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970.アイドル60年代

2008.12.28

青春歌謡ゴーゴー(1) ティーン・ポップス大図鑑


クラウンレコードの1964年から1965年までのアンソロジー。

青春歌謡リズム歌謡エレキ歌謡が集められている。
短い間に流行が替わっていくのが、よく分かる。
西郷輝彦、山田太郎の楽曲が中心である。


1. 君だけを (西郷輝彦)
「いつでもいつでも君だけを〜♪」
クラウンレコードと言えばこの人。
デビュー曲。


2. 清らかな青春 (山田太郎)
後発だったクラウン・レコード最初の歌手山田太郎のデビュー曲。
現在は村田英雄を育てた、名門新栄プロ社長。また、冠名「ウェスタン○○」の馬主でもある。


3. 星空のあいつ (西郷輝彦)
西郷の3曲目。


4. 仲よし三人お友達 (後藤久美子)
天才少女歌手ゴクミ。
子供だとは思えない、強烈なこぶしである。
62年にコロムビアからデビューするが、64年にクラウンに移籍、
これは移籍後、4枚目のシングル。


5. 十七才のこの胸に (西郷輝彦)
紅白歌合戦初出場曲。

6. そよ風デイト (高石かつ枝)
「ランララ、ランララ、ランラララン♪」
彼女もコロムビアから移籍してきた。
移籍後6枚目のドーナツ盤。

7. 私の恋人 (東山明美)
フジテレビのドラマ「お嫁さん」(第二シリーズ)で有名だが、
元々は日本テレビ「ホイホイミュージックスクール」出身歌手だった。

8. バラ色の朝 (浅野順子)
浅野順子と言えば、鈴木清順監督、高橋英樹主演の日活映画「けんかえれじい」(1966)での好演が忘れられない。
これは64年のデビュー曲。


9. 銀色のバレエ (高石かつ枝)
バレエの歌ではない。アイススケートの歌だ。
作曲は世界の富田勲。


10. 東京スカ娘 (中川ゆき)
「スーカー、夢を見なくちゃダメよー♪」
東宝の準主役級女優。
スカと言う言葉を、普及させたんじゃないかな。


11. ママがお出かけした留守に (後藤久美子)
子供らしくないせいか、この曲でクラウンと契約打ち切り。
現在もジャズシンガーとして活躍しているとか。


12. 俺の涙は俺がふく (美樹克彦)
ビクターの目方誠が65年にクラウンへ移籍して、美樹克彦と改名した。
そのデビュー曲である。
テンポの良い、リズム歌謡。


13. 新聞少年 (山田太郎)
「ボクのあだ名を知ってるかい♪」
山田太郎の大ヒット曲。
社長業の傍ら、いまだに懐メロ番組に呼ばれる。
ヒットしなかったが、「牛乳少年」も聞きたいな。


14. 女の子だもん (東山明美)
麻丘めぐみとは何の関係もない。
「風の中をひとり」のB面。

15. だけどだけどだけど (美川憲一)
美川さんのデビュー曲。
売れなかった。


16. 6番のロック (美樹克彦)
これもリズム歌謡だ。
美樹克彦はクラウンのリズム歌謡をリードしていた。


17. 高校生マーチ (山田太郎)
軍歌調のマーチ歌謡。
青春映画の挿入歌だ。


18. 恋人ならば (西郷輝彦)
この曲は大ヒットしていないが、
西郷がリズム歌謡を歌うきっかけになった。


19. これが若さだ青春だ (山田太郎)
やはり青春ドラマ風マーチだ。
「ああ俺たちの鐘が鳴る」のB面。


20. 星娘 (西郷輝彦)
紅白にも出場した、テケテケテケテケのエレキ歌謡だ。
1965年、浜口庫之助作詞作曲のヒット曲。
この曲があって浜庫の傑作「星のフラメンコ」につながる。


