが、予算の枠内で他になかった。
ゴールドムンドは、嫌いだった。
VRDSはセッティングの音がするが、我が家では冷たくなった。
もう少しホットな音が欲しかった。
結局、基本的にCDの音は嫌いだったのだ。

2007.09.11

Marantz Project D-1

これも知る人ぞ知るDACの名機。
雑誌の評価は散々だったので、当初売れなかった。
多くのショップが、ネットで絶賛したため、何とか完売した。

CDトランスポートの組み合わせは、かなり選ぶと思う。
ソニーのCDプレイヤ(デジタル出力)と組み合わせると、やはりソニーの音が強く残る。
自分の色に染めようとしていない。
敢えて音質を言えば、フィリップスのCDプレイヤーLHH上位機種に近い、率直で滑らかな音である。
しかもかなり可変的だ。

秘密は、「スケーリング」という機能。
16ビットを使いこなしていない古い録音の場合、スケーリングを上げてやると、引っ込んでいた音像が前に出てきて迫力が増す。
逆にオンマイク過ぎて、サ行がきつくなるようなサウンドなら、スケーリングを下げてやれば、聴きやすくなる。
おかげで、楽しめるCDの範囲がかなり拡がった。

---

これも数年前泣く泣く手放した。
新しく生産されていないから、今持ってる人は大事に使ってください。

2007.09.10

47Lab. 4713 Flatfish + XO Master Clock + 4799

通称フラットフィッシュ。
最近はまったく話題が出てこない、隠れた名機だった。
ピックアップ剥き出しで、インシュレーター・タイプのCDトランスポート(DACは内蔵されているが使わなかった。)である。
脚が逆スパイクになっていて、本体は床から浮き上がる形になる。
電源トランス4799も別筐体になっており、振動対策が万全。

したがって再生音自体は非常に静かでピュア。
ポップス・サウンドでの実体感はとりたてて感じられないが、実際にはかなり低いレベルからリニアに立ち上がっている。
ワイドレンジもさして感じさせないが、低音の締まりは良い方。

あえてジャンルを絞れば、クラシック小編成か女声ボーカル向き。
ただし、雑音ゼロという訳ではない。
本体の風切り音が出るので、セッティングによっては気になることもあるだろう。

またガレージメーカーらしく、壊れやすい(泣)。
静電気に弱い点は直してもらったが、やはり寒い時期になると、電源を入れた直後、音が悪くなる。
なお、話題のXOクロックの実装は済ませてあった。
このクラスのトラポでもクロックの改善で音はがらりと変わる。

バージョンアップにより、音場感は広くなったが、音が揃いすぎて、少し大人しくなった感もある。
クラシックには必須だろう。
ジャズには、どうかなあ?

*****

使ってるうちに、電源からノイズが混入するようになり、音にも飽きたので、何年か前に手放した。

2007.09.09

ソウルこれっきりですか マイナー・チューニング・バンド 1976

オリコン最高2位だそうだ。編曲はヒーロー高田。

レコードは、誰にでも真似できるような、無個性なボーカル曲に仕上げている。
今なら、ヤマハプレイヤーズ王国で流れていても、おかしくはない。

ゴーストシンガーは、シンガーズ・スリーの伊集加代子(アタックNo.1ED「バンボボン」、アルプスの少女ハイジOP「おしえて」、「11PM」のスキャット、ネスカフェ・ゴールドブレンドのCMソングなど)だった。
彼女には、もう少しジャジーあるいはソウルフルに歌って欲しかった。
プロデューサーは果して、その後の展開を読み切っていたのか。

この曲が突然ブレークしたため、テレビで歌うために、新人女性トリオのアパッチが急造された。
彼女らはアイドルとして本格的にデビューするが、翌年デビューするトライアングルには敵わなかった。
彼女らのデビュー曲は「恋のブロックサイン」で、あのにっかつ映画「野球狂の詩」(主演・木之内みどり、共演・野村克也)の主題歌である。


「ソウルこれっきりですか」のメドレー曲
横須賀ストーリー
(きみ可愛いね)
春一番
(春うらら)
ねえ、気がついてよ
(横須賀ストーリー)
想い出ぼろぼろ
およげ、たいやきくん
ビューティフル・サンデー
木綿のハンカチーフ
(山口さん家のツトム君)
あなただけを
(横須賀ストーリー)
セクシーバスストップ:ジャック・ダイヤモンドaka筒美京平作曲
(横須賀ストーリー)
北の宿から


2007.09.08

ナオミの夢 ヘドバとダビデ 1970

1970年東京国際歌謡祭(のちに世界歌謡祭と改称)で、イスラエル代表ヘドバとダビデがグランプリを受賞した曲である。
当時の日本人では思いつかない、メロディが魅力的だ。
ダビデは王様の名前だから男だとわかるが、ヘドバが女性とは凄い名前だ。

作詞:TIRZAH ATAR 作曲:DAVID KRIVOSHAI 訳詞:片桐和子

グランプリを取ったのは、あくまでヘブライ語版だ。
グランプリ獲得後に超特急で日本語の歌詞が作られ、レコーディングされた。
ヘブライ語は「ナオミ・カムバック・トゥーミー(なおみー!帰ってきてくれえ!)」なんて一言も歌ってない。
日本語だとナオミはどこかに消えたことになっているが、ヘブライ語では、はっきりと言ってない。
少し日本語歌詞の方がウェットになってるようだ。


「ナオミの夢」のヘブライ語バージョンは、以前にも何度か聞いたことはあった。
しかし聖書を読む前だったので、その時はナオミとヘブライ語の関係には気付かなかった。
今から考えると、ナオミはユダヤ人の名前だ。「和み」を意味するという。
ナオミとは谷崎潤一郎が作った名前(「痴人の愛」)だという説もある。さもありなん。


WPSF(World Popular Song Festival) Gift Of Songs〜栄光の世界歌謡祭

2007.09.07

Moon Dance ムーンダンス by アン・サリー Ann Sally

ムーン・ダンス

1. I Wish You Love (Charles Trenet, Leon Chauliac, Albert Askew Beach)
2. Onde Eu Nasci Passa Um Rio (Caetano Veloso)
3. Haven't We Met? (Ruth Batchelor, Kenny Rankin)
4. 蘇州夜曲 (西條八十 / 服部良一)
5. Peaceful (Kenny Rankin)
6. Only Love Can Break Your Heart (Neil Young)
7. Happier Than The Morning Sun (Stevie Wonder)
8. 星影の小径 (矢野亮 / 利根一郎)
9. 5 / 4 Samba (Hirth Martinez)
10. Meu Carnaval (Ronaldo Bastos, Celso Fouseca)
11. Allelujah (Mark Nevin)

1972年生まれかな。
医者の娘。高校まで名古屋で過ごし、大学で上京。
神経内科(専門・心臓)を専攻するかたわら、音楽サークルで歌を続けた。

2002年 1 月から三年間はニューオリンズで医師として研究生活を送っていた。
結婚後、帰国して娘を出産した。
現在は名古屋で外来医として働きながら、母として妻として、そして週末は歌手としてマイペースの活動を続ける。

好きなシンガーは Rickie Lee Jones、Elis Regina、Sam Cookeだそうだ。
たしかに、リッキー・リー・ジョーンズ は、雰囲気が少し似ている。
サム・クックとは渋い。
音楽的趣味で留学先を決めたようだな。

2001年10月のデビュー・アルバム『Voyage』では、ボサノヴァ・ギタリスト中村善郎、ハーモニカの大御所トゥーツ・シールマンス、スティーブ・サックス、フェビアン・レザ・パネ、笹子重治とも共演した。
ジョニ・ミッチェルの曲も2曲歌っている。