21. 恋のエレキ (高木たかし)
コロムビアからの移籍組。
文字通り、エレキ歌謡。
「俺の涙とあの娘の涙」のB面。


22. ペダルに生きるやつ (西郷輝彦)
通産省ご推奨の競輪応援歌。
この時代は、青春スターも競輪ソングを歌っていたのだ(笑)
ぱっと聞くと、「どてらい男」の挿入歌かと思ってしまう。


23. あの娘が好きと云った花 (美川憲一)
2曲目のシングルだ。梶光夫風だったが、これもヒットせず。
翌年、歌謡曲に転向して、「柳ヶ瀬ブルース」の大ヒットが生まれる。


美川憲一のブレーク前の青春歌謡が珍しかった。
それから、高石かつ枝、東山明美の若い頃の歌も聞き物だった。
中川ゆきの「東京スカ娘」もいいんだが、他のコンピ盤にも収録されていた。

2007.10.07

歌伝説 ザ・ピーナッツの世界(NHK BS2 )(3)

さらに曲リストを続ける。

◎海外進出の時代
「情熱の花」のオリジナルを歌ったカテリーナ・バレンテに呼ばれてオーストリアのテレビ出演。
好評を受けて、ドイツのテレビにも出演。
ドイツ語やフランス語でレコーディングしている。
さらにアメリカに渡り、エドサリバン・ショーとダニー・ケイ・ショーにも出演。

「フジヤマムーン」(ドイツ語録音)〜「ハピーヨコハマ」〜「マイファニーバレンタイン」

また日本を代表する歌手として、NHKが国際コンクールに参加した番組「若さとリズム」に出演。
「明日になれば」(安井かずみ作詞)〜「ウナセラディ東京」(和服姿で和風アレンジ)

◎路線変更・・・新しい時代の歌謡ポップスに挑戦した。
「さよならは突然に」
1972年、鈴木邦彦作曲、山上路夫作詞。R&B風歌謡曲。

「ガラスの城」
1968年、鈴木邦彦作品。GS風ブラスサウンド。

「ローマの雨」
1966年、すぎやまこういち作品。

◎女シリーズ(しっとり歌謡曲路線にも挑戦した。)
「サンフランシスコの女」
1970年、中村泰士作品。

「大阪の女」
中村泰士作品。北新地のママさんの定番カラオケだ。

「東京の女」
1970年沢田研二作曲。

◎そして引退へ
「ブギウギビューグルボーイ」
1974年最後の紅白出場曲。

1975年についに引退を発表。
リズムが8ビートから16ビートへ移り変わり、年齢的にも第一線で歌い続けることが難しくなったのだろう。
潔い決断だったと思う。

城達也の声が懐かしい。

高度成長時代に日本企業が海外進出する中で、それに合わせたかのように海外へ旅立ち、日本文化をアピールした功績は計り知れない。
本来は国民栄誉賞ものだった。


2007.10.06

歌伝説 ザ・ピーナッツの世界(NHK BS2 )(2)

曲のリストを続ける。

◎テレビの人気者になり、主題歌も自ら唄った「若い季節」(NHK)
画像では横山道代がセンターに立っていて、黒柳徹子が右端に立ってる。
似た顔の二人だ。
ちなみに、ニン坊が横山でトン坊が黒柳だったっけ?

「シャボン玉ホリデー」(日本テレビ)
これぐらいから記憶にある。この番組では、クレイジーキャッツと共演している。先頃亡くなった植木等はインタビューで開き直って、ぼけていた。

「君ほほえめば」「スターダスト」
彼女たちがもう十年早く生まれていたら、ジーン・ケリーの映画に出たんじゃないかな。そうなっても、おかしくないほどの、ダンスのリズム感だ。

◎オリジナル曲の時代
「ふりむかないで」
ジャズ出身の宮川泰がピーナッツの育ての親だった。
1962年宮川泰作曲として、初のオリジナルヒット。
ただし、このビデオはずいぶん後のものだと思う。