そして、2003年4月、「ムーンダンス」、「デイドリーム」の二枚のアルバムを同時発売の快挙。
この「ムーンダンス」は、ボサノバ、アメリカンポップス、歌謡曲を取り混ぜたスタンダード集。
シンプルな伴奏で、あっさりと仕上げている。
中国風の「蘇州夜曲」は服部良一の傑作。難曲にも、果敢に挑戦している。

2003年末にはライブ盤「Hallelujah」も発売している。

また2005年には「Brand-New Orleans」を発表しているが、その8月、ニューオーリンズは水害で甚だしい被害を受けた。
12月には、ニューオーリンズ復興を願うミュージシャンが集まり、Bound for Gloryというプロジェクトを立ち上げ、二曲をチャリティとしてiTMSに提供している。

帰国後は、もはやクールな唄い方ではない。
熱っぽくジャズを唄ってる。
ニューオーリンズと、母になる強さが彼女を変えてしまった。
ケイコ・リーと比べると、彼女に泥臭いジャズシンガーは無理なのではないかと思う。

歌は決して巧くない。
東大出の鈴木重子の方がずっと巧い。
でも鈴木より彼女の方がずっと味わいがある。
クールでアンニュイな曲が、オススメである。

2007.09.06

「大西ユカリと新世界」

「大西ユカリと新世界」のデビュー盤を聞いた。
大西ユカリは近鉄最後のCFギャルで、その後モノの見事に近鉄は消滅してしまった。
だから食わず嫌いのところがあったのだが、テレビで歌ってるシーンを見て、興味を持った。

新世界(バンド)は歌謡曲のバックにピッタシはまっている。
ボーカル大西ユカリの音程が甘いことがあった。マルチ録音ではないこともあり、そこは一発ライブ録音している。
緊張したんだろうか?
当時はお金がないバンドだったから仕方ない。

オリジナルでは何と言っても「滾り(たぎり)」である。
「あなたのシャワーのお湯になりたい。」というサビは覚えてしまった。

カバー曲は朱里エイコの「北国行きへ」と青山ミチの「ミッチー音頭」、「恋のゴーカート」である。
「北国行きへ」は朱里に比較して力強さがたりない。
青山ミチの方が大西ユカリは合っている。

一般に「昭和歌謡」というジャンルは、「平成歌謡」でしかない。
昭和の人間にはピンと来ない。

しかし大西ユカリは聞ける。
多少、シャウトが甘いけれども、バラード曲は十分楽しめる。
まだ食わず嫌いだという人は、デビュー盤あたりからはじめてみれば。


2007.09.05

Umekichi 蔵出し名演集リローディド(ビクター)

和服に日本髪の芸者スタイルで歌うUmekichiさん。
デビュー盤では民謡を歌っていたが、ここでは戦後の懐メロ(服部メロディなど)に挑戦している。

アレンジは格好いい。
今は三味線が流行っているが、そこにビッグバンドを重ねた工夫は買える。

しかし重厚なバックと比べて彼女のボーカル力が物足りない。
幼く薄っぺらいのである。
パワフルな笠置シズ子のブギを、この程度の歌唱力で歌ってはならない。
選曲の失敗だ。ブギやドドンパは向いていない。
また曲目に「銀座カンカン娘」が入ってないのも気に入らない。
プロデューサーのセンスなのか?

寄席のお囃子をやっていて歌手に転向したそうである。
美人のようである。
声質にあった音楽をやって欲しい。

1.家へおいでよ-COME ON A MY HOUSE-
2.三味線ブギウギ 市丸
3.買物ブギー 笠置シズ子
4.パイのパイのパイ
5.真っ赤な太陽 美空ひばり
6.びっくりしゃっくりブギ
7.野球けん
8.東京ドドンパ娘
9.五匹の仔豚とチャールストン
10.ヘイヘイ・ブギ
11.ホームラン・ブギ

2007.09.04

トム・ジョーンズ(ウェールズ出身歌手)

プレスリー亡き後の、ラスベガスの帝王トム・ジョーンズのヒット曲集。
彼の迫力あるボーカルは癖になる。
実は大ファンなのだ。

彼のヒット曲といっても尋常な数ではないので、代表的なものだけ拾った。

「恋はメキメキ」
この前もCMソングに使われていた。
Tom Jones "If I only knew" (video)

「よくあることさ」
この歌はティム・バートンの名作「マーズ・アタック」でも唄っていた。そこを火星人に襲撃されたのだ。(最後はトムの歌唱で地球を救った。)
Tom Jones - It's Not Unusual(1965)

「シーズ・ア・レディ」
こういう名前のサラブレッド(もちろん牝馬)がいる。
Tom Jones - She's A Lady

珍しいところでは、ジャニス・ジョプリンと共演している(1969)。
"Raise Your Hand" Tom Jones with Janis Joplin

2007年も世界中で大暴れしている。スペインでのステージの様子だ。
Festival de Viña del Mar 2007: Tom Jones (PARTE 1)
Festival de Viña del Mar 2007: Tom Jones (PARTE 2)

これで今年67歳になる。誰か止めてやれ(笑)

CDは、
グレイテスト・ヒッツ

2007.09.02

ママに捧げる詩 ニール・リード 1972

Neil Reid "Mother of Mine"

歌の部分はとんと覚えていなかったが、英国お得意のボーイソプラノもので、72年にヒットしている。
英国の11歳少年がソロで唄う、暗いバラードだ。

彼は8歳ぐらいから人前で歌っており、"Opportunity Knocks" という番組で三回優勝し、レコード会社と契約した。
そしてシングル・アルバムともに大ヒットとなったのだが、その後こういうタイプにありがちな、鳴かず飛ばずで現在行方不明。

この歌は声変り直前だが、それにしてもボーイソプラノとしては声が低い。
おそらく変声期が終了したら、声域は一気に下がりバスになってしまったのではないか。

彼の映像は見当たらなかったが、アメリカの少年歌手ジミー・オズモンドの"I'm knocking on your door"を見つけてしまった。
今のオズモンズはこちらの映像で見られる。


また、若い頃のフランスの少年歌手ルネ・シマールこちらの映像で。
その後のルネ・シマールはこの映像でご覧ください。
(ただし、削除されるかも知れません。)

2007.09.01

ペトラ・クラーク 恋のダウンタウン 1964

2006年末の某放送で紹介をしていた、イギリスの国民的歌手ペトラ・クラーク(Petula Clark )の「隣の芝生」(Other Man's Grass Is Always Greener)はベスト盤に入っている名曲だ。

この人を知ったのは、出演映画「チップス先生さようなら」(1969年、監督ハーバート・ロス、主演ピーター・オトゥール)。
これをNHKで見て以来、そんなに美人でもないのに、心から離れなくなった。

それから後になって、大好きな「恋のダウンタウン」が同じ人の歌だと気付いた。
この曲は1964年に世界中で大ヒットして、翌年には全米一位にも輝いている。ブリティッシュインヴェイジョンの一端だった。グラミー賞も獲得したそうだ。
プロデューサーはトニー・ハッチ。この人は英国のバート・バカラックだとか。

恋のダウンタウン(おそらくエド・サリヴァン・ショー)
全く足を動かさずに、歌っている振付に注目。

Petula Clark - Downtown (1964 TOP OF THE POPS, BBC)

Petula Clark - Downtown 2005 in Paris

次は珍しいシルビー・バルタンとフランソワーズ・アルディとのメドレーだ。
これを見ていると、彼女らは同じ時代のオールディーズでくくられているが、ペトラがずいぶん年上であることがわかる。
Sylvie Vartan Francoise Hardy Petula Clark - 60s Medley

お買い得ベスト盤はこれ。
Downtown: Best of Petula Clark

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