「恋のバカンス」
1963年宮川泰作曲

「恋のフーガ」
1967年すぎやまこういち作曲、宮川泰編曲。

◎初期は映画出演も多かった。
東宝映画「可愛い花」、「私と私」、「モスラ」などに出演。
山口百恵以前の東宝系歌うスターだった。(東映映画には「右門捕物帖」に出ている。)

「モスラ」(1961)
作編曲は古関裕而、さらに作詞は由起こうじ(田中友幸、本多猪四郎、関沢新一の共同ペンネーム)という豪華メンバーだ。ただし実際はインドネシアの留学生に頼んだとか?
"モスラヤ モスラドゥンガン カサクヤン・・・♬"

ザ・ピーナッツ・レア・コレクション

◎「ウナセラディ東京」
1964年宮川泰・岩谷時子作品。名曲と言われている。(僕はそれほど好きではなかった。)
当初、タイトルは「東京たそがれ」といった。
翌年レコードのステレオ化に合わせて(それまではモノラルだった。)、タイトルを改めようと言う話になった。
この頃カンツォーネブームで、岩谷が「ウナセラディ東京」と題名を変えたところ、国内で大ヒットした。
この曲は、ヨーロッパで盛んに逆カバーされ、カテリーナ・バレンテも歌っている。

それが縁でザ・ピーナッツは、ヨーロッパ進出の機会を得る。


2007.10.04

歌伝説 ザ・ピーナッツの世界(NHK BS2 )(1)

ようつべで見つけた、ザ・ピーナッツの「ふりむかないで」(もう消されたかな?)は、この番組で放送されたビデオだったと思う。

ザ・ピーナッツ
二人の芸名は、伊藤エミ(ほくろのある方、ジュリーの前の奥さん)・ユミ(妹)。

引退直前のカラービデオが中心だったが、NHK独自のモノクロ映像もある。
デビュー前から、ナイトクラブで歌ってただけあって、ジャズっぽいアップテンポのアレンジのときは、凄いきらめきを見せる。
バラードはそれほど凄いとは思わなかったが、世間の評価は高かった。

4ビートのリズム感も英語の発音も、いまだに日本最高水準だ。
これはソロシンガーでは不可能な、双子故の奇跡である。
二人で鏡を見ているように練習すると、相乗効果でうまくなるのだろう。

●番組で掛かった曲目のリスト(1)・・・まずは代表曲から紹介。
「ウナセラディ東京」
「恋のバカンス」

◎続いて、デビュー当時のカバーポップス全盛時代を振り返る。
「プチフルール(可愛い花)」
昭和34年デビュー曲。作詞音羽たかし、編曲は宮川泰。

メドレー「ヴァケーション」〜「恋の日記」(ニール・セダカ)〜「アイドルを探せ」〜「夢見るシャンソン人形」

「情熱の花」
カテリーナ・バレンテが歌った曲のカバー(作曲はベートーベン)。

恋のバカンス

2007.07.22

イナ・マーテル(東ドイツのイエイエガール)

東ドイツでも60年代にはアイドルがいたのだ。
おそらく国家が、西側をまねて、一人の女性を育て上げたのだろう。
少し老けているが、彼女が美人であったことは間違いない。
完成度からいうと西側のアイドルに及ばないが、当時欲求不満を起こしていた東側の若者にはかなり人気があったのではないか。

ここで、たとえとして上がっている Jackie DeShannon(ジャッキー・デシャノン)は、もちろんアメリカの美人シンガー・ソングライターである。
Vivi Bach(ビビ・バッハ)は、独語圏で活躍したデンマークの女優兼アイドル。

Ina Martell - Zwei Küsse beim Nachhausegehn

Ina Martell - Liebe kann man nicht erzwingen


2007.07.13

マリアンヌ・フェイスフル(英)

デビューは1964年。
この映像は、1965年のMarianne Faithfull - As Tears Go By (Hullabaloo London 1965)だ。
ミック・ジャガーとキース・リチャーズの手による彼女の初ヒット曲である。
この時点では、大した美少女だとは思えない。
女優向きの顔だったと思う。

次は短いが、おそらく4曲目のヒットだ。
しかもまた、あのポーズだ(笑)
ミック・ジャガーとつきあって、すっかりあかぬけてしまった。
Marianne Faithfull - " Come and Stay With Me".

その後、仏英合作映画「あの胸にもう一度」(1968)に主演。共演はアラン・ドロン。
黒のつなぎ姿は、ルパン三世「峰不二子」の元になった。

その後、スキャンダルで芸能界から干されてしまい、ミック・ジャガーとも別れる。

麻薬中毒から立ち直って、1979年にテクノ調の曲「ブロークン・イングリッシュ」がヒット。
Marianne Faithfull, Broken English
年を経たことで、老け声も様になってきた。

そして2000年のライブ。
曲は「労働階級の英雄」(ジョン・レノン、原曲は「ジョンの魂」に所収。)
Marianne Faithfull - "Working Class Hero" (live)

華原朋美も、彼女のような前例があるのだから、希望を棄てずにがんばってほしい。

2007.07.11

小川知子

小川知子 ベスト30

東映の女優から、歌手デビューした。
東芝三人娘(小川と黛ジュン、奥村チヨ)として売り出される。
デビュー曲「ゆうべの秘密」が、昭和43年3月オリコン1位になるほど大ヒットした。
その後も「恋のときめき」「誰もいない処で」「初恋のひと」と小ヒットを連発した。

私生活では、なかなか波瀾万丈である。
和田アキ子には、凄い美人だと言われていた。

個人的には東芝3人娘のうち、可もなく不可もなしと言うところか。
歌手から離れていたので、懐メロ番組で高音を出すのに苦労している。

2007.05.25

ピンキーとキラーズ

恋の季節

昭和43年9月以来オリコンで、のべ17週間1位(12週連続1位、一度「今は幸せかい」(佐川満男)に抜かれるが翌週から再び5週連続1位)を取り、ダブルミリオンとなった名曲「恋の季節」
ピンキラは昭和歌謡史に燦然と輝いている。

今陽子さんと言えば、ピンキラ時代のテレビドラマ「青空に飛び出せ」のキャンピングカーが忘れられません。
ああいう車が欲しかった(笑)

(懐音堂から再掲示)

2007.05.24

木の実ナナ

Girl with GSシリーズ(3) LET’S GO NANA

僕は、この人をSKD出身だとばかり思ってた。
舞台の身のこなしが、様になっている。

実は、ナベプロのアイドル出身とのこと。
レコードのヒットは無かったが、消えずに生き残った。
渡辺社長の見る目はすごい。
また、彼女自身が生粋の芸人だ。

GSのレオビーツとの、共演盤「レッツゴー・ナナ」(1968)が復刻されたが、当時から声量は大きかった。
声はさすがに若い。

若い頃、ミュージックフェアで歌っている後ろ姿を見て、ふと大人の色気を感じちゃったことがある。


2007.05.08

由紀さおり(1969年デビュー)

由紀さおり全曲集~35周年記念~コレクションI

童謡歌手姉妹として知らない人はいないでしょう。
実はその昔、妹の由紀さおりさんは、スキャットを歌謡曲に持ち込みました。
ジャズとは全然違うスキャットでした。
それでもあの「夜明けのスキャット」のルールルルルー♪は、衝撃的でした。
歌が始まるまで、妙な緊張感があったのです。

昭和44年初夏オリコン8週連続1位。
顔立ちも個性的な美人でした。

小学校の先生が、ファンだと言っていたのを思い出します。
しかし彼女自身は仕事に、かなり厳しい人みたいです。


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